願いよ届け③

 私は秘策を発動を決意した。

 秘策。

 それは私のダミーだ。

 うーちゃんが教えてくれた地味な量子魔法。スリットを通過したフォトンは同時に二つの存在をなんたらと言ってたけど、とにかくもう一人の私を存在させることができる。ただし、本来ないものだから存在できる時間が極端に短い。


 それを、もしもの時に私の身代りにするために、この場所に仕掛けておいた。

 そのためには膨大な量子魔力が必要だったから、ここ一カ月ひたすら食べてはダミーをここに発現させる術を一つずつ置いていたのだ。


 そのダミーを発動させて、あたかも私がその場にいるように錯覚させる。

 私自信は、愛那がやった姿が見えなくなる量子魔法をつかって身を隠し、その間にそっと移動して愛那の背後に潜り込む。

 だがそのためには、私が入れ替わるための一瞬が必要となる。

 この一瞬を作るために、私は全力で戦ってくれている三人を犠牲にしようとしている。

 そしてこの策は、バレないように誰にも明かしていない。

 ナナミはうまく演じてくれるかもしれない、だがコナンズはこの策を聞かされて上手に振る舞うことはできないだろう。


 ごめんなさい。みんな。

 許してなんて言わない。

 代わりには私は愛那を打つ!



 江戸川くんが愛那と猛攻を繰り広げている。

 激しい。動体視力強化をしても追えないほどの剣先。

「すごい・・・・」

 男の子の魔法使いは本当に凄いんだ。

「あずさ! 射る!! 愛那の隙を見極めて!!」

「うんっ!」

 その声を合図にナナミが光る弓を目いっぱい引いて、五本のアローを同時に射った。それを続けて3回。

「うわっ、そんなに一杯!! いっぺんにできないよ!」

 隅田川くんが泣き言をいう。

「泣き言なんか聞きたくないわ! やるったら、やるっ!」

 一喝。

 だが泣き言を言うくせに、隅田川くんはそのアローを見事に反射させた。

 重ねていうが、男の子の魔法使いは本当に凄い。

 凄い処理能力だ。

 2、3発は外れそうだが、ほとんどのアローは隅田川くんが出した鏡に反射し時間差で愛那の背後に迫る。


 まず1本のアローが愛那の背中にヒットした。

「きゃ!」

 愛那が小さな悲鳴をあげる。

 だが、ダメージになっていないのは明白だ。

 しかし後ろを確認するために振り返った。


 そこだ!!!!!


 わたしはダミーを発動して、一気に地面に向かった。

 愛那はわたしの動きに気づいていない。

 ダミーは、私の代わりにちゃんとナナミの後ろにいる。私と同じポーズで立っている。


 ひとまず成功。

 地面に着地した私は、瓦礫の地を力一杯に蹴り、飛ぶように愛那の真下へと向かった。

 上空で戦う江戸川くんを見ると、二人はさらに激しい攻防を繰り広げている。

 互角・・・・ではない。少しずつ押されている。

 なぜなら、愛那の剣は一つではないからだ。

 自分が持つ剣に加えて、二本の剣が勝手に動いて戦っている。

 つまり江戸川くんは、一人で三人と戦っているのだ。

 目を凝らしてみると、江戸川くんは片手では三本の剣を受けきれないのだろう。左の剣を受けた後、瞬間的に半月刀を反対の手に持ち替えて右からくる剣を受けている。しかも柄まで使って。

 剣の切り替えしが間に合ってないんだ。

 そこまでやっても、だんだん対応が遅れている。

 もう少し耐えて、私が真下にくるまで!


「ちくしょーーー! サーマ! 剣を短くしろ! 受けきれねー!!」

 江戸川くんが叫ぶ。

 その声に、愛那がぴくんと反応した。

 まずい! あの子のあの顔は勝ちを確信したときの顔だ!

「ガキンチョ、いいこと言うわね。アタマいいじゃん」

 そういうと、愛那は自分の手に持つ剣を荒川くんに向けて力を込め始めた。

「わたし、ガキンチョは嫌いなの。じゃーね。バイバイ」

 愛那の剣が如意棒のように音もなくスッと伸びる。

 そして、何事もなかったように江戸川くんの胸に到達し、そのまま体の真ん中を貫いた。

 串刺し・・・・。

 はっ!!!

 あまりの衝撃に声が出そうになったが、私は口に手を当ててそれを無理やり飲み込んだ。

 ここで叫んだら、彼の奮闘が無駄になってしまう。


 江戸川くんの動きがぴたりと止まる。

 一瞬の静寂。

「がっ、はっ」

 咽るにも呼吸ができないのか、それ以上の声は聞こえない。

「名案は影でそっと言うものよ。お馬鹿さん」

 愛那はそのままのポーズで、さも嬉しそうに江戸川くんに嘲笑を浴びせている。

「あずねー、ななねー、すまねー。空太そうた後はたのんだ」

 聞き取れないようなかすれ声を最後に、がくっと頭をたれて透明になっていく江戸川くん。


 壮絶すぎる。

 真上に消えていく江戸川くんを見ながら、謝罪とも恐怖とも感謝とも違う不思議な思いが去来していた。

 江戸川くん、ごめん。ありがとう。

 愛那の真下に来たよ。もう終わるから。



 愛那の真下に来た私は彼女に向かって一気に飛んだ。

「隅田川くーん! わたしの腕を鉄みたい固くしてーーー!」

「えっ、あずねー、あれ?」

 姿を消す量子魔法はもう解除したから、隅田川くんには私が急に向こうに移動したように見えただろう。

 何が起きたかわからず慌てふためいている。

「早く!!!! いいから早く!!!!」

「無理だよ、これ以上は。魔法かけらない!!!」

 そりゃそうだ。いくら魔法少年のポテンシャルが高いといえ。

 敵とこっちに合わせて30以上の量子魔法を同時にかけているのだ。しかもナナミのアローを反射させる鏡を同時に5つもコントロールしているのである。

 それに量子魔法がもう尽きかけているのだろう、足元の変身が抜けかかっている。

「無理でもやってーーーーーーーーーー」

 もう叫びだ。

「ああ、もうっ! 分かったーーーーーーーーーーー!」

 空中を高速で移動しながら、私の両腕は鉄のように固くなった。

 私は愛那の下から滑り込み、その両腕で彼女の剣を上に弾き飛ばし、そして正面からがばっと抱き着いた。

 つまりゼロ距離!

 私が突然目の前に現れたように見えたのだろう。愛那は、「ど、どこから、きたのよ!」と驚いてる。

「うーちゃん、荒川くんは!」

「消えた。今ので量子魔力を使い切った」

「やっぱり。ごめん。コナンズには最後まで無理をさせちゃった」

 コナンくんたちに申し訳なくも感謝の思いを抱いている間も、愛那は私の拘束を解こうと金切声をあげて大暴れしている。

「離しなさい! 離しなさいよ!!!」

 普段の冷静冷徹な愛那からは想像もできない。

「愛那、やっと捕まえたわよ」

 だがいくら暴れるても、ガッチリおさえているので逃げられない。

 私はちゃんと師範から相手の押さえこみ方を教わっているんだ。

 身長差があるので、愛那のおとがいが私の目の高さにある。

 かんばせを上げ、愛那をきっと見据える。愛那も首をひねって後ろにいる私を見返してくる。

 震える瞼。唇を噛み締め、怒りに眉を釣り上げている。


「どうするつもりよ」

「もう分かってるんじゃないの?」

「あなたが仕掛けるんだったら、先に私がやるわよ。私の方が守りが高いんだから、ここで自爆しても私が残るわ。残念ながら私の勝ちよ」

 その言葉に私は

「ナナミ! 愛那が何か仕掛けたら私と一緒にその剣で貫いて!」

 ナナミの声はない。多分この状況に固まってるのだろう。でも、ナナミならやってくれる。

「聞いての通りよ。もし私に勝っても、あなたも終わる。何も得られない」

「くっ・・・・。でも、それはあなたも同じよ」

「いいのよ。わたしの望みは勝っても負けても叶うし、叶わないんだから」

「なに? どういうことよ!」

「最後に愛那の本当の願いをききたかった」

「絶対教えない! 死んでも絶対! あんたなんかに!」

 私と愛那はしばらくこの状態のまま固まった。たぶんそんなに長い時間じゃない。ほんの1,2秒だ。

 でも私には愛那と邂逅するだけの長い時間に思えた。

 思考加速がかかってるから? いやもう隅田川くんはいない。この瞬間のために私の全てがあったからそう思ったのかもしれない。


「ナナミ、私が動いたら量子結果を解除して」

「えっ! そんなことしたら!」

「いいの、信じて。私とうーちゃんを信じて」

 ナナミの答えはない。大丈夫だ。ナナミはちゃんとやる。わたしは信じてる。

「うーちゃん、いくよ」

「ああ」

「ちょっと、あなた何やってるの! やめなさい! やめなさい!!!!!!!」

 私は私の体と愛那の体に量子ゲートを展開し始めた。


 ・・・・


 自分の体が朦朧としていく。一緒に愛那もその朦朧とする中に解けていく。

 痛みはない。ほんわかと暖かい真綿にくるまれて行くような感覚。

 激痛じゃなくてよかった。って、こんなときでも私ってこんなこと考えるんだ。

 まるで自分で考えるかの様に、うーちゃんの気持ちが私に流れ込んでくる。

 でも言葉じゃないから想いを通して素直に話せる。

「うーちゃん、あのとき私を助けてくれたんだよね」

 実はずっと前から分かっていた。うーちゃんが私のペンダントになってから、うーちゃんの気持ちが少しずつ私に伝わるようなってきていたから。

 うーちゃんは、ずっと苦しかったみたい。

 すごく悩んでいるのが分かった。でも話をするといつもの調子ではぐらかして悪口を叩くんだ。

「ああ、助けた。そのせいでずいぶん辛い思いをさせた」

「わたし、うーちゃんが悩んでたのずっと知ってたよ」

「ああ」

「それは、私を助けたから?」

「いいや、俺が狂っていたせいで、お前を巻き込んじまった」

「うーちゃんは狂ってないよ。私、分かるんだ。それも全部含めて私たちに与えられた選択だったんだって」

「それでも、ずいぶん辛い思いさせたな」

「そんなことないよ。うーちゃんといるのは楽しかったし、私は自分で魔法少女になることを選んだんだもん」

「ちゃんと聞かせてくれ。あれからのお前の半年間はこれでよかったのか。俺が無理矢理お前を生かした。俺はお前に死んでほしくなかった、オレのエゴでお前に魔法少女の十字架を背負わせ続けた。ただいたずらに苦しみを増やした。全て俺のせいだ」

「うん、いいに決まってるじゃん」

「なんでだ?」

「わたしさ、半年間、一生懸命、本気で毎日生きたんだよ。ホントに一日一日が輝いてたんだから。もう一回生きて、こんどは一生懸命、私は生きたんだから。それってイイことじゃない。素敵じゃない」

「・・・・ありがとうよ。あずさ。俺は救われたよ」

 うーちゃんは金属の塊だから口もなければ目もない。だけどうーちゃんが感涙に震えているのがひしひしと伝わってきた。

 本当に辛かったのだと思う。その重荷を少しでも降ろすことができたのなら、私はうーちゃんに何かプレゼントできたのかもしれない。

「うーちゃん、私の考えている事分かるよね」

「ああ、ペンダントになってから、お前の考えていることが分かってた」

「やっぱり、お互い分かってたんだ」

「ははは、何で言わなかったんだろうな」

「だね」

「じゃ、うーちゃんが考えたことなんだから、私がやることも分かるよね」

「ああ、量子ゲートを使って、このブレーンの因果を収束させる」

 実は途中でうーちゃんがウソをついてたのも気付いていた。ママに会えるってウソに。

 でもうーちゃんは、何か他の方法がないか考え続けてて、一つの可能性にたどり着いたのも知っていた。

 それは成功しても失敗しても確実に私たちが消滅する方法。


「愛那の量子魔法エネルギーがあれば、この次元と存在の次元ごとつなげられるんでしょ」

「ああ、あいつの量子魔法力は魔法少女全員と、おれたちの仲間の意思の総力だ。全てに元の世界に戻る願いを持っている」

「ママは死んじゃったけど、存在してるんだよね」

「ああ、存在の次元にいる。人が死ぬとはそういうことだ」

「ママの一番の忘れ形見は私だもん。だったら、きっとママの次元とつながるよね」

「ああ、お前のお袋さんを呼び出したように」

 愛那のこの世界を消したいと願ったはずだ。たぶん。

 私の存在の次元と融合したい願いが重なれば、この次元は出口をもとめて存在の次元に収束するかもしれない。

 それは量子レベルでは普通に起こっている事らしいが、それがこの次元ごとで起こるか分からないけど。



 量子ゲートの拡大が進んでいる。それにしたがって愛那の気持ちも流れ込んできた。

 ああ、お父さんとお母さんと弟がいたんだ。

 酷い事件で一度に全員を失った。

 淋しさと怒りで満ちている。

 愛那も私と同じで、愛する人を取り戻す戦いをしていたんだ。

 莫大に犠牲を払って。


「そうか、こいつとお前は同じ力を授かったんだ。力を集める力を。お前は仲間と力を合わせることに使い、こいつは自分の力にするために使った。その未来の選択だったんだ。鏡合わせか、二人は」

「愛那、もういいよ。愛那はもう一杯頑張ったよ。もう一杯泣いたよ。私と一緒に行こう」

「やだー!! 私はこの世界を、こんな世界を消してなくすんだーーーーーーーーーー!!」

「私のママが、愛那のことをとても心配してたよ。助けてあげてって」

「わぁーーーーーーーーーーーー! やだぁーーーーーーーーー! わたしはあいつを、あのクソ野郎を許さないんだ!! 復讐するんだ!!! お母さーーん、お父さーーん!! シンジーーーー!」

 私の体も愛那の体ももうないけど、私は愛那をまるっと背中から抱いた。

 そんな思いで愛那をくるんだ。

 それがママとの約束。



 さようなら、わたし。わたしがいたステキな世界。

 悪くない世界だったよ。

 パパ、りんちゃん、まおちん、ありがとう、さよなら。


 うーちゃん・・・・


 あ・・ずさ。ありがとう。全てが・・愛おしい。ありがと・・う。最後に・・・・


 全てが光の中に消えた。

 この世界はどうなったのかは分からない。

 ママがいるという存在の次元につながったのかも。

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