第二十七話

 4月13日 PM2:00 第20ターン


『ジリリリリッ』

『2時の移動ターンの時間です。今から15分以内に移動する扉を選択して下さい』


「はぁ、出口変更してすぐに辿り着けないってわかっちゃうと悲しくなるね。これから3日間ただミッションをこなすだけだよ」

「まぁ、しょうがないよ」


 俺は真子の愚痴を宥めながら、2人して大輝達がいる部屋のE扉を選択した。


 15分が経過して扉が開き、大輝と木部の姿が見えると俺はすかさず聞いた。


「大輝、ミッションの答えどうだった?」


 大輝は無言で首を振った。


「誰を答えたんだ?」

「高橋君」


 大輝を代弁するように木部が答えた。卓也までたどり着いたのか。しかし木部の説明は根拠が違った。

 まず当初B1フロアで把握していた10人以外の8人を、B2フロアにいると仮定したそうだ。その中から誰が一番早く出られそうかを予想したとのこと。そこでB2フロアに長くいるプレイヤーのうち、赤坂が後ろに付いていたのであろう卓也を回答したとのことだった。つまりほぼヤマ勘に等しい。


「と言うことは正信だったか」

「なんで渡辺君になるのよ?」


 俺は俺と真子が導き出した根拠を説明した。


「そんな情報持ってるなら先に言っときなさいよ」

「悪かったよ」


 木部も鈴木美紀に負けず劣らず気が強いようだ。しかしその俺と木部のやりとりに大輝が口を挟んだ。


「無駄だよ。郁斗から俺たちがその情報をもらってないことをキキは知ってたんだ。だからこんなに都合のいい問題が出せたんだ」


 確かに。それは俺と真子も感じたことだ。その大輝の言葉に木部は落胆の表情を見せた。


「それで一室しか進まないってことは、あなたたちも間違えたの?」

「……」

「……」


 俺と真子は何も答えられず、木部は俺たちの表情から肯定と受け取った。


「出口が25番っぽいことには気づいた?」

「あぁ。陽平と本田にミッションが課されなかったから」

「残念ね……」


 はい、とっても残念です。大輝と木部はお先にこのフロアをクリアして下さい。


 やがて15分が経過し扉が閉まった。


『ジリリリリッ』

『同室4室確認。ミッションを発令します。モニターをご覧下さい』


「4室も?」


 真子が声を上げた。確かにここ最近で4室は多い。誰だろうと思ってモニターを見ていると俺と真子は驚いた。


 なんであいつとあいつが……


 一面には俺と真子、一面には大輝と木部、一面には正信と陽平が、一面には赤坂真美と前田志保が映っていた。


「ちょ、いっくんこれおかしい。なんで渡辺君と橋本君が同じ部屋にいるのよ」


 そう、これがおかしいのだ。前回ターンでの大輝達のミッション。大輝達は卓也を答え外した。すると正信しか残らない。つまり正信はB1フロアにいる。

 しかしB1フロアの出口を出たはずの陽平となぜ同室に? 大輝の予想通り1Fも同じ間取りで同じゲームがされていて1Fで出会ったのか? いや、まだ2人は1Fに行ける段階ではないはず。2人はどのフロアにいるのだ?


 赤坂と前田は? 同時にB2フロアをクリアしてB1フロアに来た? そして一緒に行動をしているのか? どういうことだ? あれほどミッションを避けていると思っていたプレイヤー達が、今回は4室でミッションだ。もう他のプレイヤーの所在がさっぱりわからなくなってきた。そして俺と真子の疑問はお構いなしに表示されるテロップ。


『瀬古大輝、木部あいは互いの足の指を舐めろ。制限時間は次の移動ターン開始まで』

『太田真子は十秒間、波多野郁斗の頭を土足で踏め。制限時間は次の移動ターン開始まで』

『橋本陽平、渡辺正信は互いの性器を舐めろ。制限時間は次の移動ターン開始まで』

『赤坂真美、前田志保は死体の人骨に触れ。死体は黒子が運び込む。制限時間は次の移動ターン開始まで』


「……死体が運ばれて来るのか?」

「……」


 真子は声が出ないようだ。B2フロアで死んだのは中川、野口、津本、遠藤、鈴村の5人を把握している。B1フロアなら村井、佐藤、新渡戸だ。この誰かの死体が運ばれるのだろうか。

 するとモニターに映る赤坂と前田の部屋のS扉が開いた。そこに表れたのは2人の黒子。その黒子が2人掛かりで運び込んだのは安置室で見たグレーの死体袋。黒子は床に死体袋を置くとファスナーに手を掛けた。


「見るな」


 俺は咄嗟に真子の顔を自分の胸に引き込んだ。真子が俺の胸元のシャツを強く握る。そして画面に映る死体袋。そこに表れたのはリボンの制服を着た死体だ。野口か新渡戸か? 野口は真子が去年も同じクラスでそれなりに親しかったと聞いている。これは真子には見せられない。赤坂と前田は泣いている。様子からして発狂している。

 いや、違う。野口ではない。新渡戸でもない。死体袋を広げてはっきりと映し出されたその死体。腐敗がかなり進んでいる。死後4日の野口と死後3日の新渡戸ではない。あれは俺がB4フロアで見た死体、伊藤ひかりか鈴木怜奈だ。腐敗からもう顔の判別もできない。B4フロアで死んだ鈴木美紀も死後2日のため違う。


 なんということをさせるのだ。まだ編成されたばかりのクラスとは言え、クラスメイトだ。その死体の骨に触らせるなんて。更に黒子はへらのようなものを赤坂と前田に差し出した。この先を想像したくない。


 この後赤坂と前田は発狂しながら、時間を掛け、腐敗した腕の皮膚を削り取ると指一本で骨に触れた。そして2人の部屋のモニターは暗転した。死体がずっと部屋にあるのも嫌だろうし、臭いのこともあるからできるだけ早く終わらせたかったのだろう。


「真子もういいぞ」


 真子は俺の胸から顔を離した。1時間以上ずっと俺の胸に顔を伏せていた。少し怯えている。俺が見た内容は絶対に話すべきではない。


「終わったの?」

「あぁ。もうモニターも暗転してる」


 そう言葉を掛けると少しだけ真子の肩の力が抜けた。そして一つ息を吐くと真子は言った。


「私達もミッションやらなきゃ」

「もっと落ち着いてからでいいぞ」

「ありがとう。そうする」


 他3面のモニターはまだ作動している。つまりミッションが終わっていない。俺達以外の2室もやはり赤坂と前田の部屋のミッションが気になっていたのだろう。


 ややして俺に寄り添っていた真子が言った。


「今回はどの部屋もろくなミッションじゃないね」

「そうだな」


 赤坂と前田の部屋のミッションは言わずもがな、大輝と木部は俺達よりも8時間長く風呂に入っていない。陽平と正信は男同士。2人とも先のミッションで一度は性器をカメラに映しているので深くは言わないが。そして俺達……


「私そんな趣味ないんだけどな」

「俺だってそうだよ」


 キキは一体どんな趣味をしているのだ。まぁ、ただ見て楽しんでいるだけなのだろうが。


「どういう体勢でやったらいいんだろ?」

「俺が横になろうか?」

「そうだね」


 俺はマットの上に仰向けに寝た。あぁ、これから真子に土足で頭を踏まれるのか。


「ちょっと」

「え、何?」

「うつ伏せで寝てよ。やらしい」

「う……ごめん」


 そうか、気が付かなかった。仰向けだと真子のスカートの中が丸見えか。今更な気もするが。俺は体勢をうつ伏せに変えた。顔を上げると目の前に真子の両足が見えた。既にローファーを履いている。

 やがて後頭部に感じる真子の靴の裏。目の前には真子の足首を覆うハイソックスが見える。真子は右足で踏んでいる。


 はぁ、俺はサッカーボールか……


 こんなことに興奮する奴の趣味がわからん。そして真子のカウントが始まった。


「い~ち、に~い、さ~ん」

「ちょ、真子、数えるの遅くない?」

「し~い、ご~お」


 真子は俺の声などお構いなしに続けた。


「ろ~く」


 俺は目の前にある自分の腕の端末を見た。そこに表示されていたメッセージ。


『ミッションクリア』


「し~ち」

「ちょい、ちょい、もうクリアしてる」


 そう言って俺は体を回転し、真子の足から逃れた。


「あれ、そうだった?」


 真子は悪戯に笑って見せる。わざとか。


「端末見てみろよ。モニターも消えてる」

「あ、本当だぁ。気づかなかったぁ」


 何とわざとらしい言い方だ。本当にこういう趣味はないのか? 今なら確信に近い疑いが持てるぞ。この先の付き合いが不安になる。

 俺が体を起こすと真子は膝で立ち、俺を包み込むように寄り添った。そして踏んでいた後頭部を優しく撫でてくれた。真子の腕に包まれながら、頬が柔らかな胸の感触に反応する。


「飴と鞭」

「へへん」


 くそ、可愛いじゃないか。心地いいじゃないか。さっきまでの真子の悪戯心はもう帳消しだ。だからと言ってそんな趣味はないからな。


「全室ミッション終ったんだな」


 俺はすでに暗転しているモニター4面を見て言った。


「うん。私達のミッションの間に。男子同士の部屋では見てはいけない物が映り込んでた。……と思うけど」

「見たのか?」

「ズボン下ろそうとした時、すぐに目逸らしたよ」

「本当か?」

「1人、影だけ……」

「ちっ」

「ちゅっ」


 すると唇に柔らかい感触。目の前にはゼロ距離の真子の顔が。不意打ちって恥ずかしい。けど、なんかいい。


「舌打ちしないの。私の王子さまはいっくんだけなんだから」

「……」


 自分で赤面するのがわかる。真子は笑顔だ。可愛い。


「ね?」

「うん」


 どうやら俺は真子には敵わないようだ。

 しかしこのターンで混乱してしまった。他のプレイヤー達の所在が。陽平と本田はどこにいるのだ? 25番は出口ではないのか? 一体誰が今俺たちと同じB1フロアにいるのだ?


「角部屋スタート作戦の弱点だね」


 俺の疑問に真子がそう言った。真子曰く、角部屋スタートを選択することでプレイヤーが分散される。そのおかげで情報が入りにくくなる。確かにそうだ。ミッションを避ける理由もあって4つ角に分散した。その付けがきた。


「もしかしたら25番が出口ではないのかもな」

「その可能性も捨てきれなくなったね」


 そうすると結局、今のまま大輝達を追いかけるように外周を回るしかない。できることはそれだけだ。


 B2フロアの初期配置の時は何が何だかわからずの状態で始まった。とにかく情報収集と現状把握に努めた。

 1回目の出入り口変更があってからはB4フロアにしろ、B1フロアにしろ、多くのプレイヤーが固まっていた。そのおかげでかなり情報交換ができた。

 そして2回目の出入り口変更があった今、プレイヤー達が分散し、隣の部屋のプレイヤーとしか情報交換ができない状態になった。協力し合うことができない状況だ。今がゲームの山場と言えるのだろうか。


 俺と真子はお互いに支え合っているが、このフロアをクリアしたら別れなくてはならない。それを考えると今後が不安になる。

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