夏だ、水着だ、焼きそばだ!③
もう、何パック食べただろう。
「うーちゃん、わたし何個たべた?」
「9パック目だ」
「いま何分」
「1時間半を超えたな」
「まだナナミは来ないの」
「そろそろじゃね」
「焼きそば食べながら戦う魔法少女って、かつてないよ。業界初じゃない」
「だな。ヤキソバンとかあったけどよ」
「なにそれ、うっぷ」
やきそばが喉から上がってくる。もう一生分の焼きそばを食べた気分だよ。
「そういうCMがあったんだよ。マイケルなんとかってやつが出てた」
「それカッコよかった? げぷっ」
「いいや、サイッコウかっこ悪い」
「だよね」
「ソースビームとか技があってよ」
「なんか弱そうだね」
「ああ、喰らいたくはないがな」
「ほんと」
ぽんぽんになったお腹をさすりながら、そんな話をする。いやこんな話でもしてないと時間が持たない。
「うぷ、いまなら全身の穴から別の何か出そうだよ」
「汚たねーやつだな。そういえばあげだまボンバーって技があったぜ。ヤキソバンに」
「まじー、わたし、あげだまの入った焼きそばってあんま好きじゃなーい」
「あげだまっていったらさー」
「ゲンジ通信か」
「さすが、うーちゃんだね~、よく知ってるよ~」
ダラダラとやる気なくうーちゃんと話す。
「アンタも粘るわねー、ていうかさー、小さいのに随分食べるわね。そんなに食べたら太っちゃうよ」
どういう魔法か分からないが、敵は空に見えない椅子を作って、足を組んで私の大食いを鑑賞している。
その声に、はっと正気を取り戻した。危ない、すっかり緩んでた!
「覚悟のうえよ!」
「それに凄いお腹ね。せっかくかわいい服なのにさ」
「分かってるから、言わないでよっ!」
そうスカートのウエスト部分がめり込んで見えなくなるぐらい、まるまるとおなかが出てる。
ホックがあるなら外したい。
でもこの服、どういう構造なのかホックもチャックとも無いのだ。
食べれば食べるほど、お腹が締まって息苦しくなる。
このまま食べ続けたら、やぶれちゃうんじゃないだろうか。
「どうすんの? このまま食べ続けても、いつかお腹がパンクして終わっちゃうよ」
「そうなる前に、なんとかするわよ!」
「ほら~、また変身が消えかかってるわよ。いつまでもつかしらね」
「まだ食べれるもん!」
そう強がってみたが、言われたとおりもう限界いっぱいだ。
また屋台に戻ってパックと箸を持って、空に浮かんで敵と対峙する。
かたや椅子に座って悠然と、かたやパツパツのおなかを抱えて麺をすすりながらにらめっこだ。
お腹がぽってり重い・・・・。
こげ茶色の麺をすするたびに、そのソースの臭いにうっと気持ち悪さが上がってくる。
正直、てらっとした麺を見るだけで気持ち悪い。
それに引き換え相手の方。
あまりに暇なのかスマホをいじりながら、私のことを余裕で見てるし。
なんて戦闘なの。
「あったー、屋台の焼きそばって意外にカロリー高いんだって」
敵のその言葉に、焼きそばを食べながら顔をあげる。
「知りたい?」
余りの緊張感のなさにうっかり「うん」とうなずいてしまった。バカか私。戦闘中だってーのに。
「えーっとね、500kcalだって」
「ほひゃく?」
どのくらいなのかわからず、食べながら声が出てしまった。
「すごいねー、あたしだったらそのパック、半分くらいにしとくなぁ。だってぷくぷくになっちゃうもん。全部食べたら」
「ほんなに?」
ちらっとうーちゃんの方をみる。
「残念だが、こないだ腹いっぱいラーメン食った量に匹敵するカロリーをとってしまっている」
「えー!」
「もう、10個くらい食べてない、アンタさ」
たしかにこれが10個目だ。ということは・・・・。
「あー、こわいわー。どうなっちゃうのかしらね。でも、ちょっと見たい気もするなー。ぷっくり太ったアンタをねっ」
他人事だと思って!
「いいのよ! 成長期なんだから! 食べた分、背が伸びるのよっ」
「そんなことないよー。あたしも経験あるけどさ、アンタの年の頃ってすんごい太んのよねー。ちょっと食べただけなのにー」
いやーな汗が全身から出てくる。
「夏休みあけたらさ、超太ってた子がいたもん」
とか言いながら高笑いしているですけど!!
「いつまでも待っててあげるわよん。見ての通り時間はいっぱいあるんだから」
「・・・・」
「ねぇ、暇だからお話しましょうよ、あたしは愛美よ。アンタは?」
「あずさ!」
「そう、あずさね。かわいい名前じゃない。そんなに怖い顔しないでよ」
「ねえ、あずさちゃんは、ここらへんに住んでんの? いま小学何年生?」
この余裕がイライラさせる。ほざいてろ! もうすぐナナミとコナンくん達が来るんだ。あいつはそれを知らないから、いまは笑ってられるんだ。
『みてろよ』
心の中でそう自分をはげまして、焼きそばを食べ続ける。
とはいえ、いったい私は何と戦ってるんだろう。何でどんどんフードファイトの方にいっちゃうわけ!?
そうして、愛美と愚にもつかないおしゃべりをさせられたうえ、さらに2パックも食べる羽目になり、もう限界ってときに量子結果を強引に通り抜ける衝撃が走った。
「なに!」
愛美は空中の椅子から立ち上がり、きょろきょろ辺りを見回す。
「やっときた・・・・遅いよ。ナナミ」
安堵からか全身の力が抜けた。
地面の降りてて女の子座りでぺたんと砂浜に座ると、空の向こうの黒い穴から忽然と四人の姿が現れるのが見えた。
思ったよりこの結果って小さかったんだ。たぶん100メートルもないサイズだろう。
そこから飛んで入ってきた四人が、あずさのまわりに降り立つ。
「おまたせ、あず・・・・なにそのお腹!」
へその穴が伸びきるほど大きく膨れたおなかをみてナナミが絶叫した。
「こんなになるなんて、いったいどんな攻撃を!?」
そりゃ、こんなお腹になってヘタヘタになっている姿をみたらそう思うだろう。
「わー、あずねーが妊娠したー」
「ちがうー!」
コナン三兄弟が、妊娠妊娠と大喜びしてる。バカ三兄弟・・・・。
「うるさい! コナンズ!! どうしたの? あずさ!」
ナナミがバカ騒ぎする三人を叱る。
「2時間焼きそばを食べ続けて・・・・」
「2時間!! あんたバカじゃないの? 戦闘中になにやってんのよ!」
「私だって好きで食べてるわけじゃないよ~。もう食べたくなーい。太りたくもなぁ~い~」
半べそでナナミに訴える。
「そんなになるまで食べたら太るにきまってるじゃない! 自業自得よ」
「だから、聞いてよ、訳があるんだって」
「まぁいいわ、あとでゆっくり聞いてあげるから。それより、あの魔法少女をなんとかしましょ」
「うん・・・・」
あずさは、チェックの服の少女と戦闘にならず持久戦に持ち込まれたこと、量子結界が半永久的に続くことを、息も絶え絶えに説明した。
「ようするに挟み撃ちにすればいいのね」
「たぶん。逃げ場がなきゃ、もう持久戦にならないと思うから」
「簡単じゃない。なに手間取ってんのよ」
「だって、一人だよ! 挟み撃ちなんてムリじゃ、うっぷ」
口に手を当てて、戻しそうになる焼きそばを無理やり飲み込む。
「うわ、ここで戻さないでよ! もう」
「ゲロゲーロ、ゲロゲーロ」
またコナン三兄弟が、カエルの真似をしながら楽しそうにふざけてる。
「ちょっと、あんたら人が苦しんでるのに失礼でしょ!」
「だってなぁ」
「なぁ」
「ナナミありがとう、あの子らにはあとで鉄槌を下すから。私自らの手で」
「そうしな」
「じゃいくよ、立てる」
「うん」
「私が左から、江戸川くんは上から、荒川くんが下から、隅田川くんは右から、あずさは正面から、少しずつ包囲していていくのよ」
「おっけー」
その言葉を合図に、全員が四方八方に散らばる。
そして、じりじりと包囲網を狭めていく。
さすがに相手も真剣な顔になった。まさか五人もいるとは思っていなかったのだろう。
明らかに動揺している。
「五人なんて卑怯よ。というか非常識じゃない。そんなの」
「そうかしら、あなただって、この暑さの中で平然としてるのは非常識よ」
「熱を量子魔法に転換できるのが私の力よ、非常識というなら焼きそばを食べながら戦う魔法少女の方が非常識よ」
う、もっともだ。反論の余地はない。
「じょ、常識にとらわれてたら、未来は作れないのよ!」
「苦しい言い訳ね」
「それよりどうするの、もう後がないわよ。焼きそばさっき食べたばっかりだから、まだ量子魔法は蒸発しないわ」
愛美は怖い表情でこちらを見てる。
もう近距離も踏み込めば届くといった距離になったとき、ナナミが隅田川くんに向かって手を下した。
刹那、彼の手から光の矢が放たれ、愛美に向かって一直線に飛んでいく。
決まった! あっさりと!
と思ったが、その矢はカンともキンとも言えぬ音を発して、90度に方向を変えてはじけ飛ぶ。
「何?」
ナナミと隅田川くんが、唖然とした表情になる。
「残念でした。私は防御も高いのよ」
にやりと笑う愛美が一言。
「ATフィールドか!」
うーちゃんが鋭くつぶやく。
「何がATフィールドよ!」
このオタウマが! どこまで本気だよ!
近づいてみると改めて思う。くやしいがその服にその顔はかわいい。そして理想的なスタイル。
それに比べて私は何? この服にこの腹。絶望的な落差じゃない。
ATフィールドを張りたいのは私の方よ。
「じゃこれならどうだ!」
江戸川くんが、得意の半月刀で切りかかる。
だが、それも金属の塊に当たったように、うわーんという唸りを上げて弾き返される。
「ひゃー! 手いてー!」
さもありなん。刀の刃がこぼれるほどの威力で弾き返されたのだから。
「どうすんのよ、ナナミ」
「どうもこうも、あずさ! あなた私の時にやった、あの強引なヤツで、あいつのシールドを壊せないの」
「あれ? あれ、すごい大変なんだよ。次の日、全身筋肉痛で死ぬかと思ったんだから」
「そんな筋肉痛くらい、我慢しなさいよ」
「ほんと、すごいんだって」
「他に手があるの!?」
「思いつかないけど」
「だったらやるしかないじゃない」
「えー」
「えーじゃない!」
「わかったよう」
しぶしぶ全力で相手の突撃する準備を始める。
空中なので筋力強化をしても蹴るべき地面がない。そこで荒川くんを呼び出して足を押さえてもらうことにした。
彼をストッパーにしてジャンプして敵に体当たりするのだ。
そして愛美にぶつかる瞬間に右手にすべての量子魔力を集中すれば・・・・。
「じゃ、やるよ、荒川くん」
「うん、両手で足場を作ればいいんだよね」
「そう、そんな感じで、じゃせーのでいくよ」
「せーの!!!」
その掛け声で、筋力強化の量子魔法をかけて一気に踏み込む。
が、考えてみれば蹴られた相手は普通の男の子ひとりの支え。筋力強化をした脚力を一人で支えられるわけもなく、あえなく荒川くんは蹴られて遠くにふっとんでいく。
当の私は、十分のジャンプ力が得られず、おっととと体位をくずしながら、愛美の方にさしたる速度もなく飛んでいく。
「あわわわっ」
「あずさ!」
ナナミの叫ぶ声。
私はバランスを崩して、くるくる回りながら敵に向かていく。もちろん愛美はその好機を見逃すはずはない。
「ばかねー! あずさちゃん、それじゃ攻撃なんて出来やしないじゃない!」
高笑いも極まれり。ほぼ手中にした勝利に大喜びだ。
「長い戦いだったわね。じゃさようなら。ごきげんよう」
そういって細いムチのような武器を手の中から出現させた。それを大きく振りかぶる。
それを阻止しようナナミが動き出したが、既に間に合うタイミングではない。
もうダメと思い手で顔を覆おうとした瞬間、
「うう、だめもうガマンできない」
そして、ちょうどジャストタイミングで愛美に向かって・・・・発射!
・・・・口から。
いやそうでしょ。そんなに食べたのにお腹に思いっきり力をいれて、ぐるぐる回っちゃ。
普通でも出ちゃうでしょ。
ねぇ。
土壇場で『焼きそばメンアタック』が炸裂。
そのアタックをひっかぶった愛美がギャーーとこの世のものとは思えない悲鳴を上げている。
「わぎゃー!!! にゃーー!!」
かわいい顔も服も、焼きそばだらけでドロドロ。遅れてソースの香ばしい、でもちょっと酸っぱい臭いが辺りに漂う。
愛美は狂ったようにそれを手で払いながら、なにか言葉にならない言葉を叫び散らしている。
私は、そのままくるくる回りながら、アッパーカットをくらった「あしたのジョー」のように遠くに飛んでいった。
その光景の中、はっと我に返ったナナミは、二人の様子を哀れに見つつ、自分のレイピアを取り出してサクリと愛美の胸をついた。
「へっ?」
それが愛美の最後の言葉だった。
錯乱のあまり防御が消えていたのだ。
ゆるく湾曲するレイピアを胸に刺しながら、ぽかんとする愛美が次第に透明になっていく、その透明度が増すにつれ結界も崩壊していく。
「コナンくん、あずさを拾ってきて」
ナナミが少年たちに指示を出す。
あっけない。あまりにアホらしい勝利。
勝利?
いや勝ったのだから勝利だ。
「あずさ! 結界が消えるわよ、変身を解きないさい!」
ナナミは、まだ遠くをくるくる回る私に大声で呼びかけて、この勝負は終わりを迎えた。
うーちゃんがぽつりという。
「終わるときはあっけないもんだな」
「うう、ぎぼちわるいい・・・・」
・・・・
気づけば私は砂浜の上に大の字で寝ていた。
姿は元の水着にもどってる。
勝ったんだ。ナナミがとどめをさしてくれたんだ。
うーちゃんがナナミの伝言を教えてくれる。
「はやく、そのお腹なんとかしなさいよ」
だそうだ。
さっきまでぐるぐる回っていたせいか、踏切の信号のように目の玉が左右にチカチカする。とても立てる状態ではないので、ややしばらく砂浜に横になっていたら、まおちんがタッタとかけよってきた。
「ひどいよ、あずさちゃん。焼きそば二つとも食べちゃうなんて!」
「え!」
りんちゃんもパラソルの向こうからかけてきた。
「あずりん、焼きそば独り占めか! その腹が証拠だ!」
はっと首を持ち上げて自分のおなかをみると、自分の足先もみえないほど大きくなったお腹。
えー量子結界の中のことなのに、お腹はこのままなの。なんでー!
りんちゃんが、私のお腹をぐいぐい押しながら「出せ! 出しやがれ!」って喚いてる。
「りんちゃん、ホントに出ちゃうから。ダメ!」
「あずさちゃんは、そんな人じゃないとおもってたのに」
「まおちん、違うの! これには深い訳が!」
「水着で大食いたぁ、いい度胸だ! 言い訳なんて聞きたくないぜ、焼きそば返せ!」
「やめて、出る、まじ出・・・・」
この後の惨事は、三人の秘密ということで。
水着でよかったね。濡れても大丈夫で。
「水着でもよくねーよ!!!」
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