夏だ、水着だ、焼きそばだ!①

 御宿といったら海!

 ここはサーフィンとかスゴいんだけど、もちろん泳げる砂浜もある。

 千葉の海は荒いって言う人もいるけど、私はこの雄大さが好き。

 この波の向こうに知らない国があるって思うと、なんかワクワクしてきちゃうから。


 梅雨が明けると一気に日差しが強くなり、あつーい夏がやってきた。

 夏と言えば夏休み、夏休みといえば海!

「あーずりん! 来週から夏休みだぜ、海、海、海ー!」

 朝から元気な、りんちゃんが私の机に手をついてニコニコ顔で話しかけてきた。

「いいねぇ海! 誰、誘おうか?」

「もちろん、まおちんも行くよな」

 りんちゃんは、セキセイインコのような早さで振り返ると、決めつけたように横に座るまおちんに話を振る。

「う、うん。いいね。行こうよ」

「どないしたん! まおちん、微妙な反応やな」

 りんちゃんがエセ大阪弁で聞き返す。

 お前は千葉出身だろって。でも、なんだかノッテるときのりんちゃんはいつも言葉がめちゃめちゃなのだ。

「わたし、水着なくってさ」

「おー、定番キター! いやーまおちんは、いつもながら女子女子してますなぁー」

「りんちゃん、おっさんくさいよ」

「いいじゃん、ウチらも今年はかわいい水着で海いこうぜ」

「そうだね、私も去年のもう入らないし。スク水じゃね」

「げへへ、それもいいんちゃいますの。スク水好きな男子もいますからなぁ」

「げへへ、ってりんちゃん・・・・」

「ぽっちゃり体系にスク水ちゅうんは、さぞかしファンが付くでしょうなぁ」

 りんちゃん、その反応はうーちゃんそのものだよ。

 わしゃわしゃしたりんちゃんの両手が近づいてくるので、おいたはナシよとピシャリと払いのけてやった。

 これを放置すると、りんちゃんは本当に乳を揉むんだ。ここは学校だっていうのに、自由すぎるよ、りんちゃん。

「やめてよ。そんなファンも、ぽっちゃりもいらないよー」

「ぽっちゃりいいじゃん、オレなんてさ」

 りんちゃんが自分の胸のあたりに両手を添えて、自分の体を下目に眺める。

「まおちんなんかスタイルいいし、あずりんもちょっと太いけど胸があるしさ」

「だ・か・ら、太いは余計だってっ!」

「あずさちゃんは、そんなに太ってないよ」

 真顔でぼそっとまおちんがフォローする。

 まおちん・・・、真剣に言うとホントに私が太ってるみたいじゃない。

「あはは、ありがとう。大丈夫だって、そんなに気にしてーないから」

「いいんだもん。オレたちは水着の力でフォローしようじゃないか! よーし! 新しい水着を買いに行こう!! あっ、あずりんはスク水か」

「よくなーい!! 勝手にスク水にしないで! 私も買いに行くって!」

「まおちんはセクシーなヤツ。おっぱい大きいから」

「声が大きいよ、りんちゃん!!」

 まおちゃんが、真っ赤になって辺りをきょろきょろ見てる。こういうナチュラルな仕草がかわいいんだよね。

 りんちゃんはりんちゃんで、ボーイッシュなところが女の子からも人気あるし。私ってどう見えるんだろう。


 そんなのほっといて、まおちんがおっぱいの話を切り替えたいのか、珍しく積極的に話を続ける。

「りんちゃんはどんなのがいいの? りんちゃん細いからワンピースとか」

 そうそう、さすがまおちん、りんちゃんはどうなのか聞いてみたかったんだよ。

「いいじゃん、ワンピース!」

 私も話を合わせる。

「うーん、なんかねー、今年はチャレンジしたいんだよねー。ビキニとかどう?」

 二人でビキニ姿のりんちゃんを想像する。

「・・・・」

 なんか、申し訳ないけどあまりにぺったんこだから男子がビキニ来てるみたいな。しかもショートカットだし。

 どうやら二人とも同じ想像に達したらしい。

「なんだよ! その顔! オレがビキニじゃだめか! だめなのか!」

「いやぁ、ダメってわけじゃないけど。あと1年くらい待った方がいいかなって」

「あずりん、どういうこどだ!」

「りんちゃん、ボーイッシュじゃん」

「もしかして、男子が水着きてるとでも」

 私たちが顔を見合わせたのをりんちゃんは見逃さなかった。

「やっぱりそうだろ! お前ら! その想像はヒドすぎるぜ、あんまりだ。超傷ついた」

「でもねぇ」

「ねぇじゃねー!」

「やっぱり、りんちゃんはワンピだよ」

「とにかく、お店にいってみようよ。ね、ね」

「くそー! じゃ今週末な。ぜってー超かわいい、ビキニ見つけてやっから!」

「はいはい、期待してるよ」


 ・・・・


 ていうわけで、海です! 夏です! 砂浜です!

「結局、どんなの買ったの?」

 みんなでお店に見に行ったが、お金を出してくれるのは親というわけで、実際にみんながどんな水着を買ったのかは当日のお楽しみとなったのだ。

 だから今日が、初お披露目ってわけ。

「うふふ、着替えてからのお楽しみ」

 まおちんが大人っぽい笑い方で勿体付ける。

「どうせすぐわかるんだろ」

 なんだかりんちゃんは、どうでもいいって感じだ。

「じゃあとでねー」

 そういって三人はそれぞれの個室に入って着替えを始めた。


 10分後


「遅い! あずりん」

「りんちゃんが早すぎるんだよ。水着着てきたんじゃないの」

「うん、着てきた」

「そんなに気合入れなくても・・・・あれ、ワンピじゃん。セパレートじゃないの?」

「それを言うな! 深い事情があるんだよ。世の中には」

「いろいろ着たけど、合わなかったんでしょ」

「うるさい! だから人にはいろいろ事情があるんだって! あずりんだって、おなかが気になるぞ」

 うっ、条件反射的に両腕でおなかを隠す。

「そんな、気にならないよ。りんちゃんが細いからそう見えるんだよ」

「いや、去年のあずりんは、もっと足もシュッとしてた。それが今年はこんなに・・・・」

「成長したんだってっ!」

「腹だけな」

「他も成長してます!!」

 二人でお互いをチチクリあっていたら、まおちんが個室から出てきた。

「ごめん、待った? なんかうまく結べなくて時間かかっちゃった」

 二人でまおちんの声の方を振り返る。

「ううん、ぜんぜ・・・・」

「反則だよ!!」

 りんちゃんと私の声がハモる。

「えっ!」

 まおちんがぽかんとしている。

「なんで、同い年なのに!!」

「神様は不公平だ」

「なに? え? どうしたの?」

 確かにりんちゃんは遅生まれだから、私たちより成長が早いと思うけど、にしても。

「ビキニが眩しすぎるぜ」

 この差は何? もちろん小学4年なので、そんなダイナミックな体ではないが、明らかにぽよんとした胸がある。

「りんちゃん、最近の子は成長がはやいですな」

「ええ、あずりん。まったくですな」

「ちょっと、私を置いて勝手に盛り上がらないで!!」

 まおちんが、腕を下して前かがみになって否定すると、より一層胸の谷間が強調して見える。

 それがまた、大人の女って感じで。

「小4なのに胸の谷間がみえますな」

「ええ、これは悩殺されますな」

「だーかーらー。二人とも!」

 ニシシと笑いながらまおちんをからかうと、まおちんはキッチリまじめに返してくる。

 いい子だよね。まおちんって。

 りんちゃんに、ときどきオモチャにされてるのが気の毒だけど。

「でもさ、あずりんは、きっとああなるんだよ。オレと違ってさ」

「え、なんでそこで私に回ってくるワケ」

「だって、ウチ、かーちゃんもねーちゃんも、みんな貧乳だもん。かーちゃんの胸なんて、頭を当てるとゴチっていうんだぜ」

「うう、なんて慰めたらいいかわからない」

「りんちゃん、大丈夫だよ。きっと中学生になる頃にはさ」

 まおちんのなんの説得力もない言葉が虚しい。

「勝者に言われても、なんの慰めにもならねー」

 だめだ、このままでは日が暮れるまで、りんちゃんの乳話しで終わってしまう。

「ね、ね、りんちゃん。泳ごうよ。海だよ。りんちゃん、泳ぐの早いじゃん。ね、ね」

「ええ、水の抵抗がありませんから。マグロみたいなもんですよ。わたしは」

 ダメだ。打ちひしがれている。しょうがない無理やり連れて行こう。


 まおちんと私で、りんちゃんの両腕をつかんで、無理やり海に連れ込む。

 お腰まで水に浸かって、りんちゃんを海に押し倒したら、もうこっちのペースだ。りんちゃんは、こんにゃろ! とか男勝りの言葉を叫ぶと、とぷんと海に潜って、私たちの足をつかんで海に引きずり込んだ。

「あっぶぶぶ・・・・」

「ちょっと! 息吸ってるときにひっぱらないでよ!」

 がばっと海から上がって、りんちゃんをドンと突き倒して大声で怒鳴る。

 まおちんは、溺れるかとおもったよと相変わらずのんきな事をいってる。

 そうやって、ばしゃばしゃ水をかけあったり、沖のブイまで泳いだり、浜辺で寝っころがって男の子を悩殺したりして、疲れるまで遊びつくした。


「はぁー、疲れたー」

「はらへったー」

「はらへったは無いでしょ、りんちゃんはしゃべらなかったらかわいいのに」

 まおちんが確信をついた事をいう。まおちん時々ズバッと切り込むんだよね。本人に自覚がないのが怖いけど。

「なんだよ。まるでオレが男みたな」

「そうはいってないけどさ」

「でも、ほんとお腹すいたね」

「焼きそば食べよっか。わたしちょっとお金もらってきた」

「ほんと! 私なんかバス代しかくれなかったよ」

「オレもー。はらへったら帰って来いって」

「バカにしてるよねー。パパもママも」

「子供じゃねって―の」

「ははは、でも私もそんなにもらってないから、焼きそば二つしか買えないよ」

「もらっちゃっていいの」

「うん」

「じゃー、お姉さん。焼きそば二つ、ヨロー」

 ヨローって。りんちゃん・・・・。


 まおちんが、磯の香漂う海の家まで走る。

 まおちん、走ると胸がポムポム揺れてるよ。気づいてんのかな。

 それをエッチっぽいと思って目で追う。


「じゃ私は飲みの買ってくるよ。りんちゃんお留守番頼むね」

「サンキュー、それは後で出すよー」

 りんちゃんはもう、ごろんとうつぶせになって日焼けスタイルで寝ている。右足なんてきゅっと上げてさ。

 なんて自由人なんだろうこの子は。


「さてと」

 お尻の砂を払いビーチサンダルを履く。

 道路側の緑のところに、のぼりの付いた四角い足つきトタンのジュースボックスが見える。あそこで飲み物を買おう。

 熱くなった砂浜に足を下ろすたびにサンダルが砂にぐぐっと沈みこみ、熱くなった砂が足の甲にかかる。

 ビリビリするほどの日差しが私の全身を焼いていく。

 そんなに遠くないと思えたが、砂の上は歩きにくいせいか歩いても気持ち程に店は近くにならない。

 まおちんが向かった海の家が、ゆらゆらと陽炎の向こうにみえる。

 セパレートの水着のフリルのところが、あっと言う間に乾き、腕にあった水滴は白い半円の輪郭を残してみるみる蒸発していく。

「あっちー」

「帽子持って来ればよかったなー」

 夏の海、独特の香りがどこからともなく漂ってくる。これって貝を焼く磯の香とお醤油の焦げる香りだよね。

「やばいなぁ、食欲がわいてきちゃうよ~」

「うん? 何の匂い?」


 あれ、一瞬、磯の香りとは違う静電気の様な匂いがしたような。

 きょろきょろするが、辺りに何があるわけでもなく。足元をみても流木とカラカラのワカメか昆布があるだけだ。

 気のせいかと思い、また一歩歩くと、さっきよりも更に強い静電気の匂いがツンと鼻をつく。

 また足をとめて辺りを見回すが、なにもない。

 なにげに上を見上げる。そこにあるのは青い空にぽっかりうかぶ白い雲。そしてギラギラした太陽。

 のはずだが、そこにもう一つ、在ってはならないモノがみえた。


「黒い点?」


 手で庇をつくり目を凝らして見ると、その黒い点は人?

 もしかして魔法少女!!

 やばいと思い視線を戻して、りんちゃんのところを振り返ると、あれ? あるはずの傘がない!?

 どうして?

 そう思っていると、うーちゃんがどこからともなくすっ飛んできた。

「おいバカ! 量子結果の中に入ってるぞ」

「うーちゃん!」

「なにぼさっとしてんだよ! もう戦闘に入るぞ。すぐ変身して備えろってんだ!」

「う、うん。でも」

「めんどくせーな、また飯か。『リリカルなのは』みてーに、食った分薬莢やっきょうにチャージできるようにしときゃよかったぜ」

「うーちゃん、こんなギリギリの状態で、よくそんなオタネタ出るよね」

「ネタじゃねーよ。俺の言葉が全部ネタだとおもったら大間違いだぞ。あれだ、さっき左を見た時にまおが居たろ。あいつが焼きそば持ってるから、それ食って変身すれ!」

「あれ? なんで、まおちんはいるの? りんちゃんはいないのに」

「お前も、この切羽詰まった状態でそれを聞くか、それを!」

「だって」

「ああ、もう! あいつは観測されてるから存在確定してんだよ。いいから走って食ってこい!」

「怒んないでよ、わかったからっ」

 おもむろに走り出し、まおちんの元にむかうが、砂に足を取られて走りにくい。前かがみなりながら必死で砂に抗う。


「ナナミとコナン三兄弟にも連絡をしたぞ。時間はかかるがあいつらも来る」

「うん」

「勝たなくてもいい。時間を稼げ!」

「応援が来るまで、逃げ切ればこっちの勝利は確実だ」

「うん」

 作戦を話してる間に、まおちんの元に着いた。ぽーとしたまおちんの両手には買ったばかりの焼きそばがある。

 その一つをパっともぎとると、輪ゴムの下に挟まった割り箸を取り出し、急いで焼きそばをすすり始めた。

「うーひゃん、へきはほこ?」

「上空、100メートルだ。結界はこの砂浜一帯に張られている。存在が確定してるのはお前が見ていた海の家のある周囲だけだ。後ろはないから、そっちで戦え」

「ふん。もうほっちにふる?」

「まだ、動いてねー」


 その間も、もりもり焼きそばを食べる。見られてないからいいものの、この食べ方は女の子のそれじゃない。

 この早食いが太る原因なのだと思う。でも敵は待ってくれないんだ。


「なんかおかしいぞ。なんでこっちにこねーんだ?」

「時間が稼げて、ちょうどいいじゃん」

「いや、おかしいと思った方がいい。罠か」

「どんな?」

「わかりゃ、苦労しねーって」

「んぐ、食べたよ。変身するね」

「おう」

 敵の下に走り寄りながら、いつものVサインをして変身する。ちょっと髪の毛が塩でベタベタするのが気持ち悪い。

 普通の服は走りながら着れないが、変身だったら走りながらでも服が着れるから便利だ。

 これで朝もスパっとパジャマから制服に着替えられれば楽なのに。


「変身して、逆に布が増えるのは新鮮だな」

「うーちゃんがまた、おかしなことを言ってるよ、それって変態の発想だよ。それ他の人には言わないでよ」

「素直な感想だろ。思いのままに生きる! 男ってのはいつまでも少年の心を忘れないのさ」

「なんでも思ったことを口にするのは少年じゃないよ、そんなの許されるのルフィーくらいだよ」

「ルフィーがいいなら、俺もいいだろうさ」

「いや、純真さが違うって、うーちゃんは、何から何まで穢れてるし、損得じゃん」

「平成の二宮損得って呼んでくれ、ちょいまち! 動きがあるぞ!」


 私は空に浮かぶ黒い点に、ぱっと視線を動かした。

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