第二十四話

 あと1人。そして3人がセーフである事実の大輝と木部への伝え方。コミュニケーションだと失格だから、読み取ってもらわなくてはならない。どうしたものか。俺と真子は今までのミッションと知る限りのプレイヤーの動き方をメモしたノートを広げている。


「私達が、セーフの3人のうち渡辺君ともう1人を書けば瀬古君なら読み取ってくれるよね? 私達が3人のミッションからこの判断に行き着いたって」

「あぁ、そうだな。けどあと1人」

「それを読み取ってくれることで瀬古君が他のセーフのプレイヤーを割り出せないかな? 私達の知らない情報で」

「それに懸けるしかないか……」


 俺は正信の名前を、真子は佐々木の名前を書いてカメラに映した。すると2人の端末に『ミッションクリア』と表示された。そして俺達の部屋のモニターは暗転した。

 その後、念のため1分待った。警報音は鳴らない。つまり誰も脱落していない。これで正信と佐々木がB2フロアにいることが証明された。その流れで大輝と木部の部屋のモニターを見ていると大輝と木部が何かを話し始めた。大輝が俺たちの考えを読み取って、木部が卓也の名前を書き、大輝がもう1人を割り出す。そうなるだろう。


 やがて木部が筆記を始め、それが終わるとカメラに向かって紙を示した。なんとそこには『赤坂真美』と書かれていた。


「真美なの?」

「え……赤坂? なんで」


 俺と真子は緊張しながら警報音が鳴らないことを願った。この時も念のため1分待った。とてつもなく長く感じられる1分だった。


「鳴らない……よね?」


 真子が不安そうに言う。


「あぁ、大丈夫だと思う……」


 そう話していると今度はモニターに映る大輝が筆記を始めた。そこには『高橋卓也』と書かれていた。


「大輝の方が卓也を書いたんだな」

「そうだね。てっきり高橋君はあいちゃんに譲って、その後瀬古君が他のプレイヤーを推理して書くと思ってたけど。先にあいちゃんが真美を書いたのは驚きだった」


 俺も真子の意見にまったく同意だ。今までの大輝と木部の行動を見ていると真子が言ったとおりに動くと思っていた。2人は支え合ってはいるが、ミッションに関しては大輝が木部を助けてきたという印象があったからだ。

 そしてすぐに大輝達の部屋のモニターは暗転した。警報音は鳴らない。誰も脱落させずにミッションがクリアできたようだ。俺と真子は安堵して力が抜けた。


「なぁ、真子?」

「なに?」


 俺は朝7時に支給された朝食を食べながら真子に聞いた。


「せめて次のターンだけでも別々に行動しないか?」

「……」


 真子の動きが止まった。真顔だ。俺の言わんとすることが読み取れているようだ。しかし俺は敢えて続けた。


「今回のミッションは下手したら俺たちの手で脱落者を出していた。自分たちに不利益のあるミッションは真子と支え合うことで乗り越えられる。けど他のプレイヤーに危険が及ぶのはやっぱり……」

「そう……だよね……」


 真子はゆっくり咀嚼をしながら俯いた。心苦しい。俺だって本当は真子と一緒にいたい。けどせめて次だけは、俺と真子はルートを変えられる。牧野と打ち合わせた、明日の朝の出入り口変更時点で俺と真子がいる部屋までのルートを。

 次は俺が7番に、真子が11番に行けばいい。今ならもう2人が牧野と出くわすこともない。更に次のターンで6番に集合すればいい。


 大輝達だってもしかしたらそうするかもしれない。牧野に聞いた田中のルートだと、次のターンで大輝と木部が西と北に別れても、田中はもうどちらかと出くわすことはない。更にその次のターンで1番の部屋に集合すればいい。


「わかった。私の我儘で皆を危険に晒しちゃダメだもんね」

「わかってくれてありがとう。その次のターンで6番に集合しよう」

「うん」


 PM2:00 17ターン目


『ジリリリリッ』

『2時の移動ターンの時間です。今から15分以内に移動する扉を選択して下さい』


 俺はN扉を、真子はW扉を選択した。


「いっくん、6番でね」


 真子はそう言うと、不安そうな顔を隠さず俺の手を握る。


「うん。必ず」


 俺が答えると真子は俺の背中に両腕を回した。俺は優しく真子を抱き締めた。この後扉が開くまで何度も真子にキスを強請られ、ハグとキスを繰り返した。


 N扉が開くと大輝と木部の姿が見えた。2人とも別々の方向を向いていて、その先の扉が開いている。


「大輝、別行動か?」

「あぁ、さっきのミッションは俺たちへの被害じゃないからな。とりあえず1ターンだけ別の部屋に入る」


 大輝と木部も俺たちと同じ判断をしたようだ。


「それよりよく赤坂がB2だってわかったな」

「それを判断したのは俺じゃないよ。お前らが最初に渡辺を選んで、次に佐々木を選んだだろ? それで渡辺の動向を知っていて、更にお前らは、高橋を含めた3人がやったミッションの時に、まだ出口に届かない部屋にいることを掴んだんだって思っただけ。あとは知ってることを木部に伝えただけだ。赤坂は木部が判断した」

「どういうことだ?」


 俺の質問にここからは木部が答えた。


「真美が男に媚びるぶりっこだからよ」

「は?」


 俺は間の抜けた返事をしてしまった。


「真美は高橋君とミッションをやった時B2にいた。あなたと瀬古君はそれに気づいたんでしょ?」

「ちょ、待て。それだいぶ前の話だぞ。その後出口を出てる可能性だって――」

「ないわ」


 俺の言葉を遮って木部が断言した。そして続けた。


「真美か高橋君のどちらかは2人のミッションの時1回休みを受けて1部屋ずれた。その後真美は誰とも同室になっていない。男に媚びる真実の性格を考慮すると、ずっと高橋君と隣同士の部屋にいて、真美が高橋君を追いかけていたと考えるのが自然。その途中で出入り口の変更があり、出口が遠くなった可能性が高い」

「けどそれって可能性の話で確実ではないんじゃ……」

「それでもかなり期待はできた。それとも私にミッション不達成で脱落しろと?」

「いや、そんなことは……」

「まぁ、もしそんなことになるくらいなら無理やりにでも瀬古君に私の名前を書かせてたけど」

「……」


 俺はそれ以上何も言えなくなった。木部は最悪の場合、自分が犠牲になってでも大輝にミッションをクリアさせるつもりでいた。それほどの覚悟を持っていたのだ。俺が木部に意見をすることはできないと思った。


「悪かったよ。そんなに覚悟してたなんて知らなくて」

「いいのよ。気にしないで。普段は冷たい瀬古君だけど、あなたに感化されたみたいでだいぶ優しくしてくれるから。かなり助けてもらってるの。間接的にあなたにも感謝してるの」

「そうか……」


 真子は行き先の11番の部屋にいた田中に、俺と別々にした経緯を話しているようだ。やがて俺たちはそれぞれの部屋に移動した。


 移動時間が終わり、扉が閉まるととてつもない寂しさが襲ってきた。大輝と一緒の部屋になって以来、一度も一人部屋を経験していない。他のプレイヤーはこれを繰り返しているのか。真子が心の支えであったと痛感する。しかし鳴らない警報音に同室がいないのだと安心する自分もいる。ミッションがないターンは初めてか。


『パッパカパーン♪』


 心臓が跳ねるのに合わせて体が跳ねた。この陽気な音楽は……


『はいは~い、皆さ~ん。キキですよ~。ちゃんと覚えていますかぁ?』


「くっ、キキ」


 機械で加工された甲高い声。ゲームマスターの久しぶりの登場だ。初日以来なので5日ぶりか。


『まだ誰も1Fに辿り着いていない状況でミッションなしなんて私寂しいです』


 鬱陶しいことを言う。ただまだ誰も1Fに届いていないと言うことは、把握しているB1の10人以外の8人がB2フロアにいる可能性がより高くなった。


『と言うことで全員参加型のミッション、不人気投票をしようと思います』


 不人気投票だと? 嫌な予感がする。


『皆さんお手持ちの紙やノートに誰か一人のプレイヤーの名前を書いてN扉の上のカメラに映して下さぁい。

 こちらで皆さんの書いた名前が認識出来たらお手元の端末に『投票終了』と表示させていただきま~す。投票の変更はできません。自分の名前を書くことは禁止としま~す。

 得票数の一番少なかったプレイヤーにチクッとした痛みをプレゼントしますね~。それでは制限時間は午後3時まで。はじめー』


 何だと。チクッとした痛みだと。誰かが端末の毒針で死ぬのか? そんな……。本当に、本当にもう止めてくれ。誰かを殺すのは。もしかしてキキは誰かが1Fに辿り着かない限り、ミッションが発生しなければこういったことをして楽しむつもりでは。


「くそっ、名前を書かなきゃ」


 自然とそれが口を吐いた。俺が書く名前は只一人。俺が絶対に守らなくてはいけない人。太田真子だ。他の誰にも死んでほしくはない。けど、俺にとっては真子が唯一絶対だ。

 俺はすぐさまノートに『太田真子』と書いてカメラに向けた。モニターが4面とも暗転しているのでちゃんと映っているのかわからない。

 すると程なくして腕の端末が光った。『投票終了』と表示されている。少なくともこれで真子は1票だ。頼む、真子に危険が及ばないでくれ。


 約1時間後。


『はいは~い、皆さ~ん。集計ができましたよー。それでは開票結果の発表でぇす。N扉の上のモニターをご覧下さ~い』


 緊張する。頼む、真子が最下位にならないでくれ。心臓の鼓動を落ち着かせる余裕もなくモニター画面に見入った。するとテロップが表示された。


『瀬古大輝・2票。高橋卓也・2票。波多野郁斗・2票。菊川未来・2票。田中利緒菜・2票。渡辺正信・1票。太田真子・1票。木部あい・1票。佐々木涼子・1票。野沢美咲・1票。本田瑞希・1票。前田志保・1票。牧野美織・1票』

『こんな感じでぇす』


 え……


 真子が一票で最下位? いや、違う。名前の出ていないプレイヤーがいる。もしかして0なのか?


『得票数0は5人でぇす。それではチクッとボタン――』


「やめおぉぉぉ!」


 俺は叫んだ。力の限り。しかしキキは無視して続けた。


『オ~ン』


 そしてテロップが切り替わり表示された5人の名前。


『木下敦・0票。橋本陽平・0票。藤本勝英・0票。赤坂真美・0票。園部歩美・0票』


 俺はそれを見て慌てて他の3面のモニターを確認した。しかしどのモニターも暗転したまま。起こるのか? 今から悲惨な出来事が……。中継されるのか?


『どうでしたかぁ? チクッと』


 え……


 中継されない。得票数ゼロのプレイヤーはどうなった? もしかしてもう毒針を刺されてしまったのか?


『いや~、ショックですよねぇ。0って。心にチクッと来ましたかぁ?』


「は? なんだと?」


『1Fにプレイヤーが辿り着く前にまた同室なしだったらやりましょうねぇ。あ、次は間違えてお手元の端末の毒針の作動ボタン押しちゃうかもぉ。それでは~』


「くっ……」


 キキめ。全プレイヤーに釘を刺しやがった。全員が意図的にミッションを避ければ次は毒針を刺すと。ミッションを避けてもダメ。ミッションを覚悟で同室になってもダメ。全てはキキの思惑通りだ。

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