第十五話

 4月10日 PM2:00 第11ターン


『ジリリリリッ』

『2時の移動ターンの時間です。今から15分以内に移動する扉を選択して下さい』


「あんだけ啖呵切っといて、いざ選択の時間になると自信なくなるな」

「もう。今更何言ってんのよ。私はいっくんに付いて行くよ。一生ね」


 真子がいたずらに笑う。前回のターンで、繋がっているプレイヤーに21番が出口のある部屋だと言った。しかしそれは根拠こそあれ、予想であって、確実ではない。もし違っていたら一部屋引き返した分、2ターンのロスである。


「次はW扉でいいんだね?」

「うん」


 俺と真子は端末の『W』をタッチした。

 そして15分後、W扉とE扉が開いた。東隣の部屋の元気と鈴木はこちら側に体を向けている。更に奥には勝英の姿も見える。みんな俺の予想に従った。責任重大だ。


「そんな顔するなよ。ちゃんと自己責任で選んでるから」


 元気は俺の顔を見るなり言った。そして続けた。


「郁斗の予想を2人で検証してみたんだよ。園部の性格と今までの状況を考えたら、回り方を逆にした可能性よりも、出口を出た可能性の方が高いって」

「ごめん。俺は郁斗の予想に乗っただけで自己検証はしてない。園部のことあんま知らないし」


 勝英が部屋を進むなり言った。


「あくまで自己責任だからね。ほらご夫妻、次の部屋に進んで。4人も入ったら窮屈だし、渡辺が奥で1人寂しそう」


 その勝英に鈴木が釘を刺した。後半は俺と真子に向けた言葉だ。しかし鈴木までご夫妻って。俺と真子は鈴木に促されて22番の部屋に移動した。


「本当にこの部屋に出口あんだろうな?」


 21番の部屋から正信が言う。


「どうせお前は自分で逆回りにした奴だろうが」

「そうだけど」

「次のターンでWかSが選択できたらそれが出口だ」

「ふーん、期待して待ってるよ」


 正信は出口を経験していない。実るといいが。


 そして移動開始から15分が経過し、扉が閉まった。


『ジリリリリッ』

『同室4室確認。ミッションを発令します。モニターをご覧下さい』


「あ、歩美ちゃんだ」


 真子がモニターを見て声を発した。S扉上のモニターに映ったのは、園部だった。真子曰く、同室は田中利緒菜らしい。

 俺と同じB2フロアからのスタートの田中。4ターンで出口を通過したので今どのフロアにいるかわからない。うまくやっていればすでに2つは出口を通過したのかもしれない。B4フロアにいないのであれば園部が21番の部屋から出たことは確実だ。


 W扉上のモニターには俺と真子が映った。N扉上のモニターは隣の部屋の元気と鈴木だ。

 そしてE扉上のモニターには大輝と木部と遠藤勉が映っている。恐らくB3フロアで間違いないだろう。大輝がずっと木部と一緒にいて、既にB3フロアを攻略していたとしたら、木部とのミッションがスタート部屋の分だけ1つ多いという矛盾が生まれる。今まで連続でミッションが起きるわけがない。この中で初ミッションは遠藤と田中の2人か。


『遠藤勉、瀬古大輝、木部あいは次の問題に答えろ。同一フロアのマンション内にプレイヤーは何人いる? 回答は3人で相談し、代表者1人が言えばよい。不正解の場合は次の移動ターンで前の部屋を選択しろ。制限時間は次の移動ターン選択時まで』

『園部歩美、田中利緒菜は互いの性器を直接触れ。制限時間は次の移動ターン開始まで』

『波多野郁斗、太田真子は午後3時までに互いを手錠で繋ぎ、制限時間まで過ごせ。手錠はマットの下に支給した。制限時間は次の移動ターン開始まで』

『香坂元気、鈴木美紀は安全ピンを肌に刺し合え。出血が確認できて達成とする。刺す部位は2人で自由に決めて良い。制限時間は次の移動ターン開始まで』


「あぁ、フルオープンだ……」


 真子が項垂れた。無理もない。フルオープンとは7時間半モニターに映ることが確定していることを意味する。落胆する一番の理由はやはり女子のトイレ事情だ。

 徹夜ミッションで大輝と木部はどうしていたのだろう。俺は寝ていたのでわからないが。真子は今回これを見越して、扉選択時に用を済ませているが、実際いつまでもつかはわからない。水分は控えるだろう。


 大輝達の部屋に課されたクイズ形式のミッションの時は、回答が終れば画面は暗転する。だから俺たちも手錠を繋いだ時点でぜひとも暗転してもらいたいものだ。基準はキキ次第と言ったところか。

 元気達のミッションは暴力的ミッションだが、刺す箇所さえ適切に選べばそれほどダメージはない。ただ暴力的ミッションが女子に対して初めて課されたように思う。

 園部と田中に対しては多くは言うまい。真子と前田に課されて以来の同性の性的ミッションだ。


 俺はマットを捲った。そこには食事の時に使うトレーがあり、その上に手錠が置かれている。ご丁寧に鍵まである。いや、あってもらわなくては困る。ミッション終了後に手錠を外せなくなる。


 PM2:55


 既に俺たちの部屋以外のモニターは暗転している。それぞれミッションか回答が終わったようだ。


「真子、そろそろ繋ごうか。俺が右手な」

「え。晩御飯どうするのよ? 私が利き手でもいいよ?」

「あ、いや、俺らトイレの時体の向きが反対じゃん?」

「あ……私が左手でお願いします」


 真子は根拠に気づくと即答した。便器に座った状態で右側が全面壁側、左側が腰壁側なのだ。

 俺と真子は手錠で繋がった。そして午後3時を過ぎても願い虚しくモニターは暗転しなかった。俺達は壁に背を預け、足を投げ出して床に座っていた。


「へへん。何かいいね、これ」


 真子が肩を摺り寄せて言った。手錠がお気に入りのようだ。


「誰にも引き裂かれない関係……みたいな?」


 可愛い。可愛すぎる。モニター作動中でなければキスしていたところだ。たったの2日で本当に距離が近くなった。それこそこの1年間のわだかまりが嘘のように。


「ねぇ、いっくんはいつから私のこと好きだったの?」

「中3の途中から意識し始めて、はっきり好きだと自覚したのは真子に告白されてから」

「へぇ。高校入ってからの1年間もずっと?」

「うん」

「一度も心変わりとかしたことないの?」

「ない」

「ほぉ、旦那もなかなか一途ですな」


 高校に入ってから違うクラスの女子に一度だけ告白されたことがある。しかし一切揺れなかった。もちろん丁重にお断りをした。相手の子に魅力がなかったわけではない。ただどうしても他の子を好きになれるとは思えなかったのだ。


「真子はどうなんだよ」

「私はいっくんとの関係修復しか考えてなかったから。他の男子に異性としての興味を持つことはなかったなぁ」

「告白とかされたことは?」

「1回だけあるけど、好きな人いますって断ったし」

「そっか」


 積もる話は飽きないほどある。1年間の溝を埋めるのに十分なほど。真子が言うように好きな人と一緒にいられるのであれば、これから先どんな結果が待っていようと受け入れられる。そんな気がする。


 午後6時を過ぎると真子がそわそわしだした。


「我慢しなくていいよ」

「だって……」

「絶対に嫌いにならないから」

「本当?」

「うん、本当」


 手錠で繋がっている状態でも俺は抵抗なく用を足した。ただ繋がれている利き手をあまり下に下げられなかったので不便ではあったが。

 手錠で繋がれる前、真子が用を足す時俺は必ず便器とは反対の部屋の隅に追いやられた。背中を向けて耳を塞げとまで指示された。


 手錠を繋がれてから真子はずっと我慢していたが、とうとう限界のようだ。意を決して真子は便器に向かった。

 真子がまずスカートを穿いたまま下着を膝まで下ろす。そして便座に座る。その流れで俺は腰壁を手錠で跨ぐように移動した。見てはいけないと思っての行動だったが、その時だった。


「きゃっ、バカ。カメラに映っちゃう。いっくんの身体で隠してよ」


 と言われてしまった。確かにそうだ。俺は謝意を口にして真子の正面に立った。しかし右手と左手を繋がれている状態だと対面しなくてならない。これはさすがに気まずい。座った状態の真子に対して俺は立っているので耳も塞げない。紙を取る時、俺の身体は振られるし。


「はぁぁぁぁぁ。全然落ち着かない」


 すべて事が済んで立ち上がった時の真子の大きなため息だった。八つ当たりのように手を洗った後の水を俺の顔に飛ばしてきたのだが。心中お察しします。


 PM7:00


 この日の夕食が届いた。メニューは白米にから揚げとサラダ。こんな時に限って箸のメニューである。と思った不満は一瞬。


「はい、あ~ん」


 これである。利き手の自由な真子が全部食べさせてくれた。から揚げは一口大より大きいので、半分真子がかじり、残り半分を口に運んでくれる。こんな流れだ。もうただ単にラブラブ生活をモニター中継しているだけのような状態だった。そして……


 4月10日 PM10:00 第12ターン


『ジリリリリッ』

『10時の移動ターンの時間です。今から15分以内に移動する扉を選択して下さい』


 そのアナウンスと同時に俺たちの部屋のモニターが暗転し、端末に『ミッションクリア』と表示された。俺たちはまず手錠を外した。


「名残惜しくもある」

「まだ繋いでおくか?」

「いや、いい」

「だよね」

「このターンで隣の部屋に出口があるかわかるね」

「だな。あるといいな」


 俺と真子は『W』のボタンをタッチした。


 15分後、開いた扉の先には正信の背中が見えた。正信はW扉の前に立ち尽くしていた。正信の前のW扉は開いている。


「出口だ」


 背後から鈴木が駆け寄って来た。元気も付いて来る。元気と鈴木は右腕の甲に絆創膏が貼ってある。前のミッションだろう。勝英は正信の様子を部屋から覗いていた。

 正信の向こう側には見覚えのある回廊があったのだ。そう、紛れもない出口である。一度振り返った正信の目は潤んでいた。無理もない。彼にとっては初めて見る出口なのだから。正信は、


「行ってくるわ」


 と言葉を残し、扉を潜った。それを追うように俺と真子は21番の部屋に入った。そして21番のW扉はゆっくり閉まり始めた。


『ピコンッ』


 正信の端末の通知音がここまで聞こえてきた。……と思っていた。しかし違った。俺の端末が震えている。鳴ったのは俺の端末だ。俺は真子と顔を見合わせた。真子の端末は動作がない。


『B3フロアクリアおめでとうございます。メッセージが届いています』


 と表示されていた。B3フロア? 俺が? なぜだ。

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