第十八話
4月11日 PM1:00
俺と真子はB1フロア21番のW扉の外に立った。ここがこのフロアのマンションへの入り口だ。中に誰かいた場合、情報交換など話す時間がほしい。だから1時間の余裕を持って入室することにした。
2人とも通学鞄を肩に掛けている。真子の手には飲用水のペットボトルが入ったビニール袋が握られ、俺の手には水道水のペットボトルが入った紙袋が握られている。
「これって俺の端末だけ近づければ真子も入れるのか?」
「わかんない。念のため2人とも近づけようか?」
「そうだな」
俺たちはそれぞれの端末を受信センサーに近づけた。するとゆっくりと扉が開き始めた。室内に人の気配がする。
徐々に見えてきたモニター画面。扉のある西側と、扉の引き込み側の北側のモニターは死角でまだ見えない。東側と南側のモニターはどちらも作動している。映っているのは2人ずつ。フルオープンのミッションだろうか?
いや、何かがおかしい。
映っている合計4人はただ座っているだけで何もしていない。俺たちが課されたミッションのように繋がれているわけでもない。大輝と木部が課されたミッションのようにこんな時間から不眠も考えづらい。
そして室内で姿を現した先客の女子生徒。
「あら、ご夫妻。出られないフロアに来てしまったのね」
それは牧野美織だった。薄く笑っているが元気はなさそうだ。1ターン目で「初めまして」をした牧野。少しやつれただろうか。とにかくモニターや牧野の言葉にツッコミ所が満載だ。何から聞こう。とりあえず俺と真子は入室した。
「美織ちゃん。出られないってどういうこと?」
俺が思考を巡らせていると真子が先に質問をした。
「このフロア出口が10番の部屋なのよ」
「……」
「……」
「その顔は2人とも気づいたみたいだね」
俺と真子はよほど絶望的な顔をしていたらしい。そして牧野の疲労感にも納得がいった。
「波多野君もだいぶこのゲームに慣れたみたいだね。これだけで気づくなんて」
俺たちが入った21番の部屋から出口のある10番の部屋まで7ターンかかる。そして8ターン目で出られる計算だ。しかし3日に一度の出入り口変更が19ターン目の直前にある。今13ターン目。届かない。あと5ターンでは。3ターン足りない。これからどうやって過ごせばいいのだ。
「いつ知ったんだ?」
「今回のターン開始の時に。前回ターンで瀬古君と木部さんがこの部屋に入って来てたみたいで。今回の移動中の15分で教えてくれたの」
「大輝がいるのか?」
「うん。北隣の部屋にいるよ」
「よかったね、いっくん。B4に行ってなくて」
真子が安心したように俺の顔を覗き込む。それを聞いた牧野が続ける。
「なんだかそちらもいろいろと情報を持ってそうね」
「あぁ。整理しよう。まず大輝はなんで出口を知ってるんだ?」
「B3フロアをクリア後、遠藤君はB2に、瀬古君と木部さんはB1に、間髪を入れずに向かったの。そしたら瀬古君はこのフロアの出口を出たばかりの鈴村君とお風呂で会ったらしいわ。鈴村君は自力では初の出口だったらしく、このB1に留まってたんだって。それで聞いたみたい」
と言うことは……
「それなら大輝も全員がB3フロアをクリア扱いになったことは知ってるんだな?」
「うん、鈴村君に聞いたって。それで自分達がこのフロアに、遠藤君がB2に行ったことに心底ホッとしてたわ。下に向かおうとする人は少ないはずだって。だからB4の閉鎖が、一番可能性が高いと感じたそうよ。どうも自分たちは情報がほしくて人が多そうなフロアに上がってきたみたい。鈴村君にはB4に行くなって伝えたらしいけど」
なるほど。実に大輝らしい。最後に牧野の顔が曇ったのが気になるが、牧野は続けた。
「同じタイミングでB2の出口を通ったのが瑞希ちゃん。B2で遠藤君と会って出口は教えたそうよ。B2は23番だって。ちなみに入り口は4番。ご夫妻はB4からよね?」
ご夫妻って。どこでも誰にでも言われるな。
「そうだ。B4にいた集団の予想ではB4はあと3人だ。香坂元気と鈴木美紀と藤本勝英だけ。長いことB4にいた渡辺正信と勝英が、しばらく集団以外見てないって言ってたから。勝英があと2ターンで出られる。元気と鈴木はもう出口の部屋だ」
「そっか、皮肉ね……」
「皮肉?」
牧野は俺の疑問を聞こえてか、聞こえずか話を続けた。
「このフロアで出口変更前に出られるのは園部歩美ちゃんだけよ。今24番にいる。東隣の22番には本田瑞希ちゃんと橋本陽平君がいる。北隣は瀬古君と木部さんの他に田中利緒菜ちゃんもいる。
木部さんはもう瀬古君と離れるつもりはないみたい。彼氏いるみたいだけど、そんなこと言っていられる状況じゃないって言ってた。
木下敦君は歩美ちゃんと一緒にこのフロアをスタートしたみたいだけど、右回りを選んだから順調に進んでいれば6番にいるよ。他には把握していないけど恐らくこれで全部だと思う」
「同室多くない?」
真子の質問にまた牧野の顔が曇った。一瞬の沈黙を経て俺は聞いた。
「他のみんなは出口出られなくてこれからどう動くつもりなんだ?」
「今偶数の部屋の人達はあと7ターン使って奇数の角部屋を目指すって」
「あ、そっか。角部屋なら扉が回廊側に2つあるもんね」
真子が納得したように言った。確かに。
「そういうこと。明日の夜10時の時点で角部屋に移動できれば、翌朝6時直前に出口が変更されても角部屋からスタートできる。出口になる可能性の扉が25分の2よ」
「正に園部が直面したパターンだな」
「木下君にだけは伝わっていないけど、このまま進めば明日の夜10時のターンで5番の角部屋に移動できる。瀬古君と木部さんは1番の角部屋を、利緒菜ちゃんはここ21番の角部屋を、瑞希ちゃんと橋本君は25番の角部屋を目指すよ。
木下君以外出口変更までに5番には届かないからこの3室。できるだけミッションを避けるために中部屋も使うって言ってた」
「牧野はどうするんだ?」
「どこかの角部屋の隣に移動する。それで次のターンで角部屋に入る。回り方は話が伝わってない木下君に合わせて全員右回りで統一することになった」
「その話乗った」
「オッケー。私達が目指すのは6番、20番、22番のどこかよ。出入り口変更までに4番には届かない。瑞希ちゃんと波多野君以外のプレイヤーがこのフロア以外の人とミッションになったら他のフロアに移動したというヒントになる」
「なんで瑞希ちゃんといっくん以外?」
確かに。なぜ俺と本田の2人だけ?
「このフロアで4フロアコンプリートだからよ。ちなみにB4も閉鎖されれば木下君、瀬古君、利緒菜ちゃん、私も3フロアクリアだけど」
「そうすると残るのは木部と陽平と真子か。真子どっちに付いてく?」
「あいちゃん。その方がいっくんも瀬古君と近いから都合いいでしょ?」
「そうだな。そうしよう」
「私はずっと利緒菜ちゃんの後ろを付いて来たからそのまま利緒菜ちゃんね。だから私は22番を目指すわ。2人は6番を目指して」
「わかった」
「ミッションについてだけど……、なるべく当たりたくないの」
「わかった。なら俺たちは中部屋使って22番、17番、12番、7番、6番の順に進むよ。牧野は外周側を進めよ」
「ありがとう。じゃぁ、16番、11番、16番、21番、22番の順に進むね」
「牧野?」
「ん?」
さっきから牧野の様子が気になる。このゲームでほぼ初めましてだが、ゲーム初日に会ってからまだ日が浅いが、変化を感じる。
「無理もないとは思うけど、何か疲れてるのか?」
「……」
「何かあったのか?」
「聖羅ちゃん……、私とミッションした後の行動が裏目に出ちゃって」
自殺した新渡戸聖羅。牧野とのミッションは、野沢美咲とモニター通信をしたメリット型のミッションだったのでは。
「裏目に? どういうことだ」
「モニター通信で美咲ちゃんにこのフロアの出口を教えてもらったの。その時は23番だった。そしたらその4ターン後から出口が変わっちゃって……」
ここで牧野の言葉が詰まった。
「もしかしてそれで絶望して?」
「真相はもっと深いの。ミッションを避けるためにそこから私とは別行動をとることにしたの。特に聖羅ちゃんが男子との同室を嫌って、それで中部屋を通ることにしたんだよ。そのど真ん中の13番にいる時に出口変更を知って……。失格ではなかったからたぶん次の18番に移動してすぐに自殺したんだと思う」
「男子との同室を嫌ったってもしかして佐藤が原因か?」
ここで真子が俯いた。
「2人とも気づいてたみたいね。聖羅ちゃん、佐藤に乱暴されたみたいで……」
本当にそうだったのか。真子も気付いていたみたいだ。報復で脱落させたのは間違いなさそうだ。
「美咲ちゃんが安全ピンを持ってたみたいで引きちぎられたブラウスは安全ピンで留めてた。インナーのキャミは破かれたみたい。私が裁縫道具持ってたからブラウスは修復してあげたんだけど。
聖羅ちゃんずっと気に病んでたよ。乱暴されたこともそうだし、報復したことにしても、どうせ私は人殺しだって自分を嘆いてた」
掛ける言葉が見つからない。もちろん牧野が責任を感じることではないけど、気にはしているだろう。話題を変えよう。
「今回のミッションって何なんだ? 2室まだ終わってないのか?」
また牧野の顔が曇った。いや、曇りがひどくなった。俺たちが休憩室にいる間に何が起こったのだ? モニターに映っている2室は、1室が元気と鈴木。もう1室が遠藤と鈴村だ。部屋に入ってすぐに顔を認識できた。牧野はさっきからこのメンバーの話題が出ると深刻そうな顔をしていた。ミッションと何か関係があるのか?
「順番に話すね」
「あぁ」
「今回のミッションは全部で5室。同室は6室よ」
「「6室!?」」
俺と真子は驚きのあまり一緒に声を上げた。元気達の他に5室。仮にB4フロアは残り3人だとして、思いのほかB1フロアとB2フロアに人が集まっているようだ。
「モニターは4面しかないから切り替わりながら中継された。最初にミッションをクリアしたのは利緒菜ちゃんたち。内容は『瀬古大輝、木部あい、田中利緒菜のうちいずれか1人が骨折をしろ。部位は自由に決めて良い。制限時間は次の移動ターン開始まで』よ」
また大輝に骨折ミッション。
「すぐに終わった。それこそ開始数秒で。瀬古君が自分の左手の小指を手の甲に向かって折ったの。誰にも何も言う暇を与えないくらい素早く取り掛かった。女の子を同室にしてさすがね」
間違いない、さすが大輝だ。怪我の具合は心配だが、今回は戦っての骨折じゃなかったことが功を奏した。
「次にクリアしたのは涼子たち。内容は『高橋卓也、渡辺正信、佐々木涼子は次の移動ターンで3人別々の部屋を選択しろ。制限時間は次の移動ターン選択時まで』よ。3人であみだくじを作っているのが映った。くじが終わったと思われる時間に中継は終った」
これは痛いミッションだ。B1フロアのようにもしB2フロアのプレイヤーが遠藤を通して出口を知っていたら、計画が狂う。
「次にクリアしたのは瑞希ちゃんたち。内容は『橋本陽平、本田瑞希は全裸でセックスをしろ。その間、毛布は便器脇の腰壁に掛けろ。制限時間は次の移動ターン開始まで』よ。開始3時間くらいで終ったかな」
陽平には2回目の性行為のミッション。しかも過激さが増している。最初こそこの手のミッションは無粋な感情を抱いたが、今ではもう腸が煮えくり返る。自分が愛する人と経験して初めてわかる。当初の自分の愚かさにも腹が立つ。
「それでまだ終わっていないのが、中継中の2室」
俺と真子はこの後牧野から、中継中の2室のミッション内容を聞かされ絶望するのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます