*7-2 『ひまわり』が脱走したそうです

「余計なことしてくれたな、ガキども」

『司と遊びたくなったの~~』

『そうなの~~』


 まぁとわぁの気楽な言葉に司はため息をついた。


 ひぃとりぃの姿はすでに見えない。事の次第はすでに美術館に報告済みだ。引き続きひぃとりぃの捜索は続いている。


 そして、司の右手と左手にちょこんと座ったまぁとわぁはご機嫌だ。その様子にさらに司の額の青筋が増える。


「はぁ、こうなったらやるしかねえ。お前ら、おれから離れんなよ」

『まぁちゃんとわぁちゃんは司に捕まったから、司の言うこと聞くの~~』

『そうなの~~』


 「ピリリリ、ピリリリ」と司のスマホが鳴る。まぁとわぁを手から降ろして表示を見ると、捜索に出ている学芸員の1人からだった。内容は「りぃを見つけた」というものだった。司はバイクにまたがると、連絡があった場所に向かって走り出した。





◆ ◆ ◆





 やってきたのは歩道の横に等間隔に植えられた立派な木の内の1本。その木の上の方にりぃがすやすやと寝息をたてていた。


『りぃちゃん、何やってるの~~!』

『起きるの~~!」


 まぁとわぁが司の傍から一生懸命声を張り上げるが、りぃは目覚めない。


「今がチャンスだな。お前らはここで待ってろ」


 司はひとつ気合いを入れると、木の幹に手をかけた。一歩一歩確実に登っていく。りぃが眠る木の枝の近くまでやってくると、ゆっくりと枝の上に乗り、思い切り手を伸ばす。もう少しのとこで手が届かない。


『なの~~なの~~』


 りぃの緊張感のない寝息が司に届く。


「もう、少し……」



バキッーー。



「ああっ?!」

『きゃあなの~~!!』

『きゃあなの~~!!』


 司が体重をかけていた枝が折れた。司は地面まで一直線に落下し、強かに腰を打った。


「いってぇええ!!」

『司~~、大丈夫なの~~?』

『そうなの~~!』


 まぁとわぁが司の元に寄ってくる。着ていた服は枝に引っかかってところどころ裂けて血が滲んでいる。


「なんとか、大丈夫だ……それに……」


 司は両手でつかんでいたものに視線を移す。そこには寝息を立てるりぃがいた。


「はっ!これで起きないとか、大物だな」


 あまりに緊張感のない寝顔に、司は思わず笑ってしまった。


「よし、これであと1人だ」


 そこにタイミング良く、司のスマホが鳴った。宿木美術館からの着信だ。





◆ ◆ ◆





 連絡をもらってやってきた公園には、中央に大きな池があった。そして、その池の上にひぃがふよふよと浮いていた。


『ひぃちゃんの勝ちなの~~。司はここまで来れないの~~』


 ひぃは得意げな顔をして小さな胸を張る。空を飛べない司では池の上にいるひぃにまでたどり着けない。ボートに乗ったところで逃げられるのは目に見えている。


『すごいの~~!』

『ひぃちゃん賢いの~~!』

『なのなの~~』


 まぁとわぁと目を覚ましたりぃが歓声を上げる。


「ちっきしょう」


 司はひぃに聞こえないように口の中で悪態をついた。


『ほらほら~~、届かないでしょ~~』


 司の悔しそうな表情にいい気になったひぃは、司が手を伸ばしても届かないギリギリのところまでやってきて司を挑発した。体をふにゃふにゃ揺らして謎のダンスまで踊ってみせる。


 その行為に、司の中で何かがぷちんと切れた。


「上等だあああああ! ゴラアアアア!」


 司は――池に向かって飛んだ。



ドッボーン!



 高い水飛沫が上がる。


「ぷはっ」


 もじゃもじゃの髪をぺったんこにした司が池の中から現れる。頭の上に葉っぱが引っ付いていた。その手にはひぃがしっかりと握られていた。


「はっ!俺の勝ちだ」

『負けちゃったの~~』


 ひぃは司の手の中で嘆いた。まぁとわぁとりぃもショックの声を上げた。


 こうして『ひまわり』は司の手によって全員捕獲されたのだった。





◆ ◆ ◆





 司は軽く服を絞った状態で美術館まで戻ってきた。幸い、日が暮れてきていたので、司がずぶ濡れだったことはあまり気づかれずに済んだ。


「もう脱走するんじゃねえぞ」


 司の言葉に『ひまわり』は揃ってそっぽを向く。


『やなの~~』

『また司と遊びたいの~~』

『そうなの~~』

『なのなの~~』

「てめえらな!!」


 反省の様子が全くない『ひまわり』に司の額に血管が浮く。もともと司は気の長い方ではないのだ。


 もう1度注意しようと口を開きかけたとき、冴子が血相を変えてやってきた。その後ろには他の学芸員と作品の魂たちも何人かいた。


「『ひまわり』! もう心配したんですよ!」


 冴子の目には涙が滲んでいた。それに気づいた『ひまわり』は冴子の下にすっ飛んでいく。


『冴子、泣いてるの~~?』

『まぁちゃんたちのせいなの~~?』

『そうなの~~?』

『なのなの~~?』


 困った様子の『ひまわり』はぐるぐると冴子の周りを飛び回った。


「このまま、もう二度と会えなくなってしまったらどうしようかと思ったんです……」


 涙声の冴子に『ひまわり』はますます罪悪感を覚える。


『ごめんね、冴子~~』

『もうしないの~~』

『そうなの~~』

『なのなの~~』

「約束、ですよ?」


 冴子が小指を『ひまわり』に向けて出す。『ひまわり』も冴子の真似をして小指を出し、冴子の小指とくっつけた。


『約束なの~~』

『約束なの~~』

『約束なの~~』

『約束なの~~』


 『ひまわり』と冴子はようやくにっこりと笑いあった。


「いや、おかしいだろ! 1番苦労したのは俺だぞ?! なんで小娘の言うことは素直に聞くんだよ!!」


 微笑ましい冴子と『ひまわり』のやり取りに苛立ちをあらわにした司が割って入る。


『人望じゃの。『ひまわり』の今後の脱走を防いだ冴子の方がうわてだったのぅ、司』


 なりゆきを見ていた『モナ・リサ』が意地の悪い笑みを司に向ける。心の底から濡れ鼠でボロボロになっている司を楽しんでいるようだ。


「納得いかねえええええええええええ!!」


 司は力の限り叫んだ。どっと周りにいた学芸員と作品の魂から笑い声が上がった。





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