第四十二話
4月19日 PM2:35
俺と大輝は廊下の鉄格子を挟んでそのまま廊下で座談を始めていた。まず初めにキキに聞かされたこのゲームの生い立ちを話した。後は俺がゲームマスター室に入ってからのことを話した。
「黒子は傭兵と言っても元浮浪者。それなら死体がフェイクだと気づかれていない可能性が高いな」
「そうだといいな。ちなみに次の段階って何だ? とりあえず俺はシステムの乗っ取りを進めるしかないけど」
「あぁ、郁斗はそれでいい。必要に応じてお互いを手伝おう。俺はまず黒子を買収する」
「黒子を?」
「あぁ、奴らは傭兵なんだろ? 恐らく金を積みゃ動く。だから黒子を1人ここに連れてきてほしい。出来ればリーダー格の奴を。会話が英語なら俺が交渉する。郁斗に語学は期待できないし、交渉力もないだろ? パズル系の数学は苦手なくせに、建築学は詳しいし、プログラミングができるとか全くもって変人だよ」
言葉がない。しかしあのアンドロイドのような黒子を連れてくる……。できるかな。いや、やらなくてはいけない。
俺はすぐさまゲームマスター室に戻った。大輝は休憩室を拠点にするようだが、今は廊下の鉄格子の所で待っている。お互い必要な時に呼び合えるように、ゲームマスター室と休憩室の扉は閉めないことにした。
俺はゲームマスター室に入るとゲームの管理をしている黒子2体を目で捉えた。どっちだ? どっちならコミュニケーションが取れる? いや、どちらも期待できないのか?
「なぁ、近藤」
俺は壁に繋がれている近藤に話しかけた。
「はひ」
まだその調子かよ。殺したいほど憎たらしい奴だが、とりあえず気分がいいのでこの主従関係でいこう。
「黒子の中にリーダーはいるのか?」
「今波多野君から見て奥の黒子がそうです」
俺はリーダーの黒子を認識するとその黒子に歩み寄った。そして肩をつんつんと指で突いた。すると黒子がこちらを向いた。初めて俺に反応した。ちょっと感動だ。顔を隠しているので目線や表情はわからない。これはこれで不気味だ。
「さっきゴールした俺の友達が君と話したいって言うんだ。付いてきてくれないか?」
するとリーダー黒子は俺を無視してモニターに向き直り、ゲームの管理に戻ってしまった。
なんだよ、こいつ……
すると俺の落胆の様子を見た近藤が口を挟んだ。
「黒子は日本語には一切反応を示しません。私が話しましょうか?」
そうだ、近藤は紛いなりにも中学高校で英語を教えるクズ講師。このくらい役に立ってもらおう。
「あぁ、やれ」
俺はもう近藤を下僕くらいにしか思っておらず、命令した。すると近藤はリーダー黒子に話し掛けた。
「ヘイ、ボブ。2番目にゲームをクリアしたプレイヤーが今ボブと話したいと言っているんだ。少し付き合ってやってくれないか?」
俺は書く、話す、の英語力はないが、読む、聞く、はなんとかできる。紛いなりにも一応は進学校の生徒だ。ボブと呼ばれた黒子は近藤の話に答えた。
「それは出来ない。なぜなら、報酬内容に入っていないからだ」
初めて黒子の声を聞いた。ボブは太い声をしている。残念ながらボブは大輝との話に応じないようだ。やはりか。
こうして英語での言葉のキャッチボールを聞いていると親に連れて行ってもらった海外旅行を思い出す。アメリカ本土への旅行だったが、俺の母は英語が堪能で通訳がいらなかった。あの時は現地の人が良くしてくれた。事あるごとにチップを渡していたが。
ん? チップ? 傭兵は金で動く……?
俺はそう思い立つとポケットから財布を取り出し、そこから千円札を抜き取った。そしてボブの横まで行き千円札を差し出した。俺は扉を親指で指した。
するとボブは理解したのか札を受け取り、席を立ち上がった。そしてゲームマスター室から廊下に出た。俺は慌ててボブを追いかけた。ボブの向かった先を見ると鉄格子を挟んで大輝とボブが話を始めるところだった。英語だ。
「俺は大輝だ。よろしく」
「ボブだ。よろしく」
大輝が鉄格子から手を伸ばすとボブとがっちり握手を交わした。ボブは意外とフレンドリーなのだろうか。
「外部と連絡が取りたい」
「それは無理だ。この建物は電話が引いてない。通信機器も一切持ち込んでいない」
「俺たちの携帯電話はどこにある?」
「それは言えない」
そう話すと大輝は俺を向いて日本語で話し始めた。
「郁斗、ボブはこう言ったが絶対どこかに通信機器はある。そうでないとキキと連絡が取れない。定時連絡くらいするだろうから」
「そうだろうな」
「探せるか?」
「恐らく外だと思うんだよ。1Fだけ食事の提供が外からだし、そこが後付けの物置小屋になってるんじゃないかと思ってるんだ。例えばプレハブ小屋とか」
「確かにそうだな。外に出たら端末が察知してハチの巣だし、探すのは無理か。死んだ生徒の荷物や俺たちのスマホとかもそこだろうな」
「あぁ、あと近藤の荷物もな」
「近藤……それだ」
大輝は興奮したように声を発した。そして再び英語でボブに話し掛けた。
「近藤はいつここに連れてこられた?」
「4月6日の真夜中だ。夕方の帰宅途中を狙って俺達が拉致した」
「近藤の荷物をここに持ってきてくれないか?」
「それはダメだ。もうこれ以上は動かない」
ボブがそう言ってゲームマスター室に戻ろうとしたので、俺は財布から再び千円札を取り出してボブに差し出した。あぁ、あと1枚だ……
「オーケー、近藤の荷物を持ってくるだけだな。それくらいはやってやる。ただし通信機器は持ち込まない」
「あぁ、それで構わない。頼むよ」
大輝が英語でそう言うとボブはその場から去って行った。大輝は近藤の荷物で何をするつもりなのだろう。
しばらくしてボブが戻ってきた。手には旅行鞄を持っている。それを鉄格子の際に無造作に置いた。
「近藤が持っていた鞄だ」
ボブは英語でそれだけ言うとゲームマスター室に戻って行った。始業式の日に拉致された割には随分大きな鞄を持っていたものだ。しかし中身は薄そうだ。大輝は鉄格子から手を伸ばし、徐に近藤の鞄を探り始めた。
「4月6日の昼前に俺たちは拉致された。近藤は夕方だ。その半日の間に恐らく近藤は駆けずり回っていた。利息が増えないように」
「利息? つまり借金返済を半日で済ませたってことか?」
「あぁ。俺たちの拉致が完了して金を受け取り、その後は返済のために一度も家に帰っていない。そして受け取った金は表に出せない金。だからおそらく現金。と言うことは……やっぱり」
なんと近藤の鞄の奥底から出てきたのは帯で束ねられた札束だった。5束あるので恐らく5百万円。あいつはこんなにも金を余らせていたのか。
「郁斗、鞄ごと近藤の荷物をこっちに寄越してくれ」
「あぁ、わかった」
一度荷物をすべて出すと鉄格子の下から鞄は通った。あとは中身を1つ1つ大輝のいる側に送った。もちろん札束も。
「郁斗、もう一度ボブを呼んで来てくれ」
「わかった」
俺は立ち上がりゲームマスター室に戻った。そしてボブに千円札を差し出し、扉を親指で指した。あぁ、財布から札がなくなった。あとは小銭だけだ……
大輝は再び鉄格子を挟んでボブと話を始めた。もちろん英語だ。もう近藤の荷物はない。大輝は自分の通学鞄を肩に掛けていて、少し鉄格子から離れて立っている。俺はボブの脇に立った。
「君たちはキキにいくらで雇われている?」
「それは言えない」
「俺ならもっといい条件を出せる。今から雇い主を俺達に変えないか?」
「それは無理だ。お前達にどれだけ資産があろうと、俺たちは現金即金でしか動かない。お前たちの荷物は把握している。例え死んだプレイヤーの所持金を合わせても10万円程度だ」
すると大輝は鞄から1つの札束を取り出してボブに見せ付けた。
「ワオ! 隠し持ってやがったな」
ボブが興奮している。目が¥マークになっている。いや、顔が見えないので、そうなっているように感じるだけだが。大輝は不適に笑って表情で肯定する。
「いくらで雇われている?」
「オブザーバー1人に付き2百万円だ。今ここには4人いる。半金はすでにもらっている。ゲームが終わったら残りの半金がもらえる。契約は拉致からゲームが終わるまで。最長で4月30日だ。ゲームが終わったら解散していいと言われている」
よほど大輝の持つ札束に飛びつきたいのか、大輝が聞いていないことまでぺらぺら話した。最初のアンドロイドの印象と随分変わった。大輝は俺に向き直り日本語で話し始めた。
「良かったな。4人で残金4百万、しかも日本円だ。こっちには5百万ある。何とかなりそうだ」
「雇うのか?」
「あぁ、もちろんだ」
すると大輝は再びボブを見て英語で話し始めた。
「オブザーバーの今の配置は?」
「1人がB2で1人がB1だ。1Fには2人いる」
早く雇用の話を詰めさせろと言わんばかりにボブは何でもぺらぺらとしゃべる。食いつきようが凄まじい。
「地下のオブザーバーは鉄格子があるから上がって来れないのか?」
「あぁ。キキが北東のエレベーターは1Fを乗り入れ禁止に設定している。階段室には俺達も入れない」
「食事はもつのか?」
「俺達が後ろの鉄格子の下を通してやっている。南西のエレベーターなら仲間は自由に使えるから。エレベーター専用の端末がある」
ボブが親指で指差した後ろの鉄格子。俺達がいるゲームマスター室の区画と、エレベーターと入り口部屋の21番を結ぶ区画を分断している鉄格子だ。
「キキが帰ってくるまで地下のオブザーバーは外に出られないのか?」
「いや、地下にいる最後のプレイヤーが1Fの21番の部屋に入ったら、後ろの鉄格子が開くように設定されている」
すると大輝が俺を向いて日本語で言った。
「陽平と佐々木が1Fをクリアするのはいつだ?」
「このままのゲームシステムで行けば、4月24日の昼2時のターン。今2人とも地下は最後のフロアだ」
大輝はボブに向き直り英語で話を始めた。
「4月24日の正午、プレイヤーへの最後の食事の提供が終わるまで4人を5百万で雇いたい。もちろん終わり次第直ちに解散していい」
「本当か?」
「あぁ」
そう言うと大輝は札束を5つ見せた。
「オーケー。請けよう」
黒子から承諾の返事をもらった。これで黒子はこっちのものだ。
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