バカな弟が増えました

 携帯からメールを打つ。


「今度の土曜、一緒に遊ぼ」

 送信のOKボタンを押すと、間髪入れずに返信が返ってくる。

「何でアナタと」


「ナナミってツンデレだよねー。ぷよぷよだとかやる気がないとか私の事めちゃめちゃ言うけど、構ってちゃんの目をしてるんだもん」

 そんなナナミのことを想像しながらメールを読むと、いわんとしていることが何となく分かる気がする。


「だって、友達じゃない」

 また間髪入れずに返信が返ってくる。

「戦わないって言っただけ。なれなれしくしないで」

 すぐメールが返ってくるってことが気にしてるって証拠なのに。

「えー、戦わないなら友達じゃん」

 即、携帯のバイブがムーと鳴る。

「あんたが友達って言ったからよ」

 しょうがない困ったちゃんだなぁ。じゃ助け舟を出してあげよう。

「街に行きた~い、遊びた~い。ナナミ先輩!」


 同じ学校だったらこうはいかないだろう、でも学校が違うというだけで1学年の違いを超えた関係になっているのがちょっと不思議だ。


「めんどくさい」


 えー! そんな子にはこうだ!

「行こうよ」

「連れてってよ」

「遊ぼうよ」

「一緒に行こうよ」

 連続でメールを送りつけちゃう。

「分かったわよ! 今週末ね」


 やったー! ナナミちゃんと仲良し作戦、滑り出し好調!


 ・・・・


 そんな訳で今日はナナミ先輩とお台場に来ています。

 改札を抜けると、先に着いたナナミが駅前で腕を組んで待っている。10分くらい遅れたけどまぁいいよね。


「遅い!」

 黒いレースのオフショルワンピース。ラメのある黒のタイツ。手首の金色のバングルがキラキラ光っている。

 やっぱ黒がすきなんだ。ナナミって。


「ごめんごんめん、ちょっと地下鉄が分からなくって迷っちゃった」

「だから、田舎者はキライよ」

「千葉は田舎じゃないもん!」

「あなた、地下鉄なんて乗ったことないでしょうに」

「あるわよ、東京ディズニーランドだって行ったことあるわよ」

「ディズニーランドは千葉よ」

 澄まし顔でナナミが答える。

「うっ・・・・」

「まさか東京ドイツ村が、東京だと思ってないわよね。もちろんドイツでもないわよ」

「そんなわけないじゃん!」

 この嘲るような言い方だけはムカつくんですけど。

 御宿をバカにするなと、ちょっと怒ってるオーラを向けてみるが、ナナミは知らん顔。

「ところで、いまさらお台場で何しようっていうの?」

 いまさらって言いましたか? non! いま旬でしょうに!!


「一度、来てみたかったのよっん」

「どこに?」

「ガンダムフロント」

「ガンダムフロント? なにそれ?」

「えー! ナナミ、まさかガンダム知らないとか?」

「ま、まぁ、まったく知らないわけじゃないけど」

 これは知らない顔だ。ひひひ、ちょっとイジワルしちゃえ。

「・・・・知らないでしょ、ナナミ。じゃモビルスーツの名前の一つでも言ってみてよ」

「モビっ、モービルスーツ?」

「うん」

「スーツ、スーツっていったらアオヤマとか・・・・」

「いや、それスーツだから。普通の」

「・・・・知らないわよ! そんなもん!」

 ちょっと遣り込めたのがうれしい。まずは1勝1敗だ。

「始めっから知らないって言えばいいのよ。負けず嫌いなんだから」

 バツの悪そうなナナミの手を強引に引っ張ってガンダムフロントに入る。


「ちょっとー」

 イヤイヤ引っ張られるナナミが売られていく子羊のようだが、なんか妹を連れて歩いてるみたいでちょっとかわいいぞ。ナナミちゃん。


 2時間後


「という訳で、どの作品もね、ぱっとしない少年がうっかりモビルスーツに乗っちゃて、超カッコよくなっちゃうって話なの。そんな都合のいい話なんてねーぞ、ってのはなしね。でね、私としてはさ、元気な男の子もいいけどさ、ちょっと過去のある男の子ってのがグッとくるわけ。もう目の前にいたら、床ローリングでしょ!」

 ファーストからビルドファイターズまで、ガンダムの素晴らしさをこれでもかってくらい語ってやったぞ。もう喉が枯れるくらい。


「疲れた・・・・あなた、これのどこがいいわけ。ロボットばっかりじゃない」

「ロボットじゃない! モビルスーツ!! 当たり前じゃないガンダムなんだから。それにガンダムからモビルスーツとアスランを取ったら、富野由悠季の毛も残らないじゃない」

「毛の話なんかしてないわよ!! それに私たち明らかに浮いてたわよ」

「そうかな?」

「そうよ! あなた・・・・無防備すぎよ!タンクトップにショートパンツはないでしょ。いくらリボンがついてたって、あんなところで」

「そうかな? 前結びのかわいいシャツだと思うけど」

「男の人ばっかりなんだから、私達、ジロジロみられてたわよ! もう! だから田舎の子は」

「だから田舎じゃないって! じゃナナミはどこに住んでるのよ?」

「・・・・」

「どこ?」

「・・・・堀切菖蒲園よ」

「行きたいところじゃないよ。住んでるところ」

「だから、堀切菖蒲園よ!」

「はっ! ごめん、もしかしてホームレス少女・・・・。おうちがなくて菖蒲園で寝てるの?」

「そんなわけないじゃない!! あんたよりはるかに金持ちよ! ウチは! 堀切菖蒲園は駅の名前よ!」

「なーんだ、てっきり。そんな芸人さんがいたからさ」

「それよりナナミ、なんでウチのこと知ってるの」

「そ、それは。あんたのところのウマが聞きもしないのにベラベラしゃべってたからよ」

 慌てた口調があやしいぞ。

「うーちゃん?」

「俺は聞かれたことに答えただけだぜ、忠実なマスコットだからな、俺は」

 ナナミがジリジリとうーちゃんを見ている。

「いろいろ聞かれたぜ、住んでるところ、好きなもの、兄弟がいるのかとか、友達のこととか。ああ変身のサインも聞かれたな」

「余計なこと言わなくていいの!!」

 ナナミが爪先立ちで、ちっちゃい肩をいからせて怒っている。かわいい。

「ずるいなぁ、私もナナミのこと教えてよ」

 そういうと、ナナミの肩からミーがにょろっと出てきて口を動かさずにしゃべり始めた。

「ナナミさんは、とっても寂しがり屋で、寝るときはいつも大きな猫のぬいぐるみを抱っこしてます」

「ちょーっ! とミー、なーに勝手にしゃべってるのよ!!」

「ときどき、抱きながらニャーとかナ~とか言ってます」

「ミー!!!」

「へー、5年生だったよね。ナナミー」

「いいじゃない、私はかわいいものが好きなのよっ!」

「寂しくなったら、うちに遊びにきなよ。ちょっと遠いけどさ」

「御宿なんて遠過ぎよ!」

「ナナミも量子ゲートを作ればいいんだよ」

「そんな重魔法なんてできるわけないじゃない!!」

「そうなの? 簡単なんじゃないの? 私が最初に使った量子魔法だよ」

「最初に!!! どうやって?」

 その疑問にはミーが答えた。


「量子ゲートは自然現象を応用したものなので、決して難しいものではありません。しかし使用エネルギーが莫大なので初心者では使えない量子魔法なのです」

「こいつは、もともと量子魔法のキャパがでかいんだよ」

「でも、どうやってそれだけの量子魔法を集めたのよ。アンタ、実は凄いんじゃない」

「それは、あんまり答えたくないなぁ~」

 3日分のご飯を一気食いしたなんて言えない。だが、そんな会話をしていたせいかお腹がぐーとなった。

「へへー、お腹すいちゃったね」

「もう、緊張感のカケラもないんだから。でも私もお腹すいたわ」

「もうお昼も過ぎてるしね」

「何か食べましょ。せっかく遠くから来たんだから、おごってあげるわ」

「ありがとう、お姉さん!」

「まったく調子がいい」


 ここはお言葉に甘えて、ナナミにおごってもらおう。

 ナナミの家は言ってた通り結構お金持ちらしく、友達とお台場まで行くと言ったら、ちょっとしたお小遣いをくれたらしい。

 信じられない。私は電車賃だけだよ。

 ウチの両親ときたら、わたしのお昼は考えなかったのだろうか。

 かわいい一人娘が、お腹を空かせているというのに。


 何を頂けるのかと思って期待していたのだが、考えてみれば小学生二人の街遊びだ。レストランなど入れる訳でもなくコンビニでおにぎりとパンを買っただけ。

 別にがっかりはしないけど、そうだよねと思う。


 海っぺりの公園に行き、ベンチに腰かけて二人でパンとおにぎりをかじる。

 会話に紛れて、時々しゃぽんという波の音が聞こえる。内陸の海で護岸工事もされているとはいえ、日本海の荒波とは大違いだ。

 その海のうねりを二人で見ていると、ナナミがぽつっと話しかけてきた。

「あずさは、なんで魔法少女になったの? なにか願いがあるの?」

 それはお互い気になる質問だ。だが願いってなんだろう。そんな話、うーちゃんから聞いてないし。

「うーん、分かんないんだよね。うーちゃんに試にやってみないかって言われて、なかば強制的になっちゃったし」

「へー、そういうなり方もあるんだ」

「ナナミは何で?」

「私は」

「うん?」

「私は・・・・今は言いたくない。いつか・・・・」

 自分から話を振っといて、そんな深刻な顔をされたらこれ以上聞けないじゃない。

「いいよ、じゃいつか聞かせて。ほら、うーちゃん、女の子は繊細なんだよ。わかった?」

「あ、そう。お前は繊細じゃないからよかったわ」

「そうじゃないでしょ!」

 この屁理屈オヤジが! 手品師にステッキごと消されてしまえ!

「あんたら、ほんと面白わね。こういう関係もあるのね」

 ナナミがくすっと笑う。口元から八重歯がちらっとみえる。笑顔がかわいい子。

 本当はこんな顔をするんだ。いつも怖い顔しか見てないから。

「私は、ナナミさんと一緒に戦えてよかったと思ってます」

 ナナミの気持ちを察するように、首元のミーがナナミに視線を合わせて話と、それに気づいたナナミも少し振り向きミーの方を見つめる。そっと出した人差し指がミーの喉元を撫でているのが絵になる。



 さっき言ってた願いの事が気になる。


「あのさ、さっき、願いって・・・・」

 だが、その言葉を言い終わる前に、ナナミはハッと思い出したように大きな声を出した。びっくり!

「そう! ミー! 聞こうと思ってたのよ。負けたら全てがリセットされるんじゃなかったの? 何でそうなってないの!」

「え! そうなの?」

 初耳だ。願いのことも気になるが、それも聞いてないよ。

「え!? 知らなかったの?」

「うん」

「こいつ、普通の魔法少女とは違って何かいろいろ忘れて来てるんだ。それにしても、そんな基礎的な事もか・・・・」

「それで、攻撃魔法も使えないのね」


 ナナミは思った。この子は何も知らずに魔法少女をやってるんだ。

 ミーは私が魔法少女になるときに、世界には冷徹な原則があると言っていた。それが何かは分からないが、たぶん『願いと代償』に関係することだと思う。

 代償と言う深淵を覗くような言葉の恐怖は今でも残っている。それを聞いた夜はベッドに入っても怖くて寝られなかった。

 でも私は、私の願いのために、この道を選んだ。

 でも、あずさは違う。


「?」

「なんでもない。ね、次はどこに行きたいの? あなたの趣味からすると秋葉原とか? まさかメイド喫茶はないわよね」

 この話題は続けたくないのだろう。おかしな流れだと思うが、ナナミは無理やり話を断ち切った。

「次は考えてなかったよ、ナナミはどこ行きたい?」

「ちょっい待ち!」

「ナナミさん!」

 二人? 二匹の声がそろう。


「でかい重力波が出てる」

「干渉波です。敵は二人以上です」

「なんで! ここは私が押さえてたんじゃ」

 ナナミの鋭い声がミーに発せられる。

「ナナミさんはあずささんに負けてます。あずささんが此処をドミネイトしてないのです」

「あんた! ここを押さえてなかったの!!」

「へ? 何が?」

「しまった! 俺としたことが。コイツ戦闘に関する知識がまるで入ってねーんだよ。だから勝ち方も知らねーんだ」

「バカ! せっかく勝ったのにコレじゃ意味ないじゃない」

「み、みんな何言ってるの?」


「重力波急速接近! ナナミさん! 時間がありません。早く変身を」

「ええ。あずさ、変身するわよ!」

「え! ここで!」

「私が先に行くから、あとから来なさい!」

 ナナミはミーにきらっと光るコインをくわえさせると、量子結果を張りそのまま変身して上空に駆け上っていった。


「あずさ、量子結界があるから変身しても大丈夫よ」

「う、うん。あ、でもご飯が・・・・」

「さっき食ったろお前! ボケ老人か!」

「そ、そっか。じゃ変身するね」

 例のVサインをして変身を始める。だがおにぎり1個では、量子魔法カロリーとしては明らかに低いらしく、変身プロセスがいつもより時間がかかる。

「ちくしょめ! 量子魔力が足りないかっ」

「大丈夫、なんとか変身できたみたい」

「よし、ナナミと合流しろ。迎撃するぞ」

「うん」

 ウマの杖を持って地面を蹴ると、そのまま飛行し空中でナナミと合流して横に寄り添った。ナナミがすごい警戒して空を見ている。

 さっきとは別人のような雰囲気だ。


「うーちゃん、どこから来るの?」

「わからん。量子魔法が干渉してるから方向が特定できない」

「とりあえず、私、ナナミの背中を見るね」

「おねがい」

 空中で背中合わせに静止し、敵がどこからくるか肉眼で確認しあう。


「キタ! 正面からっ!」

 赤色系の眩しい光を放つ量子魔法弾が、しゅるしゅると音を立てて、こちらに向かってくる!

 その鋭い声に反応して、二人が同時に左右に分かれて量子魔法弾を避ける。


「あずさっ、敵は見えた!?」

「ダメ、見えない!」

「うーちゃん!」

「ダメだ、分離できない。奴らも動いてるから干渉波が乱れるんだよっ! くそが!」

 敵の居場所が分からない。とにかく全方位を意識して両の目で見るしかない。


「あずさ! 右下!」

 声に反応して右下を見る。だが何も見えない。きょろきょろ見回すと左下から青白く輝く量子魔法弾が光の粒を散らしながら高速で飛んでくるのが見えた。

 そりゃそうだ逆だ!

 その攻撃を避けるように急いでナナミの背中を離れると、ナナミはいつの間にか顕現させたブロードソードを大きく振りかぶり、まさに量子魔法弾を打ち返す瞬間だった。


『ぼうんー』

 ブロードソードに当たった量子魔法弾は、ビブラホンのような大きな音をたてて、その軌道を斜め45度に変えて遠くに飛んでいく。

「あずさ! 油断しないで!」

 してないっつーのに。もたもたしたけど!


「次はどこから!」

 熱くなってきたナナミが声を張り上げる。あずさはまたナナミの後ろを守るように背中を合わせた。


「ナナミ!」

「あずさ!!」

 二人の声が被る。そのはずである。ほぼ同時に6発の魔法弾がこっちに向かってきている!

 ダメ!! 6発も同時に受けられない!


「あずさ! 私が1つを受けたら、後ろから背中を思いっきり押して!」

「うん!」

 よくわかんないが、その言葉を信じるしかない。

 何でだろうとか信じるとか考えている暇はない。とにかく言われたとおりの体が動いた。

 くるっとナナミの背中の方を向いて、ナナミがブロードソードを振り下ろすタイミングを見定める。


『ぼうんーーーー』


 その音を合図に思いっきりナナミを押す!

 その反動でナナミは前に、私は後ろに凄い勢いで飛んでいく。

 その中心、もと自分たちがいた場所に5発の魔法弾がぶつかり合い、まばゆい光の粒となって砕け散る。


「熱っ!! あんなのまとも受けたら死んじゃうよっ」

 その光が収まった先に、ブロードソードをガッチリ構えたナナミの背中が見える。

 私がナナミの背中を押したおかげで、二人とも無事だったようだ。

 蒼穹の小さくみえる黒い点、煌めく白刃をめがけて飛行し、またナナミの元に合流だ。


「敵は六人?」

「分からない。でも同時に六個の量子魔法弾だから。あるいは・・・・」

「六人も無理だよ!」

「無理でもやるのよ! あきらめた負けよ!」

「うっ、うん」

「なめられたものね。遠距離攻撃で倒せると思ってるのかしら」

「ナナミならどうする?」

「私だったら、遠距離攻撃を気にしている間に、そっと近づくかしら」

「どこから?」

「・・・・真上か、下!!!!」

 いうと同時にナナミは巣潜りでもするように、くるっと前転して下に回り込み、ブロードソードを横に薙いだ。

 えっ、という間の事である。


 いた! 敵が!

 だが、敵とおぼしき人影は、空を斬ったナナミの太刀をするりと抜けて、あずさの正面に現れ出でる。

 そして、その勢いのままに、あずさの頭頂部めがけて半月刀が振りかざした。


「ちょーーっとぉー!」

 自分でもわけのわかんない奇声だが、無意識に出た白羽どりが、その剣先を間一髪のところで受け止めた。

 こんなことができたのは、剣先のスピードはそれほど上がらなかったからだ。間合いが近かったのが功を奏した。

 それでも、剣風で髪がぶわっと靡く。

「死ぬかとおもった! マジで! 死ぬかと思った!!!」

 両手でしっかり挟んだ剣先から、視点をキッと移し敵を見ると相手は子供! しかも小さな男の子!!



 その頃、ナナミは様々な方向から来る青い量子魔法弾を左右にさばいていた。

 だが、次第にソードを振る手が鈍ってきている。

『なに? 疲れてなんてないのに、なんで思い通りにならないの』

 悟られぬよう心の中で叫ぶが、体は正直なもので冷や汗が出ている。

 青白い量子魔法弾は小粒だが、速度が速い。

『これ以上、剣さばきが鈍ると受けきれない。しかも体捌き(たいさばき)も鈍ってきている。なんで!?』


 ナナミは気づかないが、神経遅延の量子魔法をかけられていた。その遅延が次第に効いてきている。

『早く、決着をつけないと。あずさは武器が使えないから、量子魔法弾を避けることしかできないし。でも敵の人数が分からないと、作戦どころか不用意に動けないし。とにかくこの状態から脱しなきゃ』

 頭ではそう考えているが、体が言う事を聞かなくなりつつある。

 眉間に寄ったしわには、余裕のなさが表れていた。


 一方、あずさと対峙する敵の男の子は、無理やり白羽どりから剣をほどくと、大きく後ろにジャンプして良き間合いで仁王立ちに立った。

 自分たちの有利を理解したのだろう、半月刀を肩にニヤリと笑ってこっちを見ている。

 どう来るつもりなの? さっきはラッキーだったけど、あの剣でまた来られたら今度はもう。

 真顔で相手を見据えつつも、次の手がない恐怖に胸がバクバクいっている。


 だが、次の敵の行動は予想外だった。

 半月刀の少年の横に一人、そして反対側にもう一人。背格好も顔立ちもよく似た少年が三人並び立ったのだ。

 ちょうど薬師三尊像のような構図で。


「おねちゃん達、意外にやるじゃん」

 正面に立つ少年が口をひらく。さっき剣を振りかざした少年だ。

「量子魔法弾で勝負がつくと思ってたのに」

 右の少年も減らず口をたたく。

「・・・・」

 左の子は声が小さくて何をいってるか分からない。

「ちょっと、あんた達なに!」

「何って、おねえちゃん達と同じ、量子魔法使いだよ」

「え、魔法少年ってこと?」

「そうだ、珍しいがな。しかも三つ子とは更に希だな。佐々木希だな」

「うーちゃん! 変なネタ入れないでよ。コッチは命がけなんだから」

 ナナミも戻ってきた。

「あなたたち、三人?」

「うん、3対2だよ」

「もう勝ち目はないぜ、どう?」

「・・・・」

 右の敵は声が小さくて聞き取れない。

 ミーが二人だけに聞こえるように翻訳する。

「右の敵は神経遅延を使ったと言ってます。敵は支援系の量子魔法使いです。先ほどナナミさんに支援魔法をかけた形跡があります」

 私とナナミは顔を見合わせた。そして敵に分からぬように目で笑いあった。

 みたところ私達より年下。三つ子で小学3年くらいだろう。

 いくら強力な魔法が使えても所詮は小3。クラスの男子とかわんない。

 明らかに隠すべき情報だというのに、自慢気にベラベラ喋り出している。

 しかも圧倒的に有利な状況を放棄してまで、なんで自慢しに来ているのか? 小3男子の行動は理解不能だ。

 身構えも、まん中の子こそ半月刀を肩にかけているが、残りの二人は無防備に立ってるだけだ。

 なら、弄するのは簡単。

 そのことが、この短い会話であっという間にわかった。

 言葉攻めにしちゃおうか、いや量子魔力に自信があるみたいだから、すごーいって褒めちぎって油断させるのがいいかな。

 ナナミの顔をみると、まったく同じことを考えてるらしく私たちは意見があったことが目でわかった。

 お互いうなずく。


「すごーい! さっきの量子魔法弾すごいね! どうやって6っも出したのっ!」

 その言葉に三人の表情が変わる。何かをくすぐったのは明らかだ。

「バカだなぁ」

「おねえちゃんなのにそんな事もわかんないの?」

 ムッ。

 バカ!? バカはそっちだろ!?

 だが、ここは我慢だ。

「一個づつ魔法弾を出して、僕ら三人のなかでぐるぐる回すのさ」

 この自慢気なしゃべり方。まさに休み時間の男子そのもの。

「結構練習した」

 もじもじした子がぼそっという。

 自慢だったら、大きな声で言えって。


「すごいね! ちっちゃくてカワイイのに、魔法も凄いなんて!」

 ナナミも合いの手を入れてくる。キャラ的に絶対言ったことないセリフだろ。『凄い』が噛んじゃってズゴイになってるよ。

「へへー!」

 そんな会話をしながらジリジリ距離を詰めていく。

「それにみんな、その服、チョーかっこいいー」

「みんなおそろいのデザインなんだ、色ちがいなのがいいよね。戦隊モノのヒーローみたい!」

 これは本当。これで中味がアスランだったら。おっといけない、ヨダレが。

「そ、かな」

「ねぇ、その腕のところの盾みたいのどうなってるの、みせて」

「これ? これはね」

 と少年が盾を見たところで、ナナミとあずさは赤モチーフの少年と、青モチーフの少年の首を羽交い絞めにして、一歩後ろにジャンプして退いた。

 もう一人のぼそぼそ喋る少年は、この二人を人質にとられたことで身動きがとれない。あわあわしている。


「ふふふ、油断したわね。お姉さんたちを甘く見るからよ」

「くっ! ずる! だから女子は!」

 赤モチーフに少年が、絵にかいたような地団駄を踏む。

「ひっかかる男子がバカなのよ」

 その通り。イイコト言うナナミ。

 もがく二人を後ろからがっちりホールド。いとも簡単に形勢逆転。

 量子魔法は強くても力は小3だ。ばたばた暴れるのが精いっぱい。

 わーとか、ぎゃー大騒ぎしつつ、きたねーぞ、バカ、うんこたれとか罵っているが、力も頭も精神年齢も上の私達は余裕しゃくしゃく。全く相手にならないもんね。


「素直に負けを認めなさい」

 ナナミが、何事もないようにさらっと問う。

 そーだ、そーだ、負けを認めろ。そしたらこの戦いはこのまま終了。私とナナミはまた遊びに行くんだもんね。

 次はどこに行こうかな。ナナミにコスプレさせてやりたいな。「はがない」の黒猫とか雰囲気近いから・・・・。

「くそっ、海斗! そっちの太いヤツならトロそうだ。振り切れ! 力ずくで振り切れ!」

 えっ? いま、なんと言った? 私を見て。

 アタシに向けた言葉だなぁぁぁ!!!!


「ふ、太い・・・・」

 私の中で何かがブチっと切れる音がした気がした。

 いや、シードが弾けました。


 その後のことはよく覚えてません。

 ウソです。ボコボコにしました。

 目の前に、何故かぼろぼろになってしまった三人の少年が、空の上なのに正座してます。

 その横でナナミが真っ青な顔をして立ち尽くしています。

 やってしまいました。

「ごめんなさい、もう二度と太いって言いません」

「すみません、もう悪いことしません」

「・・・・」

「声が小さい!!!」

「ごめんなさい!」

「もう絶対私を怒らせないこと! いいわね!」

「はい」

 三人が反省猿のようの声をそろえて返事をする。

「あずさ、もういいでしょ。真ん中の子なんか目が腫れてるわよ、あなたのパンチで」

「私の乙女心もそのくらい傷ついたわよ!」

 男子に右ストレートを放ったのは、生まれて初めてです。

 にゃーといいながら、後ろに倒れる相手の姿が目に焼き付ついてます。

 だが、今日はご飯少なかったから量子魔法が薄目でよかったと思え! 全開だったら今頃病院行きだぞ。

「乙女心ね。それ以上にこの子たちのトラウマになったわよ。女嫌いになったらあなたの責任よ」

「じゃ私が子供嫌いになってもいいわけ!」

 はぁとナナミがため息をつく。

「あなた達も人の欠点をバカにするからよ」

「はーい」

 不満げな返事をする三人。

「欠点とかいうなぁー!!!!」

 まったくどいつもこいつも。


「ところであなた達、名前はなんていうの」

 その質問に三人がピンとなる。

「よく聞いてくれたな! おれは、江戸川コナン」

「ぼくは、荒川コナン」

「隅田川コナン・・・・」

「・・・・」

「・・・・」


「ぷっ! なにそれ! 三つ子なのになんで苗字が違うのよ!」

「あはは、じゃなにお父さんは、水道橋博士!?」

「あはははは」

「笑うな! 三人で考えたんだから」

「男の子ってホントおもしろいわね」

 そのアホさ加減で、一気に私の怒りは吹き飛んだ。どうやら悪い子ではないらしい。本当にただの小3男子なんだ。

「あはは、わかった、わかった。じゃ、コナン三兄弟。もう負けは分かってるわよね」

「ああ」

「じゃ、一緒に戦いましょうよ。あなたたちバカだけど、凄い魔法使いだし」

「バカは余計だ。バカは!」

「バカっていうやつがバカなんだぞ」

 そのリアクションを見てまたナナミと笑い会った、いたいた確かに小3のときこんな男子が、って笑いだ。

 それより魔法少女だけじゃなくて、魔法少年がいたのが驚きだ。

「ナナミ、魔法少年がいるって知ってた?」

「ううん? 知らなかったわ」

「ミーは?」

「男の子の場合、量子魔法が使える時期が極めて短いので、殆ど採用されないのです。ただ存在が希少な分、量子魔力のキャパシティが高くなる傾向があります」

「ふーん」

 そう思うとしげしげ見たくなる。

 なんだろうグリーンのベースカラーは共通だけど、一人一人のデザインは微妙に違ってて、それぞれ三人のイメージカラーの赤、青、黄の縁取りラインが入ったフロックコートを着ている。下は黒の短パン。

 それぞれに得意があるのだと思う。

 赤モチーフの江戸川くんは、剣を振り回しやすくするためか、上着はノースリーブ。コートは丈が短くて足にまいたダガーベルトが見える。そこには三本のダガーが刺さってる。といっても量子魔法で戦うんだからこのダガーは関係ないだろうに。

 青モチーフの荒川くんは、小手にシールドが付いてて服も肩当や重厚な感じ。コートの丈も長くて立ち上がると、ふとももがちらっちらっと見えるのがちょっとかわいい。

 黄色ベースの隅田川くんは、知略系なのかな? 全体にふわっとした服の作りになっていて黒いマントもついている。そして彼だけグレーのネクタイをしてる。

 やばっ、さっきまで敵だったのにじっくりみたら、この子たち結構かわいいかも。そういえば、クラスの男子もそんなにジロジロ見たことないから、こうやって男の子を隅々みるのは初めてかもしれない。

 特に荒川くんのちらっとみえる太ももに、なんかドキドキしちゃう。いや隅田川くんのとろんとした瞳も捨てがたい。

 なんか頭からギュッしたくなっちゃう・・・・


「あずさ、あずさっ」

「はひっ!」

「なに変な声あげてんの」

「いえ、なんでもないでーすーよー」

「あなた顔に出るから分かり易いのよ。なんか三人を見てよからぬ妄想してたでしょ」

「ううん、ぜんぜん、ぜんぜん、ぜんぜん普通だよ」

「太いおねーちゃんの変態~」

 軽蔑のまなざしが飛んでくる。

「だーからー! 太いいうなーー!」

「変態の方を否定しなかったぞ」

「変態でもないー!!」

「このように年下男性に欲情をする傾向のことをショタコンというそうです」

 隅田川くんがぼそりという。それにナナミが乗っかる。

「え、聞こえない。何、しょこたん?」

「しょたでも、しょこでもなぁーいー!」

 なにはともあれ、仲間が一気に三人も増えた。

 このまま、皆が仲間になっちゃえば戦闘なんかしなくていいのにな。

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