第四十話
4月26日 AM6:00 第58ターン(最終ターン)
『ジリリリリッ』
『6時の移動ターンの時間です。今から15分以内に移動する扉を選択して下さい』
ゲーム開始20日目。監禁21日目、3週間だ。
もう聞き飽きた、この警報音とアナウンス。このゲームマスター室に監禁されてからは1週間。精神的に限界だ。
俺は風呂に入れるが近藤は繋がれた状態なので入れない。臭いはひどいものである。更に食事の世話にトイレの世話。俺ももうみんなのところへ行きたい。
「はいは~い、お2人さ~ん。仲良くやってますかぁ」
やっと帰って来たキキ。開く屋外への唯一の通用口。早く俺を解放してくれ。
「あら~、お元気ないですかぁ?」
「いいから早く端末を外してくれ」
「はいはい、急かさない。そういう約束ですから今からちゃんと外しますよ」
そう言うとキキはスティック状の機器を俺の端末の蛇腹に近づけた。すると蛇腹が外れた。3週間ぶりに軽くなる左腕。
「それでゲームの結果はどうでしたか?」
「録画してんだろ? ネタバレいいのかよ?」
「えぇ。私そういうのは気にしません。早く結果が知りたいです。過程は後でじっくり見ます」
「それじゃ、休憩室に行こうぜ」
俺とキキは並んで休憩室に向かった。後ろを2体の黒子が付いて来る。休憩室はゲームマスター室の隣なので廊下を出るとすぐだ。途中の鉄格子をキキが開けた。電子キーのような物を使っている。この時休憩室の照明は点いていた。
「おや、電気が点いていると言うことは他にもクリアした人がいるんですね」
「あぁ。とにかく中に入れよ」
そう言うとキキは休憩室の扉を開けた。そして入り口で大口を開けたまま立ち尽くした。
「よぉ、お前がキキか。小っちぇな」
まずは軽口を叩く大輝。
「七三に、低身長に、出歯にって、まったくもってもてない日本人の典型ね。少しはイケメンかもって期待してたのに」
それに続く佐々木。
「つーかその蝶ネクタイダサくね? いや、むしろ『かぁわぁいぃ』って言った方がいいのか?」
止めを刺す勝英。
「なんでこんなに生きてるんだ」
キキはかなり動揺している。陽気な話し方はなく、完全に素だ。
「ちょっと待て。その前に人数おかしくないか。8人以上いるじゃないか」
「ゲームから脱落はしたけど死んではないわよ。舐めんな」
木部がキキに突っかかる。
「なんでだ、なんでだ。2、4、6……なんで11人もいるんだ。お前は死んだはずだろ、木部あい。他に菊川未来も田中利緒菜もいるじゃないか。ちゃんとモニターで確認してたぞ。それに……」
「おちびさん、もしかして脈拍計測器のこと言ってます?」
田中が逆質問で返す。
「あ、あ、あ……。くそっ」
するとキキは俺の端末を外した時に使ったスティック状の機器を操作した。どうやらみんなの端末の毒針が作動したようだ。
「へぇ、そこそこ衝撃来るんだ」
前田志保が無表情で声を上げる。
「この毒針でクラスのみんなを殺した。絶対に許さない」
真子が目に涙を溜めて怒りをぶつける。俺は真子の横に並んで真子の肩を擦った。
「それで操作するらしいですよ、刑事さん」
陽平が部屋中に叫んだ。すると廊下から刑事と特殊隊員がなだれ込んできた。そして古株の皆本刑事が逮捕状を示す。
「本郷義正、誘拐、逮捕、監禁、殺人の容疑で逮捕する」
脇にいた若手の吉田刑事がスティック状の機器を押収した。特殊隊員たちは黒子を取り押さえている。
「順番に外します。まだ針が動く可能性があるのでプラスチックカードは各自でしっかり押さえていて下さい」
吉田刑事が言った。吉田刑事は順番にみんなの端末を外していった。キキは唖然とした様子で立ち尽くした。
4月18日 AM0:10
菊川が徐に言ったのだ。
「キスとエッチがしてほしい」
「は? 冗談だろ?」
「男女二人きりの密室で、冗談で女の方からこんなこと言えないでしょ」
「……」
俺はこの会話を経て菊川をマットに寝かせた。そして菊川に覆いかぶさり、首から下は毛布を被った。
俺は菊川の首筋に唇を這わすと囁いた。できる限りの小声だ。
「盗聴されてるからエッチしてるふりして聞いて。イエスの時は『あっ』、ノーの時は『いやっ』で答えて」
「あっ」
「もしかしたら端末を操作して死なずしてゲームを脱落できるかもしれない」
そう言うと菊川は驚いたのか顔を俺に向けた。お互いの頬がもろに接触する。それに俺、動揺。いや、そんな場合ではない。
俺は毛布の中で菊川の体をまさぐるふりをした。そして先ほど財布から抜き取ってブレザーのポケットに入れておいた、レンタルショップの会員証を取り出した。毛布の外には出さない。
次に菊川のブレザーの左袖を捲りあげた。端末があるので、ブラウスは既に捲られている。俺は菊川の肘側から会員証を、腕と端末の間に差し込んだ。これで毒針と腕は遮断された。
しかしすべては差し込まなかった。手首の脈を取る位置は遮断されないように気を付けた。映像では生きているのに脈が計測できなかったら不正が知られてしまう。こんな不正を知られたら必ず黒子が銃で殺しに来るだろう。
「不正がバレたらたぶん殺される。けどこのまま過ごしてもどうせ2人とも死ぬ。だったら死んだふりに賭けてみないか?」
「あっ」
「俺にはやらなきゃいけないことがある。それはこのゲームをクリアして、システムを乗っ取ること。それでみんなを助ける。あまり知られてないけど俺はシステム構築ができるほどパソコンに精通してる」
「いやっ」
なぜそこでノーなのだ? まぁ、いい。続けよう。
「そのために菊川には危険だけど死んだふりをして脱落してほしい。頼めるか?」
「あっ」
「もし失敗したら後で俺も追いかける」
「いやっ」
ノーと言われようと責任を感じるから追いかけるつもりだ。すべてが終わったら。
俺と菊川はこのまま服を着た状態で絡んだふりを続け、打ち合わせを進めた。
「こんな感じだけどできるか?」
「あっ」
打ち合わせが終わると俺は肘を伸ばし菊川から距離を取った。見下ろす菊川は目が潤んでいる。これはやばい。破壊力抜群だ。いや、いかん。これは浮気心だ。反省しよう。
そして俺は声を標準のトーンに戻し、菊川に言った。
「菊川、ごめん。やっぱり俺できない」
「……」
「やっぱり真子のことが……」
「……」
何か言ってくれ。気まずい。頼む。
「わかった。我儘言ってごめん」
「菊川」
俺は安堵の声を上げた。しかし。
「けど1つだけ。今日は一緒に寝て。服は着たままでいいから。それで理解してあげる」
うむ、今の菊川の言葉を直訳すると、『不正行為をするという俺の作戦に乗る代わりに、今日は一緒に寝て』と言ったところか。
「えっと……、真子には……」
「どうせ死ぬんだし。あの世で会っても内緒にするから」
「わかった。それなら」
「それから……」
まだ何かあるのか? 1つだけと言っていたような……と思っていると下の体勢の菊川がいきなり俺の後頭部を掴み、顔を引き寄せた。勢いよく重なる2人の唇。目の前には目を閉じたゼロ距離の菊川の顔が。
ややして菊川は俺の後頭部にあった手の力を緩めた。それに合わせて2人の顔も離れる。
「私のファーストキスを捧げてやった。これで今のは許してあげる」
「……」
言葉が出ない。恐らく今の菊川の言葉を直訳すると、『女の子からの恥ずかしい夜のお誘いに乗るふりをして、作戦の打ち合わせをするなんて最低。けど私のファーストキスを捧げられたから許してあげる』と言ったところか。なんだか申し訳なくなってくる。けど、命が懸っているのだから他に方法が思い浮かばない。
翌朝5時半。俺と菊川は行動に移った。俺達は服を着たまま1つのマットで一緒に寝ていた。菊川のリクエストに応えた形だ。寝たと言っても横になっていただけで、ミッションの最中の緊張感と、作戦の緊張感で眠れるわけがない。ずっと雑談をしていた。
菊川はマットから起き上がると身なりを整えるふりをして鞄からビタミン剤を取り出した。それを1粒手のひらに挟み込んだ。
次に菊川が向かったのは多くの凶器が掛けられている壁。そこから毒薬のカプセルが入った瓶を手にした。そして1粒取り出したふりをして手のひらのビタミン剤を握った。
所詮モニター観察では手に持っているカプセルの大きさは微々たるもので、色が違おうがビタミン剤なのか毒薬なのかは判別できない。
そして菊川は俺と死を予感させる言葉のやり取りを交わしながら、ビタミン剤のカプセルを飲んだ。そのまま会話を続け、時折苦しむふりをして、やがて菊川は死んだことになった。その時俺は菊川の左腕を握り、会員証を奥まで押し込んだ。これで脈も止まったことになったはず。
そして鳴った警報音と表示された菊川脱落のテロップ。よし、第一段階クリア。とりあえず菊川は死んだと認識された。
やがて黒子が死体回収に来た。ここからが問題だ。生身の人間を黒子に触らせてしまっては死んだふりが知られてしまうのではないか? 俺は当初五分五分だと思っていた可能性に賭けていた。そしてその賭けに勝った。
死体回収に来た黒子は死体袋を持って来ていた。俺は自分の部屋で死体回収をされるのが初めてだったので、黒子が死体を安置室に運んでから袋に入れるのか、袋に入れてから安置室に運ぶのかを知らなかった。後者で本当に良かった。ただ、黒子は顔を隠していて視界が悪い。もしかすると前者でも問題ないのかもしれない。
俺は黒子から死体袋を引っ手繰ると収容作業を買って出た。そして生きたままの菊川を死体袋に入れた。これから菊川は安置室に行く。俺があとどれだけで出口を出られるかわからない。つらい思いをさせるのが心苦しい。
俺は死んだプレイヤーの荷物がどこにあるのかを知らない。荷物も安置室に一緒に運ばれていれば飲食物は持ち込める。しかし安置室を見た時、そんな物は見当たらなかった。
それなので俺は、黒子にばれないように菊川のスカートの中にペットボトルの飲用水を差し込んだ。太ももに挟み込むように。卑猥だ。けどないと困るだろう。仕方ないとは言え2人が生還出来れば、後で殴られそうだ。いや、死んだとしてもあの世で。覚悟しておこう。
そして指1本分の隙間を残して死体袋のファスナーを閉めた。菊川が中から自力で空けられるようにするための隙間だ。そこまですると黒子は菊川を運んで部屋を出た。
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