第五話
俺は強く背中を叩かれた衝撃で目を覚ました。息が吹き返る。
「ん? あぁ、俺失神してたのか……」
「不意打ちですまんな」
「どのくらい落ちてた?」
「数秒」
「短っ。そんだけ?」
「落としてすぐに背中叩いたからな」
「それてって本当に喧嘩になるのか?」
「2人の端末にミッションクリアって出たし、俺らのモニター画面消えたから大丈夫だろ」
俺は体を起こしモニターを見てみた。確かに1つだけ暗転している。他の3つのモニターは部屋が映し出されていた。どの部屋も人数は2人のようだ。テロップはすでに消えている。
「他の部屋って……」
「あぁ、N扉の上のモニターは敦と中川だ。2人とも部屋の天井を触れってミッションだ」
「それで肩車をしてんのか」
画面には敦が中川を肩車している様子が映っていた。中川が腕を伸ばし天井を触ると画面は暗転した。敦の方は既にクリアしていたようだ。
「E扉の上は前田と井上だ」
「前田は2回目か」
前田志保は一度真子と一緒にミッションをクリアした女子生徒だ。井上明人はがり勉君と呼ばれている男子生徒だ。旧帝大を目指しているらしい。井上が前田の後ろから抱き付くような体勢だ。
「あれ何やってんだ?」
「井上は前田の両方の生乳を10回揉め。補足として乳首には絶対触れろ。これがミッションだ。服を脱がなくて済むようにブラウスの首元から手を入れてんだろ」
「おぅ……、そうか」
ん? いや、まずい。真子と同じステージでこんなミッションが発令されているなんて。
「S扉の上が高橋と赤坂真美だ」
高橋卓也は野球部の坊主頭で、赤坂はまともに話したことはないがぶりっ子だと聞いたことがある。ツインテールが特徴的な女子生徒だ。男に媚びる性格なのだとか。2人とも俯いてはいるが大人しく座っている。
と思ったらすぐに赤坂が胸に手を当て苦しそうな表情を見せた。
「ミッションは?」
「どちらが長く息を止められるか勝負して、勝った方は次のターンも通常通りゲーム続行。負けた方は1回休み」
それで赤坂の呼吸が荒かったのか。
「しょうもないゲームだな」
「それだけか?」
「え?」
「それだけか?」
大輝が自分の質問を復唱した。これにはしっかりと意味があるという証拠だ。
「1回休みの意味がわかるか?」
「えっと……、あっ!」
「気づいたか。このミッションの敗者は奇数と偶数が入れ替わる。こういうミッションが増えてくるとプレイヤーの把握が難しくなるぞ」
大輝がそう言うと高橋と赤坂の部屋のモニターが暗転した。
「どれもメリットのあるミッションではなかったな」
「あぁ、単純にミッションをこなさなきゃ失格ってやつだな」
「失格ね……」
その失格に死という意味がある。全然単純ではない。
「なぁ、大輝はなんで新渡戸がミッションの問題に間違えたと思う? あれがなきゃ佐藤を強制脱落させなくて済んだのに」
「お前は新渡戸がずっと胸元を押さえていたことに気づいてたか?」
大輝が逆質問を投げてきた。俺は記憶を辿る。確かにあの時新渡戸は胸元を押さえていた。俺は緊張や恐怖からの行動だと思っていたが。
「確かにそうだったような……」
「あの時一瞬だが俺は新渡戸の胸元の肌が見えた」
「肌が?」
「あぁ。キャミソールを着ていなかった」
「え、それって……」
「これは俺の確信に近い憶測だが」
大輝は一言前置きをそういうと息を吐いてから話し始めた。
「新渡戸は佐藤に犯された」
「え……、犯されたってレイプってことか?」
「そうだ。佐藤の素行はお前も知ってるだろ? 学校の外では街で女を捕まえて仲間とそういうことをしてるって聞いたこともある」
「確かにそういう奴だが、根拠が薄くないか?」
「他にもある。全員ってわけじゃないが、女子はブラが透けるのを嫌ってキャミかタンクトップをブラウスの下に着ているのが圧倒的多数だ」
「あぁ、そうだな」
「しかし新渡戸は着ていなかった。しかも手で押さえないとブラウスの前面が閉じない。恐らく新渡戸は佐藤にブラウスを引き千切られた。そしてインナーに着ていた物を破かれたんだ」
そんな……
「野沢と2人で映った時、髪も乱れてたしな。間違いないと思う。それに学生証の交換をするために野沢が通学鞄を漁った時、一緒にポーチも出したんだ」
「ポーチ?」
「あのポーチがソーイングセットだということを願うよ。野沢がたまたま持っていて、ミッションの後ブラウスのボタンを修復する、みたいなな」
「そうか……。それで新渡戸はわざと間違えて佐藤に復讐をしたと」
「あぁ、ちょうど元気と木部のミッションがあったタイミングだしな。キキは全室カメラでモニタリングしてるだろうし、こうなることを見越してあんなミッションを出したんじゃないか? 復讐の手助けだが、もちろんゲームマスターとして自分が楽しむために」
「くっ……」
奥歯がきしむ。拳を握り込み、爪が手のひらに食い込む。もしかして佐藤は新渡戸を付け狙ってあえて同じ部屋に移動したのか。望まないであろう性交をさせているキキにも然ることながら、大輝の憶測が正しいのであれば佐藤にも腹が立つ。
「ただいい薬にもなったよ。佐藤みたいに人の恨みを買うとこのゲームで反撃に遭うこともあるってな」
やるせない。悔しい。人の命が懸っているのに。俺は行きついた部屋で8時間過ごすだけ。何もできない。
「ところで郁斗は太田のことどう思ってんだ?」
「へ?」
突然の質問に間の抜けた返事をしてしまった。大輝からまさかいきなり真子の話題が出るとは思っていなかった。
「見ただろ? 太田のミッション?」
「ん?」
「見てないのか?」
「あぁ。その時中川と牧野のモニター見てた」
「はぁ、それで知らないのか。あ、つまり牧野と中川も知らないんだな。ミッション中だったから。女子とかこういう話題好きそうだから、さっき牧野が一切話題に出さなかったのも気になってたんだよ」
「どういうことだよ?」
「いや、今のは忘れてくれ。質問した俺が野暮だった」
大輝の言いたいことの意味がわからない。真子は一体誰の名前を書いていたのだろう。他の男子の……いや落ち込むので考えるのはよそう。
「何だよ、ったく。しかしあの時よくマジックなんて持ってたな。標準的な筆記用具じゃないのに」
「バレてんだよ、俺たちの手荷物」
「え?」
「通信機器抜かれてるだろ? その時に手荷物把握されてんだよ。じゃなきゃ都合よく佐藤がトランプ持ってた説明がつかん」
「なるほど」
「もしかしたら赤坂か前田は生理中かもな。若しくは2人ともだが」
「なんで?」
「今回のミッションはソフトだったから。もっと言うなら下半身に影響するミッションではなかったから。手荷物で生理用品を確認されてたとか。ま、キキの趣向次第だから今後あるかもしれんが」
「おぅ、そうか……」
本気で言っているのか、冗談で言っているのか。普段はクールな大輝だがこれほど視野が広く思慮深いとは。友人の新しい一面を発見した。
「ちなみに今回のミッションで把握できてる人数増えたよな?」
「あぁ。赤坂に、高橋に、がり勉井上か。赤坂は俺たちと同じステージじゃないな」
「高橋と一緒だったからだろ?」
「やっとわかってきたじゃねぇか」
「バカにすんな」
「お前バカだろ」
「……」
ぐうの音も出ない。頭の切れる大輝に言われては。
今回は初めて同室の生徒がいたことで8時間が今までよりも早く感じられた。大輝も同室は初めてなので同じようだった。昨日は丸1日ほぼ1人で、中川と牧野と少しの時間会話ができただけだ。人がいることのありがたみがわかる。
4月8日 PM2:00 第5ターン
『ジリリリリッ』
『2時の移動ターンの時間です。今から15分以内に移動する扉を選択して下さい』
俺は腕に取り付けられた端末を見た。『N』のボタンが消えている。確かにこれ以上北へは行けないようだ。
「郁斗、お前東を選択するんだよな?」
「当たり前だろ。出口があるんだから」
「はぁ……」
大輝が深いため息を吐いた。
「何だよ、明らさまに嫌そうな顔して」
「そりゃ嫌だろ。2回も連続でミッションなんて」
「う……。けどメリットのあるミッションかもしれないじゃん」
「極稀にな」
「……」
「まぁ、しょうがない。今は運命共同体だな」
「おう」
俺と大輝は同時に『E』のボタンをタッチした。
そして15分後。東の扉が開いた。室内には牧野がいた。
「あ、お二人さん。出口で間違いないよ」
牧野は笑顔で開いた北側の扉を指差していた。そして前のターン同様「お先に」という言葉を残して部屋の外に消えた。
俺と大輝は牧野が元いた部屋に足を踏み入れた。すると北側の扉はすでに閉まりかけていて、俺たちが扉の正面に立った頃には完全に閉まってしまった。おかげで外を覗く余裕はなかった。どうやら出口の扉は通過者を通したら15分を待たずに閉まるみたいだ。閉じた北側の扉を見ながら俺と大輝はマットの上に座った。
更に15分が経ちドアが閉まった。
『ジリリリリッ』
『同室1室確認。ミッションを発令します。モニターをご覧下さい』
映ったのはもちろん俺と大輝だ。今回は俺たち1組だけのようだ。そしてすぐにテロップが表示された。
『瀬古大輝、波多野郁斗は次の問題に答えろ。同じフロアにいる女子プレイヤーは? それぞれ名前を1人ずつ合計2人回答しろ。2人が正解ならばすぐに出口を開くので出てもよい。1人が正解ならばこのままゲームを続行する。2人とも不正解ならば次のターンで前の部屋に戻れ。制限時間は次の移動ターン選択時まで』
テロップを読んで大輝は考え込む仕草を見せた。
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