*9-1 『モナ・リサ』が盗まれたそうです



『……さ! ……よ!』

「……んん」


 なにやら声が聞こえてくる。


『司! 司!』

「……るせぇ」

『起きよと言っておるではないか!!』

「うるせえって言ってんだろうが!!」


 司は布団を跳ね上げて飛び起きた。


「……」


 寝ぼけた眼差しで辺りを見渡す。間接照明しか灯っていない部屋は薄暗い。ぼんやりとした人影らしきものが司の視界に入る。目を凝らしてみると、それは『モナ・リサ』だった。


「なんだ。『モナ・リサ』じゃねえか……。起こしてんじゃねえよ……。今何時だ……ん?」


 何かがおかしいと思った司は、もう一度『モナ・リサ』に視線を向ける。『モナ・リサ』は怒ったような焦ったような何とも言えない表情をしていた。


「てめっ!! 『モナ・リサ』!! 何で俺の部屋にいんだよ!! 勝手に美術館から出てんじゃねえ!!」

『ええい!! うるさいわ!! わらわとて来たくてこのような汚らしい場所に来たのではない!!』

「んだとゴラア!!」


 司は『モナ・リサ』の胸倉につかみ掛かる。しかし、それを気にも留めず『モナ・リサ』は叫んだ。


『大変なことが起こったのじゃ!!』

「ああ?!」


 凶悪な顔をする司を物ともせず、『モナ・リサ』は押し倒さん勢いで司の肩をつかんだ。


『わらわが!! わらわが盗まれたのじゃ!!』

「は? ……はぁああああああ??!!」



 深夜1時の静けさの中に、司の叫び声が響いた。





◆ ◆ ◆





「絵がどこにあるか分かるか!?」


 ジャージ姿のままキーと免許証の入った財布、スマフォ、ヘルメットを引っつかんで司は部屋を飛び出した。部屋の鍵なんぞほったらかしにしてそのまま走り出す。


『場所は分かるぞ! あっちじゃ! 美術館からどんどん離れておる!!』

「ちっくしょう!」


 バイクにまたがると、ヘルメットかぶる。キーを差し込んでエンジンをかけた。いつも行っている動作が今は一段と遅く感じる。『モナ・リサ』が指さした方向へバイクを向けて走り出した。


「金風のクソ警備員はなにやってる!?」


 風の音に負けないよう声を張り上げる。司の隣を飛んでいた『モナ・リサ』も負けじと大きな声を出して答える。


『皆、眠らされておる!!』

「あんの役立たずどもがぁああ!!」


 バイクを走らせながらスマフォを取り出して目当ての番号をタップする。交通法など今はどうでもいい。

 ワンコールで美術館が契約している警備会社に繋がる。司は『モナ・リサ』が盗まれたことだけを端的に伝え、応援を求めた。


『どうじゃった?!』


 通話が終わるのを待っていた『モナ・リサ』が首尾を尋ねてくる。


「すぐに美術館に向かうってよ! 場所が分かったらもう一度連絡する!!」

『わらわたちが追跡していることは伝えておらんようじゃったが?!』


 『モナ・リサ』が疑問に思ったことを聞いてくる。


「ああ?! んなこと言ったら、止められるに決まってんだろ!! 絵が傷つく前に助け出す!! まだ大丈夫だろうな?!」

『まったく、そなたは相変わらず無茶苦茶よのう!! まだどこも怪我はしておらんぞ!!』


 司の回答に『モナ・リサ』は思わず笑みを浮かべた。


「よし! 絵は近いか?!」

『あの小屋の中じゃ!!』


 司と『モナ・リサ』の視界に、色の禿げたプレハブの小屋が入ってきた。





◆ ◆ ◆





 犯人が絵と一緒にいる可能性を考慮して少し離れたところでバイクを降りる。すると、司のスマフォが鳴った。表示を見れば浩治からだった。


「このクソ役立たず!! 死ね!!」


 電話を取った瞬間、司は叫んだ。


『……いや、本当に悪かった。今回の件に関しては何も言い返せない』


 電話口からまだ少し眠気の残った浩治の声が聞こえてくる。


「まあいい、話は後だ。これから絵を取り返しに行く」

『は? ちょっと待て、本郷お前今どこにいる?』


 浩治の声が一気に焦ったものへと変わる。


「『モナ・リサ』と一緒に絵の近くまで来てる。魂と絵画は繋がってるからな。位置の特定は簡単だ」

『おい! 犯人もいるんじゃないか?!』

「可能性はあるな」

『危険だ! 警察が行くまで待機してろ!!』


 浩治の大声に司は顔をしかめる。


「待機してる間に絵になにかあったらどうすんだ! 俺の突入を止めたかったらはやく来い」

『待て――』


 何か言いかけた浩治を無視して現在地だけ伝えると通話を終了する。


『浩治であろう? よいのか?』

「お前の救出が最優先事項だ。行くぞ」

『……うむ』


 スマフォの電源を切り、ジャージのポケットに入れる。司は小走りでプレハブに向かっていく。『モナ・リサ』も司の後ろについていった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る