第三十二話
4月15日 AM5:45
ゆっくり扉が開き始める。人の気配はない。そして全貌を現した部屋。地下の部屋と全く何も変化がないように思う。正面に見えるN扉とその上のモニター。そこに表示されたテロップ。
『ここから読め→』
真っ黒な画面に横書きの白文字。どうやら『N』『E』『S』『W』の順番で各モニターを読むようだ。俺は入室して荷物を置いた。そしてテロップを読み始めた。
『ここから読め→
この部屋は1Fのスタート部屋。ミッションは起こらない。またこのフロアのミッションは中継されず結果のみが他室に報告される』
結果だけなのか。中継はされないようだ。俺は次にE扉の上のモニターを見た。
『1Fは出入り口変更が行われない。この部屋は一度出ると二度と入れない』
スタート部屋にはスタートの時のみの一度しか入れないようだ。出入り口変更が行われないのであれば回り方を決めて進めば必ずいつか出口部屋に辿り着く。これは朗報だ。俺は次にS扉の上のモニターを向いた。
『1Fフロアには中継ポイントとなる中継部屋がある。その中継部屋を通過したプレイヤーの端末のみ、出口部屋で出口の扉が有効となり選択できる。中継部屋の変更はない』
くそっ、ゲームの難易度が上がっている。外周を回るだけではクリアできないということか。もしかしたら中部屋にあるかもしれない中継部屋を通ってからでないと、出口を出られない。
俺は最後の画面、W扉の上のモニターを見た。そこに映し出されたテロップを見て俺は愕然とした。
『1Fのミッションは全て『Dead or Alive』だ。内容は『次のターン開始まで複数プレイヤーの生存を認めない』だ。1Fで扉が開いている間に他のプレイヤーに危害を加えることは禁止とする』
「これって……」
1Fでミッションが発生した場合、誰かが死ぬ。同室は1人しか生きられない。そんな……。そしてミッションが起こらないスタート部屋に逃げることもできない。
俺はがっくりと床に膝を付いてしまった。絶対にミッションは避けなくてはならない。誰とも同室になってはならない。
「くそっ、これがスタート部屋に戻れない理由か」
既に1Fにいるはずの大輝と本田と敦とは同室にならない。しかし、彼ら3人は同室になる可能性がある。まさか、殺しあうのか? そんなことって……。B2フロアから上がってきたプレイヤーはいるのだろうか? 今俺と同室になる可能性のあるプレイヤーはいるのだろうか?
AM6:00 第25ターン
『ジリリリリッ』
『6時の移動ターンの時間です。今から15分以内に移動する扉を選択して下さい』
俺は端末でE扉を選択した。そこにいるのは果たして大輝か、本田か。まさか前回のターンで同じ部屋に移動してミッションをしたなんてことは……。そして願わくは俺と同室のプレイヤーはいないでくれ。
15分が経過しE扉がゆっくりと開き始める。そこに現れたのは女子生徒の後姿だった。いや、その前に驚愕の事実がある。何なのだ、この部屋は。壁に所狭しと並べ掛けられた凶器の数々。日本刀、剣、斧、槍。女子生徒は東を向いていてその先の扉は開いている。
「本田」
俺の声に反応して本田は振り返った。
「こっちの部屋に来たのね」
俺が入室すると、本田は俺に近づいた。俺の胸に手を添え、顔を覗き込む。近い……。しかしすぐに本田は俺から離れた。何だったのだ。
俺と本田はそれそれの部屋に移動した。そして開いたままの扉を挟んで座談を始めた。
ここまで部屋の中に入って気づいたが、銃や弓矢のような飛び道具はなさそうだ。黒子が持っていたのでもしかして思っていたが。しかしカプセルの入った瓶が壁に掛けられている。部屋の状況から考えなくてもわかる。毒薬だ。
「大輝は……?」
俺は恐る恐る本田に聞いた。
「スタート部屋を北に出て16番の部屋に移動したわ」
「そっか……」
安堵した。とりあえず大輝と本田は同室を避けたようだ。当たり前か。
「前のターンでミッションは?」
「同室はなし、誰にもミッションは課されていないわ」
「全員参加型のミッションもか?」
「えぇ」
これにも安堵した。B4フロアからB1フロアに上がった時、4人ものプレイヤーが死ぬというミッションが行われていたから。
「ちなみに本田が1Fに上がったターンでは俺と真子だけだった」
「知ってる」
「え……」
「ラブラブミッションだったんでしょ? 愛し合えって。私と瀬古君がスタート部屋にいた時、22番の部屋に歩美ちゃんがいて、移動の時繋がったの」
「そうだったのか」
「歩美ちゃんったら私と1室ずれちゃって」
なぜ残念そうに言う? 陽平と同じく恨んでいるのか? 園部となら1Fのミッションをしても良かったとでも思っているのか? 逆に言えば俺が園部と2室ずれている。同室になる危険性がある。
「私達は同室にならないから敵じゃないわね」
敵なんて概念は誰に対しても持ち合わせていない。みんな味方だ。協力し合ってこのゲームを脱出しなくては。とにかく絶対に園部との同室を避けなくては。
「他に1Fで把握しているのは敦だけか?」
「そうよ。けどどの部屋にいるのかまではわからない」
「B2は?」
「誰とも休憩室で会わなかったからわからないわ。一緒だったあいが行ったってことくらいしか」
「そうか……俺も一緒だ」
情報が少なすぎる。このフロアでのミッションの恐怖が襲い掛かる。中継部屋を通過しなくてはならないルールがある以上、作戦も立てづらい。みんなバラバラに動くだろう。
こうして本田と話していると時間になり扉は閉まった。このターンでは同室者がおらず、ミッションは発令されなかった。
この後の7時間45分は暇との戦いだった。そしてそういった時間は嫌でも余計なことを考えてしまう。大輝か真子とずっと一緒に行動をしていたが、一度だけ真子と部屋を離れた。その時のようなとてつもない虚無感が襲ってくる。
PM2:00 第26ターン
『ジリリリリッ』
『2時の移動ターンの時間です。今から15分以内に移動する扉を選択して下さい』
『ジリリリリッ』
『時間になりました。扉を開きます。今から15分以内に移動をして下さい』
俺は17番の部屋に進むべくN扉を選択していた。そして扉が開きその先の部屋を見た。そこにいたのは長身の男子生徒。シャープなメガネを掛けている。
「大輝」
「おう、郁斗か」
大輝もN扉を選択していたようで更に奥の12番の部屋が見える。そこにいたのは園部だった。園部もまたN扉を選択していたようで更に奥の7番の部屋も見える。
俺達はそれぞれの行き先に移動し、開いた扉を介して座談を始めた。とりあえずは同室がいないので3人とも安堵する。本田と敦は大丈夫だろうか? 他にこのフロアにプレイヤーはいるのか? それともこのターンで上がってくるプレイヤーがいるのか? そうすると俺とは2室ずれて、同室になる可能性がある。
まず大輝が俺に問いかけた。
「本田とは会ったか?」
「あぁ。22番に移動した時23番に移動してた」
「てことは、外周か」
「今のターンでどっちに移動したかはわからんが」
すると大輝が考え込むしぐさを見せた。
「俺は、中継部屋は中部屋にあると思うんだよ」
「あ、それ私も思った」
大輝の言葉に園部が反応した。やはりそうか。それは俺も思っていた。その方がゲームはより複雑になる。ゲームマスターの心理からしたらその方が楽しめるだろう。
「本田は外周を選んだってことか……。最悪このターンで同室になることも覚悟していたんだが」
「おい、そうなのかよ……」
「あぁ。俺はとりあえず今、中部屋を潰しながら13番を目指してる。次に進むのが13番だ」
確かにど真ん中の13番は一番警戒するべき部屋か。本田は中部屋を予想から外したのか? 無論、中部屋に中継部屋があると断定はできないが。
「あいつは腹黒いから俺と同室になってでもこの前のターンで中部屋に進むと思っていたんだが。俺の中部屋予想を知ってるし」
「どういうことだよ?」
「B1で同室になってから俺に媚びてきた」
「は? 木部もいる前でか?」
「あぁ。木部とはB1クリア後別れる。けど同じタイミングで本田は1Fに上がる。元々俺と一緒に動くつもりでいたようだ。ミッションの内容が内容だから結局別れたが」
「ちょ、あんなにミッション嫌ってたじゃん」
「人を選ぶみたいだ」
なんと。陽平のことはあれだけ恨んでいたのに、大輝はいいのか。確かに大輝はイケメンで頭もいい。不人気投票での本田の投票も大輝だった。
「それにあいつは陽平を殺そうとした」
「不人気投票のことか?」
「いや。3室に法律問題が出された時だ」
なぜその時に? どうやって殺そうとした?
「俺は有期刑の最長刑期が30年だと知っていた。しかし本田は俺が答えようとする前に25年だと答えた」
「な、何だよ、それ……。相談もしなかったのか?」
「相談は義務じゃないからな。それに本田は陽平が自力で出口を経験していないことを知っていた。誤答がわざとかはわからんが陽平が死んでもいいくらいに思っていた」
「そんな……。そのせいで赤坂は……。俺と真子の見解だと菊川の可能性だってあったのに」
奥の部屋で園部は口を押さえて信じられないという表情をしている。
「本田は菊川を一度B2で見ている。だから赤坂か陽平の二つに一つだったんだ」
「マジかよ……。本田が陽平を狙ったのは確かなのか?」
「本人はそんなこと言わないが、恐らく」
奥の部屋に見える園部。本田はこの園部に対しても怨恨の念を垣間見せた。本当に園部と本田が同室になることがなくて良かったと思う。
「そうだ、園部は次どの部屋に行くんだ?」
園部の顔を見ていて俺は思い出した。園部とは同室になり得る。避けなくては。
「私は8番。中部屋を右回りに潰して外周を右に回ろうと思う」
「そうか、わかった。園部とは同室にならないように注意する」
「ありがとう」
3人で話しているとやがて扉は閉まった。今回もミッションはないようだ。安堵する。
そしてまた7時45五分、暇との戦いだ。余計なことを考えないように、なんとか楽しいことを考えて気を紛らわせなくては。こういう時はやはり真子のことを考えよう。
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