ラーメンとワタシとナナミ
「はぁ、はぁ」
「おう、走ってきたか」
「だめ、もう一歩も動けない、なんでこんなに体力つけなきゃいけないのっ」
やっとの思いで二階に上がって来たあずさが、崩れるように自室のドアを開けてベタリと床に倒れ込む。
もう、汗びっしょり。まるで大雨にでもあたったようだ。
「汗だくじゃねーか、俺に近づくな」
「近づくな!? 何でうーちゃんは、よくがんばったとか言えないわけ!」
「てめぇが好きでやってるダイエットだろ、なんで俺が」
「こんなにがんばってるのに! もう、うーちゃんも汗まみれになれ!」
ギリギリ手の届く所にいたウマを、むんずと掴む(つかむ)と、ホカホカになったジャージとTシャツの間に突っ込む。
「どうだ!」
「やめろ! 暑い、臭い! べたべたする!!」
「臭くない!!」
たまりかねたウマは、押さえ込まれたジャージの中で大暴れだ。
お腹にアタックすると、ぷよんとした柔らかな弾力が。上下に動けば、たてがみの造形部分が、まだ固いあずさの小さな胸に擦るように当たる。
「あはははは、くすぐったい、くすぐったいよ」
「出しやがれ!」
「やめてよ、エッチ! へんなところさわんないで」
たまらず押さえこみを離すと、ウマは勢い余ってジャージの首のところを抜けて、あざさの
そしてゴチっという頭に響く鈍い音とともに、二人は部屋にバタリと倒れこんだ。
「いったーい!」
「はぁ、やっと出られた、このクソムシが! いらんことすんなボケ!」
「なによ、人の胸さわっておいて」
「お前の貧弱な乳など、さわりたくもないわ! Fカップ90超えたら揉まれに来い!」
あずさがゲーっとした顔をしてる。
「相変わらず、人としてサイッテイだよね。うーちゃんは」
「俺はウマですー。それに自分に正直なんですー」
「それが正直なら、チカンは全員、聖人だよ」
「そりゃ、性人の間違いだろ」
「もうっ! エロおやじ! セクハラで訴えるわよ!!」
「お好きにどうぞー」
セクハラのウマが魔法少女のマスコットだなんて聞いたことがない。
「ほかの魔法少女のマスコットもこんなんなんかな。ナナミのところのミーはまともそうだったけど」
「べつに俺たちは、魔法少女に媚びる必要はねーからな。似たり寄ったりじゃねーの」
また、ジトーとあずさが見ている。
「別に媚びろとはいってないじゃない。やさしい言葉のひとつでもかけられないものですかねーってことよ」
「心にもねー、優しい言葉か?」
「・・・・」
「お前のウチの炊飯器か洗濯機みたいにか。いいぜ『アリガトウゴザイマシタ』って会う度に言ってやるぜ」
「もういいよ!」
『もう面倒くさい。うーちゃんとは話したくない』
ぷいと横を向くとあずさは、汗まみれのジャージのままベットにはふっと倒れこんだ。
ぽってりした自分の二の腕を揉みながら、このままじゃダメだなぁと思う。
ナナミの事もなんとかしないといけない。このままじゃ、いつまでも魔法少女を卒業できないし、元の生活に戻れない。
「元の生活か~」
それよりこの二の腕なんとかしなきゃいけない。
ベットに顔を伏せながら全身をパタパタ触ってみると、お尻も太もももぷよんとしてる。
『私、魔法少女卒業する頃には、すごいデブになってるんじゃない?』
「ヤダヤダ、考えたくもない」
『あ、でも待てよ。一気に太ったってことは、一気に痩せられるってことじゃない?』
ベッドに伏せていた顔をくるっと向けて、あずさが問う。
「うーちゃん、一気に痩せる魔法とかないの」
「出来るがやめた方がいいぜ」
「なんでよ、イジワル!」
べーと舌を出して意地悪への復讐だ。
「そう思うのは結構だけど、やって丸焦げになるのはお前だからな」
「え!」
「過去にいたよ、そういうアホが。考えりゃわかりそうなもんなのによ。人間ってのは欲の前には愚かだな」
「あぶな・・・・量子魔法って怖いね、ホントは・・・・」
「ちゃんと法則の中で動いてんだよ。そんな都合のいいものがったら俺が欲しいぜ」
考えてみたら量子魔法が使えたらバラ色の生活が待っていると思っていたのが間違いだったのかも知れない。
やっぱりアニメの世界とは違うのだ。
「おい。それより、せっかくそんな恰好してんだから、こっちから敵を迎えに行かねーか」
「えー、これからまたご飯食べんの? せっかくカロリー消費してきたのに?」
「バカ、ゲートは変身しなくても使えるんだよ」
「え?」
「言ってなかったけ」
「聞いてない」
「ああ、すまん」
「ああすまんだ? なにそれ、その言いぐさ!」
「じゃなんで、ナナミのとこに行くたびに私は毎回ご飯を食べてたのよ! これじゃ食べ損じゃない!」
「ああ、こいつ戦う気満々なのかと思ってたぜ」
「私のカロリー返して!!」
「アホか! 返したらさらに太るだろ。それ以上太りたいのか」
「それ以上、バカもアホも太るもいうな!」
口論しながら、本棚の裏からゲートをくぐる。ウマに聞いてみるとこのゲートが使えるのはあずさだけだそうだ。他の人には使えないし見えない。
なんでも本人とゲートの量子スピンを合わせているからだとか。
ちゃんと教えてとあずさが頼むと、お前の家のテレビと一緒の原理だと説明してくれたが、いっそう分からなくなった。
ウマの言う事はイチイチ難しい。
索敵は何度も行ってる。といっても敵に会わなきゃ観光みたいなものだ。
ポチポチ歩いて重力波というものが出てないか確認するだけだから。
でも普通の格好で来てる今日は、本当に遊びに来てるみたいだ。石ころ帽子魔法とか使ってコソコソしなくていい。
『石ころ帽子魔法って本当の名前は知らないけど、あれ本当に効いてるか超不安なんだよね。いくら気づかないといっても変身した格好を見られたら・・・・』
ということで、今日は変身してないから普段行けない街まで行く。日暮里だ!
「珍しく都会に出てきたな」
「西新井大師西だって都会だよ」
「そうか? 人が歩いてねーだろ。俺にはサイレントヒルにみえるぜ」
「ちょっと! 住んでる人が聞いたら怒るよ!」
「それに比べて日暮里は活気があるよなぁ。ジャージで歩いてるお前が恥ずかしくみえるぜ」
「はっ!」
そういわれて、自分の姿を改めて見る。
グレーにスカイブルーのラインが入ったごく普通のトレーニングウェア。
背中に、くるんとした英語の文字があるけど、おしゃれとは言い難い。
何となく袖を鼻にあてて匂いをかいでみる。
「くんくん」
「何、自分の体臭確認してんだよ」
「してないもん!!」
『しまった』
うっかり自分の家のつもりで大声をだしてしまった。周りの視線が一斉に自分に集まる。
『うぁー! 超はずい!!』
とりあえずトレーニングしている体でこの場を走り抜けよう。
体を横に伸ばしてタッタと走り出す。なんとなくスポーツ大好き少女に見えるだろうか。
「そんなことしても、体動かすのが好きな女の子にはみえねーぜ。その体型じゃな」
「ジャージの上からじゃ、分かんないよ!! あーあ、着替えてから来れば良かったよ。せっかく街なのにかわいい恰好して・・・・ってなんでわかったの」
「おっと、これは量子魔法じゃございません。鋭い観察でございまーす」
「服なんかどうでもいいじゃねーか、俺なんか裸だぜ、なにせウマだからよ」
「うぁ下品、下ネタ」
「なにいってやがる、くまのプーさんだって下半身裸じゃねーか。しかも中年太りだぜ、あいつ」
「うわー! もうディズニーランドに行けない! 行ってもプーさんがそんな目でしか見れない!」
「おっと待て楽しい下ネタトークはお終いだ、反応がある」
・・・・
一方、敵であるナナミの方は、ミーがあずさの存在を確認していた。
「ナナミさん、あずささんが来てます」
「あの子も懲りずによく来るわね」
「だぶん、ここが彼女の
「そ、そうね」
「ナナミさん、知ったかぶりはいけません」
「知ってるわよっ!」
「倒すまで、ずっとあずささんはナナミさんの前に現れますよ」
「倒してやるわよ」
「どうやって倒すんですか? 相手は逃げ回ってるのに」
「そこよ! なんであの子は戦わないわけ? 何のために魔法少女やってのよ!」
「昔、日本では巨費で建造したのに戦わない巨大戦艦があったそうです」
「何、私が兵器だとでも?」
「決してそのようなことは・・・・」
「いいわよ、お互い欲しいものがあってやってるんだから。私はそのつもりよ」
「あずささんが近づいてきます」
「じゃ変身よ! ミー」
「後顧の憂いを立つですね」
「え、ええ」
「ナナミさん、知ったかぶりはいけません」
「知ってるわよっ!!」
・・・・
「きた! 重力波が大きくなった。やっこさん変身しやがったな。こっちも迎え撃つぞ」
「うん」
「・・・・」
「変身しろよ」
「うーん、どうやって? いつも変身してから来てたけど、今日はこのまま来ちゃったし」
「あーもう、めんどくせー魔法少女だな。飯は3食食うからチャージに名案だと思ったのに裏目だぜ。どっかそこらへんの店に入って飯食ってこいよ! 今スグ、ナウ行って来い!」
「でもお金がないよ」
「ああもう、なんだよ! あれだ、そこの特盛ラーメン40分で食べたら無料にでも入ってこいや!」
「えー!! いやだよ、そんなに食べる必要ないじゃん、それに食べれなかったら無銭飲食だよ」
「この前、3日分一気に食ったたろ! おまえのやれば出来る子なんだ! 胃袋だけはな! だからできる! 10分で食える! だぶん! だから行ってこい!」
「言ってることがむちゃくちゃだよ! それよりなにより恥ずかしいよ! 絶対見られるよ、みんなに。それにまた太っちゃうよ」
「知らねーよ、こんな口ゲンカで時間くってる場合じゃねんだよ。食えなかったときは俺がなんとかするから、石ころ帽子魔法とか使って工夫しろよ!」
しぶしぶ店に入ってチャレンジメニューを注文する。
「すみません・・・・チャレンジメニューをお願いします」
出来る限り小さな声で注文すると、店員は「そこの張り紙をよんでください」と言ってきた。
どこまで食べればいいか、何分間のチャレンジかが書いている。
「よろしいですか」
「はい」
店にはそれほど人がいるわけではないが、ラーメン専門店らしく厨房が丸見えの状態になっており、係の人が中でラーメンを作っているのが伺える。
「そらみろ、そんなに注目なんて浴びねーじゃねーか」
「そう・・・・だね」
だが、その希望は裏切られる。どんぶりがあずさの前に置かれ瞬間、その大きさに店中の視線があずさとどんぶりに集中だ。
それはそうである、普通のどんぶりの3倍、4倍はあろうかという大きさなのだから。
明らかにあずさの顔よりも大きい。
店の奥から「すげー」とか「あの子食べられるかしら」という声が聞こえてくる。
もう真っ赤。赤面である。
「うーちゃん、めちゃめちゃ大きんだけど、これ」
「・・・・思ったよりでけーな」
「私、こんなにラーメン食べたことないんだけど」
「誰でも最初があるもんだ。これを通り抜けて大食いファイターになるんだ」
「目的が違ってるよ」
「俺も応援してやるから、食え」
「うーちゃん、口がないから食べられないじゃん」
「草葉の陰からな」
だめだ、このウマはポンコツだ。使えない。
麺をすすり始めた時からカウント開始だ。幸いジャージだからおなかを気にする必要はない。
もう後には引けないんだ。残したら4,000円って書いてるし、食べきるしかない。
覚悟を決めて、巨大どんぶりから麺を引き上げ口に運ぶ。
「あっつ!」
最初の一口からして熱くてなかなか食べられないが、麺をすくってははふはふ言いながら食べる。
食べてみると専門店だけあってなかなかおいしい。モチモチしたちぢれ太麺にとんこつスープ、でもアクがないのですっきりした味になっている。
「あ、けっこう食べれるかも」
麺自体は5、6玉らしいが、スープも飲まなければクリアとはならないそうだ。
あとで一気にスープを飲むのは辛そうだから、食べながら飲んでいこう。
左手にレンゲを持って、麺を食べた後スープを口に運ぶ。ずずとスープを吸うと口の中で麺とからんでおいしさは倍増だ。
10分くらい食べたが、ラーメンは底は一向に見えない。
お腹は既にあずさの貧弱な胸よりも出っ張っており、ぱっとみ幼児体型のような具合になっている。その姿やペースが上がらない食べ方のためか「あの子だめそうだね」なんて声も聞こえてくる。
ちょっと箸を休めて自分のおなかを確認する。
最近おなか一杯食べる機会が多いせいか、ずいぶん楽に食べれるようになってきた気がする。それに気持ち悪くなるんじゃなくておなかが膨らむのが心地よい。
「やばいなぁ、たくさん食べるのがクセになっちゃうよ。これじゃ肥満一直線だぁ」
そんな心配をしつつ、改めて気合を入れ直して食べ始める。
また10分くらい食べるとさすが丼の中身も半分くらいになり、目に見えて減ってきたと分かるようになった。
だがチャーシューも海苔もタマゴもネギもみんな食べてしまい、残るは麺とスープのみとなている。
おいしいところを食べちゃった後からが勝負だなぁ。
ジャージのズボンのゴムが随分伸びてきた、自分でも膨満しているのが分かる。重さにして2キロくらいは食べてるのではないだろうか。どっしりとお腹が重い。
「あと半分くらいか」「凄いね」なんて声が店から聞こえてくるが、それは褒め言葉じゃない。
よしあと20分、一気に食べよう。
そう心に決めると自分はいまお腹がペコペコなんだと暗示をかけるように思いを集中した。
別に量子魔法を使おうと思ったわけじゃないが、そう思わないと残りを一気に食べることはできないと思ったのだ。
スープも十分冷めてきたので思い通りに食べられる。逆にここで一気に食べないと麺がどんどん重くなる。そう、実際食べ始めのころに比べてラーメンがのびてきて重くなっているのだ。これ以上時間をかけちゃ、食べれるものも食べられなくなる。
箸一杯に麺をつかみあげ、がばっと口にいれる。それをさして噛むでもなく一気に胃袋に流し込む。
麺の塊が喉を下っていくのが傍目からでもはっきりわかる。喉がぐふっとふくらみ、そのふくらみが下に落ちていく様子がなまなましい。
自分のお腹が食べ物の重さで一口ごとに、どんと下に落ちていく。
それを左手でさすりなりがら・・・・なんでだろう? お腹が一杯になるとどうしてさすりたくなるんだろう。なんて考えながらジャージ越しにお腹をすりすりしながら、ごくごくとスープを飲む。
「このスープはきついなぁ。最後に一気に行かないとダメだぁ」
ちょっとスープは忘れて、まず麺から平らげよう。
またがばっと麺をすくい上げ、冷ますこともなく一気に口に運ぶ。
ごくっ力を入れて飲み込む。
そうしているうちに5,6玉もあった麺はもう、ほぼなくなっていた。
ジャージの下に手入れておなかを触ってみると、おなかのふくらみが凄すぎてへその穴が大きく伸びていることに気付いた。
どうなっているか見たいが、ここではできないので中指の腹で触った感触で想像すると、へそが横に広がっているようだ。
『そうだよね。前にも出るってことは、横にも凄い膨らんでるってことだもんね』
よし最後に残ったスープだ。どのくらいあるだろう。1リットルはない位だろうか。
どんぶりはすり鉢状なので、目分量ではどのくらいかわからない。持ってみても焼き物は目方が重いので、スープの重さを知るにはなんの意味もない。
『まぁいいや、これを飲みきれば終わりだもん』
両手に手に持った器をそのまま口につけて、一気に飲みきろう。
そのワイルドな行動をみて、周囲のお客さんは「おおー」という歓声を上げた。
そりゃそうだ、こんな小さい女の子が顔より大きなどんぶりから、そのままスープを飲むんだから。
「まぁいいや」
何か吹っ切れた。一気に飲みに入る。
お腹はもうパンパンだ。特にお腹の左側が盛り上がっているように感じる。でもこのくらいなら行けるだろう。
「んぐ、んぐ、んぐ・・・・」
一休みしてどんぶりを覗く(のぞく)と、全然減っていない。
「あれ? 思ったよりあるのかな」
「んぐ、んぐ、んぐ・・・・んぐ・・・・んぐ」
「はぁはぁ、息が続かない」
それより、やっぱりスープは入るのが早いからお腹にくるのも早い。一気に苦しくなってきた。だめもう入らないって感じだ。
「苦しっ、もうお腹が全部ラーメンだよ」
小声でうーちゃんに苦しさを告げると、
「もうちょっとだ、そのまま食っちまえ」
なんて無責任な。
「もう、他人事だと思って無茶いうなぁ」
「あと2,3口だろ」
その言葉を信じてまたスープに口をつける。
さすがに表情が険しくなってきた。眉間にしわを寄せて汗だくでスープを飲む。全身から玉のような汗が噴き出している。
お腹が痛い。背中も痛い。なんか張り裂けちゃう。
「うぅぷ・・・・」
ゲップをしたいが、たぶんしたら食べたものが逆流して来るに違いない。
いま飲んだスープが喉まで上がってくるのだから。
だがあともう少し、もう少しだ。時間はあと5分ある。これを飲めば・・・・。
意を決してそのスープをレンゲですくい、覚悟を決めてズズズっと飲み込んだ。
「はぁ、はぁ、うっ、はぁ。食べた・・・・」
カランとレンゲをどんぶりに置いて、ごちそうさまをする。
「チャレンジメニュー完食、おめでとうございます!」
大声でチャレンジ成功を讃える店員の声が虚無に聞こえる。
「おー、すげー」「俺ぜってムリだわ」「凄い子ね」「まだ小っちゃいのに」
お客さんの驚嘆と称賛の声も聞こえる。
『はいはい、私もそう思うよ。凄いと思う、自分でも。こんなところで限界超えてラーメン食べてる自分が』
「ほら、食えたじゃねーか」
「ほらじゃないよ。お腹がはちきれそう・・・・うぷっ」
「席から立ち上がると、ジャージの下にあるお腹の存在感が凄い」
『うわっ見られちゃう、恥ずかしい』
それを両手でかばうようにして、みんなに拍手されながら店を出てきた。
「う~、食べ過ぎだよ~、お腹が痛いよ~」
「腹がスゲーな、人間ってこんなに食えんだな。前も見たけどよ」
「食べさせておいて言わないでよ。う~~、横になりたい」
「おいおい、これから変身して戦うんだぜ、そりゃねーだろ」
「そりゃねーは、こっちのセリフだよ」
「でもよ、そこにいるぜ、ナナミはもう」
「え!」
視線を上げるとそこには、
「あずさ! よく来たわね!」
うーちゃんの指し示す方、空の上にナナミが立っている。私が気づかないうちに結界も張られおり、向こうは戦いの準備完了といった具合だ。
「ひーん、こんなお腹なのに戦えっていうの~」
「お腹がどうしたのよ」
「な、なんでもありません、こっちの事情でして」
「今日は勝負をつけるわよ。私もいつまでもあなたの遊びに付き合ってられないんですから」
「はいはい・・・・」
「なに、カラ返事してんのよ!」
「だから、ちょっと事情が・・・・」
「はやく変身しなさい! このままだと倒せないんだから」
「うーちゃん~」
「ホント世話が焼けんなおまえは、あれやればいいだろ。消化しちまうやつ。ラーメンに紅ショウガが入ってたろ。しょうがと消化をかけてよ」
「えー! またやったらまた太っちゃうじゃない」
「えー、ただ今計算してみました。約6,000カロリーです。前ほどじゃねー、大丈夫だ、いっちまえ」
「あずさ! はやくなさい!」
「うわ、怒ってるよナナミ。なんか量子魔法チャージしているし」
「早くしねーと、太る前に死ぬぞ。生身で量子魔法をくらう気か」
「わかった、わかったよう」
なんでこんあことになんてんのよっ。でもやらなきゃ変身もできないし。
目を閉じて念じる。
「いま食べたもの消化しちゃえ、消化しちゃえ」
『・・・・はぁこれでさっき走った分が帳消しだよ、どれどころか・・・・本当にデブになっちゃうよぉ』
念じると同時に、お腹がぎゅるぎゅると音を立てて動き出し、大玉スイカでも飲み込んだようなお腹がスーと小さくなっていく。
息を吸うのも苦しかったのに、まるで何も食べてなかったかのように、ふわりと楽になっていく。
だが、それと同時に自分の体に脂肪がついてくのも分かった。
腰のあたりがむちっと張ってきた感覚、胸がぐっと膨らむのが分かった。首元になんか肉が付いた気がする。
ジャージのジッパーを下して自分の体を確認すると、
「うわっ、お腹のなかからっぽなのにお腹が出てる・・・・このびろびろとしたゼイ肉・・・・胸もちょっとおっきくなったけど」
伸びるブラだから大丈夫だけど、なんとなくふっくらした自分のおっぱいを触ってみると、ふわっとした手に残る感覚と胸の芯の痛みが走る。
「つっ!」
ちょっと顔をしかめるが、そんなのお構いなしにウマは命令してくる。
「よし、変身しろ!」
「うー」
「なんか元気ねーな。そんなことで魔法少女が務まるか!」
「元気もなくなるよ、自分の体を見たら」
「まぁしょうがねーな、じゃちょっとカバーしてやるから元気出せ」
「?」
「まぁ変身してみな」
「うん、じゃぁ変身」
そういって例のVサインをして変身をする。始めのころはこのまま全裸になったらどうしようとか思ったものだが、もう慣れたものだ。
光の粒が当たってピリピリするのも、もう普通のことのように思う。
「変身したよ、うーちゃん」
「どうだ?」
「どうって、ちょっと全体にサイズが小さいかなって思うけど」
「それはお前が確実に太ってるからだ、そうじゃなくて」
「すみませんね、だれかさんのせいで確実に太ってますよっ」
「後ろ」
「え、うしろ」
言われて後ろを振り向くと
「にゃー!!! しっぽが、しっぽが生えてる!!」
「デブった分、魅力をフォローするように、しっぽをつけてみた。かわいいだろ」
「な、な、なんですか! これは! 動くんですけどっ」
「一応、脳につないでおいた」
「いらないわよ! こんなもの!」
「切れると痛いうえに、変身が解けて弱くなるから気をつけろよ」
「ドラゴンボールか! 孫悟空か!」
興奮にまかせてステッキをぎゅうぎゅうひねる。
「いてて、折れる折れるって!」
「これはクリリンの分!!」
「やめろ! むっちりネコ耳魔法少女なんてテンプレ中のテンプレじゃねーか」
「うーちゃんは、どこの人よ、テンプレなんて普通の人は使わないわよ!」
「お前もよく知ってんな」
「私はオタクだからよ! ええ、そうです。アニメとか大好きですよ!」
「何、キレてんだよ。これだから最近の子は我慢が足りねーっていうか。前頭葉が未発達で困るんだよ」
「だいたい、なんでネコなのよっ」
「あ? だってコッチの世界じゃ量子力学といえば猫だろ。シュレーディンガーの名前は俺達の世界でも轟いてるぜ」
「何だか分かんないけど、そのシュレーディンガーって人、ネコ耳だったわけ?」
「それは・・・・キモイな。おっさんでネコ耳は」
「でしょ!」
「いや、魔法少女の特権ってことでOK!」
「OKじゃねーよ!! 私はデ・ジ・キャラットかっての!」
「お、いいね、こんどは語尾に『にょ』がつくエンジンをいれてみよう」
「すんな!! ボケ!」
「もういいかしら、あなたたちの漫才はいつみても楽しいわ。吉本興業にでも就職してはいかが?」
空の高みから見物していたナナミがからかう。
「漫才じゃねー」珍しく二人の声がそろう。
「それより、あずさ。あなた何か太ってない。気のせいかしら? 太るにしても、そのかわいい服が着れる程度にしておいた方がいいわよ」
図星を突かれて衝撃を受けるあずさ。表情がギコ猫になっている。
「おー、いきなり精神汚染か、敵は第15の使徒だな」
その言葉に我に返る。
「す、好きで太ったんじゃありません!! べー!」
「まぁ好きで太るやつはめったにいないがな」
「うーちゃんは、敵なの? 味方なの?」
「そのボテ腹で私と戦えるかしら。いらっしゃい肥満少女さん。まぁ重くてトロそうだから私の敵じゃないけどね」
「むきー! 人が気にしてることを! 怒った。マジで怒った。うーちゃん、さっき散々食べたから、量子魔法のエネルギーは一杯あるんだよね」
「ああ、マックスまで溜まってるぜ」
「どうやったら、それ使えるの」
「アクセッサが働いてないが、物理攻撃なら量子魔法力を乗せられるはずだ」
「接近戦をすればいいってことね」
「そういうこと」
「よしっ」
あずさは大声でナナミに挑発をかける。
「ナナミ、いつものレイピアでもフォトンアローでも、何でも仕掛けてきなよ。今日は本気でいくよ」
「やっとやる気になったわね。ミー、アローを出して」
「はい、ナナミさん」
ミーがナナミの首元からひょいっと出てくる。小さななミーヤキャットみたいなマスコットだからミーという名前なのだろう。
そのミーがナナミの肩の上にすくっと立つと、周囲がぼうーと光りナナミの手の周りに集まり始める。
それが形を成し始め、クロスボーの輪郭を現し始めた。
量子魔法で物質を顕現させるには一定の時間がかかる、なんでも特定の空間の確率を変動させて莫大なエネルギーを投下するのだそうだ。
「そうくると思った!」
あずさは、自分の全身の筋肉を強化するように念じた。自分の全身に強大な力が宿る躍動感が伝播する。
戦うつもりはなかったけど、だからといって何も考えてなかったわけじゃなかった。
「量子魔法は攻撃だけに使うんじゃないのよ!」
そういうと、できるだけの力を込めて地面を蹴り、ナナミに向かってジャンプをした。同時に飛行の量子魔法を発動させる。
飛行魔法の効果で、ジャンプ力はほとんど減衰することなく、まるでカーリングのストーンのようにあずさの体は抵抗なく空間を猛進する。
その先にはナナミ。
当然ナナミも気づいている。だがまだアローは完成していない。
「くっ、早い!」
それは人が出す速度とは思えない速さだった。みるみる、いやこれは一瞬と言っていいだろう速さでナナミの目の前に近づいてくる。
接近戦だ。
ナナミはあずさが繰り出すであろう最初の攻撃を避けたいが、アローの顕現を待っていたため、体は避ける態勢になっていなかった。
「ちっ! ミー! 受け流すわ。量子ファンネルを展開して」
「はい、ナナミさん」
ナナミは自分の前面に
「うーちゃん、私の思考スピードを一瞬だけ速くすることできるかな」
「できるぜ、どのくらいだ」
「100倍とか」
「いいね~、脳細胞が100個、同時並行で動くイメージを念じろ。一瞬だけなら可能だぜ。ひゃっはー! 世界が止まって見えるぜ」
「ありがとっ」
そのままの速度を維持してナナミに激突する、と同時に100倍の脳を念じる。
・
・
・
本当に世界が止まって見える。だが私の体は自由に動かない。ナナミに一撃くらわしてやろうとしたグーパンチもまるで他人の体のようにピクリとも動かない。ただ思考だけが可能になっている。
「よし、ナナミは絶対私の攻撃をよける量子魔法を張ってるに違いないんだ。もし弾かれても、飛行魔法の空間移動でもとの場所に戻ってくれば、ナナミは避けたくても避けられないはず」
グーパンチに莫大な破壊力が宿るように量子魔法を発動させる。自分の右手が光って唸りを上げる。
「なんか、うーちゃんが、そんなこと言ってたけど、本当に右手が光って唸ってるよ」
止まって見える世界だが、時間は確実に動いているようで、地平線に沈む太陽を見るように確実にナナミに近づいていく。そして何かにあたった衝撃が伝わってきた。
「きた! やっぱり量子魔法を張ってたんだ!」
量子魔法は崩壊するとき白銀の光を放つ。あずさの右手の先端からは結晶化した量子魔法がスターダストのように舞い上がっている。その手が量子魔法の障壁により、ぐぐっと弾かれる。それはスローモーションの世界とは思えないとほど早い。
衝撃によって、グーパンチの軌道が変わりナナミを外れるようなコースになるのを飛行魔法の軸移動と、体の力の入れ加減で修正する。
衝撃は断続的に自分に襲ってくる。この衝撃は反射してたぶんナナミにも届いてるんだ。
凄い力。コンサート会場の巨大スピーカーの正面に立ってるみたい。全身がビリビリいってる。
その衝撃波で、最近、自分の体を覆ってしまったお肉が波をうっているのが見える。テレビでよく見るスロー再生の画面のように。
「二の腕にこんなにお肉がついてるんだ・・・・、たしかにナナミじゃないけどこの服が着れる程度には痩せなきゃ。かっこわるいよー。これじゃ」
衝撃波はナナミに近づくにつれて強まり、だが自分をはじくことはできず、次第に量子魔法の障壁にめり込みつつナナミに接近する。
「はぁ、はぁ、はぁ、なんか疲れてきた。でももう少しだ」
いくら量子魔法がマックスまでチャージされているとはいえ、肉体強化、飛行、思考強化、グーパンチと4つの量子魔法を同時に使ってるわけで、そりゃ魔法の消費も激しい。このグーがナナミに届くときは私の魔法は蒸発してるだろう。
その疲れが頂点に達したとき、耳をつんざくガラスが割れるような音がして、自分の正面にあった抵抗が一気になくなった。
ナナミが張った量子ファンネルが崩壊したのだ。
その衝撃により自分のグーパンチの光も吹っ飛んだ。
時間の流れが速くなってきた。ぎりぎりで量子魔法が切れたんだ。たぶん強化した筋力も戻っているだろう。
・
・
・
そして時間が戻ったとき、私はナナミの黒い服をグーの手でつかんでいた。
「つかまえた・・・・わよ」
そのままナナミにもたれかかるように抱き着き、ナナミと私はゆっくりと地面まで降りてきた。
量子ファンネルは、衝撃を中和するためにナナミの量子魔力を吸いとりきってしまったのだろう。
私も量子魔法を出し切ってしまったので、結界も変身もとけて二人は普段着のままの姿で街中で抱き合っている状態になった。
ナナミがぺたんと地べたに座る。
私はまだナナミの服を右手のグーでつかんでいた。
ナナミはぽかんとした表情で、一瞬でついた勝負に頭が追いついていないようだった。
ただ、私がいつでもこの勝負に白黒つけられる状態になっているのだけは分かっていたようだった。
つまり勝敗は私が握っている。
敵を倒すというのは、相手を殺すことではなく何らかの判定が下されることらしい。
「あなた、よく量子ファンネルを正面突破したわね」
「だって私、攻撃魔法つかえないから、正面からいくしかなくて」
「なんで? 魔法少女なのに?」
「わかんないよ、そんなこと。何でこんなことになってるのかも、なんで魔法少女やってるのかも」
自分ではどうにもならない、でもそれを現実と自ら受け止めながら答える。
「あなた、これから私をどうするの。どう判定されているかわからないけど、たぶん私は負けてるわ」
「判定? どうもしないよ。でもひとつお願いがあるの」
「なに」
「もう戦うのはやめて、友達にならない」
「え、そんなこと?」
「私にとっては大事なこと」
「はぁー、わかったわ。もうあなたとは戦わない。そうしましょう」
「ありがとう」
何がおかしのか分からないが二人は顔を見合わせてクスっと笑いあった。
その瞬間、自分がナナミに勝ったという実感がつぶさに現実味を帯びてきた。
「判定が降りたわね。やっぱり私の負けよ」
「??」
初めての体験でよくわからないが、どうやらこれが判定が出たということらしい。
「はぁー」
安心したのか一気に力が抜けてしまい、ナナミに全身を預ける。ナナミの体温が気持ちい。
ナナミが私の体を両手で受け止める。
「・・・・にしても、あなた随分ぽよぽよね。やっぱり初めて会ったときから随分太ったでしょ」
「な、なんにを急に!!」
「それに汗臭いんだけど・・・・」
ナナミからばっと離れて自分のジャージの臭いをかぐ。確かに汗臭い。
「こ、これは、あの、そのダイエットで走りこんで、そのまま来て、ラーメンの大食いをして汗かいちゃって・・・・」
「あんた何やってんのよ、走りこんでんのに大食いしたら、太るにきまってるじゃない」
「まったくです、ナナミさん」
ミーも横から同意する。
「違うの、いろいろ事情があるのよ! 私だって好きでやってるんじゃないから!」
「もー、うーちゃんもなんか言ってよ」
「この子は好きで太り続けてるだけですから、お構いなく」
「ちょっと、うーちゃん! 私の誤解を解きなさいよー!!」
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