*6 『ひまわり』がやってきました



 某日。閉館を迎えた宿木美術館は、多くの人の気配が入り乱れていた。


「オーライ、オーライ、もう少し右に……よしそこだ」


 白い手袋をはめた2人の男がある絵画を運んでいる。慎重に絵画を壁に掛けて手を放す。


「これでよろしかったでしょうか?」

「ええ、ありがとうございます。これですべてです」


 無事に展示された最後の絵画を見て、館長である王は満足そうに頷く。絵画を運んできた運搬業者は、王に確認を取ると荷物をまとめて帰っていった。今、ここに残っているのは宿木美術館の学芸員だけだ。


「いよいよ始まりますね。『ひまわり展』」


 冴子が興奮した様子で1枚の絵画を見ながら言った。冴子の視線の先にはフィンセント・ファン・ゴッボが描いた『ひまわり』が飾られていた。


 エドヴェルド・ムンタの『ムンタの叫び展』が無事終了し、次の企画展の準備が行われていたのだ。今回の企画展示はフィンセント・ファン・ゴッボの『ひまわり』をメインとしたもので、先ほどまでゴッボに関する作品や資料が企画展用のフロアに運びこまれていた。


 ゴッボの『ひまわり』は7点存在すると言われ、現在6点が現存している。花瓶に生けられたひまわりという構図は共通しているが、生けられたひまわりの本数は3本、12本、15本と異なっている。今回やって来たのは1888年に描かれた12本の『ひまわり』である。


「そうだね。無事に始まるといいね」


 冴子の言葉に王は優しい笑みを浮かべながら答える。


「館長、最終チェック終わったっす」


 そこにたくさんの資料が挟まれたバインダーを持った司が現れた。司の姿を認めた途端、冴子の眉間のしわが若干濃くなる。


「ああ、ご苦労様。問題はなかったかい?」

「はい」


 王と司が話始めたとき――。


『ふわあ~~』

『疲れたの~~』

『ここどこ~~』

『なのなの~~』


 4人の小さな女の子が『ひまわり』から飛び出してきた。


「わあ! かわいい!」


 冴子が口元に手を当てて歓声を上げる。


 『ひまわり』から出てきた4人の魂はソフトボールくらいの大きさで、黄色い髪にフリフリのレースがふんだんにあしらわれた黄色いワンピースを着ていた。顔も大きさも同じ4人だったが、ヘアスタイルだけは異なっていた。ツインテール、ポニーテイル、おさげにハーフアップだ。


「1作品に4人の魂なんて珍しいな」


 司は興味深そうに4人を見つめる。


『ねえ、ここどこなの~~?』


 ツインテールの女の子が司に尋ねる。


「ここは宿木美術館だ」

『どうしてそんなところにいるの~~?』


 ポニーテイルの女の子が尋ねる。


「期間限定で、ここに引っ越ししてきたんだ」

『じゃあ、しばらくここにいなきゃならないの~~?』


 おさげの女の子が尋ねる。


「そうなるな。だけど、安心しろ。何もしない。困ったことがあったら何でも俺たち学芸員言ってくれ」

『じゃあ、あなたはだあれ~~?』


 ハーフアップの女の子が尋ねる。


「俺は本郷司だ。よろしくな」


 司はにっとわらって『ひまわり』を見た。


『宿木美術館だって~~』

『おもしろそうなの~~』

『司だって~~』

『目付き悪いの~~』


 『ひまわり』は円になって集まると口々に言い合う。


「私は冴子って言います。よろしくね」


 冴子が身を乗り出して『ひまわり』に挨拶をする。


『冴子~~』

『優しそうなの~~』

『そうなの~~』

『なのなの~~』


 『ひまわり』は冴子の周りをぐるぐると飛び回る。冴子は嬉しそうに『ひまわり』を眺めた。


「おい、『ひまわり』。館内の説明をするからこっち来い」


『はいなの~~!』

『はいなの~~!』

『はいなの~~!』

『はいなの~~!』


 一斉に手を上げた『ひまわり』は、きょとんとした顔でお互いを見る。


『わたしが呼ばれたの~~!』

『違うの!わたしなの~~!』

『わたしなの~~!』

『わたしなのなの~~!!』


 『ひまわり』はポカポカと小さな手でお互いを叩きだした。


「ちょっと『ひまわり』! 喧嘩はダメです!!」


 慌てて冴子が『ひまわり』の間に割って入る。とりあえず離れた『ひまわり』は、ぷうっと頬を膨らませて冴子を見る。


『冴子~~』

『名前が欲しいの~~』

『そうなの~~』

『なのなの~~』

「ええ?! 名前?!」


 思いもよらない発言に冴子は慌てる。作品の名前は製作者が決めるもので学芸員が決めていいものではないのだ。


「えっと……それは、ちょっと」

「いいぞ」

「本郷さん?!」


 横から入ってきた司に冴子は目をむく。つかつかと司に歩み寄ると、人差し指を突きつけた。


「勝手に名前を付けるなんて、そんな真似できるわけないじゃないですか!!」

「まあ、見てろって」


 司は人差し指を払いのけると『ひまわり』に「整列!」と声をかけた。『ひまわり』はさっと横1列に並ぶ。左からツインテール、ポニーテイル、おさげ、ハーフアップだ。


「よし、左から……ひぃ、まぁ、わぁ、りぃだ!!」

「んなっ!」


 あんまりな名前の付け方に冴子は絶句する。しかし、当の『ひまわり』は――。


『ひぃちゃん?』

『まぁちゃん?』

『わぁちゃん?』

『りぃちゃん?』


 と、口々に呟くとにぱあっと笑顔を浮かべた。


『ひぃちゃんなの~~!』

『まぁちゃんなの~~!』

『わぁちゃんなの~~!』

『りぃちゃんなの~~!』


 『きゃあーーはははは!!』と、司の周りをぐるぐると飛び回り始める。


「これで問題ねえだろ。どっちにしろ『ひまわり』だ」

「……」


 冴子は「はあ……」とため息をついた。






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