第十一話
俺と真子がいるスタート部屋はE扉が開くと同時にN扉も開いた。北側の部屋には女子生徒が1人いる。俺たちの次の行き先の東側の部屋には男子生徒と女子生徒が1人ずついる。更にその先の東の扉も開いていて、奥の部屋には男子生徒が1人いる。
整理しよう。このターンで俺と真子は22番の部屋に移動した。元いた21番の部屋には16番の部屋から園部歩美が移動してきた。
俺たちの隣、23番の部屋には22番の部屋から香坂元気、鈴木美紀が移動した。更に18番の部屋から渡辺正信も23番の部屋に移動した。
扉が開いた時は死角で正信の存在に気が付かなかった。それに中部屋を使っているプレイヤーがいるとは思っていなかった。しかし思い返してみると正信と鈴木はくじ引きのミッションをしていた。2人とも一時目的の方向から離れ再集合したということか。
更にその先、24番の部屋には23番から藤本勝英が移動した。今21番から24番までの部屋に7人がいて、扉がすべて開け放たれて一同に会している。こんな大人数で人と会話ができるのは、このゲームが始まって以来初めてだ。
そして情報交換を目的として皆が次の部屋に移動してから座談会が始まったのである。
それによるとこのフロアが初めての俺と真子以外は皆反時計回りに外周の部屋を回っていたそうだ。俺と真子が入ったため、園部もつながり大所帯となった。初期配置からこのフロアにいるのは正信と勝英と園部の3人。あとの4人は一度出口を経験している。
俺は大輝と話した予測や、事実を皆に話した。園部は1ターン目の女子が4人固まって失格になった時以来初めて人と会うそうで、安堵から泣いていた。勝英と正信は出口経験者から情報を得ていたが、園部はほとんどの情報が初耳だったようだ。
「ところでさっきのターンはミッションあったのか?」
「俺と鈴木さんだけ……」
俺の質問に同じサッカー部の元気が答えた。気まずそうだ。
「内容は?」
「手の指十本を舐め合え、よ」
続けてした質問に鈴木が不機嫌そうに答えた。そんなにミッションが嫌ならわざわざまた正信と合流しなくてもいいのにと思ってしまったが、一度回る方向を決めてしまうと今更引き返せないとのこと。確かに一理ある。
「そういう郁斗は彼氏と別れて、愛してくれる女に乗り換えたのか?」
「へ? 彼氏?」
正信が意味不明な質問をしてきた。横で真子が俯いている。
「ずっと瀬古と一緒にミッションしてたじゃん?」
「あぁ、あれは出口がわかった状況で同室になっちゃって。しかも1回戻されて2ターンロスしたり」
「そういうことか。同性愛が実らなかったから太田に泣きついたのかと思ったぜ」
訳の分からないことを。正信はなおも続けた。
「しかし、お前も瀬古もよく生きてたな。津本と同室にされて」
『ジリリリリッ』
正信の話を警報音が遮った。皆一様に緊張が走り、口を閉じた。
『脱落者確認』
「え、脱落者……。移動時間中にまた?」
井上が死んだ時のことが頭を過ぎる。そして一つのモニターが作動した。
「ひぃっ」
誰か女子の悲鳴のような声が聞こえた。モニターに映っていたのは衝撃的な映像だった。
正面に映るN扉が開いていて、その通路を塞ぐように男子生徒がうつ伏せに倒れていた。便器が映り込んでいるので方角がわかる。男子生徒のブレザーは真っ赤だ。一目で血だとわかる。壁にも血飛沫が飛び散っている。映っているN扉の向こう側は回廊のように見える。出口の扉だろうか。
すると1人の女子生徒が隣の部屋から後ずさりをしながら映り込んだ。方角からして東隣の部屋から移動してきたのだろう。
「由佳……」
隣で真子が不安そうに呟いた。由佳とは確か、初期配置が俺と同じB2フロアだった野口由佳だ。そしてその野口を追う男を見て俺は血の気が引いた。動かない右腕をだらりと下げ、左足を引きずっている。顔だって忘れるわけがない。津本隆弘だ。
津本はB2フロア9番からの移動のはずで、俺と大輝の行動を見て出口を知っている。と言うことは、映っているあの部屋の出口の4番の部屋で倒れているのは……。それに気が付いた時テロップが表示された。
『中川信二脱落』
衝撃が走った。血だらけで倒れているのは中川で間違いない。「なぜ?」と思った瞬間、津本の左手に果物ナイフが握られているのが見えた。まだ凶器を隠し持っていたのか。しかも状況からするに扉が開いた瞬間、出口を出ようとした中川を背後から襲っている。部屋の鮮血からして恐らく首を切ったのだろう。
ただあの負傷具合で? いくら何でも無理がある。勢いがいるからだ。もしそれができたのならば津本の精神力と身体能力は恐怖だ。
画面の津本は西側の壁に野口を追い詰めた。ナイフを野口の首に押し付けている。野口は必至で抵抗している。そして野口は右に体を躱し、津本を左に突き飛ばした。津本は便器と腰高の壁の間に腰を挟まれ床に尻をついた。その瞬間、
『ジリリリリッ』
警報音が鳴った。まだ何かあるのか? 続けて流れたアナウンスは、
『失格者確認』
失格者? 誰が? しかし他のモニターが作動する様子はない。すると津本が映っている部屋のモニターにテロップが表示された。
『野口由佳 ゲーム備品破壊のため失格』
え? 野口が? なぜ? 備品ってなんだ? 全く訳の分からないことに隣から元気の声が聞こえた。
「突き飛ばした時に津本の端末がトイレ脇の壁にぶつかって液晶が割れた」
「え……」
もう今の津本の体勢ではブレザーの袖に隠れて端末の液晶が確認できない。元気は一連の流れを確認していたようだ。
津本に襲われた野口が抵抗するために津本を突き飛ばして、結果津本の端末の液晶が割れて、野口が備品破壊で失格? そんな……
俺のやるせない気持ちをよそに野口は左腕を押さえて床に転げ始めた。俺の両脇では扉が閉じ始めている。真子はギュッと俺の袖を握っている。そして両脇の扉が閉じるのと同時に野口の動きが止まった。
津本は便器横に腰を落としたまま。負傷しているためうまく立てないのだろう。画面のN扉は中川が倒れていて閉まる様子がない。そしてモニターが暗転した。俺は頭を抱えた。
「俺のせいだ……」
「え? いっくん?」
2人だけの密室になった部屋の中で真子が心配そうに俺の顔を覗き込む。俺は大輝の提案を退け、津本と同室になるターンで出口の部屋を選択した。中部屋を選んでいれば、さっきのターンで更に中部屋を選び中川から離せた。それどころか野口まで出会わせてしまった。
『ジリリリリッ』
俺の感情を無視するかのように警報音が響く。そしてゲームは続く。
『同室3室確認。ミッションを発令します。モニターをご覧下さい』
「いっくん、私たちの部屋映ってる。ちゃんとミッション見ないと」
俺は真子に促され顔を上げた。そしてモニターを見た。1つは俺たちが、もう1つは隣の部屋の元気、正信、鈴木が映っている。更にもう1つは大輝と木部が映っていた。大輝も俺と同じように放心していて、木部に促されてモニターに顔を上げた様子がわかった。
大輝も俺と同じ感情なのだろう。しかも津本を出口に通さず中部屋に押しやり、ナイフを1本見逃した。堪えているはずだ。あの何事にも動じない大輝が。
『瀬古大輝、木部あいは寝るな。制限時間は次の移動ターン開始まで』
『香坂元気、渡辺正信、鈴木美紀は『かえるのうた』を3人で輪唱しろ。制限時間は次の移動ターン開始まで』
『波多野郁斗は1ターン目に太田真子が示したミッション結果の返事を示せ。方法は1ターン目に太田が示した方法と同じとする。制限時間は次の移動ターン開始まで』
「俺だけ? 真子にミッションはないのか? それにどういうことだ?」
横を見ると真子が「かぁぁぁ」という効果音でも上がりそうなほど顔を赤くしている。真子の表情の理由がわからないが、真子にミッションが課されていないのは喜ばしい。
「真子、このミッションの意味がわからん。どういうこと?」
「あ、えっと、その……。1ターン目の私のミッション覚えてない?」
「あ、ごめん。実は真子の見逃しちゃって。モニター見た時はもう前田がミッション始めてたから。ミッションの内容は覚えてるんだけど、結果は知らないんだ」
「そうだったんだ……」
そう言うと真子は徐に通学鞄を漁り始めた。そして4つに折った紙を取り出した。
「ん」
真子は喉だけ鳴らしてその紙を俺に差し出した。顔は完全に背けている。俺は受け取るとその紙を広げた。1枚のルーズリーフにマジックで書かれた文字。そこには……
『2A波多野郁斗くん。今でも中学の時の告白の返事待ってます』
と書かれていた。
今度は「ぼんっ」という効果音が聞こえそうなほど俺の顔が赤くなった。真子に課された好きな人暴露のミッションで、カメラに表示させたのはこれだったのか。しかもメッセージ付き。真子の好きな人は未だに俺だった。そして返事をまだ待っている。今まで真子のことで何人かに絡まれたのはこのことだったのか。
「あの、えっと、ごめん……」
「え……」
真子が泣きそうな顔を俺に向けた。それに俺は慌てて否定した。
「あ、違う。返事のことじゃなくて。ミッションはちゃんとやる。けど今は時間が欲しい。さっきの津本のことで、感情がまだ整理できてなくて……」
「俺のせいって言ってたこと?」
「うん……」
「何があったの? 聞かせて」
真子を含め他のプレイヤー達は、大輝が関節技で津本の肘を折ったことまでしか把握していない。ミッションによるモニター越しで。俺はB2フロアで俺と大輝が経験した津本に関することを全て話した。
「それで?」
「へ?」
話を全て聞いた真子から発せられた言葉に俺は間の抜けた返事を返してしまった。
「外周の部屋から中部屋に押し込んだから中川君と由佳が襲われた? ナイフを1つ見落とした? だから何よ」
「だから俺と大輝が責任を――」
「そんなことに責任感じる必要なんてない!」
真子が声を張って俺の言葉を遮った。そして捲し立てるように続けた。
「起きてしまった結果は確かに悲しいよ。けどそれはあくまで結果論じゃない。もし2人が津本君を出口から通してたらもっとひどいことが起きてかもしれないじゃん。
さっきこのB4フロアはたくさんの部屋が繋がって15分だけど7人が一堂に顔を合わせた。もしこの場に津本君がいたらどうなってる? 15分で2人を襲う様な人だよ?
B2フロアでいっくんと同じ奇数になったってことは、この部屋にいた可能性だってあるんだよ? その場合、もし瀬古君が他の凶器を隠してなかったら? もっと被害は増えてるよ?
もしかしたら被害を最小限に食い止めたのが今回の結果かもしれないじゃない。津本君が同室になることがわかった時点で中部屋に移動してたってその後のことはわからないじゃない。
いっくんと瀬古君はやれるだけのことをやったよ。本当に悪いのはこのゲームと暴力に走ってる津本君でしょ? いっくんと瀬古君は絶対に悪くない」
言い終わると興奮しているのか、真子は鼻息を荒くしていた。確かにそうだ。まったくもって真子の言う通りだ。少し元気が出た。
すると真子は鞄から白紙のルーズリーフの束を取り出した。そのうち1枚を抜き取るとマジックで『瀬古君?』と大きく書いた。何をするのだろうと呆気に取られて見ていると、俺たちを撮っているカメラに向かってそれを広げた。俺たちの部屋のモニターは真子が書いた『瀬古君?』でいっぱいになった。真子は大輝が映っているモニターを凝視している。
俺も真子につられて大輝が映っているモニターを見た。程なくして大輝と同室の木部が真子の行動に気づいた。そしてモニターを指差して大輝に見るように促している。すぐに大輝も俺たちの部屋のモニターを見た。真子はそれを確認すると再びルーズリーフを1枚抜き取りマジックで何かを書き始めた。
真子は作業が終わると先ほどと同じように書いた紙をカメラに向けた。俺たちの部屋のモニターは真子が書いた文字でいっぱいになった。それは真子から大輝に向けたメッセージだった。
『話は聞いた。私達のフロアはさっき15分だけ7人が一堂に顔を合わせた。頭のいい瀬古君ならこの意味わかるよね?』
大輝は口を半開きにしてしばらくモニターに見入っていた。時間にして5分、いや10分は経過しただろうか。大輝は手持ちのノートを広げると木部と何かを話し始めた。そして木部から何かを受け取るとノートに向かった。
しばらくして大輝は真子と同じようにノートに書いたメッセージをカメラに向けた。大輝の部屋のモニターは口紅で書かれた大輝の文字でいっぱいになった。木部から受け取ったのは口紅だったようだ。
『太田ありがとう。前を向く』
モニターいっぱいに映されたメッセージを見て真子は笑顔になり、カメラに向けて親指を立てた。それを確認した大輝はノートのページを捲った。
『郁斗、早く太田に返事をしてやれ。男らしく』
「最後の一言余計だろっ!」
大輝のメッセージを見た俺は思わずツッコミを入れてしまった。
「何が余計よ。さ、男らしく」
そう言って真子は俺にマジックを差し出した。
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