第六話

 俺はテロップを見ながら呟いた。


「フロアって階数のフロアのことか?」

「そうか」


 大輝が何かがわかったように声を上げた。


「でかした郁斗」

「何だよ?」

「クラス全員ここにいることは恐らく間違いない。今まで把握してるプレイヤーは皆2Aの生徒だからだ」

「お、おぅ、そうだよな」

「その2Aの32人が8人ずつ4つのフロアに振り分けられているんだ。俺が言ってたステージとは階数のことだったんだ。さっきまで言ってた同じステージ、つまり同じフロアにいる女子を言い当てればいいんだ。だからキューブマンションって言うのか。マンションは階層が存在することを意味していたんだ」

「なるほど」


 俺は深く納得した。


「と言うことは、牧野と田中は出て行ったからもうこの階にはいないかもしれないし、さっきのミッションで赤坂が外れたから、佐々木、野口、鈴木美紀、菊川の誰かってことになるのか」

「そういうことだ。赤坂のミッションまでは奇数と偶数がずれることもなかった」

「つーことは2人で確率50%か」

「うーん……。今すぐに出口を出られるのは魅力的だが、2人とも外したらショックが大きな。一度戻ると2ターンロスすることになる」

「う……。次で出られるつもりだったのに、合計32時間大輝と同部屋になるのか」

「おい、それは俺の方が絶望的だ。マットが1つしかないのに野郎のお前と密室で一夜を明かすなんて」

「……」


 俺と大輝は考え込んだ。と言ってももうこれ以上手掛かりはない。ヤマ勘で言い当てるしかないのか。すると、


『ジリリリリッ』


 警報音が鳴った。俺と大輝はびくっとして顔を見合わせた。


『脱落者確認』


 脱落者だと? そして無機質なアナウンスの後に暗転していたモニターの1つが作動した。俺と大輝はその画面を見ると声を失った。

 そこに映っていたのはモニターの裏にネクタイを掛け、首を吊っている男子生徒の映像だった。脇には便器の仕切り壁が映っている。そこに足を乗せたのだろうか。


『高木悠斗リタイア』


 テロップにはそう表示されていた。

 悠斗は気さくで誰とでもすぐに打ち解ける明るい奴だった。この状況はそんな奴でも堪えるのだ。


「みんな精神すり減ってんだな。もしかしたら運悪く今まで誰とも会えなかったのかもしれないな」


 大輝がぼやいた。その言葉に俺は何も返すことができなかった。

 確かにこのゲームは誰にも会えない可能性がある。こんな密室に1人で1日半、更にクラスメイトの死を見せつけられれば精神を病んでもおかしくない。明るい性格の悠斗ですらそうあるように。その点俺は最初のターンから人と会って話すことができて運が良かったのかもしれない。


「悔しい……」


 自然に言葉が口を吐いていた。大輝がそれに反応した。


「何て?」

「悔しいよ。わけのわからないうちにこんなゲームに引きずり込まれて。軽くない命を懸けられて」

「そうだな。じゃぁ、早くゲームを攻略してゲームマスターのキキをぶっ飛ばしに行かないとな」


 俺は自分に課されたミッションに意識を戻した。とにかく問題の答えを見つけなくてはならない。しかしもう手掛かりがない。


「もう一度一から整理しよう」

「あぁ」


 大輝の言葉に俺は同調した。


「伊藤ひかり、鈴木怜奈、園部歩美、本田瑞希は同じフロアにいた。これは失格者が出た時に映像で確認している。この4人をAフロアとしよう」

「うん。田中利緒菜、牧野美織は同じフロアにいた」

「そうだな。彼女たちはBフロアだ。そして俺たちのいるフロアだ。次に太田真子、前田志保は同じフロアだが俺たちのフロアではないからCフロアだ」

「Bフロアの男子は俺と、大輝と、中川と、敦だ。木部あいは元気とミッションをした。赤坂真美は高橋とミッションをした。だから俺たち男子のいるフロアじゃない」

「よし、それぞれDフロアとEフロアにしよう。野沢美咲と新渡戸聖羅は佐藤と同じミッションをしたからFフロアだ」


 そして2人して考え込む。そして大輝が嘆いた。


「……あぁ、だめだ。結局佐々木涼子、野口由佳、鈴木美紀、菊川未来の4人が余ってしまう。彼女たちの目撃情報でもあれば……」

「スマホ没収された状況で制限時間までにそれを知ることは無理だな……」

「しょうがない。ヤマ勘でいくか……」

「恨みっこなしな」


 俺は立ち上がると俺たちの部屋が映っているW扉の上のモニターに向き合った。どこに向かって言えばいいのかわからないのでとりあえず俺たちが映っているモニターに対して。カメラもこのモニターの下にあるものが採用されているようで、カメラ目線の自分と見つめ合っていて気持ち悪い。俺は一つ息を吸い込むと言った。


「同じフロアにいる女子は佐々木涼子だ」


 何も起こらない。モニターも腕の端末も変化がない。


「とりあえず次俺がやってみようか」


 大輝はそう言うと俺と同じようにモニターに向かって言った。


「同じフロアにいる女子は菊川未来だ」


すると腕の端末が光った。


『ミッションの問題の結果』


 それを見て俺と大輝に緊張が走った。


『正解数0。次の移動ターンで前いた部屋を選択して下さい』


 俺と大輝は言葉を失い、その場で両手両ひざを床について項垂れた。


 4月8日 PM7:00


 夕食がマットの下に届いた。この日のメニューは白米にホイコーローと卵スープだ。そして500ミリリットルのペットボトルのお茶と水が1本ずつ支給された。お茶と水は昼と夜に付いてくるようだ。水分のストックとして重宝している。俺と大輝は暗い雰囲気の中箸を進めた。


「そう言えば、ミッションの対象外になる同室って何なんだろうな」


 俺はふと思い出したように大輝に質問を投げた。


「俺にもわからん。俺の中で残っている謎の1つだ」


 俺は話のテンポを変えず話題を変えた。


「出口、目の前にあるのにな」

「よせ、凹むから」

「4分の2だったのに1つも当たらないなんてな」


 大輝はもう何も答えず黙々と食事を進めた。


 4月8日 PM10:00 第6ターン


『ジリリリリッ』

『10時の移動ターンの時間です。今から15分以内に移動する扉を選択して下さい』


 俺は腕の端末を見た。扉4枚分のアルファベットが表示されている。


「これ『N』タッチしたら出られるのかな……」

「やってみろよ。ミッション不達成で失格になると思うが」


 俺のぼやきに大輝は感情無く答えた。俺たちは後ろ髪を引かれる思いで1つ前にいた部屋の『W』のボタンをタッチした。すると『ミッションクリア』と表示された。不覚だ。


 20分後。俺と大輝は気落ちしたまま部屋移動を済ませていた。すると、


『ジリリリリッ』

『脱落者確認』


 警報音とともにアナウンスが流れた。


「なんで……」

「移動中のタイミングでか?」


 大輝も驚きを隠さず言葉を発した。まだ扉は開け放たれたままだ。すると4つあるうちの1つのモニターが作動した。そこには部屋の隅に横たわる男子生徒が1人と、マットに腰を下ろして、外したネクタイを左右に引っ張っている男子生徒が映っていた。横たわっている男子生徒は顔が確認できないが、座っている男子生徒は津本隆弘だ。


 津本は県外の中学を卒業して入学してきた生徒で、普段人を寄せ付けない雰囲気を纏っている。大輝のようにあまり周囲に興味がないのとは違う。津本の場合はどこか危険な雰囲気だ。まともに誰かと話しているのを見たことがない。


『井上明人脱落』


 テロップにそう表示された。すると大輝が言った。


「とうとう狩る奴が出て来たか」

「え?」

「1ターン目に死んだ奴は失格だった。それはルールを破ったからだ。悠斗はリタイアだった。それは自殺だからだ。今回は佐藤の時のように脱落だ。佐藤は名前を指定されての強制脱落だが、今回の井上はただの脱落だ」


「それって……」


 俺は恐る恐る話の先を促した。


「同室にいる津本が直接殺したと考えるのが自然だろう。あの手に持ってるネクタイで首を絞めたとか。ここはレイプあり、殺人ありの治外法権地帯だからな」


 俺は恐怖で身震いした。プレイヤーである生徒が生徒を直接殺した? そんな……。大輝は言葉を続けた。


「あの津本とかいう奴、得体が知れなくて危なそうな奴だと思ってたけど、間違いじゃなかったな。あいつと同じ部屋になった奴は危険だな。今までずっと誰かを殺すチャンスを狙ってたんだろうな」


 津本がいる画面から目が離せないまま時間となり扉が閉まった。


『ジリリリリッ』

『同室4室確認。ミッションを発令します。モニターをご覧下さい』


 俺と大輝はN扉の上のモニターに映った。恥ずかしながらこれで、さっきのミッションの問題で2敗したことが他のプレイヤーに晒されたことだろう。今回もまた一緒にいるのだから前の部屋に戻ったと考えるのが自然だ。

 E扉の上のモニターには渡辺正信と鈴木美紀が映っている。2人とも初ミッションだ。正信と同じフロアということは、鈴木美紀は俺のいるフロアではないことになる。……なんだ? ……違和感がある。これは何かがおかしい。


 S扉の上のモニターには佐々木涼子と元気が映し出された。佐々木は初ミッションだ。元気と同じフロアにいたのか。

 E扉の上のモニターには新渡戸星羅と牧野美織が映し出された。え、牧野? 1ターン前に出口を出たはずじゃ。それになんで新渡戸のフロアに……


「やられた」


 大輝が悔しそうに吐いた。俺は疑問をそのまま口にした。


「どうなってんだ、これ? なんで牧野が映ってんだ」

「出口を出たからと言ってまだゲームは終わりじゃなかったんだ。他のフロアに送られる。つまりはこのフロアにも他のフロアをクリアした奴がすでに入って来てるかもしれない。配置が中部屋の8室なら最短のプレイヤーで出口まで2ターン。つまりさっきの俺たちへのミッションの問題、3ターン目以降の情報は当てにならなかったんだ」

「3ターン目には新渡戸と野沢が誕生日当てるミッションだったよな?」

「そうか、あいつらは1ターン目にもミッションをやってるから間違いない。すると4ターン目のミッション。俺と郁斗の他に敦と中川。この二人は俺たちが直接見ている。前田と井上の場合は前田が1ターン目にミッションをやっている。ということは……、ここだ」

「ここってどこだ?」

「4ターン目の高橋と赤坂のミッション。もし高橋が最初のフロアをクリアして俺たちのフロアに来ていたら?」

「あ、俺たちのフロアの女子と同室になる可能性がある」

「そうだ。つまり俺たちのフロアに配置されていた残りの女子2人は、消去法で余る野口と、今名前が出た赤坂と、今からミッションをやる鈴木美紀のうちの2人だ。俺たちが回答する時点では赤坂も選択肢に入れないといけなかったんだ。更に言うと他のフロアを出てこのフロアに来ている可能性のあるプレイヤーもだ。俺たちの会話はキキに筒抜けで、さっきのミッションであんな問題を出して嘲笑ってたんだよ」

「うっわぁ……キキえげつねぇ……」


 俺は悔しさからそのままマットの上に勢いよく腰を落とした。そうだ、さっきの問題で俺たちは2敗した。だから消去法で同じフロアにいる女子プレイヤーは鈴木美紀と野口由佳だと思っていた。しかしそれだと鈴木が違うフロアにいる男子プレイヤーの正信と同じミッションをすることに矛盾が生じるのだ。これが違和感の正体だった。


 そしてテロップが表示された。

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