*7-1 『ひまわり』が脱走したそうです
宿木美術館に収蔵されている作品の魂たちにはひとつだけ約束事がある。
宿木美術館から外に出ないこと――。
美術館内ならば自由に行き来しても良いが、館内から外に出ることは基本的に許されていない。学芸員の付き添いが必要になって来る。何故なら、宿木市から外へ出てしまうと、魂が見えなくなってしまうからだ。
そのため、宿木美術館では毎日の業務のひとつとして、「魂たちの点呼」というものがある。魂たちは開館時と閉館時には、必ず自身の作品の隣にいなければならないのだ。
午後5時20分。閉館前の点呼の時間だ。
「……」
『ひまわり』の前にやって来た司は、軽く周囲を見渡した。『ひまわり』に宿った4人の魂がどこにもいない。司の胸の内に嫌な予感が沸き起こる。
「おい、『ひまわり』見なかったか?」
司は近くにいる魂に問いかけたが、返ってきた答えは『見てない』というものだった。
「まさか、な」
司は急いで他の学芸員にも声をかけると、館内を手分けして探し始めた。しかし――。
「ダメです! こっちにはいませんでした!」
『ひまわり』は見つからなかった。その報告を聞いた冴子の表情は、最悪の事態を想像して真っ青だ。
「くそっ! どこ行きやがった、あのガキども!」
司は舌打ちをする。
『なあなあ司、『ひまわり』探してるってほんとか?』
そこに、最近仲間入りした『学者の肖像』が声をかけてきた。
「『学者の肖像』! なんか知ってんのか?!」
『あのさ……『ひまわり』って俺みたいに許可取って外に出たんじゃないのか?』
「はあ?」
『学者の肖像』はここにやって来るときに特別な事情があり、たまに許可を取って外出しているのだ。
「それって、つまり……『ひまわり』が外に出て行ったのを見たってことですか?」
一緒に話を聞いていた冴子が恐る恐る『学者の肖像』に問いかける。
『……ああ』
「……やりやがった」
司は宙を仰いだ。
◆ ◆ ◆
『ひまわり』の脱走を館長である王に伝えると、王はすぐさまSNSで『ひまわり』の捜索依頼を出し、ローカルラジオとテレビに情報公開をした。『ひまわり』の魂の特徴がそれぞれの媒介で伝えられ、集まった情報は宿木美術館にくるよう統制された。宿木市内では「もの」に魂が宿るのは当たり前のことなのだ。
「とにかく探すしかねえ!! 宿木市から外に出られたら、もう見えなくなる!!」
『学者の肖像』によると、『ひまわり』は30分ほど前に美術館を出て行ったらしい。司は自身のバイクにまたがり、声を張り上げる。
「見つけたら連絡くれ! すぐとっ捕まえにいく!!」
宿木美術館で作品の魂に触れることができるのは司だけだ。もし『ひまわり』が素直に戻らなかった場合、司が捕まえる必要がある。
閉館を迎えた美術館から学芸員たちが慌ただしく出ていった。
◆ ◆ ◆
司はバイクを飛ばしながら周囲を確認する。まだ日の長い季節だったため、午後6時前にも関わらず外は明るかった。しかしながら、何の情報もないままの捜索はさすがに無理がある。
「!」
司の視界に公園が入った。子供の姿をしている『ひまわり』が遊んでいるかもしれないと思い、駐車場にバイクを止めて公園に向かった。
軽く公園を1周してみたが、『ひまわり』の姿はない。やはりそう簡単にはいかないらしい。しかし、司は諦めきれずその辺をきょろきょろと見渡した。すると――。
『きゃあーーはははは!!』
『きゃあーーはははは!!』
『楽しいの~~!!』
『なのなの~~!!』
視界の端っこに『ひまわり』が映りこんだ。
「――っ! 『ひまわり』!!」
司は血相を変えて走り出す。
『あ! 司なの~~』
『ほんとだ! 司なの~~』
『逃げるの~~!』
『鬼ごっこなの~~』
『きゃあーーはははは!!』と『ひまわり』は司から逃げ始める。
「てめえら! ふざけんな!」
司は何年ぶりかに全力疾走すると、思いっきり手を伸ばした。
『きゃあなの~~!!』
『きゃあなの~~!!』
ポニーテイルをしたまぁが司の右手に、おさげのわぁが左手に収まる。
『あ~~!! まぁちゃんとわぁちゃんが捕まったの~~!!』
『なのなの~~!!』
ひぃとりぃが悲鳴を上げて立ち止まる。
「お前らも、おとなしく、美術館に、戻れ……」
司は肩で大きく息をしながらひぃとりぃに呼びかける。
『ひぃちゃん! りぃちゃん! まだ終わってないの~~!』
すると、まぁが力強く司の手の中から叫んだ。
「はあ?!」
訳が分からないといった顔をした司を無視して、まぁは叫び続ける。
『みんな捕まるまで、鬼ごっこは終わりじゃないの~~!』
「おい待て、鬼ごっこなんて!」
慌てた司をこちらも無視して、生き残ったひぃとりぃは互いの顔を見て頷き合う。
『わかったの~~! まぁちゃんとわぁちゃんの敵はわたしたちが取るの~~!』
『なのなの~~!!』
まぁとりぃは再び司から逃げ出す。
「ちょっと待てゴラアアアアアア!!」
司の悲痛な叫びは届かない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます