願いよ届け②

「もう一つ開きます。ちがうスピンです」

「まさか!」

「可能性が高い、早く変身しろ! その前にあずさ、生姜! 生姜食え! 早く!」

「うん、押し寿司のやつ!」


 ゲートが形成されると、弾けるようにコナン三兄弟が飛び出てきた。

 緑色の服! すでに変身している!

「なんで!」

 ナナミが慌てて問いただす。

「来た! 来てんだよ! ゴスロリだろあいつが」

「追いかけられてるの!?」

「そうだよ、みりゃわかるだろ!」

「あんたら、なにバカやってんよ」

「仕方ねーだろ、変身したら直ぐ来たんだよ!」

「なんで変身してからゲート開いてんのよ。バッカじゃないの!?」

「おれたちは変身しねーと。量子魔法使えねーの!」

「もう! あずさ準備はいい!」

 あーもう! まだだよ! うるさくて集中できない。

 目を閉じて呼吸を整える。

 焦らない。平常心、平常心・・・・平常心で消化、生姜で消化しちゃえ。


 深く念じると、お腹がぎゅるるると動き始めた。凄い勢いで消化してるんだ。

 そして目を閉じてても、急速にお腹がへっこんで行くのが分かる、と同時に体が一回り、二回り大きくなっていくのも。

 取ったカロリーや水の分だけ太っているのだ。

 ・

 ・

 ・

 1分くらいだろうか、消化が完全が終わったのは。

 目を開けると、ナナミが固唾を飲んで私を見守っていた。コナン三兄弟は喧嘩しながら大騒ぎをしている。

 一気に3,4キロくらい太っただろうか。全身がパンパンになった感じで下着がキツイ。

 ちょっと自分の体を確認すると、お腹がまるまるしてる。そのお腹を触わろうと手を伸ばすと、あ、手の甲がぷにぷだ。

「・・・・すごい、ね」

 腕とか太ももとか胸にそっと手をあてると、分厚い脂肪がついた感覚と手ごたえ。

 羊羮以来使ってなかったが、一気にこんなになっちゃうなんて相変わらずなんて恐ろしい量子魔法だろう。


「あずさ! のんきに見てる場合じゃないわよ。もうゲートが完成する直前なのよ!!」

「あずねー!!」

 三人がギャーギャー騒いでる。

 そうだ、平常心は大事だけど、のんびりしてる場合じゃない。

「うーちゃん」

「ああ」

 心の中で力強くうんと頷くいてから、右目の上にVサインを掲げ、思いっきり腹の底から「変身!」と叫んだ。


 半年近くもしてなかった変身の感覚が体に甦る。

 渦巻く金色の光の粒、それが肌に付くピリッとした感覚とチリチリした熱さ。

 あんなに嫌がっていた頭の上に乗っかる猫耳の重さ。

 ピンクの服が、蒸着するように自分の体の上に乗っかって行く感覚を、私はしっかり覚えている。

 尾てい骨に尻尾が生える気持ち悪さも。


 そして、なんだろう? 得も知れぬ充実感。満を持しての変身だからかな。

 それともこれが最後の変身だから?

 分からないが、この瞬間をしっかり味わっている自分がいる。


 薄目を開けてみると、この光の粒は妖精のようにキラキラ光りながら私の周りを戯れていたんだ。

 何度もやってきたことだが初めて見た。


 でも、ちょっと服がキツイ・・・・。

「うーちゃん、やっぱりサイズは変わんないんだ」

「やっぱキツイよな。一年でずいぶん縦にも横にも大きくなったもんな、おまえ」

「うん、特に今だいぶ太っちゃったからピチピチだよ。ウエストくるしっ」

「こんな長期間戦った魔法少女はいねーからなぁ。ふつー、あっというまに終んだよ、魔法少女の戦いってのは」

「あずさ! 来た! 来たわ!」

「あずねー!!」

 四人が前のめりになりながら、こちらに駆けてくる。そして変身し終わった私の後ろに控える。

 正面の遠くには、冷たい目のあの少女。

 横縞のニーソックスに黒い靴。 ピンクのゴスロリファッション。頭にはリボン。

 間違いないゴスロリだ。


 その少女がゲートから出てきて、ゆっくりこちらに歩いてくる。

 ガレキを踏みしめるガラガラという音が妙になまなましく辺りに響く。

 こんなシーン、「ターミネーター」で見た。

 それは、ある意味正しい。あの子はターミネーターだ。


「お久しぶりね。あずさちゃん」

 かわいい声がなま暖かい風に乗って届く。だが冷たい瞳の威圧感に身の毛がよだつ。

「ほんと、もうずいぶん経つわね」

 私も負けじと答える。平常心、平常心。

「随分探したわよ。すぐ見つかると思ってたのに、あなた達、戦いを放棄して雲隠れしちゃうんだもん。おかげで願いが叶うのが随分遅れたわ」

 私は手を広げて四人をかばいながら、ゴスロリ少女を見据えた。

「こっちはこっちの都合があるのよ。それよりアンタまだ魔法少女やってたの」

「そのアンタってやめてくれる。愛那あいなって素敵な名前があるんだから」

「愛那」

「そうよ、あなたのおかげで、まだこんなことやってるのよ。全員倒さないとこの戦いは終わらないんだから」

「じゃ、残りの魔法少女はみんな」

「そ、もう残ってるのはあなただけよ。あずさちゃん」

 人差し指を立てて、わざと可愛い仕草を作る。それは、あと一人という意味なのか、私を倒すと言う意味か図りかねたが、敵意があることだけは確かだった。

「仮に6万人の魔法少女がいても、最短16回の戦闘で一人が残る。だから本来は長い戦いじゃない」

 凄い真剣にうーちゃんが説明する。

「うーちゃんがさっき言ってた、長い戦いだって」

「そうだ、俺たちが足止めをしていた」

「そういうこと。とんだ迷惑よ。だから私は容赦なくあなたを叩き潰すわ」

「初めて会った時も、容赦なかったくせに!」

「あれは私のせいじゃないわよ。あなたが量子結果も張らないで逃げるからよ。まぁたしかに、試しに使った量子魔法の威力に私も驚いたけどね」

「試しに・・・・じゃ、ママはそんな遊び半分にまきこまれたの!!」

「試射ですもん。遊び半分じゃないわ」

「ママは死んだのよ!!」

「あずさ! 落ち着いて! あずさ!!」

 後ろから肩を揺さぶるナナミの声が聞こえる。その泣きそうな悲鳴に頭に上っていた血が下がった。

 平常心、平常心・・・・。


「ありがとう、ナナミ」

 ごくっと唾を飲んで呼吸を整える。

「大丈夫か、あずさ」

 うーちゃんも私を心配して声をかけてくれた。さすがにうーちゃんもこの場面でふざけることなどできない。

 その間にも、愛那は少しずつ歩みを進め、確実に私達の前に近づいて来ている。

「筋違いなお怒りは収まった?」

 いちいち腹立たしい言い方をする。

「アンタには、いちいち翻弄されない!」

「あらそう? 別にそんな意図はないけどね。それとさ、ちゃんと愛那って呼んって言ったじゃない。あずさちゃん・・・・?」

 そうわたしの名前を呼ぶと、愛那は話を中断して前かがみになって私を見始めた。

「あなた、そんなに丸々してたかしら? 私の記憶違い?」

「・・・・」

 愛那は、どこぞの審査員のように私の全身をしげしげと隈なく見ると、にやっと顔をゆがめた。

「なぁに~、ぜんぜん合ってないじゃん、その服。やだ~小っちゃいのー。そんなにムチムチで戦ったらパンツ見えちゃうよ。もうラストなんだから勘弁してよ。おっかしーーー」


 何も答えることはない。

 笑ってろ!

「休んでる間、何してたの? ブクブク子豚みたいに太っちゃって。食っちゃ寝してたんじゃないの。ホントにそれで私と戦えるの~」

 心の底からバカにするような言い方。

「あずさ」

「あずねーちゃん」

 後ろに控える四人が心配して声をかけてくれる。

「大丈夫、分かってるから。ブクブクなのも、この服が似合ってないのも。ゴスロリが油断した方が好都合だから」

「うん・・・・」

「私が合図したら作戦開始よ。そしたら荒川くん前に出て最大防御よ」

 後ろで荒川くんが頷く気配がする。

 愛那は辺りを憚らぬ大きな声で呵呵かかと笑いながら、それでも歩みを止めずにこちらにやってくる。私の醜態がよほど可笑しいらしい。

 だがその顔は下を向いており、垂れた前髪のためこちらから表情を伺うことは出来なかった。

 それが不気味さを醸し出している。


 そして、あははと笑いながらスッと吐き出す息遣いが聞こえた瞬間・・・・愛那の右手が不自然に動くのを私は見逃さなかった。


「来た!!!!!!!!!!」


 その言葉を合図に、荒川くんが量子魔法防御を全開に上げて前面に立つ。

 その展開は余りに急だったので、空気の圧縮が音速を超えたのだろう。バーンという轟音が辺りに響き渡る。

 ナナミはその音にビクッとなりながらも量子結界を展開した。

 愛那の右手は、ボディーブローを打つような動きからそのまま私達の方に伸び、その手のひらから光輝が鋭い閃光となって一直線に私達に向かって放たれた。

 閃光は一瞬で荒川くんの防壁に到達すると十文字に分割して上下左右に光の軌跡を描いて裂け分かれる。

 それは一瞬の出来事だったので、私には荒川くんが巨大な光の十字架を胸の前に持っているように見えた。

「大丈夫!! 荒川くん!」

「かーーー! スゲーーーー! 一瞬で半分以上もってかれたー。あっぶねぇ」

 横にいるナナミがまばたきを忘れて硬直している。

 視線を前方の戻すと愛那の口がボソボソと動いているのが見えた。

「ちっ! ブタのくせに素早い・・・・」

 思い通りに仕留められなかったのが悔しかったのだろう。怨みのこもった目で私を睨みつけている。

「やっぱり量子結界を張らなかったわね。なんで、なんで周りを巻き込むのよ!」

「私のための戦いよ! 私が負けるなんてないんだから、どうでもいいことよ」

「なんて・・・・」

「さあ、どうする気。その量子防壁は量子魔法も物理攻撃も弾くんでしょ」

 押し黙る一同。

「わたしはどう戦ってもいいわよ。持久戦でも。一騎打ちでも。なんなら団体戦でもやりましょうか」

 ヤジュルが珍しく出てくる。

「団体戦だと?」

 愛那はその言葉を聞き漏らさなかった。

「あら興味があるかしら。じゃ団体戦にしましょう。あなたたちには出来ないでしょうけど、量子魔法にはこんな使い方もあるのよ」

 そういうと愛那は躊躇なく五指を天にかざして、聞いたことのない言葉を唱え始めた。

「ガーゴイルか。なぜヤツが」

 アルタが感情はなく疑問を呈すと、うーちゃんは間髪入れずにその答え出した。

「あいつは狂ってる。今まで倒した魔法少女を喰らってるんだ」

「え? 喰らう?」

「ああ、魔法少女にはそれぞれ特有の量子魔法がある。ひとりに一つずつ。あの光の粒やガーゴイルを一人の魔法少女が使えることはない。考えられるのは」

「他の魔法少女の能力を取り込んだのです」

 ミーが続きを言う。

「食ったって、ほんとに食べちゃったの?」

「どう取り込んだかはわからねぇ。おれも見たことないからな。肉を食ったのか記憶を食ったのか。とにかく錯乱した事なのは間違いねぇ」

「そんな、聞いてない情報だよ」

「あずねー、作戦はどうするんだよ」

「とりあえず、まだ防御陣の中から相手の出方をみよう。ガーゴイルがどう出るか分からないと戦い様がないよ」

「ええ」

 その会話をしている間にも、足元にあったガレキが次々と組みあがり、翼の生えた獣の姿になっていく。

 それが1つ、2つと増えていき、最終的にガーゴイルは空いっぱいを真っ黒く覆うだけの数となっていた。もう数えることはできない程の大軍。


「さあ揃ったわよ。これで数でも私の方が有利ね。ガーゴイル、ゴー!」

 そう掛け声をかけると、愛那は巧みに10本の指を動かしてガーゴイルを編隊に分けて操作をし始めた。

 まず先陣の突撃隊が、荒川くんに体当たりしてくる。

 猛烈な速度で突撃してくるので、荒川くんの障壁にぶつかったガーゴイルは砕け散り、その体を構成していた石やコンクリ―ト片が私たちの後方にすり抜けて行く。

 その衝撃はもの凄いらしく、量子障壁のゆがみが目に見えるほどだ。


「いっ! てーー」

「大丈夫!!」

 荒川くんは大丈夫、大丈夫と言いながらも顔が痛みに歪んでいる。こちらにもそれ相応の衝撃が来ているのだ。

 突撃では障壁を破れないと悟ると、ガーゴイルは私たちを囲むように円形に張った量子障壁の周りにまとわりつき、幾層にも重なり合って圧力をかけ始めた。

 量子障壁の空間がどんどん暗くなっていく。しかもガーゴイル達の圧力に障壁内の空間がどんどん狭くなっていく。


 真っ暗になると急に不安が襲ってくる。

 ざわざわとした空気が、暗黒の閉鎖空間を支配し始めた。

「荒川くん、これ耐えられるの!」

「う、うん、今のところは。でも長くはもたないと思う」

「あずさっ! どこかで反撃しないと」

 サーマが、これまた冷静に現状を分析する。

「量子結界は緩やかに圧縮される攻撃に弱い。反発力を全て術者の力から得なければならないからだ」

 ピンチにときに他人事のようにっ!ちょっとは緊張感を持ってしゃべれよ。アンタらっ!

「短期決戦でやらないと!」

 ナナミの直感は多分たありだ。仲間が一人でも倒れたら総崩れになる。その前にやらないと。

「一気に作戦を進めるわよ」

「でも、ここからどうやって出るのよ」

「・・・・」

「あずねーちゃん、俺がなんとかしてやる」

「えっ! 荒川くん、なんとかできるの!?」

「へへー、ピンチの時何とかするってのが、かっこいいんじゃん」

「どうするの?」

「全部の量子魔力を障壁に流して、障壁を外側に爆発させる」

「出来るの?」

「もちろん!」

 歯を食いしばって両手で量子障壁を展開しながら、自慢げにこっちを向いて悪戯に笑ってる。できるんだ。

「お願いしていい」

「お願いするなら、早くして。もうもたない、から」

「・・・・分かった! やって!!」

「オッケー」


 荒川くんが、目を見開いて手に力を込め始めると、狭い空間に中の気圧が高くなるような圧迫が押し寄せてきた。

 胸が押されて息が苦しい。隅田川くんも、私たちに支援魔法をかける手を止めてカハカハいいながら肩で息をしている。

 当の荒川くんは・・・・。


 何か私に向かってニッコリ微笑んだと思うと、次の瞬間。


 爆発!


 ガーゴイルが四方八方に吹き飛び、真っ暗だった空間が一気に光に満たされる。

「荒川くん!」

 荒川くんの体がふわっと透明になって消えていく。

「ヤジュル!」

「我々はここまでだ。量子魔法を使い切った。もう、あなた達とまみえることはない」

「えっ、どういう事?」

「負けたのと同じ事だ。魔法少年は量子魔力のチャージが出来ない。最初に持っていた量子魔法を使い切ったら終わりだ。量子魔法は二度と使えない。そして戦いの記憶は全て消去されて普通の日常に戻る。それだけだ」

 事務的に喋るヤジュルがこともなげ言う。ちがう、そんな『だけ』なんて話じゃない!

「なんてこと・・・・、荒川くーん!」

 彼はその声に応えず、掻き消えるようにこの場から消滅した。

 最後に見たのは荒川くんの妙に爽やかな笑顔。



 だが荒川くんのお蔭で、大半のガーゴイルが砕け、残りのガーゴイルは遠くに吹き飛ばされた。

 クリアになった視界の先に、ふんと鼻を鳴らした愛那が立っている。腰に手を当てて、ばからしいという態度で。

「あーあ、自爆するとはね。特攻気取り? バカじゃないの? でも捨て身ならそれ相応の覚悟で戦うわよ」

 あんなにギリギリまでがんばってくれた荒川くんを、バカにするな!

「ナナミ、隅田川くん、江戸川くん、アロー作戦をやるよ。荒川くんが作ってくれたチャンスだから」

「うん」

「江戸川くんが突っ込んだら、ナナミ達が後ろから撹乱して、私が一気に接近する!」

 ナナミと隅田川くんが目を合わせている。

「隅田川くん、鏡は大丈夫?」

「ああ、もちろん」

「江戸川くん、ナナミと隅田川くんを守って」

「まかせとけ!」

 荒川くんが張っていた障壁はもうない。愛那の攻撃は江戸川くんが全部受ける。

 剣術専門といえど、強化魔法を目一杯かけた剣ならば、かなりの攻撃でも弾けるはずだ。

「行くよ! 一瞬でいいから隙を作って!!」

 江戸川くんが、猛スピードで愛那に突っ込んでいく。

 量子魔力は強いが、肉体系の攻撃ならある程度互角に戦えるはず。

 それで愛那の注意が散漫になれば。


 だが愛那は、凄い早さであらゆる攻撃をしかけてくる。

 愛那には隅田川くんが幾重にも、思考遅延、戦意低下、痛覚増大、量子拡散、認識差異、筋力低下の弱体化魔法をかけているのに、こんな力で戦えるはずがない。

 目の前にある現実に隅田川くんの目が恐怖におののいている。

 逆にこちらには、思考加速、戦意高揚、筋力向上、動体視力強化がかかっている。

 それで、やっと江戸川くんがギリギリしのいでいる状態だ。

 まともに戦ったら、一撃も持たなかっただろう。

「ナナミ! 一瞬でいいから愛那の注意を後ろに!」

「分かってる!」

 江戸川くんが、正面から戦っている間に、ナナミが反射フォトンアローを放つ。

 これで倒せるわけじやないが、相手の注意を逸らす位のめくらましにはなるはずだ。

 でもダメだ。正面から向かって愛那とゼロ距離になるのは。

 やっばし、心を鬼にしてアレをやるしか・・・・。

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