決戦前夜

 さすがに最近肥えてきた。自分のシルエットが子狸っぽい。

 ここ一ヶ月の私の夕食は凄い。

 それまでも結構食べていたけど、さらに量を増やしたのには訳があった。

 最終決戦に向けて、一つ仕込んでおきたいことがあったのだ。

 それには大量の量子魔法がいる。ということは大量の食事がいる。あいもかわらず私は悲しき大食い魔法少女なのさ。


 食べるのは私だけど作るのはパパだ。

 てことは、この仕込にはパパの協力がいるのだけど、まさか「最終決戦ですから」とは言えないので、ちょっと限界に挑戦したくなったと言ってご飯の量を増やしてもらった。

 パパは、もう十分凄いだろと言いつつも、「限界に挑戦」という言葉に目を輝かせていた。


 普通の大人になっちゃったパパだけど、こういう無鉄砲なところは一年前と変わんない。

 人の本質なんてそう変わるもんじゃないんだなぁ。

 「限界に挑戦」は、パパにとって魔法の言葉で、私はどうしても何かお願いしたいときは、時々この魔法を使ってた。

 おかげでウチにはジェンガが10個もあった。それとレーザー水平器も。


 そうそう、昨日の夕食はこんな感じでした。

 大バットにグラタン、メンチカツとコロッケ十個、パパお手製のエビチリ。まさかパパがエビチリを作る日が来るとは思わなかった。すごいよ!

 でもグラタンとエビチリは国が随分違うんだよパパ。

 こういう組み合わせの妙が雑なのが男の人なんだよな。

 それと、どんぶりでご飯。日本に帰ってきました。

 あとミネストローネでした。

 私はどこの国の人でしょう?



 今日は久しぶりに四人を集めて作戦会議だ。

 葛西臨海公園の緑は生い茂り、気持ちのいい空の下、木々は日の光を全身に浴びて生命を謳歌している。

 観覧車が呑気に回ってる。

 平和だなぁ~。


 私達は五人は、芝生に腰を下ろして、膝を抱えて車座に座った。

 私の横にいるのはナナミと江戸川コナンくん。

 江戸川くんが、私の品定めするようにみて「なんかあずねー」と言い始めたので、先手を封じるために梅干しの刑に処してやった。

「言いたい事は分かってるって、あんたの相手は後でしてあげるから」

 まず大事な話からしたい。

「いい、作戦はこうよ」

 私の真剣な雰囲気が伝わったのだろう。皆の目つきが変わる。

 ぐっと身を乗り出して次の言葉に耳を傾け始めた。

「必ず五人で行動すること。一人になったら絶対勝てない」

 無言でうんと頷く一同。

「まずナナミは量子結果を張って。相手が量子結果を張っててもその上から張って。あの子はいつ結界を解除するかわからないから」

「ええ」

「荒川くんは先頭に立って、私たちは荒川くんの後ろに一列に並ぶの。あの子は強力な攻撃魔法を使うから、それを荒川くんのが防御しながら、できるだけ近づくの」

「おっけー」

「それは長蛇の陣ですね」

 ミーが意外な薀蓄をひけらかす。

「隅田川くんは、敵の動きを止めるとか、攻撃が外れやすくなるとか、私たちの防御が上がるとかその手の量子魔法を片っ端からかけ続けて」

「うん」

「ある程度の距離まで近づいたら、ナナミはフォトンアローを撃ってゴスロリの注意をそらすの。その間を縫って私はゴスロリの背後に回る」

「でもアローは正面にしか撃てないわよ」

「うーん、じゃーさ、反射衛星砲を使おうよ」

「反射衛生法? どんな法?」

「ちがうよ、宇宙戦艦ヤマトとか見なかったの? シュルツが使ってたじゃん」

「あなた、相変わらずアニメに詳しいわね」

「こいつ、動いてるか、食ってるか、アニメ見てるかしか、してねーからよ」

「うーちゃん! それじゃ私がダメ人間みたいじゃない!」

 その言葉が気に入ったのか、コナン三兄弟が「ダメ人間~」「あずねーダメ人間」と歌いながら楽しげに踊り狂る。

「ほら、うーちゃんのせいでコナンズのスイッチが入っちゃったじゃない。ダメ人間って大槻ケンヂかっての!」

「コナンくんは放っておきましょ。その反射なんとかってどうするのよ? あずさ」

「うん、ナナミが撃ったフォトンアローを鏡で反射させて敵に当てるのよ。フォトンアローって撃ったら虹が見えるって言ってたじゃん。だったら鏡に反射するんじゃない」

「あ、反射すると思う! あずさ頭いい!」

「へへー」

「じゃ、隅田川くんが鏡を動かしてくれたらそこに向かって私はアローを射るわ。そしたら、いろんな角度から敵を狙えるわよ。隅田川くんできる?」

「簡単・・・・」

 隅田川くんが無口ながらも、鼻高々に答える。本当に大丈夫って思うけど任せるしかない。


「オレはどうするの? あずねー」

「江戸川くんは私と一緒に、ゴスロリに近づくまでお休みよ」

「えー、なんでだよ」

「だって二人がかりじゃないと勝てないもん」

「ちぇ! 出番なしかよ」

「ゴスロリに近づいたら、私が敵の後ろに回り込めるように、江戸川くんが何とかして」

「よっし!」

「海水浴場で会った愛美って子みたいに、防御力が高かったらどうするの?」

 心配性のナナミの質問には、アルタが冷静に答える。


「量子魔法による防御は、運動エネルギーを電磁力に転換して反力としている、ゆっくり近づけは何の抵抗もなく防壁の中に入り込める」

「???」

 私も含めて全員が全く分からないご様子。はてなマークが頭に浮かぶとはこの事だ。

 それを見て、うーちゃんが助け船を出してくれた。

「『デューン砂の惑星』っ映画があったろ。カイル・マクラクランが出てたやつ。あんなかにあった四角いシールドみてーなもんだ」

「ああ、あれ!」

 手をポンと叩いて納得だ。さすがうーちゃん、例えが超分かりやすい!

 対して二個目のはてなを重ねる他四名。

「???」

「あ、あれ? 分かったの私だけ?」

「より一層分からなかったわ。コナン三兄弟なんてハトみたな顔になってるわよ」

 たしかに目が点になって、パチクリしてる。

「うーちゃん、うーちゃんの例えが悪いんだよ。もっと初心者に分かるように言わないと」

「いやぁ、世の小学生が全員おまえ並の知識を持ってる前提だったぜ。すまねぇ。すまねぇ」

「それじゃ私が特殊みたいじゃない!」

「いや、じゃないじゃなくて特殊だろ。ありゃSFファンでも酷評だぜ。知ってる方が不思議だわ」

「そんなことないよ。サンドワームの表現は秀逸だったよ。そんなこと言ったらうーちゃんだって『バトルフィールドアース』見て喜んでたくせに」

「あれはラズベリーな魅力があんだよ」

「トラボルタをバカにするなぁ!」

「あいつは747持ってんだぞ。庶民の敵だ!」

「あのー、お二人さん。作戦の方は・・・・」

「はい! 続けます!」

 いやん、うーちゃんと声が揃っちゃった。


「アンタたち、仲がいいんだか悪いんだか」

「あずねー達は、時々、分かんないコト言うけど面白いよね」

「人を面白い扱いすんなー」

 また、うーちゃんと声が揃っちゃう。

「はい、続き続き」

 ナナミがため息交じりにパンパンと手を叩いて話を戻そうとしてくれる。

 じゃ、そろそろ元の話を戻しましょうか。

「どこまで話したっけ」

「トラボルタだろ」

「違うわよ!」

「量子魔法の防御の話だろ。うーちゃん」

 あら珍しい。荒川くんが話を戻そうとしてくれるなんて。さすがに見かねたか。

 大丈夫だよ。うーちゃんは、ちょっと緊張をほぐそうと脱線しただけなんだよ。

 うーちゃんは意外に気配りさんだって、皆に教えてあげようかな。

 でも、そういうのキライだから嫌がるだろうな。


「ありがとう、荒川くん。もし防御が凄かったら、寝技に入いっちゃえばいいんだと思うよ」

「おれ、寝技なんかできないぞ」

 江戸川くんが不安を口にする。

 彼は剣術専門だ。半月刀を持たせたら右に出るものはいないが、逆に言うとそれ以外はてんでダメ。

「大丈夫、それは私がやるよ。こう見えても空手とかやってるんだから」

「寝技は柔道ですよ。あずささん」

「ミー・・・・」

 なんでこの子達は生真面目なんだろう。うーちゃんはこんなにふざけてるのに。同じマスコットとは思えないよ。

「とにかく私が敵の背後に入れるかが勝負の分かれ目よ。秘策があるけどチャンスは一度きりだと思う。逃げることはできないと思って。あとはやってみないと分からない」

「うん」

 一同が大きく頷く。


「いつ、やんの?」

「そこがまだ決まってないんだ。場所はもう決まってるんだけど」

「どこ?」

「例の場所。あそこじゃなきゃダメだから」

「なんで?」

「あそこがママとの最後の場所だから、もし何とかなるならあそこしかないと思って」

「そうね」

「コナンズはいつがいいと思う?」

 まっとうな答えは返ってこないと思いつつ三人に聞いてみる。

「金曜の夕方はどう?」

「なんで?」

「金曜なら敵も学校に行ってるから準備できないだろ。オレらの方が学校早く終わるからさ」


「・・・・コナンズのくせに、まっとーなことを」

「ひで、女子はいっつもそうやって」

「でも、確かに相手に準備をさせないのはいい手ね」

「だろ」

「うん、じゃ今週の金曜日にやろう」

「学校が終わったら、四人ともすぐに量子ゲートを作って御宿まで来て」

「量子ゲートを作るの? う、うん。そうじゃないと間に合わないもんね」

躊躇うのは分かる。総力戦なのに大量の量子魔法を使うからだ。でもそれより時間が惜しい。


「あ、ナナミ! それからさ・・・・」

「何?どうしたの?」

 最近、小狸だから恥ずかしいけど、頼むしかない。

「あとさー、ナナミさー。ご飯をね、一杯持って来てくんない」

「え? なんで?」

「へへへー、言いにくいんだけ、私の量子魔法力ってご飯が元なんだよね」

「なにそれ? その面白い設定。初めて聞いた」

「だから一杯食べなきゃ、いっぱい魔法使えないんだ」

「あー、それでアナタ、戦う度にブクブク太ってたのね。海のときも!」

「ブクブクって・・・・失礼だなぁ。まぁ合ってるけど」

「そーかぁ、それでデブだったんだ」

「そーかぁ、それで今日もデブなんだ」

「最近変身してないのに何でデブ・・・・」

「デブっていうな!!」

 一度は太った仲間としてナナミは許せても、コナンズは許せん!

 三人の頭に鉄拳制裁。

「いてっ! んだよ!」

「それはあんた達が悪いわ」

 でしょ言い方ってもんがあるでしょ。言うに事欠いてデブか!!

 ナナミもしょうがないという顔をしてる。私も好き好んで食べてたわけじゃない。今日までムリして一所懸命食べてたのは、胃を大きくしとかなきゃダメだったからなのだ。

 うーちゃんのせいで、私は食べないと魔法が切れちゃう。

 それこそパンク寸前まで食べてから勝負に臨みたい。


「どのくらい、もってくればいいの」

「うーんと、私も食べてから来るから、お弁当で10個くらいでいいかな」

「え、みんなの分?」

「ちがうよ、私が食べんだよ」

「ええっ、ムリでしょ!」

「たぶん食べちゃうよ。限界まで食べるつもりだから」

「本当? まぁ持って来いっていうなら持っていくけど、あなたこれ以上太っちゃっていいの」

「うん、いいんだ。もうこれで終わりだもん」

「まぁ、あずさがいいって言うならいいけど」


「じゃ金曜に」ということで私達は別れた。いよいよママを取り戻す。そのためならどんなことでもやる。

 賽は投げられた。

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