第二話
4月7日 AM6:30
閉まりゆくドアを見ていたらとてつもない寂しさが襲ってきた。
「はぁ、やっぱり一緒に行けば良かったかな」
俺は力なくマットの上に腰を下ろした。少し暖かい。中川がここで寝ていたためだろう。するとまた警報音と無機質な音声案内が鳴り響いた。
『ジリリリリッ』
『同室4室確認。ミッションを発令します。モニターをご覧下さい』
『ジリリリリッ』
『失格者3名確認』
失格者だと? それに同室とは中川と牧野のことか? ミッションとは何だ?
俺が思考を巡らせているとあの陽気な音楽が鳴った。そしてキキの声が鳴り響いた。
『はいは~い、皆さ~ん。同室者が出たので本来ならここでミッション発令ですが、同時に失格者も出たのでまずは失格者をご覧いただきま~す。モニターに注目』
その声と同時に4カ所のモニターのうち2箇所が作動した。どこかの部屋を映しているようだ。
一つは女子生徒が一つの部屋に4人いる。もう一つは男子生徒が一つの部屋に2人いる。男子生徒はこの春から同じクラスになった鈴村俊と村井拓也だ。女子生徒にも見覚えのある顔が。やはり同じクラスの生徒だ。
いや、おかしい。ここで俺は気づいた。現時点で俺が確認できた男子生徒は俺を入れて4人。俺、中川、鈴村、村井だ。しかし女子生徒は5人いる。モニターに映っている4人と牧野だ。このキューブマンションにいるのは男女4人ずつの8人ではないのか? 現時点ですでに9人だ。俺の疑問をよそにキキは続けた。
『村井拓也君は部屋の移動をせず留まりました。鈴村俊君と顔を合わせたのが原因でしょう。
伊藤ひかりさんと鈴木怜奈さんは移動先の部屋を超えて別の部屋まで行ってしまいました。女の子4人の部屋が一時的に繋がってみんなで固まっちゃったのかな。
と言うことで村井君、伊藤さん、鈴木さんは失格です』
するとモニター画面に映る女子生徒2人が左腕を押さえ膝を付いた。あれが伊藤と鈴木か。他の女子生徒2人が介抱するように寄り添う。しかし次の瞬間、伊藤と鈴木は床に転げた。介抱していた女子生徒2人は口元を押さえて離れた。泣いているようだ。状況からして悲鳴を上げているのだろうが、音声までは届かない。
俺は村井と鈴村の部屋のモニターに目を移した。村井も床に転げている。その脇で鈴村が腰を抜かしている。やがて床に転げた3人は動かなくなった。
『はいは~い、失格者の処分が終わったようです。皆さんの腕に取り付けられた端末の裏側には針が仕込んであります。失格者にはこの針がチクッと刺さりますので気をつけて下さいね~。ちなみに刺さると成人男性が3分と生きていられない毒針ですよ~』
「え、毒針……」
『ぼふっ』
俺はマットを力の限り殴った。
「何だこれ。ふざけんな。人が死んだ? 何だよこのゲーム。そんなルール早く言えよ」
この時俺は、先ほど中川達について行かなかった行為が自分の命を拾ったことまで気づく余裕もなかった。
『他にも顔合わせた人たくさんいましたよね? これで失格になる人もっと多いかと思ったんですけど、クラス替えしたばかりでまだ馴染めてないのかな。
続きましてお待ちかねのミッションで~す。一つの部屋に複数人が集まったら各ターン一室につき一つミッションを出しますので、クリアして下さいね~。クリアできない場合は失格です。それではモニターに注目』
そうだ、まだミッションとやらが残っていた。キキの腸煮えくりかえるような陽気で甲高い声に反応し、俺はモニターを見た。すると今度は4つのモニターすべてが作動した。俺はその一つ一つを見た。そこで一つの画面に目が留まった。
「あ、真子……」
一瞬で血の気が引いた。俺はクラスメイトの太田真子を見つけてしまった。真子とは中学から一緒で俺の片思いの相手だ。
真子には中学3年のバレンタインデーにチョコを渡された。当時俺は真子のことが気になっていたので飛び上がるほどに嬉しかった。態度には出さなかった……はずだが。
俺はホワイトデーにはお返しをすると言った。すると真子から告白された。返事はホワイトデーでいいと言われた。俺は舞い上がってしまった。
その時期は中学の卒業を前に学年中で告白が流行っていた。
ある日の放課後、俺は教室で屯していた数人の女子生徒の話声を耳にした。内容は何かの罰ゲームで女子生徒の誰かが男子生徒の誰かに告白をしたというものだった。しかも男子生徒が本気にしたから告白しといてすぐに振ったのだという何ともひどい話である。
俺はその話題が自分のことではないという安堵とともに、まさか真子もという不安が襲ってきた。
そして俺は後日真子を呼び出した。ホワイトデーまででいいと言っていた返事が今もらえるのかと真子はそわそわしていた。俺は卒業後のホワイトデーに真子を呼び出し、返事をするつもりでいたが、先に疑念だけ解消したかった。そして真子に質問をした。
「あの告白、本当だよな?」
「え?」
まずこの質問で真子が真顔になった。
「罰ゲームとかじゃないよな?」
これで真子から表情がなくなった。次の瞬間真子の頬に涙が伝った。真子は涙を拭うと何も言わずに背を向けその場を後にした。
俺たちは気まずいまま卒業式を迎えた。
その後時間は過ぎ、俺は真子をホワイトデーに呼び出すことができず、手元にお返しだけが残った。やがて同じ高校に入学した。
1年の時はクラスが違ったが顔を合わせれば挨拶くらいはしてくれた。しかしまともに話すことはなかった。
そして2年に上がり同じクラスになった。クラス表を見た瞬間は奇跡だと思った。中学の時の苦い思い出を解消し、関係修復に努めようと思った。その矢先だった。それまでは、真子を傷つけたという自責の念からうまく話すことができなかったから。
その真子がこの命の懸ったゲームに巻き込まれている。真子と同室にいるのは同じクラスの前田志保という生徒だ。前田は1年の時同じクラスだったので知っている生徒だ。2人は身を寄せ合って怯えている。
別のモニターには中川と牧野が映っている。もう一つは伊藤と鈴木が横たわった部屋に2人の女子生徒が映っている。
最後の一つは男子生徒が1人と女子生徒が2人映っている。男子生徒は佐藤義彦で、女子生徒の1人は新渡戸聖羅だ。彼女は学年一の美人だと評判なので知っている。もう1人の女子生徒は知らない。
どの生徒も怯えている。先ほど人が死ぬところを生中継されたのだから無理もない。そしてこの生徒達は全員桜学園高校の制服を着ていて、しかも状況から2年A組で間違いないだろう。一部まだ知らない生徒もいるが。現時点で確認できているのは俺や死んだ生徒を含めて14人だ。知っている生徒はすべて2年A組だ。
更にキキは『顔合わせた人たくさんいましたよね?』と言っていた。俺以外にも顔を合わせただけの人がまだいる。一体ここに何人いるのだ。あと、最初のアナウンスで言っていた『奇数の部屋に男女2人ずつ、偶数の部屋に男女2人ずつの合計8人』とは何のことなのだ。
『まずは佐藤義彦君、新渡戸聖羅さん、野沢美咲さんの部屋から』
キキのアナウンスは続いた。この部屋のもう1人の女子生徒は野沢という名前らしい。すると3人が映る部屋の画面にテロップが表示された。
『佐藤義彦、新渡戸聖羅、野沢美咲はじゃんけんをし、グー、チョキ、パーのあいこを10回出せ。口裏を合わせることは禁止とする。制限時間は次の移動ターン開始まで』
人が死ぬことを見せられた直後にしては何とも拍子抜けするミッションだ。もっと過激なことがあるかと思った。時間も7時間半ある。決して無理難題ではない。それを確認すると俺は次の画面に目を向けた。
『園部歩美、本田瑞希はコイントスをしろ。当たった方は次のターンの扉を自由に選べる。外れた方は次のターンの扉を当たった方に選ばれる。扉の選択が2人とも同じなのは不可。コイントスの制限時間は次の移動ターン開始までで一度だけ。扉の選択は次のターンの時間内』
死体と同部屋の2人は園部と本田と言うらしい。このミッションも無理難題ではない。外れた方が多少の不自由を感じるだけだ。そして俺は次の画面を見た。
『中川信二、牧野美織はキスをしろ。制限時間は次の移動ターン開始まで』
「な……」
やはりこういうミッションも出るのか。ホラー小説の命令さながらではないか。キキの軽い口調と、死人が出たことで最初こそ不安視していたが、男女同部屋の3人に健全なミッションが出たため今は油断していた。すると心配になるのが真子の部屋だ。女子同士だから安全なのか。それとも……
『太田真子、前田志保は好きな人の名前をマジックで紙に書き、N扉の上のカメラにはっきりと映せ。制限時間は次の移動ターン開始まで』
「あ……」
言葉が出なかった。声が詰まった。息苦しい。これで俺ではない他の名前を書かれたら。考えたくなかった。中学の時に傷つけたのだから、すでに心変わりしている可能性の方が高いのに。俺は現実から目を背けるようにマットの上に寝転がり、扉の上のカメラを見た。
「あぁ、あのカメラで部屋の中を撮られているのか」
カメラは各扉とモニターとの間に設置されている。4方向全部で4台。すると一つの画面で中川と牧野がキスしているのが映った。
「本当にしちゃってるよ。さっき初めましてみたいな感じだったのに。命懸ってるもんな。そりゃするか」
園部と本田の部屋では2人が財布を漁っている。コイントスに使う小銭を探しているのだろう。3人が一緒の部屋ではじゃんけんが始まっている。
俺は真子の部屋に目を戻した。すると真子が紙を片手にカメラから離れていくのが映った。
「え、もう映した?」
紙にはマジックで何か書かれているようだが、すでにカメラから離れていて文字を認識できない。次に前田が紙をカメラに映した。
『サッカー部の香川圭介先輩』
と書かれていた。俺もサッカー部だからわかる。
「香川先輩か。イケメンでレギュラーだからな。人気あるもんな」
前田の後ろで真子が親指を立てた。しっかりモニターに映ったのを確認したようだ。会話は聞こえないが、2人は言葉を交わすと前田がカメラから離れた。
その後、真子が再びカメラに近づくことはなくモニターは暗転していた。やはり真子はすでにミッションを終わらせていたようだ。
『ゴゴゴゴゴッ』
体を預けていたマットの下から微かに機械音が聞こえた。何だろうこの音は。どこかで聞いたことあるような音だが。
すると、
『ジリリリリッ』
警報音が鳴った。
俺はマットに投げ出していた体を慌てて起こした。この状況が体を飛び起こさせるのか、警報音がそうさせるのか。はたまたその両方か。そして無機質なアナウンスが流れた。
『朝食の時間です』
俺は腕の液晶を見た。時間は7時だ。扉の上のモニター画面を見てみると4台中3台が消えていた。映っている部屋では3人がじゃんけんをしている。
「まだやってんのか。ミッションクリアしたら画面消えるんだな」
『はいは~い、皆さん。ご飯ですよ』
癇に障る機械で加工された声だ。そもそも碁盤目上の間取りのこの部屋のどこから食事が供給されるというのだ。
『皆さ~ん、お部屋の中央のマットを捲って下さい』
俺はマットから下りた。そしてマットに手を掛けた。どうやらマットの裏側はベニアに固定されているようだ。しかしびくともしない。どういうことだ。
『マットの西側は丁番で固定されてま~す。東側から捲って下さいね~。あ、そうそう、皆さんもう気づいていると思いますが、扉に書かれたアルファベットは方位を表していますからね~』
「ちっ、それを早く言えよ」
俺はマットの東側に移動しマットを持ち上げた。すると床の上に設置された扉のようにマットが弧を描いて開いた。そして中にはトレーに乗った朝食が用意されていた。床下の空間を通ってきたようだ。深さは30センチにも満たず、床組みもあるし、とても人が通れるスペースではない。
トレーを持ち上げると下にベルトコンベアーが見えた。さっき床下で聞こえた機械音はこれだったのかと納得した。
『食べ終わったら元に戻して下さいね~。それでは』
トレーにはどこのコンビニでも売っているような菓子パンが一つと、ヨーグルトとパック牛乳が乗っていた。
「飯は普通に食わせてくれるんだな」
俺はそうぼやきながら菓子パンにかじりついた。しかしクラスメイトが死ぬのを見た後なのであまり食欲がない。俺は菓子パンを口に詰め込むと牛乳で一気に流し込んだ。
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