第九話

 4月9日 PM2:00 第8ターン


『ジリリリリッ』

『2時の移動ターンの時間です。今から15分以内に移動する扉を選択して下さい』


 俺はマットに横たわっている津本を見た。動く様子はないが、大輝の言うとおり左腕と舌を使えば端末の操作はできるだろう。俺は迷わずに『N』のボタンをタッチした。

 床に腰を下ろしていた大輝が徐に立ち上がった。まだ扉を選択した様子はない。すると大輝は津本の左腕を掴み操作盤をタッチした。


「何したんだ?」

「あぁ、こいつの次の扉を『S』で選択しといた。ここまで負傷させても危険人物だから念のため一度中部屋に行ってもらおう。中部屋なら人は少ないだろうから」

「そうか」


 そう言うと大輝は床に座り直し自分の端末の『N』のボタンをタッチした。これで俺と大輝は揃ってこのフロアの出口を通れる。

 そして15分が経過すると『N』『W』『S』の扉が開いた。津本は起き上がると右ひじを押さえ左足を引きずりながら南側の部屋へ入っていった。これだけ負傷していても自力で起き上がるあたり物凄い精神力だ。脱帽する。


「大丈夫なのか? ミッションの勝敗はモニターで見てたから知ってるんだけど」


 西側の部屋から中川が顔を覗かせてこちらの室内の様子を伺っていた。


「あぁ。右ひじ骨折に加えて左足負傷だ。機敏に動くことはないと思う。心配なら念のため時間ぎりぎりにこっちの部屋に移動するといい」


 中川の不安に大輝が答えた。それを聞いて安心したのか中川の肩から力が抜けた。中川は立っている場所から動くつもりはなさそうだ。大輝の提案にのり時間ぎりぎりに移動するのだろう。

 大輝は自分の鞄の他に、津本から没収した津本の通学鞄も持っている。津本のポケットに入っていた刃物類も今はこの中だ。このまま外に持ち出すようだ。

 俺と大輝は揃って部屋の外に出た。つまり出口を通過したのだ。そこには幅2メートルほどの廊下が左右に伸びていた。俺は背中で今までいた部屋の扉が閉じるの感じた。


「この廊下が監禁されてた部屋を囲うように回廊になってんだよな」


 大輝のぼやきで俺は津本がそう言っていたのを思い出した。すると、


『ピコンッ』


 左腕の端末から音がした。振動もしている。画面表示以外で初めてのアクションだ。液晶を見てみると、


『B2フロアクリアおめでとうございます。メッセージが届いています』


 と表示されていた。俺と大輝は迷わずメッセージアイコンをタッチした。するとメッセージが開いた。


『B2フロアをクリアしました。B1からB4のフロアをすべてクリアして、1Fを目指して下さい。他のフロアへ行くためには各階に2基あるエレベーターを使用して下さい。

 1Fへは4つのBフロアをクリア後、南西のエレベーターから上がれます。エレベーターは1回につき1人までしか乗れません。また1度乗ると次のフロアを指定するまで出られません。次のフロアを指定したら変更はできません。

 次の移動ターン開始までに次のフロアまで移動し、スタート部屋に入ってください。時間内にスタート部屋に入室されない場合は失格となります。

 各フロアには浴場、お手洗い、休憩室などを用意しております。次の移動ターン開始までご自由にお使い下さい。『スタッフオンリー』と書かれた部屋と階段室は閉め切りとなっていて扉が開きません』


 読み終わると大輝が言った。


「そういうことか。4つのフロアをクリアして、1Fフロアに行くのがルールなんだな」

「ここ地下2階だったんだな」

「地下?」

「あぁ、B2って地下2階のことだろ? 1Fは地上1階だから地上を目指すゲームなんだよ」

「そういうことか。どうりで屋外の音が一切漏れ入ってこないわけだ」

「そりゃこの建物なら地上階でも音は入ってこないよ」

「なんでだ?」


 大輝の疑問に俺は答えた。


「部屋を移動してて気づいたんだけど、ここ一切柱がないんだよ。柱型や梁型の凹凸のない完全な整形の部屋ばっかりだっただろ?」

「確かに」

「1人で暇なときに壁叩いてみたりもしたんだけど、全部コンクリートの壁の音だった。まず間違いなくこの施設は壁式の鉄筋コンクリート造だ。地下に4フロア地上に1フロアあるってことは、壁圧は20センチか若しくはそれ以上。だから地下じゃなかったとしても、窓のないこの施設で外部の音は入りにくい。

 それから壁式構造は建築基準法で5層構造までしか認められないから、もうこれ以上のフロアは存在しない。間違いなく地上1階、地下4階建ての施設だ」

「階数の情報は大きい。それよりお前バカの郁斗だよな? なんでそんなに知ってんだ?」

「失礼な。建築士やってる年の離れた従兄弟がいて、いろいろ教えてもらってんだよ。俺も将来その道に進みたいから。物理の成績だけは学年上位だぞ」

「そうだったのか、そりゃ失礼。まがいなりにも桜学園に合格しただけはあるな」

「ふん」


 俺はどや顔を披露してみせた。


「とりあえず次の移動ターンまでは自由みたいだし、回廊回ってこのフロアを確認してみるか。情報がほしい」

「そうだな。次のフロアを決めちゃうともう戻って来れないみたいだしな」


 俺は大輝の提案に同調した。

 俺たちはまず左に向かった。北の扉から出てきたので向いた先は西である。左手に並ぶ扉は今までゲームをしてきた25マスの部屋、マンションの扉だ。右手にも所々ドアが並ぶが、『物置・スタッフオンリー』と書かれていてどれも開くことはない。


「この物置に多分ベルコトンベアの入り口があるような気がする」


 俺は扉を見ながら言った。


「なるほどな。そこから食事が供給されてんだな」


 廊下を突き当たり左折し、俺たちは南下を始めた。左手にはさっきと同じくマンションの扉が5つ。右手にはスタッフオンリーの物置だ。

 再び突き当たり左折し、今度は東を向いた。するとすぐに避難階段と書かれたドアを発見した。左手にはマンションの扉5枚が並んでおり、避難階段の扉は右手にある。しかし出口で受信したメッセージの通り閉め切っていて開かない。

 その正面の25マスのマンションの扉の1つ。そこに『スタート部屋』と表示がされていた。しかし室内側同様ドアノブはない。ただ本来ドアノブがあるのであろうくらいの位置にセンサーの受信機があった。


『ここに端末を近づければ扉が開きます』


 と書かれている。よくよく見てみると外周の扉の廊下側にはすべてこの受信機が設置されているようだ。しかし説明文はこの『スタート部屋』と書かれた扉にしかない。それを見て大輝が言った。


「郁斗、間違えても近づけるなよ。またこのフロアのプレイヤーになっちまうかもしれないからな」

「あぁ、わかってる」


 更にドアには紙が貼られていた。そこには縦横5マスずつの25マスの方眼が書かれている。上が北を示しているようだ。表題が『B2初期配置』となっている。更に、前に俺が牧野に言われてノートの25マスに振ったように、北西角を1番、東南角を25番とした番号が割り当てられている。


「おいこれ」


 大輝がこの貼り紙に反応した。


『7.瀬古大輝、8.木下敦、9.田中利緒菜、12.赤坂真美、14.牧野美織、17.野口由佳、18.中川信二、19.波多野郁斗』


 ど真ん中の13番を除いた中部屋8室に名前が割り振られている。


「大輝と牧野と一緒に予想した初期配置だ。やっぱり6人は合ってる。12と17は赤坂と野口だったのか」

「そうみたいだな。少なくとも田中と牧野はもうこのフロアにはいないし、恐らく高橋がこのフロアに加わっている。3番と出口がある4番の部屋にいた時、一切赤坂を見なかったからな。赤坂は俺より出口に遠い部屋からのスタートだ。だから彼女はまだこのフロアにいる」


 俺達は初期位置をノートに書き写すと体を反転させた。非常階段の隣には閉じたエレベーターの扉がある。しかしこのエレベーターはおかしい。開閉ボタンが1つしかないのだ。ここは最上階でも最下階でもない。普通は行き先を示すために開閉ボタンは上下2つあるはずだ。しかも現在どの階にエレベーターが停滞しているのかを示す表示板もない。

 更に廊下を進むと右手にドアがまた現れた。そこには『安置室』と書かれていた。俺と大輝はお互いに顔を見合わせた。2人の間に緊張が走った。『スタッフオンリー』の表示はない。


「入るか?」

「あぁ、見てみよう」


 俺の質問に大輝は答えた。俺は恐る恐る扉を開けた。室内は真っ暗だ。手探りで壁面のスイッチを探し当て、押した。照明が点き室内が照らされた。そこは窓1つない部屋だった。床はフローリングで、壁と天井は白い壁紙だ。一切何も置かれていない。俺は少しの拍子抜けと大きな安堵とも安置室を後にした。


 歩を進めると次に現れた扉は『休憩室』と表示されていた。室内を見てみると2人掛けのソファーが向かい合わせで2つ、それに挟まれるように応接テーブルがある。更にスプリングベッドが2つと、ミニキッチン、冷蔵庫まである。冷蔵庫脇のテーブルには篭に詰められたお菓子や電気ポット、コーヒーポット、ティーバッグがあった。


「郁斗、この部屋は惹かれるが、フロアの確認が終わってから後でゆっくり来よう」

「そうだな」


 休憩室を出ると突き当たったので俺たちは左折し、北上した。最初に右手に現れたのは『機械室』と書かれた扉だったが、これは『スタッフオンリー』のため開かない。


 更に進むと『男湯』と『女湯』と表示された扉が2つ現れた。ご丁寧に『端末は防水性です』と扉に貼り紙がされている。

 室内を確認すると脱衣所があり、洗面台と家庭用サイズの洗濯乾燥機が1台設置されている。個室トイレも完備だ。その奥は浴室になっていて、洗い場が3箇所と一度に4~5人ほどが入れそうな湯船があった。お湯もしっかり張っている。小さな銭湯さながらである。

 大輝は脱衣室にあった床下点検口を開けた。そして津本の荷物を床下の空間にすべて放り込んだ。


「この荷物の処理に困ってたんだよ。ちょうどいいや」


 そう言うと点検口を閉めた。そして脱衣室を出るなり言った。


「ここも探索が終わったら来よう」

「あぁ」


 俺たちは男湯を出ると歩を進めた。廊下を進むとやがてエレベーターと階段室の扉が現れた。階段室の扉はやはり開かず、エレベーターは先ほどとまったく同じように奇妙な作りである。もうすぐに廊下の突き当たりなので、このエレベーターが北東のエレベーターだ。最初に見たエレベーターが南西のエレベーターなのだとわかる。

 その突き当りを左折し西を向くと最初に俺たちが出た出口の扉がある。俺たちはこれでフロアの探索を切り上げ、まずは風呂に入ることにした。

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