第十七話
4月11日 AM5:30
部屋の照明が点灯したことで俺は目を覚ました。この時間が照明を点灯する時間のようだ。マットの脇には俺と真子の衣服が脱ぎ散らかされている。モニターは全て暗転している。陽平と園部もミッションが終わったようだ。
「おはよ」
俺の腕の中で眠っていた真子が言った。照明の光で真子も目覚めたようだ。
「おはよう、真子」
俺はそう言うと真子の額にキスをした。真子は軽く目を閉じ少しくすぐったそうにしていた。
「服着るからこっち見ないでね。明るいとこだとまだ恥ずかしい」
「あ、うん。わかった」
俺は真子に背中を向けた。背後で真子が起き上がったのを感じる。服を着ているのだろう、衣擦れの音もする。俺も起き上がり服を着た。
AM6:00 第13ターン
『ジリリリリッ』
『6時の移動ターンの時間です。今から15分以内に移動する扉を選択して下さい』
俺は真子と一度目を合わせた。お互いに軽く笑顔だ。そして2人して『W』のボタンをタッチした。
15分が経過し、W扉が開いた。その先には見覚えのある廊下。マンション内の部屋よりは少し暗い回廊だ。
「他にこのフロア誰もいないといいね」
背後から鈴木が声を掛けてきた。元気と一緒に既に俺たちがいる部屋に入室している。元気の頬は心なしか腫れている。東隣の部屋では勝英が顔を覗かせる。この勝英が出口を出た時点でB4フロアが閉鎖されることを切に願う。
「じゃぁ、先に行ってるね」
「俺たちは次、B1フロアだから鈴木は1Fでまた会おう。元気はどうするんだ?」
真子の言葉に続き、俺は聞いた。
「俺も鈴木さんと一緒にB2フロアに行くことにしてる」
「そっか。じゃぁ元気も1Fでな」
そう言い残して俺と真子は出口を潜った。
『ピコンッ』
2人の端末が通知音を発し、振動した。出口通過を知らせるメッセージだ。それぞれ2回目と3回目なので説明文はもう送られていない。B3フロアクリアの時は初めてのプレイヤーもいたので説明文があったのだろう。一斉送信されていたのだとわかる。
出口は南西の角部屋なのでエレベーターはすぐにあった。この部屋は俺と真子が入り口に使った部屋でもある。俺はエレベーターの前に立つと真子に言った。
「先に行けよ」
「うん」
そう、俺たちの次の行き先はB1フロアだ。地下では俺の最終フロアである。真子と次も一緒にいるためにはこのフロアにしか行けない。その後、真子はB2フロアもクリアしないといけないが。
真子を見送ると俺は安置室に入った。前に入った時よりも腐敗臭が強烈である。照明を点けると死体袋は3つのままだった。このフロアで新たな死者は出ていないようだ。俺は入り口でそっと手を合わせると安置室を出た。
俺はエレベーターを使いB1フロアに上がってきた。そしてエレベーターの隣の安置室に入った。やはり腐敗臭が凄い。俺は照明のスイッチを押した。
そこには1日目に死んだ村井拓也と佐藤義彦、そして4日目の昨日死んだ新渡戸聖羅の死体があった。村井と佐藤は腐敗が進んでいる。新渡戸は一度もこのフロアを出られなかったのか。俺は一体ずつ丁寧に手を合わせて安置室を出た。
「とりあえず風呂に入ろう」
そうして俺は浴場に向かった。女湯の照明が点いている。真子が入っているのだろう。脱衣所には片隅に個室トイレも設置されているので今はゆっくりしてほしい。男湯は照明が落ちている。誰もいないようだ。情報交換のためにも誰かと会えることを期待していたのだが。真子が誰かと会っていればいいが。
小一時間ほどで風呂を済ますと俺は休憩室に入った。誰もいない。女湯の照明が点いていたので真子はまだ風呂に入っているのだろう。ここが真子との待ち合わせの場所だ。
給湯脇の長机には菓子パンがいくらかと弁当が置いてある。電子レンジもある。このターンの時間は朝食と昼食に掛かるためだろう。俺は冷蔵庫からお茶を取り出し、ソファーに身を投げた。
更に小一時間ほどで真子が休憩室に来た。脱衣所のドライヤーは使ったのだろうが、まだ髪が少ししっとりとしている。風呂上がりの真子が艶やかで見とれてしまう。
「ちょ、何て格好してんのよ」
これが、休憩室の扉を開けて俺を見るなり真子が最初に言った一言だ。
「あぁ、風呂上がった時、まだパンツしか乾いてなくて」
「だったら乾くまで脱衣所にいればいいでしょ。家じゃないんだからパンツ一枚で動かないでよ。そろそろ乾いてるでしょ? 服着てきて」
真子に咎められて、俺は脱衣所で既に乾いていた服を着てから休憩室に戻って来た。真子はコーヒーを二人分淹れ、ソファーに座っていた。
「ご飯食べた?」
「まだ」
「じゃぁ、一緒に食べよ?」
俺は真子と一緒に朝食を食べ始めた。久しぶりに飲むコーヒーの苦みが心地いい。
「真子も誰とも会わなかったんだな?」
一人でいる様子をみての質問だった。今、一度脱衣所に戻った時には既に女湯の照明は落ちていた。
「うん。残念ながら」
B1フロアも他のフロアと同じように風呂や休憩室が完備されていることは、鈴木から聞いて知っていた。B4フロアにいるよりもすぐにB1フロアに上がった方が人と会える可能性が高いと思いここで過ごしている。しかし誰とも会えなくて残念だ。
朝食を終えると真子が綿棒を取り出した。脱衣所に常備されているものだ。真子は自分の太ももをぽんぽんと叩いて言った。
「おいで。耳掃除やってあげる。しばらくやってないでしょ」
「うほ」
変な声が出た。俺は遠慮なく真子の太ももに頭を預けた。ソファーの上で真子の膝枕で綿棒が心地よく耳の中を行き交う。
「真子、上手いな」
「弟のよくやってあげてるからね」
「弟いたんだ」
「うん。小一」
「え? 十歳差?」
「そうだよ」
この流れで俺は反対の耳もやってもらった。終わっても真子の膝枕が心地よく起き上がれないでいた。
「少し寝てもいいよ。お昼には起こしてあげるから」
「いいの?」
「えぇ。昨晩張り切り過ぎて疲れているでしょうから」
真子が悪戯に嫌味を込めて言う。
「う……真子も疲れてるよね?」
「えぇ、そりゃぁぁぁ。朝起きたら体がすごくだるかったですよ」
「……」
「けどゆっくりお風呂も入れたし、私は大丈夫だから」
「なんか申し訳ないな」
「次の部屋で私はお昼寝させてもらうし、誰か一緒になったらもうこんなことしてあげられないよ?」
「お言葉に甘えます」
俺は即答した。
そしてそのまま夢の中へ堕ちていった。
そこには真っ白な部屋が広がっていた。かなり広い。4面の壁に扉が5つずつある。それぞれの面の扉に『N』『W』『S』『E』と表記がされている。方位だとわかる。扉の上にはテレビモニターがある。
北西の角には便器とその脇に腰壁がある。更に部屋には5×5の25枚のマットが等間隔で並べられている。
「そうか」
ここはマンション内の25室の界壁を取り払い、便器を1つだけ残した部屋だ。
「ふふふ」
女の笑い声が聞こえた。俺は声の方向に振り向いた。そこには伊藤ひかり、鈴木怜奈、村井拓也が立っていた。さっき部屋を見回した時にはいなかったのに。そして俺は唖然とした。3人とも左腕の肘から先がなかったのだ。
すると今度は足元で悲鳴と喘ぎが混じった女の声が聞こえた。見下ろすとそこには佐藤義彦に犯される新渡戸聖羅がいた。新渡戸は途中で佐藤の左腕を掴み端末をタッチした。途端に佐藤が転げまわり、左の肘から先が切断した。
「郁斗」
今度は名前を呼ばれた。声の方向を振り向くとそこには高木悠斗が立っていた。ネクタイをテレビモニターのフックに掛け首を吊ろうとしている。
「止めろ!」
俺は掛け寄ろうとしたが足首を誰かに捕まれた。新渡戸聖羅だ。振り払おうとするが力が強い。俺は悠斗に目を戻した。すると首を吊っていたのは井上明人だった。その脇で津本隆弘が不敵な笑いを浮かべて立っている。
震撼した。なんと津本の手には人の頭部が握られていたのだ。間違いない。あれは中川信二だ。しかしその津本を今度は横から現れた野口由佳が銃で撃った。津本が倒れると同時に野口の左腕は肘から先が落ちた。そして野口も倒れた。
「相打ち……」
『ぶちっ』
今度は俺の足元で鈍い音。恐る恐る見下ろすと、新渡戸の口から血が流れていた。
「そんな、なんで……」
再び顔を上げると視線の先には男子生徒と女子生徒がいた。2人は俺と目が合うと踵を返し、手を繋いで近くの扉から出て行った。しかし扉が閉まる音は背後から聞こえた。振り返るとそこには2人の男子生徒が組み合っていた。視界がぼやけてはっきり顔が確認できない。お互いに……
え? 首を絞め合っている?
「いっくん」
名前を呼ばれた。この声、この呼び方。いつも聞いていたい声。俺の一番大事な人の声。俺は声の方向を見た。
「真子」
そこには真子が立っていた。
「いっくん」
「真子」
すると真子の左腕の肘から先が落ちた。
「え……」
「いっくん」
すると真子の肢体が次々に落ちていく。
「真子、まこぉぉぉ!」
「いっくん?」
俺は勢いよく目を見開いた。そこには俺を心配そうな顔で覗き込む真子がいた。俺は体を起こした。この時、真子の膝枕で横になっていたことを思い出した。
「大丈夫? すごい魘されてたよ?」
「ん? あぁ」
額には汗が。シャツも汗で張り付いている。「はぁ」と俺は一つ大きく息を吐いた。
「今何時?」
「11時半」
シャツと下着だけなら軽く水洗いして乾燥機にかければ30分で乾くか。
「風呂で汗流してくる」
「うん」
心配そうに見つめる真子を残して俺は風呂に向かった。
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