*11-1 衣替えの季節です



 宿木美術館、休館日。


 本来休みである学芸員がラフな格好で集まっていた。手にはそれぞれ大きな荷物を持っている。司と冴子も例外ではなく、大きな紙袋を持って館内に現れた。司はジーパンにTシャツ、冴子はネイビーのワンピース姿だ。


『司! 冴子!』

『どんなの持ってきたんだ!?』


 途端に2人はたくさんの魂たちに取り囲まれる。


「ったく、うぜえな。今出すからちょっと待ってろ!」

「みなさん、順番に見て下さいね」


 そう言って紙袋から取り出したのは――大量のファッション雑誌だった。雑誌を見た魂たちから歓声が上がり、我先にと雑誌に手を伸ばし始める。魂たちはモノに触れることはできないが、モノに宿る魂には触れることができる。雑誌の場合だと、雑誌に宿った魂を抜き取って閲覧するのだ。雑誌の魂がどうなっているかというと、そのまま同じ本の形をしている。


 今日は、魂たちの衣替えの日なのだ。衣替えは年に4回行われる。魂たちが着替える必要性は全くないのだが、季節感を出すためとただ単に楽しいからという理由で10年ほど前から慣例になった。そのため、学芸員たちは取りためておいたファッション雑誌や絵画の描かれた時代の衣服の資料などを持ち寄っていたのである。


 季節は夏。夏のファッションは魂たちにも人気だ。


『おーい』

「!」


 見回りをしていた司の下に、『学者の肖像』がやって来た。


『おもしろいことやんだな。着替えたことなんて1度もないぞ?』

「衣替えするのは初めてか。ま、そうなるだろうよ」


 『学者の肖像』はもともと佐伯一(さえきはじめ)という老人に所有されており、最近仲間入りしたばかりだ。衣替えというイベントそのものが初めてで驚いたのだろう。


「自分の好きな格好をすればいいさ。佐伯さんも驚くと思うぞ」

『着替えたらじいさんに見せに行ってやろうと思ってる』

「いいじゃねえか」


 楽しそうな様子の『学者の肖像』に、司も目元を緩める。


『で、服は決めたんだがどうやって着替えればいいんだ?』

「なんだ、知らねえのか。魂どもの話によると、頭の中で思い浮かべれば着替えられるらしいぞ」

『そうなのか! 知らなかった……』


 『学者の肖像』は『やってみるか』と呟くと、手にしていた雑誌を睨みつける。どうやら服を記憶しているようだ。すると――。


 『学者の肖像』の服がみるみる変わっていった。帽子は白のテンガロンハット、薄い黄色のTシャツには胸の辺りに赤い横ラインが入っている。パンツは膝丈のジーンズだ。靴は青のスニーカーを合わせている。


「はは、随分さわやかになったじゃねえか」

『おかしくないか?』

「似合ってるぞ」

『へへ』


 『学者の肖像』は照れ臭そうに笑うと、礼を言って去っていった。他の魂に見せつけに行くらしい。





◆ ◆ ◆





 司は『ひまわり展』のスペースに足を運ぶことにした。衣替えをしたことがないのは同じだろうと思ったからだ。


 しかし、すでにそこには冴子がいた。


「ち、無駄足だったか」


 立ち去ろうとした司の下に『ひまわり』がやって来る。


『司~~』

『司なの~~』

『そうなの~~』

『なのなの~~』


 司はため息をついて足を止めた。


「なんだてめえら、まだ着替えてねえじゃねえか」


 『ひまわり』はまだ黄色いワンピース姿だった。


『これから着替えるとこなの!』

『司も見てくの!』

『かわいくなるの!』

『なのなの!』


 『ひまわり』はキラキラした瞳を司に向ける。


「わかったわかった、だから早くしろ」

「そういう投げやりな言い方はやめてあげて下さい」

「!」


 司の下に冴子がやって来た。


「せっかく『ひまわり』と楽しく話していたのに邪魔しないで下さい」

「悪かったな」


 すぐさま険悪なムードになる冴子と司の間に『ひまわり』が割って入る。


『喧嘩はダメなの~~』

『まぁちゃんたちのお着替え見るの~~』

『そうなの~~』

『なのなの~~』


 ムッとした『ひまわり』に冴子は慌てて謝る。


「あ、ごめんね『ひまわり』。お着替えしてみせて?」


 冴子の言葉に『ひまわり』は笑顔になって頷くと、横1列に整列した。左から順にひぃ、まぁ、わぁ、りぃだ。


『いくの! メタ!』

『モル!』

『フォー!』

『ゼ!』


 『なのなの~~』と、『ひまわり』はその場でくるくると回り始める。すると、黄色いワンピースがみるみるうちに変化していく。回転をやめたころにはすっかり服装は変わっていた。


 ひぃは黒と白を基調にしたジャンパースカートに赤い薔薇の花がちょこんと乗ったミニハット。白のソックスに黒のプラットホーム・シューズを合わせている。


 まぁはレトロな雰囲気ある緑のジャンパースカートに黒のケープ、頭にボンネットをかぶっている。足元は白のタイツに茶色のパンプスだ。


 まぁは和柄のジャンパースカートを纏っているがデザインが少し異なる。袖の部分が着物のように長くなっている。足元は白いたびに草履だ。


 りぃは姫袖の白のブラウスにレースがふんだんにあしらわれたピンクのジャンパースカート。リボンのカチューシャを頭につけて、ハート柄の入ったタイツとピンクのパンプスを合わせている。


『ゴシックロリィタなの!』

『クラシカルロリィタなの!』

『和ロリィタなの!』

『甘ロリィタなの!』


 ビシッとポーズを決める『ひまわり』に冴子はメロメロになる。


「きゃあ~~! かわいい~~!!」

「……」


 しかし、冴子とは対照的に司は絶句した。『ひまわり』は所謂ロリィタファッションを纏っていたのだ。


「お前、こういう趣味してんのか?」

「ちがっ! 『ひまわり』なら似合うと思っただけです!!」


 司の理解できないものを見る視線に、冴子は慌てて否定する。


『ねぇねぇ、似合う~~?』

『かわいい~~?』

『どうなの~~?』

『なのなの~~?』


 しかし、『ひまわり』がやってくると冴子は再びメロメロ状態に戻る。


「もうすっごい似合ってます! かわいいです!」


 冴子の褒め言葉に『ひまわり』は『えへへなの~~』と笑ってもじもじする。


 付き合っていられなくなった司は、再び捕まる前にその場から逃亡した。


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