第二十六話

 4月13日 AM6:00 第19ターン


『ジリリリリッ』

『6時の移動ターンの時間です。今から15分以内に移動する扉を選択して下さい。なお、前回出入り口決定から72時間が経過したので、各フロアの入り口と出口を変更します。入り口と出口は3日ごとに変更され、コンピューター抽選で公正且つランダムに選ばれます』


 ゲーム開始から7日目。拉致から8日目。2回目の出入り口変更が行われた。もし今出口部屋にいるプレイヤーがいれば、このターンで出口を出る。しかしいなければまだ誰も出口を知らないということになる。

 このB1フロアの作戦は角部屋スタートの右回り。俺、真子、牧野は偶数部屋のため、角部屋スタートができない。この3人は角部屋をスタートするプレイヤーを追いかける作戦をとる。


「いっくん、それじゃN扉ね」

「うん」


 俺と真子はN扉を選択した。大輝と木部がいる部屋だ。果たしてそこに出口はあるのだろうか。


 15分が経過しN扉が開く。奥の部屋に見える大輝と木部。2人は東を向いていて、その先の扉は開いている。回廊に続く扉ではない。残念ながら出口ではないようだ。


「まぁ、こういうことだ」


 俺と真子の姿を捉えるなり大輝は言った。1ターンで出口なんてそうそううまくいくものではないか。そうかと言ってうまくいっているプレイヤーは他にいるかもしれないが。


「郁斗もこの部屋に来て残念だよ」

「あぁ、残念ながら俺たちの部屋も出口部屋ではなかった」


 俺達が大輝達を追いかけなければ俺たちのいた部屋が出口いうことになる。残念ながら俺たちの部屋のW扉は扉選択時に無効だった。


「このまま単純に右回りだな」

「そうだな」


 俺は大輝とそう言葉を交わすと、真子を連れて部屋を移動した。そして15分が経過し扉が閉まった。


『ジリリリリッ』

『同室3室確認。ミッションを発令します。モニターをご覧下さい』


 ミッションの発令だ。映ったのは一面が俺と真子、一面が大輝と木部、もう一面が佐々木と園部だった。


 園部はB1フロアを出たはずだからB2フロアで佐々木と出会った。つまり佐々木は3人別々の扉を選択するミッションで出口から遠のいたのだ。正信か卓也、若しくはその両方が出口に近づいたからすでにB1フロアにいるということだ。

 もしB2フロアのプレイヤー達がB1フロアのように角部屋から回り方を決めて進む作戦を取っている場合、園部にはまだ伝わっておらず佐々木とミスマッチをしたと考えるのが自然か。そうならばスタート部屋で誰とも会わなかったのだろう。


「瑞希ちゃんと橋本君がいない」

「あ、本当だ」


 俺は真子の言葉に反応した。陽平と本田にミッションが課されていない。2人は25番からスタートしたはず。もしかして25番に出口があるのか。すると真子が嘆いた。


「うわぁぁぁぁぁ。出口が25番なら私達届かないよ」

「本当だ……。25番に着いた次のターンで出口変更だ。大輝達は間に合うな」

「今のターンで南に移動してれば良かったんだけど。今更言ってもしょうがないよね」

「あぁ。このまま進もう」


 出入り口が変わるタイミングで外周側にいるのはどうしても非効率だ。ど真ん中の13番にいた方が、効率がいい。しかしそれは変わった出口をすぐに知ることができる場合だ。出口を知ることができない以上、外周側を回るしかない。


『瀬古大輝、木部あいは次の問題に答えろ。前回ターンで新しくB1フロアに移動してきたプレイヤーは誰? 正解ならば2人には、今後モニター画面を通してのコミュニケーションルールを免除する。回答は2人で相談し、代表者1人が言えばよい。制限時間は次の移動ターン開始まで』

『波多野郁斗、太田真子は次の問題に答えろ。B1フロアのマンション内にプレイヤーは今何人いる? 正解ならば次の移動ターンで2室移動しても良い。回答は2人で相談し、代表者1人が言えばよい。回答の制限時間は次の移動ターン開始まで』

『佐々木涼子、園部歩美はそれぞれ性交の経験人数を紙に書きカメラに映せ。制限時間は次の移動ターン開始まで』


 これは痛い。大輝達に対してだ。前日朝6時のターンで出された問題で、なぜ俺たちが正信と卓也と佐々木がB2フロアにいることを掴んだのか、その経緯を話すべきだった。

 正信か卓也、若しくはその両方がB2フロアを出ている。正信がまだB1フロアをクリアしていないことはB4フロアで一緒だったから知っている。そして木部が赤坂を回答した経緯から卓也もまだB1をクリアしていない。佐々木は園部と一緒のミッションだからまだB2フロアだ。正信か卓也の2択で済むのに。

 そして正解の場合のメリットが大きい。コミュ解禁なら次にミッションに遭遇した時に出口を教えられる。木部はB2フロアに移ってからもそれができる。次に大輝が進む1Fがどうなっているのかはわからないが。キキは絶妙な問題を出してくる。しっかり会話を聞かれているのだろう。


「くそっ」

「私たちのメリットも大きいよね。正解なら2室進めるから出入り口変更前に出口を出られる。瀬古君たちと反対周りにすれば出口部屋以外で、4人同室になることもないし」

「田中とは1回同じ部屋になるけどな」

「それはどうだろ。利緒菜ちゃんも美織ちゃんも次から反対に回るかも。瑞希ちゃんたちにミッションが課されなかったから。木下君だけは私達の作戦を知らないけど、そのまま右回りを続ければ出られる」

「そうか。田中と牧野はそれに気づいていれば確かにそうするはずだ。と言うことは、本田は1Fで陽平はB2に行ったか」

「いっくん、人のことより自分のミッション。さ、考えるよ」

「あ、あぁ」


 俺は真子に諭されノートを広げた。そして多くの情報が書き込まれたそのノートを真子と一緒に見た。


「私たちが当初把握していたのは10人。歩美ちゃんはもう出た。更にそこから瑞希ちゃんと橋本君が出たと考えられる」

「そこから何人がB2から上がってきたのかだけど、正信と卓也のうち1人か2人か」

「たぶん1人だよ」

「なんで?」

「瀬古君たちの問題、2人にそれぞれ1人ずつ回答させる問題じゃなかった。たぶん上がってきたのが1人だからだよ」

「なるほど。他のターンで上がってきたプレイヤーはいないかな?」

「そこなんだよね……。しかもこの問題、回答するタイミングで答えが変わる可能性がある」

「どういうこと?」

「このターンでもしB2を出てB1に来るプレイヤーがいる場合、どのタイミングで入り口部屋に入るかわからないから」

「うわー、そっかぁぁぁぁぁ」


 俺は頭を抱えた。これほどまで考慮しなくてはいけない内容があるとは。どうしたものか。


「考え出したら本当切りないね」

「あぁ。B1だって俺と真子が来てから出口変更までに園部しか出てない。だからB2も正信と卓也のうち1人が出たと単純に考えるか」

「そうだね。結局それがいいかも。そうするとマイナス3のプラス1で8人だね」


 俺と真子の考えはまとまった。このまま制限時間まで2人で考えても新しい情報は入ってこない。腹を括った。


「答えは8人だ」


 俺はモニターに向かって言った。すると俺と真子の端末が光った。そこに表示されたメッセージ。


『ミッションの問題の結果。不正解』


「……」

「……」


 続けて表示された『ミッションクリア』。いつになったらメリット型の問題に正解できるのだろう。B1で固まっていたプレイヤー達も今はバラバラだ。だからこんな問題、情報が少なすぎてわかるわけがない。

 気づくと3面すべてのモニターが暗転していた。全員ミッションは終ったようだ。大輝達は正解したのだろうか。佐々木と園部は……


「みんないつの間にか終わってるな」

「そんなに歩美ちゃんと涼子ちゃんの経験人数が知りたかったの?」


 真子が拗ねたように言う。どうやら俺の思考は読まれていたようだ。俺は慌てて目を逸らした。


「次そんなこと言ったら浮気だからね」


 これが浮気になるのかよ。俺は話題を変えたくて別の話を振った。


「結局誰がいるんだろうな、このフロア」

「確実なのは歩美ちゃんと涼子ちゃんがいなくて、私といっくんとあいちゃんと瀬古君がいるってことだけだね」


 そんなに情報が少ないのか。


 この後、俺と真子は朝食を食べ終わり、肩を並べて、背中を壁に預け座っていた。もう見慣れた部屋。何日も監禁されている建物。腕の端末があるため抵抗することもできない。


「臭くない?」

「うん。俺真子の匂い好きだから」


 真子は風呂に入ってない事を気にしているのだろう。普段の生活でもあるまいし、匂いごときで俺が真子に幻滅することはないのだが。


「なんかやだ。その言い方」

「ちぇ。本当のことだし、フォローになってると思ったんだけどな」

「そういう時は『大丈夫だよ』だけでいいんだよ」

「ふーん。俺は大丈夫か?」

「いっくんの汗臭さは中学の時から知ってるから。何度部活中に傷の手当てをしたことか」

「そういう時は『大丈夫だよ』だけでいいんだよ」

「人のセリフ、パクるな」

「へぇ、へぇ」


 一気に4人が死んだターンからしばらく人は死んでいない。俺たちに課されたミッションでそのリスクはあったが、なんとか凌ぐことができた。これが続いて残り全員が生きてこのゲームから脱出できたらと思う。

 プレイヤーにされたクラスメイト達は皆一様に不安なのだろう。俺と真子、大輝と木部以外はやはりミッションを避けている印象がある。扉が開いている15分を除くと、7時間45分の間ずっと1人で過ごしているのだ。こんな状況ながらも、こうして話ができる最愛の人がいる分だけ俺は恵まれている。


 俺はそっと真子の手を握った。それに応えるように真子も握り返してくれる。そして俺の肩にこめかみを預ける。長かったすれ違い。その時間を埋めるように今を過ごしている。


「早く帰って普通のデートがしたいね」


 勉強はいいのだろうか。それならそれで俺は構わないのだが。


「そうだな」

「いっくんの成績上げてからだけど」

「……」


 やはり逃げられないのか。けどこの建物の外で真子と自由に過ごせるのなら、勉強だって何だってやる。今の俺の願いはそれだけだ。

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