第三十三話

 4月15日 PM10:15 第27ターン


『ジリリリリッ』

『時間になりました。扉を開きます。今から15分以内に移動をして下さい』


 とうとう起きてしまった最悪の事態。この1Fで最初の同室者。大輝は非常に落ち着いている。大輝と同室になった本田はかなりパニックだ。しかし、大輝から本田が腹黒いと聞かされていたためか、その様子がわざとらしくさえ見える。


 10時の移動ターンで、大輝は予定通りど真ん中の13番に進んだ。俺は大輝の隣の部屋であり、大輝が元いた部屋である12番に進んだ。本田は13番の部屋に入室してきたのだ。つまり俺が本田と別れてから、本田はそのまま北上してきたのだということになる。

 本田が大輝の言う通り腹黒い女であるのなら、1ターン余分に外周を回ったのはフェイクなのだろうか。そしてこうして大輝と同室を選んだということは、殺し合いをしてでも大輝に勝てるとでも思っているのだろうか。


「お願い、何もしないで。私は何もするつもりがない」

「どうせ扉が開いてる時間は危害を加えられない。そもそも俺は中部屋を目指すって言ったはずぞ? なぜわざわざこっちに来た?」


 これが13番の部屋で2人が居合わせた時の最初の会話だった。とても俺に入り込める余地はなく、ただただ聞いているだけだ。


「私も途中から中継部屋が中部屋かなと思って。けどまさかこんなタイミングで同室になると思ってなかったから」

「よく言う。本当は俺の中部屋説を聞いて最初からど真ん中のこの部屋を狙ってただろ。武器でも隠し持ってんじゃないのか?」

「そんなことない。本当よ。お願い信じて」


 そう言うと本田はなんと服を脱ぎだした。そして下着姿になった。更にその場で一周回った。動きを止めると本田は懇願するように言う。


「ね? ないでしょ? 瀬古君が望むならこのターンが終わるまでずっとこの格好でいるから。扉が閉まったら下着も脱がせていい。私の体、瀬古君の好きにしていいから」

「色仕掛けかよ。このターン終わるまで俺とお前が生きてたらどの道2人とも脱落だ」

「お願い。私は何もしないから。2人とも生き残れる道がきっとあるはずよ。一緒に考えましょ? ね、お願い」


 そこまで話すと大輝は本田に背を向け俺を向いた。


「郁斗、この先お前は園部のルートを追いかけろ。本田が真っ直ぐこの部屋に来たということは18番も違う。18番が中継部屋ならここには来ず、出口を探して外周を回り始めるはずだ」

「わかった。俺は園部とかち合わないように、園部を追いかける。だから次は7番に行く」

「あぁ、その方が効率いい。ったく。次は18番に移動してそっから中部屋を左に回ろうと思ってたのに、こいつに教えられるなんて皮肉なもんだよ」


 しばらく大輝と本田の睨み合いが続いた。本田は怯えている。もう少しで扉が閉まる。大輝と本田はどうなるのだ。どうしても1人しか生きられないのか。何も干渉できない自分がもどかしい。


「郁斗、もしかして手錠持ってるか?」

「あ……ごめん。真子が持ってる」

「そうか……」


 どうも真子は手錠がお気に入りのようで、ミッションで使った手錠を自分の鞄に入れてしまった。あれは支給品なので持ち出すことができた。こんなことになるなら俺が持っておけば良かった。と言っても、2人が助かる道はあるのか……


 大輝と本田の睨み合いが続く中にゆっくり扉が閉まった。12番の部屋に1人取り残された俺は何とも居た堪れない気持ちになった。頼む、2人とも死なないでくれ。


『ジリリリリッ』

『同室1室確認。ミッションを発令します。モニターをご覧下さい』


 俺と真子に課された『愛し合え』のミッション以来か。しかも最悪な形のミッションだ。ミッション内容は暗転されたままのモニターに表示された。


『瀬古大輝、本田瑞希。1Fミッション』


 確かに中継はされない。これだけの情報ではBフロアのプレイヤーが見ても何のことだかわからないだろう。怖がって上がって来ないことを抑止している。くそ、うまくできている。


 落ち着かない。狭い部屋の中を俺は何度も往復した。刻一刻と時間は過ぎる。23時、0時、とうとう日付が変わった。昨晩は真子を求めすぎて徹夜だ。しかしこの日、一人部屋のあまりの暇さと、他室でミッションがない安心感から昼寝をしていた。全く眠くない。


 落ち着かないまま迎えたその時だった。時刻は深夜1時を過ぎている。


『ジリリリリッ』

『脱落者確認』


 脱落者……。誰だ? また人が死んだのか? やはり隣の部屋なのか? そして表示されたテロップ。それは大輝達の部屋のミッションを知らせたモニターだった。


『本田瑞希脱落』


 本田が……。大輝は本田に手を掛けたのか? 大輝が?


 俺の頭の中は混乱していた。津本と対峙する前大輝は、津本に対して確かにその可能性を匂わせていた。しかし人が死ぬことを嫌った俺の意思を汲み取り、最大限譲歩してくれた。それどころか、その後津本がまた人を殺したり襲ったりしたことに、一緒に責任を感じてくれた。

 絶対に大輝はむやみに人を殺すような奴ではない。木部と支え合ってここまでゲームを進めてきたことからも断言できる。隣の部屋では何が起きたのだ。


 4月16日 AM6:00 第28ターン


『ジリリリリッ』

『6時の移動ターンの時間です。今から15分以内に移動する扉を選択して下さい。なお、前回出入り口決定から72時間が経過したので、各フロアの入り口と出口を変更します。入り口と出口は3日ごとに変更され、コンピューター抽選で公正且つランダムに選ばれます』


 ゲーム開始10日目、監禁11日目だ。クラスメイトは半数の16人になった。そしてBフロアの出口の扉が変わった。真子はどうしているだろうか。さすがにまだBフロアだろうか。1Fには来ないでほしい。こんな危険なフロア、真子には近づかないでほしい。


 あまり眠れなかった。大輝のことが気になっていた。しかし大輝と約束した。俺は7番の部屋に進むと。だから俺はN扉を選択した。

 大輝に会って何があったのかを聞きたい。大輝のいる13番の部屋に向かうべくE扉を選択しようか、ずっと迷っていた。しかしそれは大輝を信じていないことを意味する。俺は大輝を信じる。だから約束通りの部屋へ進む。


 そして15分が経過し開いたN扉。その先の7番の部屋には誰もいなかった。無人の部屋に並べられた凶器が不吉だ。スタート部屋以外はすべての部屋に用意されているようだ。殺し合いをしろと言わんばかりである。とにかく同室がいなくて安堵する。

 元いた12番の部屋にも誰も来ない。俺にとって誰とも一切会わないターンは初めてだ。

 そしてまた暇な7時間45分が始まる。いや、今回は移動中にも誰とも会わなかったため、ちょうど8時間か。もどかしい。悔しい。様々な負の感情が腹の中をこだまする。


 PM2:00 第29ターン


『ジリリリリッ』

『2時の移動ターンの時間です。今から15分以内に移動する扉を選択して下さい』


 園部は中部屋を右に回ると言っていた。今7番の部屋だから次は8番に向かわなくてはならない。俺が同室になる可能性があるプレイヤーで現在把握できているのは園部だけだ。とにかく園部を避けなくてはならない。そのためには園部の足跡を追えばいい。俺は8番の部屋に入るべくE扉を選択した。


 15分が経過し開いたE扉。その先に男子生徒の姿が見える。まだ開ききっていないので移動前のはず。俺との同室者ではない。大輝か? そう思っていると男子生徒はこちらを振り返った。


「郁斗か」

「敦」


 男子生徒は木下敦だった。かなり早いタイミングで1Fに来ていたことはわかっていたが、ずっと所在がわからないプレイヤーだ。俺とは同室にならない安心のプレイヤーである。


「郁斗とは同室にならないみたいだな。安心したよ」

「あぁ、まったくだ」

「ちなみに喜べ。ここが中継部屋だ」

「本当か?」


 俺は興奮の余り声を張り上げた。敦は少し笑みを浮かべて首肯した。と言うことは園部もこの部屋は通過した。顔を合わせた時に次はこの8番の部屋に来ると言っていたから。俺は部屋を移動しながら敦に聞いた。


「敦がここに来る前のターンで園部来なかったか?」

「彼女ならそこだよ」


 敦が親指を北に向けて言った。8番の部屋はN扉が開いている。そこには無人の3番の部屋があった。覗いてみるとE扉が開いていてその陰から園部が軽く手を振っている。


「私8番の後、3番に移動したの。そこから外周を回り始めた」

「そっか。じゃぁ俺は園部のルートをそのまま追うわ」

「うん。それなら同室にならないもんね」


 園部のルートがわかって良かった。外周を右回りだとは聞いていたが、8番からだと東に2室進んで10番から回るのか、近い方の北の3番に出てから回るのかがわからない。敦が繋いでくれて良かった。


「俺は途中まで外周を左回りに回ってきたから、次も3番から左に回るよ。入り口部屋だけ避けなきゃいけないけど。もっと早く中部屋に来ておけば良かった。10番まで行ってから折れたんだよ」


 既に3番の部屋に移動した敦が言った。ずっと1人で回っていたようだ。B1フロアから合わせるとかなりの時間1人でいたことになる。


「そうだったのか。それは大変だったな」

「なぁ、昨日、大輝が本田と同室になって本田が脱落って……」


 敦が顔を曇らせながら言った。その話題に顔を覗かせていた園部の顔も曇った。


「これだけは絶対に言える。大輝はむやみに人を殺すような奴じゃない。絶対に何か良からぬことが起きたんだ。大輝を信じよう」

「あぁ、そうだな」


 敦は無理やり納得させるように言った。しかし表情は硬い。園部も同様だ。疑心暗鬼になって場が混乱することだけは避けたい。どうかこれ以上死者を出さずに終わってくれ。


 やがて扉が閉まった。すると腕の端末が音を立てて振動した。そこに表示されたメッセージ。


『中継部屋に入りました。出口の選択を可能とします』


 ホッとする。これで中継部屋通過確定だ。俺と園部と敦か。他にはいるのだろうか。とにかくこれからは誰とも同室にならないように気をつけながら進むだけだ。

 その時だった。


『ジリリリリッ』

『同室1室確認。ミッションを発令します。モニターをご覧下さい』

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