*8-2 レプリカが物申すそうです
「本郷さん! 来てください!!」
「なんだ、慌ただしいな」
その日の夕方、司の下に冴子が血相変えてやってきた。
「いいから来てください!!」
冴子は司の腕を掴んでぐいぐいと引っ張る。
冴子がやってきたのは、西洋甲冑が飾ってある出入口だった。そこには1組の家族連れが西洋甲冑の近くで立ち往生していた。
『うぅ、がう! がう!』
「……」
何故か獣のように四つん這いになった定宣が子供に向かって吠えていた。相変わらず、黄色い法被と「抗議」と書かれた鉢巻をしている。その隣で『システレナ礼拝堂天井画』がぐうぐうと寝息を立てている。母親が子供を抱きしめて定宣から子供を守ろうとしていた。
『がう! ……ぎゃ!』
「申し訳ありません、お客様。こちらが順路になります」
司が定宣にヘッドロックを決めて引きずっていく間に冴子が家族連れを華麗に誘導する。
「何やってんだこの馬鹿! 客を威嚇するな!」
『ふん!』
ヘッドロックから解放された定宣は顔を横に背けると口をとがらせて拗ねる。
「定宣さん、いったいどうされたんですか?」
『あちしのことを気易く呼ばないで!』
家族連れを誘導し終わった冴子が心配そうに声をかけるが、定宣は噛みつかんばかりの勢いで吠える。
『可愛くて若い女はあちしの敵よ!!』
「そんな!! 私は定宣さんのこと」
「小娘、お前は邪魔だ。引っ込んでろ」
司は冴子の肩をぐいっと引っ張って定宣から引きはがす。
「なっ! そういう言い方やめて下さい! それに定宣さんを放ってはおけません!」
「お前がいると話がややこしくなるんだよ。事情はだいたい分かってるから、俺に任せろ」
「……そうなんですか?」
冴子はちらりと定宣を見る。定宣は冴子に鋭い視線を向けた。
「……分かりました。お願いします」
冴子は何度も振り返りながらたち去っていった。
「さて」
『あちし、謝らないから』
司が何か言う前に定宣がポツリと言った。冴子を睨んでいた勢いはもうない。
「ああ。謝るのは俺だな」
『え?』
「まともに取り合わなくて悪かった」
『司ちゃん』
頭を下げた司に定宣は目を丸くして驚く。
「お前がそんなに疎外感を感じていたなんて思わなかった。だが、俺は本物だからとかレプリカだからって理由で扱いを変えたつもりはない。それは信じてくれ」
『司ちゃん……。でも、司ちゃんはあちしのことなんて見てないでしょ? この美術館にいったい何作品が収蔵されてると思ってるの?』
定宣が寂しそうに言う。
「そうだな。でも、お前のことはちゃんと見てる」
『……』
「助かってるんだぞ。西洋甲冑は美術館の入り口にあって写真撮影もできる場所だからな。写真撮影のとき見えるタイプのお客を笑わせてくれたり、子供を見てやったりしてくれてるだろう」
『……!』
定宣が驚いたように司の顔を見る。
「それに、お前はこの美術館のムードメーカーだ。調子悪い奴がいたら声かけてるだろ?」
『司ちゃん、知ってたの?』
「当たり前だろが。だから、助かってるって言っただろ。お前はお客も仲間のこともよく見てる奴だ」
司は司なりの優しい笑顔を向けた。それに安心したのか、定宣はポツリポツリと自分の思いを話し出す。
『司ちゃん……あちしね、あちしなりに美術館の役に立とうと頑張ってたの。でも、本物じゃないあちしのことは誰も見てくれてないって思ってた。埃をかぶってもそのままなんだって』
「お前のことだってちゃんと見てる。……掃除が疎かになってたのはほんとに悪かった。俺でよけりゃやってやる。小娘がやるより雑だが我慢しろよ?」
『司ちゃん!』
定宣の表情が一気に明るくなる。
「多恵と仲直りして来い。それから、小娘にも謝って来い。あれは言い過ぎだ」
『うん!』
定宣は元気よく返事をすると、多恵と冴子を探しに館内に入っていった。
「で、お前はいつまでそこで寝たふりしてるつもりだ? 『システレナ礼拝堂天井画』」
『あれれ、ばれてた?』
通路の影から『システレナ礼拝堂天井画』が現れる。
「お前も面倒事に付き合わせて悪かったな」
『別にいいよ。いい寝床教えてもらう約束だし』
「そうか」
『システレナ礼拝堂天井画』はゆっくりと司に近づくと、ふっと笑った。
『それにしても大変だったね』
「今回は俺の判断ミスだな」
『可愛いとこあるよね、定宣。自分のことをちゃんと見て欲しいってだだこねて。司が僕たちのこと見てないはずないのに』
「うるせえ」
司は『システレナ礼拝堂天井画』に背を向けて歩き出す。
『司も可愛いね』
「……ほんと黙れよ」
今回一番大人だったのは『システレナ礼拝堂天井画』だったのかもしれない。
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