かりそめの平穏

 リハビリは、思ったより早く終わった。

 まだ子供なので体力の回復が早かったのだ。

 といっても、入院をしなくてもいいと言うだけであって、まだガリガリのままなのだが。


 退院もひっそりできた。

 あんな大惨事の生き残りなのだから、もしかしたらテレビの取材とか来ちゃうんじゃないかと心配していたが、そうなる事を予想して病院の人たちが先手を打ってくれたのだ。

 パパも私のことが大事にならないように随分頑張ってくれたらしい。だから私の名前は大ぴらにニュースになってない。

 変な有名人にならなくてよかった。


 私は元住んでいた御宿の家の近くに引っ越すことになった。

 パパは親戚が近くにいる東京で暮らそうと言ってくれたのだが、私が「絶対に戻る」と言って聞かなかったのだ。

 人が多いと魔法少女になるのも気を使うし、何かあったら大変なことになっちゃう。

 それにママの所から離れたら、一人になったママが可哀そうだから。


 そうしてある程度体力も戻り、私が学校に通えるようになったのは、春休みも近い2月の中頃だった。

 あの大惨事からもう4ヶ月以上も経っていた。



「御子柴さん、初日は早めに登校して職員室に来てください。いきなりクラスに戻ると生徒が浮足立ちますから」

「だって、あずさ」

 パパが先生の伝言を教えてくれた。

「浮足立つ?」

「みんなビックリするんだろ。あずさが早く学校に馴染めるように気にしてくれたんだよ」

「そう・・・・だよね。急に行ったら皆の方がビックリしちゃうもんね」

 パパは、そうだねと軽く微笑むと私のほっぺたをチョンと突いた。


 違う。パパはこんなんじゃなかった。

 半年前のパパなら「いいかあずさ、教室に飛び込んだら『俺様参上!』て大きな声で言うんだぞ」と笑い飛ばしていた筈だ。

 パパの頭の中って、私より子供だったから。

 パパも先生も病院でもそうだったが、大人はみんな私を腫れ物に触るように扱う。

 未曾有の大惨事があって奇跡的に生き残ったから、私はかわいそうな被害者になっている。

 でも、本当はあの大惨事の当事者は私なんだ。

 私がやったことじゃないけど私が選んでしまった結果だってことを私は知っている。だから、かわいそうな子と扱われるのが辛い。憐みの目で見られることが心に刺さる。

 その気持ちを察してか、うーちゃんが「今までどおりにしてればいい。お前の選択だが、お前だけが悪いんじゃねーんだ」と言ってくれる。

 うーちゃんは私のペンダントになってから、時々らしくない言葉をかけるようになった。

 ちょっと気持ち悪いんだけど、うーちゃんにも何か心境の変化があったのかもしれない。

 だけど、そのしんみり感がイヤなのか、その後はいつもふざけた口調で言うのだ。

「あーあ、それにしても、おまえ胸はいつ大きくなんだ? 動くたびに骨に当たって痛てーんだよ。俺の背中がよー」

「閃乱カグラじゃないんだから。それに私はまだ小学生ですー」

「へいへい、脱げば強くなりゃいいけどな」

「うーちゃん!!」


 ・・・・


 久しぶり。本当に久しぶりの登校日。

 先生と一緒にクラスに入ると、クラスは総立ちの騒ぎとなった。

 おー御子柴が帰ってきたという驚き、わーあずさちゃーんという女の子のとがり声、あいつ無事だったんだというある意味まっとうな感想。反応は様々だ。

 ほら、なんともないじゃん。こういう時は私たちの方が順応するんだから。大人の方が考えすぎなんだよ。

 でも、りんちゃんとまおちんは違った。

 りんちゃんはずっと下を向いてる。まおちんは、こんなに離れてるのに両手で顔を覆って泣いているのが分かった。

 最初に先生が何か話してから、私は数ヶ月前に自分が座っていた席に戻ることになった。

 一番後ろの窓側の席。

 あの羊羹をバレないように食べた場所。

 私の席の前にりんちゃんが座っている、横にはまおちん。

 ずっとそのままにしておいてくれたんだ。

 うれしい。


 窓側の列を小さな歩幅でゆっくり歩いて席に向かう。

 カバンの重さのせいでフラフラしながらも、一歩一歩とりんちゃんとまおちんに近づいていく。

 あと一歩で、りんちゃんの横というとき、りんちゃんはおもむろに立ち上がると机越しにがばっと私を抱きしめた。

 もう凄い、ぎゅうっというくらいの強さで。

「お帰り」

 私だけに届く懐かしいりんちゃんが声。その澄んだ声を聞いたらもう感極まっちゃって、私も両手でりんちゃんの背中をぎゅっと抱きしめた。

 ドサッとカバンが床に落ちる音がクラスに響く。

 それでなくても静かなクラスが一瞬ざわついたけど、りんちゃんはそんなことはどうでもいいと、私を強く抱きしめ続けてくれた。


 まおちんはまだ、えぐえぐ泣いてる。

 泣きながら「なんで連絡くれなかったの」と聞いている。

 それはムリだったのだ。パパがまおちんとりんちゃんの連絡先を調べてくれたけど、私は電話をかける気力がなかったのだから。

 ママを取り戻す希望はあったけど、魔法少女のことがあまりに重くて。学校と云う所が私の日常から遠くに行ってしまっていたから。

 私はまおちんに、小さく「ごめんね」と答えると、そっと席に座った。

 なおも静まり返るクラス。

 さすがに普段は口さがない男子も、こそこそ何かを言うだけで掛ける言葉を持たないようだった。

 でもこれも数日の事だろう、みんなあっという間に普通に戻るのだ。


 普通に・・・・。


 私にはもう来ない普通に。



 学校の授業はしんどい。

 やっぱまだ体力が全然ないんだ。1時間目だというのに休み時間が恋しい。

 後ろから私の息遣いが聞こえたのだろう。休み時間にりんちゃんが「あずりん辛いか」と声をかけてくれた。

「うん、ちょっと」

「すげー痩せたもんな。大変だったな」

「ううん」

「りんちゃんは? おウチは大丈夫だった?」

「ウチも家が壊れたよ。家族は無事だけど、いま違う所に住んでんだ」

「よかった」

「あずりんのとこ・・・・ニュースで見たよ」

 私の家が爆心であることは、地元の人には自明の事だ。

 なにせ周囲数百メートルは跡形もないのだから。

「うん、でもあたしは無事でさ。強運だよね」

「あずりん」

 そう詰まりながら言うと、りんちゃんは私の頭を両手で包むように抱いてくれた。

 きっと、りんちゃんちはそういう家なんだろう。そういえばママの胸がゴチっていうって言ってたっけ。そういうことか。


 私は抱き締めるりんちゃんの肩に両手を当てて、自分から離れてこういった。

「でも大丈夫! だってパパもいるし、みんなも無事だし。はやく元気にならなきゃね。やっぱさあたしはちょっと太くないと、あたしらしくないっしょ!」

「ははは、そうだな。あずりんは肉がないとな。抱いても気持ちよくねーや」

「ねっ」

 横でまおちんが不安げな表情で私たちを見ている。

「まおちん」

 私はまおちんの手を取って、三人で輪になった。

「まおちん、居てくれてありがとう」

「あずさちゃん」

 泣き虫のまおちんは、また涙目になっている。

 二人の温もりが心地よい。

 そして力をくれる。

『よし、今日から体を鍛えなそう。強くなってゴスロリと戦うんだ。そして勝ってママを取り戻す!』



 そう決めたら善は急げ。私はパパを説き伏せて合気道と空手の教室に通い始めた。

 パパは、まだ無理しちゃダメだと言うが、そんな悠長なこと言ってる場合じゃない。

 あと、朝は早起きして走ったり、休日はプールで泳ぐことにした。

 特訓開始だ!


 ご飯もムリしても一杯食べた。前は食べる量には自信があったんだけど、入院生活のせいか全然食べられなくなっていたのだ。

 始めは子供の頃に使っていたミッフィーのちっちゃい茶碗で、ご飯を1杯食べただけなのに、もうおなか一杯って感じだったが、日ごとに食べれるようになっていき、それに伴って体重も少しずつ増えてきた。

 昨日までピッタリだった服が、だんだんキツくなっていくのがうれしい。

 確実に体力が戻っている証だから。


 退院から1か月もたつと、かなりの運動をしても辛くなくなってきた。

 学校の椅子に座ってもお尻が痛くなくなったのは、きっと体に筋肉がついてきたからだと思う。

 パパも血色がよくなったと、毎朝、私の顔をみるたびに言う。確かに自分でもそう思う。

 頬のコケた顔を鏡で見るたび、貧相だなぁと思っていたが、ここ1週間くらいで急にふっくらしてきたようだ。

 よしっ。



 パパとえいば、変わったことがもう一つ。それはパパは意外にも料理のセンスがあったことだ。

 ママがああなっちゃった後、パパは何もしないで体力ばかりつけている私に代わって、ウチの事を全部やってくれていた。

 ごめんね、パパ。

 それまで一度もパパの料理を食べたことがなかったので、とても料理なんてするとは思わなかったんだけど、やり始めたらハマったみたい。

 人は、見かけによらないものだ。


 始めはご飯を炊くのすら失敗していたけど、それでも私が一杯ご飯を食べるとスゴく喜んでくれて、それがよほど嬉しいのかパパはメキメキと料理の腕を上げていった。

 その喜ぶ顔をみると、残さず一杯食べなきゃと思う。

 するとまた、パパが量を増やしてご飯を作る。

 それを繰り返しているうちに、今じゃパパより沢山食べてるようになってしまった。

 ご飯を食べ終わると、いつもお腹がぽんぽこりんなので、パパが「一杯ご飯を食べてくれるのはうれしいけど、お腹は大丈夫か?」と言って笑ってくれる。

 ポンポンのおなかをさするのがクセになりそうで怖い。

 でも、太らないんだ。

 えへへ~

 だって、めちゃめちゃ動いてるもんっ。

 うーちゃんは、「あずさのくせに、食っても太らないのは腑に落ちない」と相変わらずの減らず口を叩くんだけど。



 ただ一つ、体ばっか鍛えて勉強してないせいで成績が超やばい。

 特に苦手な算数は、掛け算あたりで止ってる気がする。

 ほんとに5年生になれるか不安になってきた。

 14点のテストを見た時に、マジかと思って衝撃を受けた。

 恥ずかしさと情けなさで、解答用紙を持つ手が震えたよ。

 春休みに入る前に、先生から「御子柴、おまえバカじゃないんだから少しは勉強した方いいぞ」と言われれてしまった。

 なんだろう、褒められているとも、諦められているとも思える謎の激励。

 でも私の将来を心配してくれてありがとうね。先生。

 嬉しいけど、そういう話はちょっぴり切なくなるんだ。

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