第七話

 4月8日 PM10:30


『渡辺正信、鈴木美紀は自慰行為を見せ合え。オルガズムと射精をもって達成とする。互いに触れることは禁止。制限時間は次の移動ターン開始まで』

『香坂元気は次の問題に答えろ。佐々木涼子の胸のカップサイズは? 口頭で教えることは禁止だが、目視確認は可とする。不正解の場合、佐々木涼子は全プレイヤーの中から1人強制脱落者を選べ。制限時間は次の移動ターン開始まで』

『瀬古大輝、波多野郁斗は次の問題に答えろ。フロアの出口を通ったプレイヤーは? それぞれ1人ずつ合計2人回答しろ。1人でも不正解の場合は瀬古、波多野両名を強制失格とする。制限時間は次の移動ターン開始まで』

『新渡戸聖羅、牧野美織はじゃんけんをしろ。勝った者は全プレイヤーの中から1人を選び5分間モニター通信をしろ。制限時間は次の移動ターン開始まで』


 俺は安堵した。俺たちに課されたミッションは自分たちの命が掛かっているが、すでにこのフロアの出口を通った女子生徒を2人知っている。それぞれを大輝と分ければいい。

 男女同室の2室はやはり内容が下品だ。問題は元気と佐々木の部屋だろう。不正解なら誰かが死ぬ。

 新渡戸と牧野のミッションはメリットのあるミッションだろう。他の部屋の状況が聞ける。これは大きい。


「俺からいくぞ」


 横で大輝が言った。大輝もこのミッションの難易度はわかっているようで、作戦を交わさずミッションに取り掛かった。


「出口を通ったのは牧野美織だ」


 俺も大輝に続いた。


「出口を通ったのは田中利緒菜だ」


 すると腕の端末が光った。『ミッションクリア』と表示されている。


「はぁ……、わかりきっていた問題だったが、命が懸ってるかと思うといざ言う時はさすがに緊張するな」


 俺はそう言って一気に脱力した。すると元気と佐々木の部屋のモニターを見ていた大輝が口を開いた。


「死人は出なくて済みそうだな」

「え、なんで?」

「ブラのタグを確認してる」


 モニターを見てみると元気が佐々木の制服の背中を捲っていた。


「なるほど。元気ばっかいいミッションだな」

「太田に言いつけるぞ」

「う……、それは止めて……」


 ん? そこでなんで真子が出てくる? 高校からの付き合いの大輝には俺と真子とのエピソードを話したことはないのだが。


「あれって野沢美咲か?」


 そう言うと大輝はすでに別のモニターを見ていた。そこには新渡戸と牧野が映っていた。2人してモニターに向かって人と会話をしているようだ。モニター越しにモニターを見なくてはいけないので相手の顔はわかりづらいが、新渡戸と2度ミッションをした野沢で間違いなさそうだ。


「そうだな、たぶん」

「じゃぁ、新渡戸は出口を知れるな」

「え? そうなのか?」

「野沢は新渡戸との2回目のミッションの時、誕生日を言い当てて出口に近い扉を教えてもらってる。それはかなり有利だ。すでに出口を通った可能性もある。もしそうだとするならこの通信で野沢にその部屋と扉を教えてもらってるはずだ。その時のミッションは既にクリアになっているから、今教えるのは問題ないはずだ」

「ってことはじゃんけんに勝ったのか?」

「それはわからん。負けていても牧野に通信の相手を野沢にしろとお願いできる。出口を知っている可能性があるからと言って」

「なるほどな。じゃぁ牧野もその情報を知れるわけだから、勝っても負けても2人ともに有利なミッションだったんだな」

「そういうことだ」


 程なくして新渡戸と牧野の部屋のモニターが暗転した。すでに俺たちと元気と佐々木の部屋のモニターも消えている。脱落者のアナウンスがなかったということは、元気は正解を言い当てたのだろう。

 正信と鈴木美紀の部屋はと言うと……。正信の性器が映っているので内容を省きたい。ちなみに鈴木は正信にだけ見えるようにしてカメラからはスカートで隠している。


 4月9日 AM0:00


 事件は起きた。俺と大輝はどっちがマットを使って寝るかで揉めていた。その時だった。


『ジリリリリッ』

『追加ミッションを発令します。モニターをご覧下さい』


 俺と大輝はそのアナウンスに驚いて作動したモニターを見た。

 そこには津本隆弘が映っていた。マットに胡坐をかいて座っている。この男は眠らないのだろうか。そんな俺の疑問をよそに大輝が言った。


「ない」

「ん? 何が?」

「死体」

「あ……」


 確かにない。津本が殺したと思われる井上の死体がない。死体が隠れるほど死角になるような場所はなさそうだ。するとテロップが表示された。


『津本隆弘は本来同室の予定だった井上明人を脱落させたためこれよりミッションを発令する。プレイヤーを1人選べ。次の移動ターンでそのプレイヤーと同じ部屋に移動させる。制限時間は今から1時間以内』


「まずいな」

「あぁ」


 大輝の言う「まずい」の意味がよく分かる。選ばれたプレイヤーはこの危険な人物と一緒に次のターンから最低でも8時間同室で過ごさなくてはいけないのだから。


『お、同室になるプレイヤー選べるんだ。ん? これもしかして俺の声も中継されてない?』


 津本は不敵な笑みを浮かべてカメラに向かって話しかけていた。津本の言う通り津本の声がスピーカーから届いている。他の部屋の声が届くのは初めてだ。


『あー、あー。やっぱそうだわ。2年A組の皆さーん。津本でーす。どうせこのゲームクラス全員参加させられてんだよな? 2Aの生徒ばっかさっきから映ったもんなー。

 みんな気づいてると思うけど、この部屋で同室になる予定だった奴殺したの俺でーす。前のターンの時に女とすれ違ってさ。扉開いてる時間15分あんじゃん? その時に殺したくてうずうずしてたんだよ。結局見逃しちゃったけど。いつぞやのミッションでセックスしてた女』


 元気とミッションをした木部のことか。津本は殺人鬼さながらに破顔させている。その表情には恐怖を覚える。


『そしたら今回のターンで同居人ができたから我慢できずに扉が閉まる前の時間内に殺しちゃった。あはははは』


 木部は命拾いをして、井上は津本の魔の手に掛かったということか。


『じゃ、本題。俺はこの場所が気に入ってるわけよ。人が殺せるから。これから先もこれを続けるために強敵は先に始末しておこうと思う。つーことで、俺が同室を選ぶのは……』


 俺と大輝に緊張が走った。他のプレイヤーたちもそうだろう。強敵と言ったから女子の可能性は低いが、それでも全員が自分の部屋に来ないことを望んでいるはずだ。


『それは瀬古大輝だ。あはははは』


 落胆とともに血の気が引いた。大輝は真っ直ぐにモニターを見ている。


『頭も切れる。身体能力も高い。ゲームが進むにつれて邪魔になりそうだからな』


「郁斗、次の部屋は付き合わなくてもいいぞ」

「いや、付き合う」

「バカかお前は。危険すぎる」

「放っておいてもこのフロアに残るだろうから危険は変わりない」

「それは俺が津本にやられということか?」

「そういうつもりで言ったんじゃねぇよ。1人より2人の方がいいだろ」


『ちなみに波多野郁斗』


 スピーカーからの津本の声が俺たちの会話を遮った。それと同時に俺は自分の名前を呼ばれたことで心臓が跳ねた。


『お前ここ何ターンか瀬古と一緒だよな? この次も付いてくんだろ? お前も身体能力高いし、正義感強そうだし、この先邪魔になりそうだからまとめて処分してやるよ。お前を選んでも冷静な瀬古が次のターンで一緒になる保証なないが、瀬古を選んでおけばお前はセットだと思ってんだよ。1つ前の部屋に戻ったばっかでどうせ次じゃ出口は通れないんだろ?』


「完全にこっちの思考と状況を読まれてるな」

「そうみたいだな」

「郁斗、わかってると思うがあいつはあぁ言いながら俺たちと殺し合いをすることを望んでいる。そしてこの状況を楽しんでいる。がり勉のように身体能力の低い弱者を殺すことも望んでやっているだろうが、一番の目的は手ごたえだ。強者との死闘だ」

「わかってる」


『つーことで俺が選ぶのは瀬古大輝だ』


 そう言った後の高笑いを残して津本の部屋の中継は切れた。


 4月9日 AM1:00


 既に部屋の照明は落とされていて、弱い常夜灯の光が室内に薄暗く広がる。この日は津本の中継が切れてすぐに照明が落とされた。昨晩は夜の12時に照明が落とされた。恐らく夜の12時が標準の消灯時間なのだろう。

 10時のターンで発令されるミッションの内容によっては、明るさがなくなる室内は注意が必要だ。扉が閉まってミッションが発令されてから1時間半しかないのだから。


「死闘って津本を殺すのか?」


 俺はマットの上で横になって背中を向けている大輝に問いかけた。明朝の対峙は大輝が主役なので、しっかり休んでもらうためにマットを譲ったのだ。俺は固いタイルの床に座って休んでいる。その代わり大輝は毛布を譲ってくれた。空調が行き届いているため不便はしないが、あるに越したことはない。


「まぁ、場合によってはな。……いや、そうなるだろうな」


 大輝は体勢を変えず小さな声で答えた。


「殺し合いだけは避けられないかな?」

「この状況で何甘いこと言ってんだ? あいつを生かしておいたら死人が増えるぞ」

「そうかもしれないけど……」

「厳しいこと言うけど、お前の言ってることは優しさであると同時に偽善でもある。自分の手を汚したくないだけだ。このゲームが終わるまでにどれだけ被害者を減らせるかが本当の正義だと俺は思う」

「……」


 大輝の言っていることはわかる。俺の言うことは確かに偽善だ。頭ではわかっている。しかしやるせない。


「もう寝ろよ」


 大輝のその言葉でこの夜の会話は終わった。

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