第三十一話
4月14日 PM10:00 第24ターン
『ジリリリリッ』
『10時の移動ターンの時間です。今から15分以内に移動する扉を選択して下さい』
俺と真子は警報音とアナウンスを耳にするとすぐさま端末を見た。そこに表示されたのは『ミッションクリア』の文字だった。未だに理解できない、前回ターンのミッション。失格すらも覚悟していた。しかし、こうして無事クリアすることができた。
そして表示された扉の選択ボタン。『N』『W』『S』の3つが有効だ。北東角部屋のこの部屋で北側の扉が選択できる。つまり出口である。
「いっくん」
「うん」
俺と真子はN扉を選択した。これで俺は地下コンプリート。これから真子と離れて1Fに行く。1Fでは何が待ち受けているのか。すぐにゲーム修了なら言うことはないのだが。
そして15分が経過し開いたN扉。その先に見える回廊。俺と真子は互いの手をしっかりと握り、出口を潜った。
『ピコンッ』
『B1フロアクリアおめでとうございます。メッセージが届いています』
俺と真子の端末が鳴動した。俺はすかさずメッセージアイコンをタッチした。
『B1フロアをクリアしました。1Fへは南西のエレベーターから上がれます。エレベーターは1回につき1人までしか乗れません。また一度乗ると目的フロアでしか降りられません。時間内にスタート部屋に入室されない場合は失格となります』
やはりゲームはまだ続く。1Fには何が待っていると言うのだ。
「いっくん?」
真子が不安そうな表情を向けて俺を呼ぶ。あぁ、そうか真子にはこのメッセージは届いていないのか。俺は届いたばかりのメッセージを真子に見せた。
「はぁ、まだ終わりじゃないんだね」
「そうだな。けどもう終わりは近いはず。もう一息だ」
俺は真子を励ますように言った。
俺と真子はこのままB1フロアで一緒に過ごした。先にフロアを移動してはもう一緒にいられない。この先このゲームで一緒にいられる保証はないのだ。
風呂と洗濯を済ませ12時頃に休憩室で休んでいると、少しして真子が入ってきた。風呂にも休憩室にも誰もいなかった。真子も誰も連れていない。B2フロアを出たプレイヤーはいないのだろうか。それともいるもののB2フロアで休憩をしているのだろうか。
「一人か?」
「うん。いっくんもそうみたいだね」
「あぁ」
プレイヤー全員が今極端にミッションを避けている。今回のターンから俺と真子にミッションが課されない。もしかすると今回は同室が一室もないかもしれない。しかし1Fに上がったプレイヤーはいる。全員参加型のミッションはないと思うのだが。
「いっくん、今日はここで寝ようか?」
真子が休憩室内に2台あるスプリングベッドを見ながら言った。
「でも、もし寝坊したら……」
「その時は2人揃ってあの世だね」
真子が苦笑いに近い笑みを作って言う。あぁ、真子とならそれもいいかもしれない。どんなに真子を守ると言ったところで結局命の保証はない。最後の夜と思って真子と過ごすのもありだ。
「そんな顔しないの」
「ん?」
どんな顔をしていたのだろう。感情が出ていただろうか。
「あの世は冗談だから。私ずっと眠りが浅いからたぶん起きれるよ。それに2人ともお昼寝はしてるから大丈夫でしょ。できるだけいっくんと長く一緒にいたいから今日はここで寝よ?」
「うん、そうだな」
眠りが浅かったのは俺も同じだ。稀に深い眠りに落ちる時もあるが、そういう時は決まって嫌な夢を見る。
真子は既に一台のスプリングベッドに腰掛けていた。
「あの、真子……」
「ん?」
「風呂入ったし、今日いい?」
俺がお伺いを立てると真子はジト目を向けた。
「誰か来たらどうすんのよ」
こんな時間から誰か来るなんてことはあるのか。この時間のターンで考えられるのはまだB2フロアにいるか、寝坊を恐れて先にスタート部屋に入るか。恐らく今の時間で他に誰もいないのであれば、これ以降誰も来ない。そう言うと真子は更に反論した。
「休憩室の電気が点いてるの見たら入ってくるでしょ」
俺は真子のその言葉に休憩室の照明を落とした。常夜灯の薄明るい光だけを頼りに真子がいるベッドへ近づく。そして真子を押し倒した。
「きゃっ、ちょ、いっくん……んん……」
真子の言葉に構わずキスをして、真子の体をまさぐった。
「あっ、そんなとこ……。やっ、いっくん……あっ……」
この夜俺は真子を抱いた。終わると腕枕をして話をして、そしてまた抱いた。それを繰り返し、気づけば明け方の4時半。
「はぁ、はぁ。いっくん、凄すぎ。どんだけ、性欲、強いのよ。バカ」
裸でふやけた真子に罵られる。しかしそう言う真子もかなり悶えていたし、たくさん色っぽい声を出していたからいいじゃないか。とは言え、男は命の危機を感じる環境に身を置くと、繁殖本能が強く働くのだろうか。それとも真子の言うとおり単純に俺の性欲が強いのか。
「お風呂、入り、たいけど……体が、動かない」
真子がそんなことを言うので俺は真子の体にシーツを巻き、お姫様抱っこで廊下を通って浴場に運んだ。小柄な真子は軽い。何の苦労もなかった。
「全裸で廊下を運ぶなんて羞恥プレイだ、バカ」
脱衣所で下ろすと真子に罵られた。なんとか立っているが、まだ足が少し震えているようだ。
「そう言うなよ。俺も女子湯入っちゃって、こんな環境じゃなきゃ犯罪者だから」
「こんな環境でも犯罪者よ」
真子はわざとけんか腰で言葉を投げる。意外とこんなやりとりも好きだ。
「なぁ、真子?」
俺の問いかけに真子がジト目を向ける。俺はささやかな抵抗を見せるが。
「まだ何も言ってないだろ?」
「予想できる」
「じゃぁ、当ててみな」
「お風呂一緒に入りたいって言うんでしょ」
「う……だめ?」
「もう。明るいし、それに誰か来たらどうするのよ」
「そこをなんとか」
「まったく。今回だけだからね」
文句を言いながらも真子は俺の我侭に付き合ってくれた。髪をアップにした裸の真子が艶やかだ。
まだ少し力の入らない真子の体を洗ってあげ、俺も体を流すと二人して湯船に浸かった。ゲームのことなんか忘れて、ずっと真子とこうしていたいと思う。
「1Fは何があるんだろうね」
「スタート部屋って書いてあったからまた同じようなゲームだろうな、たぶん」
「はぁ、いつになったら終わるんだろ……」
真子の不安は尽きない。俺も同じだがなるべく真子には見せたくない。俺は真子の肩を抱き寄せた。すると真子は俺の肩に頭を預けてきた。
下層のB3フロアとB4フロアが閉鎖したことで、このゲームは上層のフロアに初期配置されていたプレイヤーの方が有利かとも思っていた。しかし、自力で出口を経験していない赤坂が脱落になった。公平性は考えられているようだ。
と言ってもそもそも理不尽なゲーム。日常を奪われた桜学園2年A組の生徒達が命を懸けてやらされているデスゲームだ。こんなに悲しいことはない。
「いっくん、好き」
ふと真子が呟いた。考えたくはないがもしかしたらもう会えないかもしれない。言葉を交わすことができないかもしれない。離れていても真子を守るつもりでいる。しかし俺にどれだけのことができるだろうか。だから今のうちに言えるだけ言っておかなくては。
「真子、俺も真子のことが好き」
そう言うと真子は俺の体に腕を回した。
風呂を出た俺と真子は休憩室で服を着ると、飲用水と水道水のストックを持って南西のエレベーターの前に立った。肩には通学鞄が掛かっている。
「いっくん」
真子は俺の名前を呼び、荷物を床に置くと抱きついてきた。抱きつく直前に目に入った真子の顔。眉がハの字になっていた。不安だろう。寂しいだろう。その感情を飲み込み、泣くのを必死で堪えている。それが痛いほどわかった。
俺は強く抱きしめ返すことしかできない。それで気持ちを表すことしかできない。もどかしい。俺にできることはもっとないのだろうか。
一度キスを交わすと真子は離れた。
「じゃぁ、先行くね」
「うん。ミッションはできるだけ避けて」
「わかった。いっくんも気をつけてね」
「あぁ、1Fで会おう」
そう言葉を交わすと真子はエレベーターに乗り込んだ。開かれたエレベーターの扉を挟んで俺と真子は対峙する。真子の表情は崩れていて今にも泣き出しそうだ。
そして真子が腕の端末を操作するとエレベーターの扉が閉まり始めた。あと数センチで完全に扉が閉まるかと思われた時に見えた真子の姿。両手で顔を覆ってその場にしゃがみ込んだ。そして微かに聞こえた真子の嗚咽。
「真子……」
俺の目頭も熱くなる。しかし俺は真子を守るためにしっかりしなくてはならない。泣いている場合ではない。早くこのゲームをクリアし、真子を助けるのだ。
やがて戻ってきたエレベーター。乗り込むと今まで無効だった『1F』のボタンが確認できる。俺はそれをタッチして1Fへ上がった。そして程なくして開かれたエレベーターの扉。
「やっぱりか……」
見覚えのある景色だ。見間違えるはずもない回廊だ。そして正面に見えるマンション内21番の部屋のS扉。やはりここでも移動ゲームが繰り返される。俺はそう確信しながらエレベーターを降りた。
「え……」
違う。一緒ではない。地下フロアにはなかった鉄格子が1Fの廊下にはある。人が通れない幅で牢獄を思わせるような鉄格子。これがエレベーターを降りてすぐの右側に、回廊を分断する形であったのだ。俺はすぐに左を向いた。するとマンションの壁の延長線上にやはり同じ格子がある。つまり回廊を回れない。
エレベーターを降りてすぐの廊下は5メートルほどの長さで分断されている。その分断された廊下からアクセスできる扉はエレベーターと階段室と物置が一つと21番の部屋のS扉だけ。もちろんもうエレベーターは操作できないし、階段室と物置の扉は閉め切りだ。選択肢は21番の部屋のS扉しかない。
俺は21番の部屋のS扉の前に立った。時間は朝の5時45分。案の定ここが入り口だと表記されている。俺は腕の端末を受信センサーに近づけた。
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