*11-2 衣替えの季節です
『司ちゅわぁああん!!』
「げ」
通路を歩いていたところをレプリカの魂軍団に捕まった。甲冑のレプリカに宿った定宣と多恵、『システレナ礼拝堂天井画』に『最期の晩餐』だ。
『司ちゃん、どんな服着て欲しい?』
定宣が声をかけた勢いのまま問いかけてくる。
「どうでもいいが、できるだけ露出の少ない格好にしろ」
全身筋肉でもりもりの定宣は視覚にけっこうなダメージを与えてくるのだ。
『じゃあ、全身タイツなんてどう?』
「体のラインを強調する服はやめろ!!」
斜め上の提案をしてきた定宣を司は切り捨てる。
『えーー』
不満げな定宣を無視し、司は多恵に視線を移した。
「浴衣か。いいな」
『司にそう言ってもらえるとはありがたい。『最期の晩餐』の勧めで着てみたのだ』
多恵は水色の生地に青い蝶が飛び交う浴衣を着ていた。赤い帯がアクセントになっている。
「お前ら浴衣で揃えればいいじゃねえか」
『あ! それいいわ!』
司の提案に定宣が嬉しそうに言った。
『定宣と揃いか……まあ、たまにはいいだろう』
『じゃあね! じゃあね! あちしピンク!!』
多恵の許可も出たため、定宣はさっそく着替えた。淡いピンクの生地に濃いピンクで水玉模様が入っている。よく見れば、水玉のうち何個かはハートマークになっていた。当然のことながら女性用だ。
「……いいんじゃねえか」
『ありがとう! 司ちゅわあん!!』
以前のタンクトップにピチピチのハーフパンツ姿に比べればマシだと唱え続け、司はなんとか褒め言葉をひねり出した。定宣はくるくるとその場で回りながら喜びを露わにする。
「で? お前らはまた着替えないのか?」
白い布を巻いただけの『システレナ礼拝堂天井画』と燕尾服姿の『最期の晩餐』に声をかける。
『めんどくさいからいい』
『システレナ礼拝堂天井画』はふわぁと大きなあくびをしながら言った。毎度同じ理由で『システレナ礼拝堂天井画』は着替えないのだ。
『わたしもこのままで構いません。気に入っておりますから』
ここ5年ほど同じ格好を通している『最期の晩餐』も軽くお辞儀をしながらそう言った。
「まあ、お前らがそれで満足してるならいいけどよ」
『ええ。他の方のファッションを見ているだけで、わたしは十分楽しいです』
『どうでもいい~~』
優しく微笑む『最期の晩餐』と本当に心の底からどうでもよさそうな『システレナ礼拝堂天井画』に、司は苦笑を返す。
司はもう一度定宣と多恵を褒めてから再び移動を始めた。
◆ ◆ ◆
『ようやくきよったか』
「……お前……」
司は目の前の魂に向かって呆れた声を出した。
『どうした司? そなたには少々刺激が強すぎたかのぅ?』
そこにいたのは黒のビキニに大きなイルカのビニールおもちゃを抱えた『モナ・リサ』だった。露わになった白い肌が眩しい。長い黒髪は頭頂部でポニーテイルにされていた。
『夏らしいじゃろ? やっぱり夏は水着じゃ』
『ババアが無茶すんなよ』
上機嫌にイルカのおもちゃと戯れていた『モナ・リサ』の動きがぴたりと止まる。
『今、なんと言った?』
「見苦しいもんみせんな、隠せよババア」
辛うじて笑顔を維持していた『モナ・リサ』の表情が一瞬にして般若のそれに変わる。
『見苦しいじゃと?! そなたはこの白魚のような肌を見てそう思うのか?! 男としてどうなのじゃ!!』
「俺だって生身の若い女がそういう格好してたらありがたいと思うがな。お前のはイタイだけだ」
『キィ――――――――!! なんて憎らしい男よ!!』
イルカのおもちゃが渾身の力で抱き締められ可哀想なことになる。もう少しで破裂してしまいそうだ。
「おい、イルカが可哀想だからやめろ。というかな、んな露出の多い恰好認められねえから今すぐ着替えろ」
『わらわはそなたにサービスしてやったのだぞ! それを!!』
「いらねえな」
――パァン!!
『モナ・リサ』の腕の中でイルカのおもちゃが無残にも破裂した。『モナ・リサ』はもはや怒りを通り越して訳が分からなくなってしまっていた。
『ええい! 乙女心の分からんやつめ!! そなたなんぞ剥いてやるわ!!』
「はあ?!」
『モナ・リサ』は司に襲い掛かると、着ていたTシャツを思いっきり引っ張った。みよーんと司のTシャツが伸びる。
「おまっ! ふざけんな!!」
司は慌てて『モナ・リサ』の手首をつかみTシャツを取り返しにかかる。ぎゃーぎゃーとお互いを罵りながら引っ張り合いを続ける。司と『モナ・リサ』の喧嘩は他の学芸員にも魂にも無視された。いつものことだからだ。決着についてだが、『モナ・リサ』が高らかに笑っていたとだけ言っておく。
ちなみに『モナ・リサ』の夏服は黒のノースリーブワンピースで落ち着くことになったそうだ。
夏服への衣替えは一応無事に終了したのだった。
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