第十三話
真子は真剣な表情で、真っ直ぐに俺の目を見て言った。
「エッチもしよっか?」
どういうことだ? って、言葉の意味のままか。いいのか? って、真子から誘っているだろ。ここでリードしなきゃ男じゃない。
すると部屋の照明が落ち、常夜灯に切り替わった。これは雰囲気づくりを後押ししているのか? いや、ただ12時になっただけなのだろう。けど今まで過ごして来た二晩より明るく感じる。その理由は大輝の部屋のモニターが作動したままだからだ。
彼らのミッションは朝まで続く。やっぱり酷なミッションだ。そして彼らの部屋は照明が落とされていない。どうやらミッションの最中は明るいままのようだ。そんなことを考えていると真子が続けた。
「私はいっくんと顔を合わせた瞬間から心の準備はできてたよ? 初体験って大事なことだから、ミッションですることになったらすごく残念。皆にも中継されちゃうし。だからこそもしそうなるくらいなら、2人きりの時間のうちにいっくんに捧げたい」
ここまで言われると理性は切れそうなものだが、俺は気づいてしまった。真子の変化に。
「真子、無理するなよ」
「え……」
「ミッションならやる。2人一緒に生きるために。けどミッションで課されないなら、ここではしない。ゲームを終わらせて、ゲームの外に出て、しかるべきタイミングでその日を迎えよう」
「いっくん……」
真子は心の準備ができていると言いながらも震えていた。抱き寄せていた真子の肩から伝わってきた。恐らく焦りがあるのだろう。それが読み取れた瞬間、俺の理性が働いた。
「うん。いっくんの言うタイミングでお願いします」
そういうと真子は額を俺の胸に預けた。そんな真子を見ていると絶対に2人で生きて外に出るという強い意欲が湧いてくる。だからこそだ。だからこそ説得しなくては。
「真子、一緒に行動することなんだけど、やっぱり俺は気が進まない」
「ダメなの?」
「俺と大輝が津本と3人で今朝課されたミッション、あぁいうのが来たら俺は真子とは争えない。あの時は殺さずが条件になってたけど、今後もそうだという保証はない。もっと過激になるかもしれない」
そう、これが真子と行動を共にすることに抵抗がある一番の理由なのだ。
「いっくんがどうしても無理って言うなら私はそれに従う。けど、私はその覚悟もできてた。好きな人と一緒にいての結果なら私は受け入れられる」
この言葉に真子の意思と覚悟を感じた。真子は強い。俺なんかよりもずっと。
「それにミッションの傾向として、100%じゃないけど、暴力的なミッションは男の子同士に課されてる。男女の場合は性的なミッションがある。女の子同士は内容がソフトで稀にメリットのあるミッションになってる。だからいっくんを男の子と同室にはしたくなかったの。心配が絶えないから」
俺はミッションの傾向には気づいていなかった。確かにすべてではないが、そんな傾向があるように感じる。
「わかった。それなら真子と一緒に行動して俺が真子を守る」
「本当?」
真子が嬉しそうに俺を見上げた。俺も笑顔を返し、首を縦に振った。
「あ、でも……」
「まだ何かあるの?」
俺は無言で背中の便器を指差した。気まずい。
「はぁぁぁぁぁ」
俺の言いたい意味がわかったらしく真子が深いため息を吐いて頭を抱えた。
「そっかぁ。せっかくいっくんの彼女になれたのに、それ見ちゃったら嫌われちゃうよね。女の子としか同室になってなかったからそこまで気づかなかった」
「いや。何があっても俺が真子を嫌うことはない」
俺は慌てて否定した。そして続けた。
「せっかく付き合えたのに俺から別れることもない。ただプライバシーを守れないこの部屋で真子の尊厳の方が心配だったから」
「それはもう仕方ないよね。これも受け入れるしかないよね」
真子はショックを隠せない様子だったが、受け入れると言うので俺たちは行動を共にすることにした。俺が真子を守る。とは言え、トイレ問題。俺も真子のように同性との同室しか経験していないので、真子と一緒になるまで気にしていなかった。他の異性同士の同室者たちはどうしているのだろう。どうしようもないのだろうけど。
「それじゃぁ今日はもう寝よう」
「うん、告白の返事も聞けたし、心配してるんだぞってお説教もできたし」
「それが言いたいこと、聞きたいことだったのかよ……。まぁ、解決したならいいや。真子がマット使いなよ」
俺はマットから立ち上がった。大輝には申し訳ないが、今後どのようなミッションがあるかもわからないので、俺は俺で寝ておかなくては。すると真子が俺のブレザーの袖を引っ張った。
「一緒に寝ようよ」
「はいぃぃぃい?」
「私達もう付き合ってるわけだし、さっき心の準備できてるって言ったじゃん」
震えといてよく言う。と言うか、真子と密着して横になっても意識して眠れるわけがない。キスを強請ってきたことと言い、真子はいつからこんなに肉食系女子になったのだ。中学の時はもう少し控え目なイメージがあったのだが。俺たちに溝があった1年間でこうも変わってしまったと言うのか。
その後いくらかの押し問答を経て、結局俺が床で寝ることになった。真子がせめて毛布をと言って譲ってくれたので、俺はそれを床に敷き、ブレザーを体に掛けて寝た。
4月10日 AM6:00 第10ターン
『ジリリリリッ』
『6時の移動ターンの時間です。今から15分以内に移動する扉を選択して下さい。なお、前回出入り口決定から72時間が経過したので、各フロアの入り口と出口を変更します。入り口と出口は3日ごとに変更され、コンピューター抽選で公正且つランダムに選ばれます』
俺は警報音とアナウンスで目を覚ました。真子も目をこすりながらマットから体を起こした。4つのモニター画面はすべて消えている。移動ターンのアナウンス以外で警報音は鳴っていない。大輝と木部は無事ミッションをクリアしたようだ。するとモニターにテロップが表示された。4面すべてに同じ内容が書かれている。
『追加ルール発令。ミッション中、モニターを通してのコミュニケーションは禁止とする。本日AM6:00より』
「やっぱりそうきたか」
「気づいてたの? それに出口変更ってアナウンスで言ってた」
俺の呟きに真子が反応した。
「昨日出口を通った後、大輝が出口変更の可能性があるって言ってたんだよ。モニターにメッセージを表示させれば自分の知ってる出口の場所を教え合える。そろそろ出口経験者も増えてるからそれをするプレイヤーは出てくるはずだって。けどキキに気づかれるのは絶対で、それをしたら何をされるかわからない。だからとりあえず俺達は止めとこうって話してたんだ。コミュ禁止は昨日の真子と大輝のやりとりを見てキキが対策を打ったんだろう」
「瀬古君と会った時はそこまで話す時間なかったからな。志保ちゃん、知ってた出口が変わっちゃって残念だろうな。次の移動はどうするの?」
「このまま左回りに進む。今はプレイヤーの誰もが出口を知らない状態。わかっているのは外周の部屋ってことだけ。引き返すには勇気もいるし、結局考えてもわからないからこのまま進むのが得策だろう。大輝は、それでも稀に反対に回り始める勇気あるプレイヤーはいるかもって言ってたけど」
こうして俺と真子は『E』のボタンをタッチした。
『ジリリリリッ』
『時間になりました。扉を開きます。今から15分以内に移動をして下さい』
『ジリリリリッ』
扉が開き始めると同時に警報音が鳴った。そして緊張が走った。定時アナウンス以外での警報音。これは誰かが死んだか、これから誰かが死ぬ。俺たちプレイヤーは皆、そう染みついてしまっていた。
『失格者確認』
俺と真子は移動をしないままモニターを見た。するとそこには津本が映っていた。部屋の中央で座っている。津本は自分の映像を確認すると足を引きずりながらもすぐに立ち上がった。左手には果物ナイフを握っている。他には誰も映っていない。
「どういうことだ? 津本が失格になるのか?」
それにしてはナイフを持って身構えている理由がわからない。なぜだ。
『津本隆弘、扉選択なし。失格』
そうか。端末を壊されて次の扉が選択できなかったのか。新しい端末が支給されるわけではないのか。ということは、毒針は? 端末が壊れているからゲームマスターの信号も受信できないのでは? 受信機能と毒針は生きているのか? けどあの身構え様……
すると津本の部屋のN扉が開き始めた。前回ターンまで出口だった扉だ。外から姿を現したのは黒子の格好をした人間だった。津本の言う通り本当にいたのか。死体の回収などをする、文字通りの黒子。
黒子は室内に入らず右手を水平に上げた。なんとその手に持っていたのは拳銃だった。そして迷うことなく事務的に津本に向かって引き金を3回引いた。津本はそのままマットの上に仰向けに倒れた。そしてモニターは暗転した。2人を殺し、1人を死に追いやった津本が死んだ。
「やっと津本が失格になったな。つーか、端末も自力で守らなきゃいけないみたいだな」
俺はその声に反応した。すると隣に正信が立っていた。俺と目が合うと正信は続けた。
「よっ、ご夫妻。おはようさん」
「おはよう……」
ご夫妻に照れたのか真子はか細い声で挨拶を返した。多分昨晩の俺から真子へのメッセージを見てのことだろう。
「おはよ。なんでこっちの部屋に来てんだ?」
「出口変わったから逆回りに進もうと思って」
大輝が言っていた稀にいる勇気のあるバカがここにいた。いや、バカは言っていないか。
「それに園部とのイチャイチャミッションを期待して」
やっぱりバカだった。
「って、なんでW扉開いてねーんだ?」
「あれ、本当だ」
園部がいるはずの部屋の扉が開いていない。園部も逆に回り始めたのか?
「渡辺君残念だったね。渡辺君を避けて反対に回っちゃったんだよ。身の危険を感じたんじゃい?」
「ちぇ」
真子が茶化すように言う。そして真子が俺に言った。
「いっくん、移動しよ」
「あぁ」
俺は真子と一緒に23番の部屋に移動した。隣の24番の部屋には元気と鈴木美紀がいる。更に奥の25番の部屋には勝英がいる。正信と園部以外は回り方を変えないようだ。しかし、久しぶりに人と会って泣いていたほど寂しがり屋の一面を見せた園部が、なんでわざわざ回り方を変えたのだ?
7人が繋がったこのグループ、園部は進行方向に対して最後尾だった。俺と真子が逆回りに変えていればまた会うことはできる。しかし、そうでなければまた孤立する。入り口も変わって21番から人が入ってくる保証はない。他にB4フロアに人がいて会う可能性だって保証されていない。
7人中、園部以外が逆回りに変えていたとしても、自分が変えなきゃ少なくとも2時の移動ターンまで勝英と会うことはできる。
俺は腑に落ちないままずっと考えた。そしてそろそろ扉が閉まるかと思われる時間、真子に向かってぼやいた。
「また孤立する可能性が高い逆回りをなんで園部は選択したんだろうな」
「そうだよね。1ターン目でミッションに当たっちゃって一度はミッションを避けるために動いたんだろうけど、メリットのあるミッションもあるとわかればこの並びでわざわざ孤立の可能性が高い方は選ばないよね。私たちと会うまでがあれほど寂しかったって言ってた子だもんね」
俺ですらこのくらいの確立の計算はできる。園部だってそれは考えればわかるはずだ。となると考えられることは1つ。俺が結論に至った瞬間扉が閉まり始めた。俺は慌てて声を張り上げた。
「たぶん出口は21番の部屋にある。もしかして園部は出口を出たんじゃないか!?」
俺の大声に東隣の部屋の元気と鈴木美紀が反応した。その奥の部屋で勝英も視線を向けたのがわかった。声は届いたようだ。正信にも聞こえたと思うがどうせ次のターンで21番の部屋に行くだろうから聞こえていなくても問題ない。
「いっくん今の……」
「あぁ、当たってるといいな」
真子にそう言うと扉は完全に閉まった。
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