第三十七話

 2人の黒子の手によって卓也の遺体は運び出された。卓也の体も俺が死体袋に入れた。菊川や園部と違いさすがに重かった。


 それから何時間もが経過した。時間は夜の10時前。俺はここしばらくそわそわしていた。まだ木部と田中のミッションが終わっていない。2人はどうなっているのだ?


 4月18日 PM10:00 第36ターン


『ジリリリリッ』

『10時の移動ターンの時間です。今から15分以内に移動する扉を選択して下さい』


 そして、次のターン開始を告げるアナウンス。木部と田中は……


『ジリリリリッ』

『失格者確認』


 失格……そうか、2人は殺し合わなかったのか。これから人が死ぬのに、殺し合いがなかったことに安堵する。けど、どんどんプレイヤーが減っていく。頼む、頼む……


『木部あい、田中利緒菜、ミッション不達成のため失格』


 黒い画面のモニターに映し出されたテロップ。1Fは失格者の処分も中継されないのか。凶器だらけの部屋を映さないためだろう。木部と田中には申し訳ないが、中継しくれていればBフロアのプレイヤー達に1Fに上がることへの抑止力になるのに。

 俺は園部が倒れた25番の部屋に移動すべくS扉を選択した。人の死に立ち止まっている余裕はない。前を向かなくてはならない。一刻も早くこのゲームを終わらせるために。


 そして15分が経過し開いた扉。俺は25番の部屋に足を踏み入れた。マットと床に残る血痕。拭き取られた痕跡はあるが雑だ。園部はここで命を落とした。B4フロアで繋がった時は泣くほど安堵していた園部。それでもB4フロアをクリアし、上へ上がった。

 上がってからも孤独の時間は多々あっただろう。それでもここまで来たのだ。俺なんかよりもよっぽど強い。


「郁斗」


 背後から大輝が俺を呼ぶ。


「卓也は園部の毒で死んだのか?」

「あぁ」

「郁斗、大丈夫か?」

「あぁ、前を向いてる。殺し合う様なこんなクソゲームさっさと終わらせる。そう卓也と約束した」


 大輝だってずっと一緒に行動をしてきた木部のことがある。けど俺たちは立ち止まっていられない。協力関係にある俺と大輝は前を向いていなくてはならない。俺が、俺たちがこのゲームを終わらせる。


 15分が経過し、扉が閉まった。またしばらく1人の時間だ。そして1人の夜だ。


『ジリリリリッ』

『失格者確認』


 失格者だと? 俺は慌ててモニターを見た。


『渡辺正信、移動違反のため失格』


 なんでだ? 正信は移動をしなかったのか? それとも移動先ではない他の部屋に行ってしまったのか? これは1ターン目に示されたこのゲームの一番基本的なルールだ。それをなんで今更犯した?


 これで残るプレイヤーは8人だ。4分の1にまで減ってしまった。真子はどうしている? まだBフロアにいるのか? それともこの危険な1Fに上がってきてしまっているのか? 落ち着かない。眠れるわけがない。明らかな睡眠不足だが、全く眠くない。

 アナウンスが鳴らないので、どうやらこのターンは同室者がいないようだ。これだけは救いだ。


 4月19日 AM5:30


 ゲーム開始13日目、拉致から14日目。もうここに運ばれて2週間か。俺は部屋の照明が点灯したことで目を覚ました。眠りは浅かった。本当に眠っていたのか疑わしいほどに。俺は荷物をまとめ始めた。


 AM6:00 第37ターン


『ジリリリリッ』

『6時の移動ターンの時間です。今から15分以内に移動する扉を選択して下さい。なお、前回出入り口決定から72時間が経過したので、各フロアの入り口と出口を変更します。入り口と出口は3日ごとに変更され、コンピューター抽選で公正且つランダムに選ばれます』


 俺は園部の足跡を追っていた名残から、外周を右回りに進んでいる。ここは東南角部屋の25番。次からは西へ進む。選択すべき扉はW扉だ。


「え……」


 俺は一瞬固まった。選択できる扉が3つある。『N』『W』『S』。なぜまだ南に進める? その理由は一つしかない。出口だ。俺は興奮で震える手を押さえながらS扉を選択した。


「ここが出口部屋だったのか……」


 園部が居た堪れない。あと1ターンで出られたのに。卓也はそれを知らなかったということは、中継部屋をまだ通っていなかったのか。とにかくこれで出られる。

 多くの命が犠牲になったこのゲーム。マンションの外に出たら何が待っているのかわからない。けど、絶対俺はこのゲームを終わらせる。


『ジリリリリッ』

『時間になりました。扉を開きます。今から15分以内に移動をして下さい』


「大輝、やったぞ。出口だ」


 俺はそう声を張り上げてN扉に振り返った。しかしその過程で目に入ったW扉。動いている。開き始めている。そんな……誰かが来る。誰かが大輝と同室になる。


「郁斗、出口か?」


 駆け寄ってきた大輝に目もくれず俺はW扉の先を見ていた。そこから姿を現したのは前田志保だった。俺たちの姿を確認するなりかなり怯えた様子を見せる。


「前田、お前はもう中継部屋を通ったか?」


 前田は震えながらも俺の質問に首を横にぶんぶんと振る。大輝からは落胆の様子が窺える。

 昨年も俺と大輝とクラスメイトだった前田。俺とはそれなりに会話も交わす。しかし大輝はわからない。まずはこの前田を安心させなくては。早まった行動だけはまずい。


「俺と大輝はもう中継部屋を通過した。俺は今からこの出口を出る。たぶんここが最後だと信じてる。出たらキキをぶっ飛ばしてこのゲームを終わらせる。それが俺に課された最後のミッションだ。制限時間は次の移動ターン開始まで。

 今までの1Fミッションの経緯はこの後大輝に聞いてくれ。だから俺を信じて大輝と一緒にこの部屋で待っててくれるか?」


 前田は涙で潤んだ目を俺に向ける。そして震える声を俺に投げかけた。


「本当にこのゲーム終わる?」

「あぁ、約束する。今残ってる奴全員まとめて助け出してやる」

「わかった。信じる」

「ありがとう。……大輝あと頼むな」


 前田に謝意を伝えると俺は大輝に向き直り言った。


「あぁ、任せろ。すぐに追いかける」


 俺は大輝のその言葉に目で返事をすると出口を潜った。俺の背後で扉はすぐに閉まり始めた。

 見覚えのある回廊。恐らくここは地上階で間違いない。地下のどのフロアとも同じ間取りのようだ。窓がなく、光も入らなければ、屋外の様子もわからない。唯一違うのは廊下が鉄格子で仕切られていて回廊が回れないということ。


『ピコンッ』


 俺の端末が振るえ、通知音を発した。メッセージが届いている。俺は迷わずアイコンをタッチした。


『ゲームクリアおめでとうございます。最終出口を最初に通過したあなたには特典があります。ゲームマスター室までお進み下さい』


 ゲームマスター室? どこだ? 顔を上げると正面に扉が見える。地下と同じならここは休憩室だ。


 スッ


 俺の体が跳ねた。やや薄暗い廊下で俺の横に黒子が立っていたのだ。読んで字のごとく、全く気配を感じさせない。黒子は腕を水平に上げている。行き先を示しているのだろう。出て右、西の方を示している。

 俺は黒子が促すとおりに歩を進めた。途中、鉄格子が壁沿いに開かれている。黒子は俺の斜め後ろを歩く。正面には鉄格子が見える。その先にはエレベーターの扉と、21番の部屋のS扉。スタート部屋だ。


 歩き出してすぐに黒子は俺を追い抜き左手にある1つの扉の前で立ち止まった。すると背後で開かれていいた鉄格子が閉じた。地下で言うところの休憩室とは分断されてしまった。アクセスできるのは黒子が立ち止まった先の扉と、右手にある22番から24番までの各S扉だけだ。


 黒子はその左手の扉を開けた。地下で言うところの休憩室とエレベーターの間の部屋。そこは地下では安置室だった場所だ。中は照明が点いていて明るそうだ。死体でも見せて楽しむつもりだろうか。俺は廊下を数歩進み開かれた扉の前に立ち、室内を確認した。

 そこは安置室ではなかった。一目でゲームマスター室だとわかる。部屋の右手に位置する夥しい数の機器とモニター。そしてパソコンが1台。


 室内に足を踏み入れると俺は6人の人間を確認した。室内の入り口の脇に立っていた1人の黒子。そして俺を案内して俺のすぐ後に入室した黒子。この2人の黒子に俺は両脇を固められている状態だ。

 そして部屋の奥には七三分けした小柄な男が1人。出歯で黒縁眼鏡を掛けている。不的に笑う顔が気持ち悪い。その両脇に立つ2人の黒子。SPだとすぐにわかる。


 驚くべきは部屋の左手の壁に繋がれた男だ。薄着で正座をしていて後ろ手に拘束されている。壁からは鎖が伸びていて手首足首もろともまとめて繋がれているようだ。


「先生……」


 そう、この男は俺たちの新担任、近藤昌司だった。その声に近藤先生は顔を上げた。無精ひげを蓄え、髪はぼさぼさだ。衰弱も見られる。


「波多野……」


 近藤先生は弱々しい声で俺の名前を口にした。


「これどういうことですか? 先生も関係してたってことですか?」

「あぁ、それは……」

「いやぁ、一着おめでとうございます。波多野郁斗君。君の活躍はずっと拝見させてもらってましたよ。そこのモニターでね」


 七三分けの男が手を叩きながら割って入った。


 モニター……


 そうだ。俺は駆け寄って食い入るようにモニターを見た。『B2』『B1』『1F』と表示された間取りのような図がある。そこにプレイヤーの氏名が表記されていた。間違いない。ゲーム中の各フロアのプレイヤー配置だ。真子は今どこにいる?


 いた。


 真子はまだB2フロアだ。陽平と隣の部屋になっている。出口は1番、真子は4番、陽平は5番だ。このターンからBフロアは出入り口が変わったはず。真子はどっちに進んだのだ?

 B2フロアは佐々木が1人だ。出口は24番、佐々木は16番にいる。左回りだといいが。右に回っていたらかなり遠い。

 そしてミッションが気になる1Fはと言うと。同室は25番の大輝と前田だけ。映像モニターを見てみると2人して大人しく座っている。近いのは野沢。2室離れた23番にいる。更に2室離れて21番に勝英だ。

 しかし21番の部屋の映像モニターに勝英の姿が映っていない。恐らくBフロアをクリアしたばかりか。これから上がって来るのだろう。ただ、今1Fの4人。大輝は次でクリアするとしても、全員が同室になる可能性がある。まずその前に大輝と前田2人の生存だ。


 それだけ確認すると俺は七三の男に向き直った。この部屋に入室した時から予想はできていた。この男が恐らくあいつだ。

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