*14-1 贋作ですがなにか?





 作業室と書かれた部屋に司と冴子、館長の王が集まっていた。すでに閉館を迎えた時間である。


「今日は以前から伝えていた通り勉強会をするよ」

「本物と贋作を見比べるんですよね」

「そう。有名な贋作作家の作品が手に入ったからね」


 王の言葉に冴子が返す。今日は定期的に行われる勉強会の日で、内容は本物と贋作の鑑定に関するものだ。内容が内容なので、少人数でこの勉強会はとり行われる。


「『モナ・リサ』の贋作か……」


 作業台の上に並べられた2枚の絵画。1枚は本物の『モナ・リサ』。もう1枚は有名な贋作作家が描いた贋作の『モナ・リサ』だ。


『わらわの贋作か……。まあ、この美しさじゃ。模写したくなるのも分かるがの』


 勉強会に一緒に参加していた本物の絵画に宿った『モナ・リサ』は、鼻高々に言った。すると――。


『すみませぇん……』


 贋作の『モナ・リサ』から1人の魂が現れた。黒の長髪に白い肌、たれた瞳は不安そうに辺りを見渡している。髪と同じくらい黒いローブを纏っていた。


「贋作にも魂が?!」


 それを見た冴子が驚きの声を上げる。


「まあ、ありえないことはないな」


 司は冷静に贋作から出た『モナ・リサ』を観察する。



「これはこれは楽しいことになったね」


 王は本当に楽しそうに「はっは」と笑った。少し出たお腹が笑い声に合わせて揺れる。


『出るタイミングが分からなくて……はう、ごめんなさい』

『そなた、わらわの贋作ならもっとハキハキしゃべらぬか』

『はうう! ごめんなさい』


 本物の『モナ・リサ』にたしなめられた贋作の『モナ・リサ』は、身体を小さくして謝り続ける。


「にしても、両方『モナ・リサ』じゃややこしいな」

『はうう、ややこしくてごめんなさい』

「いや、謝んなって」

『はうう、ごめんなさい』


 ビクビクと震える贋作の『モナ・リサ』に司はため息をつく。


『決めたぞ!』

「あ? 何だ急に」


 本物の『モナ・リサ』がいきなり声を上げた。司が問いかけると、『モナ・リサ』はにやりと笑う。


『その者の名前を決めたのじゃ。名付けて「はう子」じゃ!!』


 沈黙が流れる。


『なんじゃそのリアクションは! はうはう言っておるからいいではないか!!』

「お前、ネーミングセンスなかったんだな」


 顔を真っ赤にして叫ぶ『モナ・リサ』に、司は憐みの視線を向けた。


『あ、あの……』

「どうした?」


 贋作の『モナ・リサ』が恐る恐るといった様子で話しかけてくる。司が反応を返すと、しばし逡巡したあと口を開いた。


『わ、わたし、はう子でいいです!』

「マジか!!?」

『はっはい!』


 まさか本人からOKが出るとは思わず、司は大きな声でツッコミを入れた。贋作の『モナ・リサ』――はう子はこくこくと何度も頷いてみせる。


「ほんとにいいんですか? 今ならまだ……」

『大丈夫です』


 冴子の遠慮がちの提案も断ってしまう。


『それみたことか! 本人が気に入ったのならそれでよいではないか!』


 本物の『モナ・リサ』は胸を張って威張る。


 こうして、勉強会が行われる間、『モナ・リサ』とはう子の共同生活が始まったのだった。





◆ ◆ ◆





『はうわわわわ!!』

「はう子!」


 空中で転ぶという器用な真似をしてみせたはう子を司は慌てて受け止めた。


『はうう、ごめんなさい。司さん』

「俺は大丈夫だが……。お前のドジっぷりには感動するぞ」

『はううう』


 はう子は顔を司の胸に埋める。どうやら恥ずかしがっているようだ。


『はう子! 司! なっなにをやっておるのじゃ!!』

「!」


 司ははう子を抱き止めた姿勢のまま声のした方へ顔を向けた。そこには、『モナ・リサ』がプルプルと小刻みに震えながらこちらを指さしていた。どことなく顔色も悪い。


『抱きしめ合って……! 一体何を……!』

「あぁ?! 変な勘違いしてんじゃねえよ!」


 『モナ・リサ』がなにやら勘違いしているのを感じ取った司は、呆れながら否定する。


『そ、そうです! わっわたしが、転んでしまって……はう、助けていただいたんですぅ』


 はう子もようやく司の胸から顔を上げて弁解する。


『浮いてるのにどうやったら転ぶんじゃ!!』

『はう! ごごめんなさい!!』


 自分の勘違いに気づいた『モナ・リサ』は、一転して顔を赤くしながらはう子につめ寄った。はう子は司にさらにひっつきながら謝る。


『ええい! いい加減離れんか!!』


 『モナ・リサ』ははう子の首根っこをつかむと、司から引きはがした。


『今後は転ばぬよう気を付けい』

『は、はい』


 『モナ・リサ』に鋭い眼光を向けられ、はう子は必死に頷いた。





◆ ◆ ◆





『あの、司さん。館内を案内していただいてもよろしいですか?』

「あーー、いい」

『わらわが案内しよう!!』


『司さん。お友達が欲しいんですが、ひとりだと話しかけづらくて……。一緒に付いてきてもらってもよろしいですか?』

「あーー、分かっ」

『わらわが付き添おう! わらわは顔が広いぞ!!』


『司さん。質問があるんですけどいいですか?』

「あーー、なん」

『わらわが答えよう!! さあ、何でも聞くがよい!!』


 はう子が司に話しかけ、司が了承しようとする度に『モナ・リサ』が間に割って入って来る。そんなことが度々起こった。


「『モナ・リサ』、お前そんなにはう子と一緒にいたいのか?」

『なっ、くっ! まぁの!!』


 何度目かの『モナ・リサ』の乱入に、司は不思議そうに尋ねた。『モナ・リサ』は慌てた様子で何度も頷く。


『あの』

『はぅわあ!!』


 焦っていたところに背後からいきなり声をかけられ、『モナ・リサ』は飛び上がる。声をかけてきたのははう子だった。


『はう子、どうしたのじゃ?』


 『モナ・リサ』はなんとか気持ちを落ち着かせ、はう子に問いかける。はう子は左右の手をもじもじさせながら小さな声で言った。


『あの、2人だけで、話がしたいんです……。いいですか……?』

『うむ? 構わぬぞ』


 意外な申し出を不思議に思ったものの、『モナ・リサ』は深く考えず了承した。


「じゃ、俺は行くな」

『うむ、仕事に励むがよい』

『……』


 司を見送った『モナ・リサ』とはう子は、めったに人が来ない奥まった通路までやって来た。


『こんなところで話すのか? よほど誰にも聞かれたくない話なのよのう』


 薄暗い通路に『モナ・リサ』は無意識に自分の腕をさすった。


『それで? 話とはなんじゃ?』

『……』


 改めて問うた『モナ・リサ』に対し、はう子は背を向けうつむいたまま黙っている。『モナ・リサ』が辛抱強く待っていると、ようやく口を開いた。


『あの、『モナ・リサ』さんも……司さんが……好き、なんですか?』

『んなっ!!』

『だから、わたしと司さんが2人きりでいると、割り込んでくるんじゃないんですか?』


 いつになく饒舌なはう子が畳みかけてくる。


『すすすすす好き?! 司の奴を?! 馬鹿なことを言うでない!!』

『では、邪魔しないでもらってもいいですか? わたし、司さんともっと近づきたいんです』

『はう子落ち着け! あのような目つきも口も悪い男碌なものでは無いぞ!』

『でも、優しい方です』


 思わぬ展開に『モナ・リサ』は慌てふためく。まるで普段のはう子のようになってしまっていた。


『それは……そうかもしれぬが、いやしかしな!』

『どうしてそんなに必死に止めるんですか?』


 必死に諦めさせようとする『モナ・リサ』に、はう子が厳しく切り込む。


『うぐ……!』

『やっぱり好きなんですね』

『……』


 有無を言わせぬはう子の言葉に、『モナ・リサ』は真っ赤になった顔を横に向けた。しばし沈黙が流れる。


 先に沈黙を破ったのは、はう子だった。


『――っ――っ』

『はう子? どしたのじゃ?』


 はう子は『モナ・リサ』に背を向けたまま、肩を小刻みに震わせている。


『まさか、泣いておるのか?』


 『モナ・リサ』が恐る恐る声をかける。すると――。


『……ははは。あ――はっはっはっは!!!』

『!?』


 突如顔を上げたかと思うと、はう子は高らかに笑い始めた。



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