*18-2 怖い絵がやってきました


 ◆◆◆




 膠着状態が続き、時間だけが過ぎていたある日。司はイライラしながら館内を歩いていた。そこに突如、『若き殉教者』が立ちはだかった。隣には『モナ・リサ』を始めとする作品の魂の姿がある。


「なんだお前ら?」


 不思議な面子に首を傾げた司はひどく隙だらけだった。


『ふっふっふ。いけない坊や。縛りプレイの良さをその身体に叩き込んであ・げ・る』


 舌舐めずりをする『若き殉教者』に本能で危険を察した司が逃げようとするが、他の作品の魂たちが逃げ道を塞ぐ。


「お前らどけ!」


 そう叫ぶも素直に言うことを聞く魂などいるはずもない。『若き殉教者』に捕まった司はあれよあれよと縛り上げられる。


「どういうつもりだ!」


 床に転がされた司は魂たちを見上げる。


『わたし、分かったの。あなたが水責めも火炙りもしてくれないのは、その良さを知らないからだって』


 『若き殉教者』が鞭を持ってニタリと嗤う。その周りで『モナ・リサ』を含む作品の魂たちがクスクスと笑っている。


『その身に教えてあげるわ!!』

「お前ら『若き殉教者』に何吹き込みやがった!!」


 司の悲鳴は魂たちの歓声によってかき消える。


 作品の魂は基本的に暇を持て余している。魂同士でチェスなどのボードゲームを楽しんだり、学芸員と会話を楽しんだりすることで時間を潰すことがほとんどだ。定期的に実施される企画展示は、他の作品と絡めるということで魂たちも楽しみにしていることが多い。


 司は暇を持て余した常設展示の作品の魂たちが、『若き殉教者』を利用して遊んでいると判断した。


『さあ! 快感を知りなさい!』

「ふざけんなぁあ!!」


 振り上げられた鞭に司は叫ぶ。


 この後、司がどんな目に遭ったのかは司の名誉のため割愛させていただく。




 ◆◆◆




 翌日。司の機嫌は悪かった。近寄るものすべてに睨みをきかせる状況だ。『若き殉教者』を焚きつけ結託して司に悪戯を仕掛けた作品の魂たちは、さすがにやりすぎたかと謝るタイミングを測っている。


 そこにふらりと近づく影があった。『若き殉教者』だ。司のこめかみの血管が浮く。


『頭の固い学芸員さん、考えが変わったかしら? 適度な痛みは快感なのよ? 分かったらわたしを縛って水責めにしてくれる?』

「……れ」

『え?』


 司の言葉が聞き取れずに首を傾げる『若き殉教者』の胸ぐらを司は引っつかんだ。


「黙れって言ったんだこの変態野郎が! 俺には縛られて喜ぶ趣味も鞭で打たれて喜ぶ趣味もねぇんだよ! ああでも、同じ目に遭わせれば理解するとか思ってる単細胞には分からねえか? 残念な頭だなぁオイ。お前の願いなんざ叶えてやらねぇよ。一生大切に扱われて苦しい思いをするんだな!」


 一息で言い切った司は肩で息をすると、乱暴に手を離した。あまりの剣幕に謝ろうと近くをうろついていた魂たちが直立不動になる。


 その怒りを真正面から受けた『若き殉教者』は俯いたまま動かない。


「おい、耳まで遠くなったか? 変態野郎」


 すると、『若き殉教者』が勢いよく顔を上げた。空色の瞳が爛々と輝いている。


『いい……』

「ああ?」


 『若き殉教者』の反応が予測していたものと違い、司は困惑する。しかし、司の反応など目に入らぬように『若き殉教者』は自身を抱きしめて身悶えた。


『罵られるのって悪くないわ……』

「……は?」


 司の目が文字通り点になる。


『わたし、直接的なものがないと感じられないって思ってた。苦しさとか痛みに快感はあるんだって。でも違った……』


 『若き殉教者』の拳がキュッと握られる。司はもはや蚊帳の外だ。


『言葉責め! そうこれは新たな扉!』


 『若き殉教者』はステージの上でスポットライトを浴びる役者のように遠くを見ながら両手をそっと広げる。


『ありがとう。わたし目覚めたわ』


 『若き殉教者』は司の手を両手で包み込むように握る。


『さあ! もっとわたしを罵って! そうすれば、レポートにも協力してあげる!』

「はぁ?! なんつー野郎だ、このクズ!」


 とんでもない交換条件を出してきた『若き殉教者』を司は反射的に罵ってしまう。


『はぁあん。いいわぁ。何が知りたいの?』


 悦に浸る『若き殉教者』を見て司も自棄を起こすことにしたらしい。


「上等だゴラァ! まずは作者について教えやがれ、この変態ゴミぐずが!」


 怒鳴り散らしながら、メモを取るためにノートとペンを用意する。


 罵りながらの取材という形に落ち着いたのを見た作品の魂たちはそっと2人から離れていく。これは関わってはいけない世界だと、誰もが察したのだった。



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