わたしに気づいて

 翌日から少しずつ退院に向けた治療が始まった。

 初めに足から。次に顔、そして腕と日に日に包帯が取れていく、

 全身のあちこちが骨折してたので、固定の必要があったそうだ。


 あと背中や腕にやけども。

 腕には他にも大きな切り傷の痕があった、左腕の外側にすぱっと切ったような15センチくらいの傷。

 赤い肉が盛り上がって傷はふさがってきているが見るからに痛々しい。


 顔は・・・・顔は大丈夫だった!

 手鏡を覗くと、かさぶたが残っており顔の色が斑になっていた。

 その面貌に少々ショックを受けたが、これは時間とともに消えるらしい。

 鼻と顎の骨折も綺麗に治っている。

 よかった。


 パパも顔に大きな傷が残らなくてよかったと、すごく喜んでくれた。

 よほどうれしかったのか、杖をついて歩く私を膝をついて捕まえて、優しくギュっと抱きしめてくれた。

 杖・・・・

 杖?

 なにか引っかかる。

 まぁいいや。何十日も寝たきりだったから足がすっかり弱っちゃって、フラフラして歩けないのだ。

 お医者さんは、「歩けるようになるにはリハビリをしなきゃいけない」と言っていたが、看護師さんが「あずさちゃんは、子供だから足の筋肉がつくよ。そしたらすぐ走れるようになるから」とさりげにフォローをしてくれた。

 走るってことも何か引っかかる。私、すごく走ってた気がする。


 パパは、このリハビリが終わる頃には怪我も治ってるから、そしたら一緒に家に帰ろうと言ってくれた。

 家って、何処のことを言ってるのだろう。

「パパ、今どこに住んでるの?」

 元々ウチがあった場所は立ち入り禁止になっている。なにせ事故の原因が分からない。救助が終わったらハイお終いとなる筈もなかった。

「いまは近くにアパートを借りてるよ」

「どこに?」

「病院近くだけど、あずさが帰ってきたら東京の足立区に引っ越そうと思ってるんだ。従妹のひいちゃんが住んでるだろ」

「ひいちゃん・・・・足立区・・・・ひいちゃん」


「!!!」

 思い出した! 何で忘れてたんだろう。うーちゃん。うーちゃんはどうしたんだろう!

 足立区に作った量子ゲートは、ナナミやコナン三兄弟は!

 もうひと月以上も経ってるけど無事なの?!

「あずさ、あずさっ、どうした! 急に深刻な顔をして」

「えっ! ううん、なんでもない」

「なんか怖いことを思い出しちゃったかい?」

「大丈夫! ひいちゃん久しぶりだから私の事覚えてるかなって」

「大丈夫だよ、最近はアレだけど、小さい頃しょっちゅう遊びにいってただろ」

「そうだよね」

 適当な言葉を言いながら、頭の中では別の事を考えていた。

 どうやったらみんなの事が分かるのか、どうしたら私の無事を知らせられるのかと。


 ・・・・


 その日は夜まで、仲間に連絡する方法を考えていた。

 一番連絡が取れそうなナナミですら、携帯を無くしてしまって連絡が取れない。

 コナン三兄弟に至っては住んでいる場所さえ分からなかった。

 いつも、うーちゃん達が連絡しあっていたから。

 何とかうーちゃんと連絡が取れればいいんだけど。どうやって。そもそも無事なのかも。

 うーちゃんに、私の居場所を知らせる方法。

 方法、方法・・・・


「もしかして」


 一つの方法が浮かんだ。うーちゃんは魔法少女が変身したら重力波が出るといってた。どんなものか分からないけど、うーちゃんはそれで敵を探してたっけ。

 もし私がここで変身したら、その重力波っていうのが出てうーちゃんに分かるかもしれない。

 でも、敵の場所を知るための方法ってことは、あのゴスロリ少女にも私の居場所をバラすことになっちゃう。

 でも一瞬だったら。

 それに必ず私だって分かるとは限らないし。もし、うーちゃんが私を探していれば、反応のある所にはきっと来てくれる。

「イチかバチか、やってみよう」

 ・

 ・

 ・

 夜中に皆が寝静まるのを待ってそっと病室を抜け出す。

 巡回している看護師さんとか警備の人に見つからないように、そーっと。

 屋上に出て一瞬だけ変身するんだ。そのために昼間に売店からパンを一つ買ってきておいた。

 暗い階段を一人上り、屋上に繋がる扉の前に立つ。

 扉は重厚だが、幸い内カギなのでロックを捻るだけで簡単に開けることができた。

 扉を開けると、びょうと強い風が吹き込んできた。

「さむっ!」

 そうだあの事件のときは紅葉が綺麗な秋だったんだ。それがもうこんなに寒くなってる。



 ピンクの柄の七分丈パジャマが風にはためく。

 久しぶりに見る、眼前に広がる空いっぱいの景色。今日はきれいな晴れ空だ。だが御宿とは違って街明かりが明るくて星はほとんど見えない。

「ちょっと目立っちゃうかな? 変身の光。でも物陰に隠れて変身すればきっと大丈夫だよね」

 あの給水塔がいいかな。

 私は屋上の角にある給水塔に狙いを定めると、ビニール袋に入ったパンを右手に握りしめた。

 一歩、二歩と小走りに駆け出す。

 思ったように足が前に出ない。

「はぁはぁっはぁ」

 心臓が、バクバクいっている。

 ちょっと走っただけなのに息が切れる。

 なんて弱い体・・・・。

 それでも、もつれる足と戦いながら、何とか給水塔の陰までたどり着いた。


 すぐパンを食べたいが息が落ち着かないと食べられない。

 よほど手に力を込めていたのだろう。ぎゅっと握られたパンがシワシワだ。

「不味そう・・・・」

 それが妙に滑稽だ。


 街明かりで明るいのでパンの袋を開けるのは容易だ。ばりっと袋をあけてパンをかじる。

 焼そばパン。

 焼そば私の好物だった。

 よくママがお昼に作ってくれた焼きそば。いっつもちょっと失敗してるんだ。

 ふっとそれを思い出してしまった。

 岩の隙間から清水が染み出すように、じわっと懐かしさとも寂しさとも言えぬ感傷が胸のあたりから湧き出てきた。そして自然と涙がこぼれ落ちる。泣くまいと我慢しても口がプルプル震えて抑えられない。

 ダメだ、いまは思い出したくない!! ここで泣き崩れちゃだめだ。


 振り切るように、焼きそばパンを無理やり口に突っ込む。

「うえっふっ! ごほっごほっ!」

 あまりに一気に詰め込んだので飲み込み切れず、むせかえってしまった。

 焦るな、ワタシ。


 胸をドンドンと叩いてやっとの思いでそれを飲み込み、また間髪入れずに口一杯に頬張る。

 涙の味の焼きそばパンは、なかなか喉を通らないが、それでも無理矢理、全部を食べきった。

 ちょっと汚いが手の甲で口を拭って、心の準備を整える。

 そして大きく息を吸った。


「よし、いこう」


 まだ喉に残る違和感を従えてて、私は空を抱え込むように手足を大の字に開いた。

 こんなに気合をいれて変身しようと思ったことなんてない。いつも「しょうがないなぁ」、なんて気持ちでちょろっとVサインをして変身していた。

 こんなことになるなんて思ってなかったから。

 でも今は違う。

 変身できるかも分からないんだ、お願い変身してっ!


 ゆっくり目をつむって意識を集中する。あのコスチュームを思い出して例のVサインをする。そして大きな声で初めて叫んだ。

「変身!!!」

 光は! 変身の光の粒は!

 風のゴーと鳴る音。バタバタと暴れるパジャマ。

 すっかり長くなった髪が顔にびちびち当たって痛い。両手を広げているから突風に負けそうだ。


 その強風が、一瞬ぴたりと止んで静寂が訪れた。

 さっきまで大暴れしていたパジャマがへなりと私の体にその重さをあずける。


 そのパジャマと体の隙間から、光が!!

 一つ、二つ・・・・次第にその数は増えて行き数えきれない量となり、光量を増して体の周りを駆け巡る。


「来た!!」

 その光の奔流に身をあずけて、私は手を広げたままくるっと一回転した。

 なんかそうしたかったのだ。

そして懐かしいチリチリとまばゆさが頂点に達した時、変身が完了したことがハッキリと分かった。

 目を開けて腕や足を確認する。なつかしい姿。なつかしい肌触り。


「やった!!」

「まだ変身でき・・・・あっっ!」


 だがそんな感傷に浸る間もなく、全身の力が一気に抜けて私はがくっとその場に膝をついてしまった。

 そして強い吐き気。

「うっ!」

 だめだ、込み上げてきた!

 私はがまんできず、せっかく食べたパンをその場に全部吐いてしまった。


「きつい・・・・なぁ。こんなに力を使うんだ変身って。全然しらなかった」


 久しぶりの変身で体が拒絶反応を起こしたのか、まるで一気に何かの力を奪われた感じだ。とにかくヘトヘトで立ち上がるのですら辛い。

 震える足に力を入れて、やっと立ち上がると、


「あ、あれ? 変身が解けていく。力がないから続かないんだ」


 やばい、このままじゃ終わっちゃう! この時間に出来ることをしなきゃ!

『うーちゃん、気づいて、私はココにいるから、うーちゃん!』

 手を組んで、一心に祈っているうちに、けなしの力を使った変身はすっかり消えうせてしまった。

 後にはキラキラ光る銀色の粒子だけが残り風にまさぎれて散っていく。

 私は、近くの壁に手をついてその粒子を目で追った。

 うーちゃん・・・


 疲れ切った体を引きずって、とぼとぼ病室に戻る。

 すっかり体が冷えてしまった。気づけばガクガクと震えるほどに体温を失っている自分がいた。

 そんな姿を看護師に見つかってしまい、小言を言われながら部屋に戻った。

 そして暖かいベッドに潜り込むと、私はあっというまに寝りに落ちてしまった。

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