第四十三話

 大輝とボブの英語での話は続く。


「細かい条件だが、まず俺たちの携帯電話がほしい」

「それはできない。キキが管理している。恐らく持って出て行った」

「そうか。君たちはどうやってキキと連絡を取っている?」

「俺達も通信機器は持ち込んでいない。これからはオブザーバーの1人が麓まで下りて、公衆電話で定時連絡を入れることになっている」


 かなり面倒なことをしている。いや、徹底していると言った方がいいのか。


「ここは日本か?」

「そうだ。○○県の山奥だ」

「周辺に住民は?」

「見かけたことはない」


 俺たちの高校や自宅がある隣の県。そんな所に運ばれて監禁されていたのか。


「屋外へ出るための鍵がほしい」

「それは問題ない。しかし屋外に出ると端末が察知して狙撃されることは知っているか?」

「あぁ、聞いた。あとさっき休憩室の食料と水を確認したがこの人数だと心配だ」

「それならこっちの食料と水を運んでやる。俺達がここを出る日には全てそっちに移してやるさ」

「それだと俺の分がなくなるじゃないか」


 俺は思わず日本語でツッコミを入れた。しかし大輝が笑って答える。


「大丈夫だ。調理台はこっちにもあるし作ってそっちに運んでやる。この鉄格子の下を通して」


 あぁ……、それだと俺が近藤に『あ~ん』だ……。24日の夜から26日の朝……。いや、朝は朝食よりキキの到着が先か。つまり合計4食。なんとしてでも扉の開閉システムを乗っ取らなくては。そんな俺の落胆をよそに大輝は英語で続けた。


「こっちの話だ、気にするな。では、ボブ。俺達の雇用ってことで、契約成立でいいか?」

「あぁ、よろしく頼むよ。仲間には無線で伝えておく」

「基本的には俺かここにいるゲームマスターの郁斗の指示で動いてくれ」

「オーケー」


 そう言うと大輝は鞄を床に置き鉄格子に近づいた。そして再びボブとがっちり握手を交わした。


「それでは最初の指示だ。このフロアの安置室の場所を教えてくれ」

「隣の部屋だ」


 ボブは鉄格子を通していた腕を引き抜かず、大輝の後ろを指差した。そこは地下で言うところの機械室だ。つまり1Fに機械室はない。


「生きた脱落者もその中にいる」

「気づいていたのか?」

「あぁ。俺達は脱落者を回収し、安置室に運べと指示をされただけだ。脱落者の生死の確認は指示されていない。俺達は指示されたこと以外は動かない」


 驚いた。黒子は死体がフェイクだと気づいていた。しかしそれは自分たちの仕事ではないと判断し見逃した。つまりキキにさえ知られていなければいい。


「オーケー、ありがとう。ではゲームの管理に戻ってくれ」

「わかった」


 ボブは俺と大輝を残し、ゲームマスター室に戻って行った。


「郁斗、これ。チップ代」


 大輝がそう言って差し出したのは一万円札だ。


「え、でも……」

「気にするな。近藤の荷物の中にあった財布から抜き取った金だ」

「それなら遠慮なく」


 俺は大輝から受け取った札を財布に仕舞った。3倍以上になって返って来た。


「館内放送は試したのか?」

「そう言えば、何も。そもそも今まで黒子がどう動くかわからなかったから。パソコンは自由に使っていいって言われてたからミッションは変更できたけど」

「なら、1Fは入り口に入る前に風呂がないことを伝えてやれ」

「そうだな。そうする」

「俺は安置室に行って死体を起こしてくる」

「あぁ。俺も放送が終わったらここに来るから起きた死体と会わせてくれ」

「わかった。携帯さえ手に入ればすぐに警察を呼べるんだけどな。救助が期待できるかわからない以上、全員が休憩室に揃うまで黒子には食事の世話をしてもらわないと」

「そうだな。とりあえずはキキが帰って来るまでここだな」


 そう言葉を交わすと俺と大輝はそれぞれの行動に移った。

 まずは正信、菊川、木部、田中、牧野を救出できる。この5人にはプラスチックカードを差し込む不正方法が伝わっているはずだ。


 俺は軽い足取りでゲームマスターの席に座った。前田がこのターンで西に、勝英が東に進んでいる。次のターンで2人は同室になりそうだ。

 それを確認すると俺は館内放送のマイクに向かった。更に今プレイヤーがいる6室のマイクはオンにした。これで各部屋からの声も届くはずだ。


「あ、あ。波多野です」


『郁斗?』

『波多野君?』

『いっくん……』


 各部屋から様々な反応が返ってきた。真子、助けてあげられるからな。待っていてくれよ。


「みんなの部屋の声も聞こえてるよ」


 そう言うと各部屋のプレイヤー達が安堵の表情を見せた。


「今のターンで大輝が最終出口を通った。今死んだふりをして安置室に運ばれた死体を起こしに行ってる。菊川の死体はフェイクだ。他にもフェイクはいる」


 女子は一様に泣き出した。陽平と勝英からも安堵の笑みがこぼれる。現存のプレイヤーは多くのクラスメイトの脱落を知らされた。それでも生きているプレイヤーがいるとわかれば少しは救われるだろう。


「俺はゲームマスターになったと言ってもゲームの傍観者にされ、ゲームマスター室に監禁されている。けどミッション内容の権限はシステムが乗っ取れた。

 ただ、同室になればミッション自体は発令されるし、扉の開閉や8時間毎に1室移動まではプログラムが複雑で乗っ取れない。頑張ってはみるけど、とりあえずこのまま移動ゲームだけは続けてくれ。

 それから財布とかに入ってるプラスチックカードを端末と腕の間に差し込んでくれ。それで毒針が遮断できる。その不正はこっちで見逃す」


 俺はそれだけ言うと一度マイクを切って近藤を見た。


「おい、近藤」

「はひ」

「今からプレイヤーみんな端末の毒針と脈拍計測器を遮断する。それを黒子に見逃すように伝えろ。ゲームマスターからの指示だと言って」

「了解しました」


 俺は近藤が英語でボブに話し始めた。それを確認すると俺は再びマイクを入れた。


「たぶん次のターンで勝英と前田が同室になる。ミッションはこのまま、『同室者を敬え』にする。だから前田は男と同室だけど安心してくれ。勝英に襲われたら勝英は脱落だ」


 各部屋から失笑が漏れる。みんな久しぶりの笑顔だろう。そこにすかさずツッコミを入れる勝英。


『うるせー。どうせ脱落になったってもう死なないだろ?』


「あぁ、残念なお知らせも1つある。今後マンション内で脱落になったらもう体は回収されない。黒子が扉を開けられないから。つまりキキが帰ってくるまでその狭い部屋で監禁だ。

 だからと言って端末無視して同室者に付いて行っても無駄だぞ。録画は残しておくからな。警察が来た時の証拠品になるから。だから乱暴した奴には後で法的制裁が待ってるぜ」


 ここで勝英が項垂れた。ざまぁみろ。

 女子にとっては反ってありがたいだろう。1人でいるより複数でいたい。しかし男子との同室は気を使う。トイレ事情もある。離れたければ折れる時に一度内側を回るなりして1人になればいい。


「今現在の人員配置は1Fが22番に勝英、24番に前田、18番に野沢。B1は佐々木1人。B2は真子と陽介の2人だ。

 Bフロアの3人は出口を出たらそのBフロアで休憩を済ませてくれ。1Fは一部廊下が遮断されていて、エレベーターから風呂や休憩室に行けない。

 各部屋のマイクはオンにしたままにしておくから何かあったら俺を呼んでくれ。俺以外ゲームマスターの部屋には入れないようになってる」


『ちょっと、波多野君』


 佐々木に呼ばれた。早速だ。


「どうした、佐々木?」


『せめて映像は切ってよ』


「あぁ、そうだな。プライバシーを守るために映像は切っておく。ただ何が起こるかわからないから、移動選択時と移動中、偶数時間の0分ちょうどは室内を確認させてもらう。あとさっきも言った証拠のために録画は続ける」


『それ以外で覗いたら真子に言いつけるから。もちろん録画も』


 う……。きつい一言。真子の名前を出されると弱い。俺は一旦マイクを切った。


「近藤」

「はひ」

「今の話、この放送が終わってから実行するように黒子に伝えろ。それから俺がここにいない時に呼び出しがあったら俺を呼びに来るようにも」

「了解でございます」


 大輝との打ち合わせのため、廊下に出ている時もあるからな。俺は再びマイクを入れた。


「キキが帰ってくるまでに全員最終出口は出られるから安心しろ。それじゃぁ、放送は以上だ」


『ちょっと待った、郁斗』


 今度は陽介に呼ばれた。


「どうした陽介」


『毒針が刺さらないなら俺、この先どっかのターンで1室多く移動してもいいか? その方が8時間早く上がれる』


 確かに。陽介の前には真子がいる。端末に縛られないならそれは可能だ。1Fに上がってからなら佐々木も1室多く進める。しかし実はこの端末のシステムもまだ乗っ取れていない。むしろ今以上のことを乗っ取れる自信がない。


「移動違反は念のため止めてくれ。端末が正常に作動しなくなる恐れがある。毒針は遮断できると言ってもその端末が危険物であることに変わりはない」


『そうだな、わかった』


 他に質問などは上がらないようなので俺はここで放送を打ち切った。そして廊下に出ると鉄格子の先には大輝達がいた。そう、「達」だ。


「みんな」


 複数人いることを確認して不覚にも目に涙が溜まってしまった。しかし安置室にいたことで気が病んでいるのか一行の表情は重い。メンバーは大輝の他に菊川、木部、田中……


「え? 三人だけ? 牧野と正信は?」

「……」


 一向は顔を伏せたままだ。その一時の静粛を破って田中が重い口を開いた。


「美織は……、外傷があった……」

「外傷? そ、それって……」


 それだけ言うと田中はしゃがみ込み泣き出してしまった。続きを木部が説明してくれた。


「私、1Fでずっと渡辺君の後ろだったの……」


 木部曰く、途中、正信が敦と同室になった。その時に敦がしきりに殺し合いは止めようと正信に言っていたらしい。

 その後扉が閉まり、ここからは次のターンで会った時に木部が正信から聞いた話だ。扉が閉まった途端に敦が武器を取り正信を襲った。それでもみ合いになって正信は怪我を負った。身の危険を感じた正信は応戦。その結果敦を殺した。


 木部が正信に会った時に確認したところ、正信の怪我は瀕死の重傷だった。それから正信はずっと気が立っていた。本当に危険なほどに。その後牧野と同室になったが、隣の部屋で木部と同室になった田中がしつこく話し合いをしろと言った。しかし結果は最悪だった。

 扉が閉まって木部は田中から生きて脱落する方法を提案され、それに乗った。しかしその後、既に安置室に運ばれていた牧野を確認したら亡くなっていた。


 正信は牧野に怪我を負わされたのかはわからないが、恐らく敦との怪我が原因で動けなくなった。そして移動違反を犯した。正信の遺体もその後、安置室に運ばれて来た。手首にプラスチックカードはなかったから牧野との話し合いはできなかったのだと言う。


「そ、んな……」


 俺はがっくりと膝を付いてしまった。正信は結局不正を知らないまま牧野を殺した。やるせない。


 お調子者の正信。あまり人を疑わない印象がある。それを扉が閉まった途端に敦に襲われた。そりゃ、不信にもなる。それが尾を引いていた。

 牧野はこのゲームが始まって最初のターンで会った1人だ。しばらく俺は牧野の後を付いていたことでそれなりに打ち解けた。真子とB1に上がって最初の部屋は同室だった。クラスメイトの死を一緒に泣いた。これからもっと仲良くなれたかもしれないのに。


 俺の絶望をよそに木部は続けた。


「高橋君のことは瀬古君から聞いた。本当に悲しいよ。歩美ちゃんはあと一歩だったのに」


 あぁ、この2人もとても悲しい死だった。もっと早くにプラスチックカードの不正を思いついていれば、この2人は間違いなく助かった。園部と会った時に伝えられた。制限時間ぎりぎりまで一緒に過ごしていた2人なのだから。

 いや、敦と正信だって助かった。俺がもっと早く気付いていれば敦に伝え、それが正信に伝わって2人が協力できた。その結果、牧野も。本田だってそうだ。大輝と同室になる前に……


「郁斗、自分を責めなくていい。少なくとも今生きている奴はお前に助けられた」


 大輝が俺の表情を読み取ってか、励ましてくれた。

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