願いよ届け①

 静かな一週間が過ぎた。

 魔法少女になってから、あり過ぎるほど色々あったが、今日それにケリを付ける。

 学校の授業が5時間目になると、さすがに緊張が増してきた。

 そのためか知らぬうちに無口になっていたらしい。


「あずさちゃん、なんか今日暗いね。何かあったの」

 暗いって。あいかわらずだなー、まおちんは。

 まおちんって面白い子。どこかのお嬢様みたいな顔して、男子にズケズケものを言うのが面白くて、すぐ友達になっちゃった。

 でも喧嘩腰じゃないから、それが愛嬌で。

「そっかな、いっつもこんなんじゃない?」

「確かに、物思いに耽る美少女みたいだぜ」

 りんちゃんが、椅子の背もたれに腕をかけて男言葉で話に乗かってくる。

 ショートカットの後ろ髪がふわっと広がり、切れ長の綺麗な目がこっちを見る。

 りんちゃんも中学や高校生になったら、好きな男の子が出来て、柄にもなく女の子言葉で話す日が来るんだろうな。

 想像できないなぁ。

 そんなことを思うと、ついこそばゆくて顔がほころんでしまう。

「なに思い出し笑いしてんだよ。気持ち悪いなぁ」

「うんん、なんでも」

「あたし、今日は学校終わったら用事があるんだ。急いでるから一人で走って帰るね。ごめん!!」

「何か買い物とか? それで普段と違う感じだったの?」

「んだよ、教えろ!」

「ふふふ、秘密ー」

「ブラだろ、ブラ! ブラ買いに行くんだろ!」

「りんちゃん、声がおおっきい。男子が見てる!」

 まおちん真っ赤。かわいい。

「ご想像におまかせしまーす」

「くそっ! 乳もませろ!」

 こんな普通の会話をするのは最後かもしれない。一言一言が貴重なはずなのに言葉はサラサラ流れていく。



 学校が終わって私は急いで家に帰った。

 昨日の夜にパパにお願いしていたご飯を急いで食べるのだ。

 お腹がきつくならないように、胴廻りのゆったりとしたサロペットに着替える。お腹回りは紐でおさえてるので、幾ら大きくなっても緩めればいいから大丈夫だ。

 パパが作ってくれたご飯は、お皿一杯の唐揚げと焼きそば。

 焼きそば・・・・ママがいつも作ってれた、いつもちょっと失敗してる焼きそば。

 私の大好物。


 偶然なのか、今日に限ってパパはそれを作ってくれた。

 箸を取って一口、パパの焼きそばを口にする。

「パパ、麺がゆるいよ。それにキャベツが大きい・・・・」

 でもママのと同じような味がする。

 なんか泣きそうになってきちゃう。

 その気持ちを押し込めて、一所懸命焼きそばをほおばる。

 にしても、お腹一杯食べるとは言ったけど焼きそばだけでこの量って。

 30センチくらいの大皿に崩れんばかりの山盛りになっている。

「パパのなかで私ってどんだけ大食いなんだろ」

 へへっと笑いながら、でも箸を止めない。

 ときどき味を変えるために唐揚げを食べながら、その唐揚げも全部で1キロくらいあるんじゃないのって大盛りなんだけど、それもパクパク食べる。

 太っちゃったらどうしようとか、おなか壊さないかなぁとか心配しなくてもいい。

 とにかく今日は出来るだけ量子魔法カロリーをとって置かないと。


「おい、あずさ。時間は大丈夫か?」

「うん、まだ平気。これ前みたいに消化しながら食べればもっとチャージできんじゃないの」

「いや、戦闘時間が読めねー以上、できるだけギリギリで消化したほうがいい。腹をひっこめるのはギリギリだ」

「うん、そうか。そうだね」

 カロリーが高そうな、あんまんを10個くらいチンして平らげ、おおかた食べ終わったのは40分くらいたってからだ。

 いっぱい食べるといっても普段食べている量を考えると、パパの考える「あずさのお腹一杯」はこのくらいだろうと思ったのだろう。

 まさか、この後死闘をするなんて考えてないもの。


「ふー」

 大きく息を吐き出して大きくなったお腹をぽんぽんと叩く。あ、やっぱりクセになってるなぁ。これ。

 ぎゅうぎゅうになったお腹周りの紐の結び目を解くと、紐がぴゅぅと引っ張られてお腹のサイズに落ち着いた。

 ちょっとキツかったから結び直そうっと。

 お腹をさする手の感触から、重さにして2キロくらい食べただろうか。

 自分の限界量を知るために、私はご飯を食べる前後に必ず体重計に乗ることにしていた。

 おかげで、感覚的にどのくらい食べたか分かるようになった。

 今なら5キロ以上は食べれるはずだ。吐き気を我慢したらまだまだ行けると思う。

「だいぶ食ったな。ここから見ると腹がスゲーが大丈夫か」

 うーちゃんはペンダントになって胸の上にいるので、ゆるい服を着るとお腹が見えるのだろう。

「私だって女の子なんだよ。腹とか言わないでよ」

「おお、すまねーな。いま、どのくらい目だ」

「うん、まだ半分もいってないよ。まだまだいける」

「だな。半年間、胃袋だけは鍛えからなぁ」

「体も鍛えたよ! だから食べ続けても、このくらいの体重で納まってるんじゃん!」

「おまえのやってた空手は役に立つのか?」

「わかんない。でもやらないよりマシでしょ」

 空手の師範は、私に体の鍛え方を教えてくれた。効率よく筋力をつける方法、持久力のつけかた、イメージどうりに体を動かす方法。

 ちょっと筋肉バカだったけど、お弟子さんには常に真剣な人だった。

 合気道の師範は、私に心のありかたを教えてくれた。おじいちゃん師範で、実は結構凄い人らしい。

「あずささんには殺気があります。焦らない。気にしない。とらわれない。そして平常心。動揺しない平常心を持ちなさい」

 私が焦ってガッついていた時に、師匠がそんな私を見抜いてかけてくれた言葉だ。

 その言葉が私の心に刻まれている。



「そろそろ行くか」

「うん」

 振り返り、半年間住んだ家を目に焼き付ける。

 何の変哲もない普通の一軒家。ちょっと小さい、庭も荒れ放題の小さな古びたお家。

 私を大事にしてくれたパパと暮らした小さな生活。


「行こう、うーちゃん」

「もういいのか」

「うん、大丈夫、もう準備はできてる。と言っても手ぶらだけどね」

「あはっはっは、そうだな。持っていけるのは身一つだ。ところで手ぶらって響きエロいよな。なんたって手ブラだぜ」

「もう、バカ。最後まで」

 ありがとう、不器用なうーちゃん。



 心の中でバイバイといって砂利道の先に目を向けると、私はあの場所まで走りだした。

 だけどお腹がじゃまで早く走れない。

「うう、走りにくいー」

「体鍛えてんじゃねーのかよ」

「うーちゃんは楽だよ。わたしのペンダントなんだから」

「おう、楽チンだぜ」

「体、鍛えたって、お腹がジャマなのは、どうにも、なら、ない、よっ」

 走りながらは喋りにくい。なのに今日のうーちゃんはよく喋る。

 やっぱり、そわそわして黙ってられないのかな、私に気を遣ってるのかな。

「はぁ、はあっ」

 やっぱり満腹だと早く息が切れちゃう。両手で弾むお腹を押さえて走るのも大変だし。

「がんばれー、応援してるぞー、なんで自転車にしなかったんだー」

「はっ、はっ、そう、か。その手があった、ね。気づかな、かったよ」

「おまえ、いつも走ってるから、世の中に便利な移動手段があるの忘れてたろ」

「うん。はっ、はっ。忘れてた。これから、戻って、自転車に、しよう、かな」

「もう半分以上きてるぜ、自分の愚かさに震えて悔やめ」

「もう、今日のうーちゃんは口が悪いね。は、はっ、うーちゃんの、世界の、人は、みんな、そうなの?」

「いいや、たぶん俺だけだ」

「そう、なんだ。でも、さ、そっちの、ほうが、いいよ。楽しくて」

「いいこと言うじゃねーか。お前も人の長所を見つけられるまで成長したか」

「だから、余計なことはいわなくて、いいの」

 こんなバカな話をしてるのが楽しい。

 本当に辛いこともあったけど、なんて楽しい時間だったんだろう。うーちゃんが最初に言った退屈させねーぜって本当だったよ。

 うーちゃんでよかった。



 はぁはぁ息を切らしながら例の場所につくと、ナナミが既にゲートを開いて到着していた。

「遅い! あずさといるといっつも私が待つ側!」

「ごめんごめん。お腹がジャマで早く走れなかったの」

「お腹? ああ、ご飯食べてくるんだっけ」

 ナナミが私のお腹をじっくり見ている。

「ずいぶん、大きなお腹ね」

「うん、2キロくらい食べてきた」

「ええ、そんなに! そのうえ食べんの?」

「うん、まだまだ食べれるよ」

「あんた、すごいわね」

「そお? 毎日無理して食べてたらこのくらい普通になるよ」

「ならないわよ。それに無理してたべないわよ。普通」

「まぁ、今日のために鍛えてきたからね」

 お腹をぽんぽんと叩いて自慢してやる。

 ナナミは興味津々だ。何? そんなに大食いしたお腹が珍しいのかな?

 ナナミがさっきまで座っていた大きな石の腰掛けて、コナン三兄弟が来るのを待つ。

 その間に、ナナミが持ってきてくれたお弁当をひたすら食べようっと。

「言われたから、いろんなお弁当を10個買ってきたけど・・・・」

「ありがとう、さすがナナミは気がきくなぁ。同じお弁当だったら食べ飽きるところだったよ」

 言いながら一つ目のお弁当の包みを開ける。


「あっ、のり弁だ! わたしさ、この白身魚のフライ好きなんだよね」

「そうね、確かにサクサクしてておいしいわよね」

「ねっ、いただきまーす」

 一口分をがっぱり箸にとって、大きな口でかぷりと食らいつく。

「あんた、一口が大きいわねー」

「ひっくりひた?」

「え?」

「びっくりした?」

「ええ、なんかこんなのテレビで観たわ」

「あたひもさ、もほもほたへるほうらったけど、ほんなになるほわおもわなはったよ」

「・・・・ああ、結構食べる方だったのね」

「うん、いっつも食べ足りなくて我慢してたもん」

「まぁ、わたしも、おなか一杯食べたいなとはいつも思うけどね」

「ナナミもかぁ。だよね~」

「たしかにね」

「ほい、一コ完食」

「早っ、いつ食べたの!」

「こいつ、マジシャンみてーだろ。気づいたら飯が消えてんだよ。おれは密かにプリンセス天功と呼んでる」

「呼んでないじゃん。一度も!」

 言いながら二個目のお弁当を、ペリペリ開ける。


「いっつも出まかせばっかりなんだよ。うーちゃんは。あ、何これすき焼き? 焼肉弁当?」

「ええ、一応バランスを考えてね」

「食えるだけ食うんだから、バランスもなにもねぇだろ」

「わたし焼肉大好き! おいしいものは脂肪と糖で出来てるからね」

「女の敵よ、それ」

「でもナナミも好きでしょ」

「好き」

「ナナミはさ、食べないからおっきくなんないんだよ。身長も胸もさ」

「胸は余計よ!」

「ほんと食べないと、そのまま大人になっちゃうよ」

「両親ともちっさいのよ! ウチは。それにこのまま大きくなるわけないじゃない!」

「分かんないよ。でもいつまでも小学生のナナミもかわいいけどね」

「わたしの方が年上よ!」

「はい、二個目、完食」

「・・・・」

 どうしたんだろう。ナナミが空になったお弁当パックをじっと見てる。


「どうしたの? ナナミも食べる? お腹すいたんでしょ」

「空いてないわよ! よく食べ続けられなと思ったのよ!」

「なに怒ってんの?」

「怒ってない!」

「そお?」

 三個目のお弁当を開ける。


「おー、天ぷらだぁ。てんぷら好きー! さつまいも天ぷらっておいしいよねー」

「あんたなんでも好きねー」

「あはは、そうだね。なんでも好きかも」

「結局なんでもいいんじゃない。どのお弁当にするのか、すごい悩んで損したわ」

「そうなんだ。ありがとうナナミ」

 にっこり微笑んで、ナナミの目を覗き込むとナナミは照れたようにうつむいた。

 その姿をみてるとやっぱり最後に聞きたくなる。あのことが。

「ナナミはさー、結局何をお願いしたの?」

「魔法少女のこと?」

「うん」

「・・・・」

「教えてよ」

「私は・・・・親友が欲しいってお願いしたわ」

「うん?」

「ずっと私、小さいころから世界で一人ぼっちだと思ってた。ウチは共働きで土日もウチにいなくて仲も悪くて。わたしは人と話すが苦手だから友達がいなくて」

「そお? ぜんぜん苦手じゃないのに」

「ううん、仲良くしようとすると舞い上がっちゃう。話すとドキドキして変な事を言っちゃう」

「まぁ、ちょっと上からだけどねー」

「そうよね」

「でも、ナナミらしくてかわいいじゃん」

「え、かわいい?」

「うん、ナナミがペコペコしてたら気持ち悪いよ」

「・・・・」

「わたしは今のナナミが大好きだよ」

 そのままナナミは、またうつむいてしまった。

 ナナミの手がそっと私の腿にかかかり、その柔らかな手から温もりが伝わってくる。


「魔法少女の戦いに負けているから私の願いは叶っていないはずなの。なのに私の前には私の願いがある。魔法少女なんかならなくても、願いは叶ってたんだ」

「ナナミ・・・・」

「もしかしたら友達、一杯いたのかもしれない。ただ友達とか親友ってものがどんなものか分からなかっただけなのかも知れない」

 メーテルリンクの青い鳥という話があるが、まさにそれだ。

「全部、私の中にあった」

 いま目の前にいる親友が愛おしくて涙が出てきた。

「バカ、泣くのは私よ」

「だって」

「次の、食べなさいよ。それはシューマイ弁当よ」

「崎陽軒? ナナミどこで買ってきたの」

「あなたのために歩き回ったのよ」

「へへ、ありがとう」

 ツンデレのナナミ。私の大切な親友。



 そうして七個、八個と食べていくが、コナン三兄弟はなかなか来ない。

「あずさ、おなか大丈夫なの? すごいことになってるわよ」

「そりゃ・・そうよ。こんなに食べんの初めてだもん」

 もうお腹どころか背中も脇も膨らむにいいだけ膨らんでる。肘が当たるくらい。

 体重37キロの私にとって、お弁当八個は相当な重量だ。

「もうやめなよ。戦う前に倒れちゃうよ」

「うんん、まだいけるよ。うーちゃん、いまどのくらいチャージされてるの」

 小刻みに息をしないとキツイ。その息も胸でしないとできない。

「14,000くらいだ」

「14,000ってなに?」

「カロリーのことだよ。ご飯の」

「えっ! 凄くないそれって、普通一日2,000くらいって」

「さずがナナミよく知ってるね。さてはいつも気にしてんな」

 ふーふー言いながら話すと、呼吸に合わせてお腹が大きく動くのが自分でも見える。

 凄い。自分史上最大サイズだ。服がツンツンになっている。

「それより、苦しそうじゃん。もうやめようよ」

「ううん、16,000はいきたいんだよね。それにコナンくんが来るまで時間もあるし」

「そのまえに死んじゃうよ!」

「人間、簡単に死なないって。体験者が言うんだから間違いないって」

「でも・・・・。もうっ、コナンズは何してんよ」

 そんな話をしていると、ミーがナナミの首元からひょいと出てきた。

「左奥の空間に何か起こってます。重力波です。ゲート開きます」

「お、きたかコナン三兄弟」

 うーちゃんが、待ってましたと声を張り上げる。

「もう一つ開きます。ちがうスピンです」

「!」

「まさか!!!」

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