白い天井
天井。白い天井・・・
ここは・・・
視線を横に移すと目の底に痛みが走るほどの眩しさ。
その光を遮ろうと手をかざそうとするが、腕に力をいれた瞬間、激痛が全身を襲う。
「っ!」
体が動かない。
痛みに耐えて体の感覚に意識を合わせると、なにかふわりと柔らかく暖かなモノに包まれているのが分かる。
『どこ? ここは』
次第にはっきりする意識とともに、目が明るさに慣れてくる。
窓の光。
ここはベッド・・・・
横にある小ぶりな引き出しのある机・・・・
そして鼻の感覚が戻ってくる。クレベリンの臭い。
『ああ、私病院にいるんだ』
窓側に頭を少し向けている状態なので、天井と窓しか見えない。
部屋全体が見たい。
なんとか動かない体に鞭うって首を逆側に向ける。
さわっという衣擦れの音が静かな部屋に消えていく。
「いっっつ!」
刃物で切られるような、刺されるような痛みだ。
その痛みに一瞬目を閉じるが、またそぅと目をあけて世界を見る。
ちょっと向こうに扉。その手前の空間には丸椅子が一つ。そしてベッドの近くにうなだれて腰かけた男の人。
『・・・・パパの頭だ』
がっくり首を落としてるから顔は見えない。
両肘を腿について寝ているようにみえる。
起こしたい。声をかけたい。
そう思い声を出そうとして始めて自分の顔に包帯を巻きついていることに気付いた。
たぶん目だけ出ている状態だろう。そして鼻からチューブが刺さっていることにも。
『何? なんで私・・・・』
だんだん記憶が戻ってきた。
そうだあの日、家に戻ってから・・・・あっという間の出来事だった。
白い光が見えて、私、物陰に隠れて、そして。
そうだ! ママは! ウチは!!
パパは!
パパに聞かなきゃ!
「パパ!!」
そう叫んだつもりだったが、出た声は「うう」としかならない。
それでも、「うう」と呼び続ける。
その声を聞いてがパパはぴくっと動いて目を覚ました。
垂れていた頭をもたげ、私の方をみると、すぐに私が目を覚ましたのに気付いたのだろう、「あずさ!」と大きな声で叫んでベッドに手をついて私の顔の前に飛びついた。
その手を突いた震動のせいで、また体に電撃が走る。その痛みに目をしかめて「うっ」という声が出た。
パパは私の痛みに気付かず、「あずさ!気が付いたか!」と叫んでいる。
お願いだから揺らさないで! 痛いの!!
パパは私が喋れないことに気付くと、落ち着きを取り戻したのかナースコールをかけた。
パパはベッドから手を外して、少し遠くから私を見ている。
パパの顔。すごく老けたように見える。
頭もボサボサ、ヒゲも伸び放題。こんなに疲れた顔してたかな。なんか10年後の景色をみているようだ。
ほどなくして、お医者さんが看護師が連れて病室に入ってきた。
私は、そのお医者さんからいくつかの話をきかされた。
大災害があってキミが助けられたこと。
家の下敷きになって大けがをしていること。
もう何十日も昏睡状態だったこと。
呼吸が止まっていて、みんなとても心配したこと。
でも意識が戻ってよかった。お父さんが付きっ切りで看病してくれたんだよと。そのパパは無言で涙ぐんでいた。
体中痛いのにあちこち診られたり質問されたりもした。
動かない体なのに、わずかに動かして答えるのさえも辛い。
そして、ひとしきりやることをやったらお医者さんは部屋を出て行った。
またパパと二人になる。どうやらここは個部屋らしい。
なんとか声を出して聞くんだ。ママはどうしたか。
息を吸って喉に力を込める。
それだけ、たったそれだけのことが辛い。
「あ・・・・わ・・まぁ、ま、わぁ」
「え!?」
「マぁ・・マぁ、はぁ?」
「ママ?」
首を小さく立てに振る。
パパはそのまま止まって沈黙した。目があちこちに動いている。
「ママは別の病院にいるよ」
ウソだ。誰が聞いてもわかるウソ。
「う・・ほ、う・・そ」
「ウソじゃ」
そこまで言ってパパは私の目をじっと見つめた。覇気のない目の色。元気だけが取り柄な子供みたいな父だったのに。
居た堪れない沈黙が続く。
「・・・・ウソだよ。ごめんな。あずさ」
パパは自分に語るように、とつとつと事故の事を話し始めた。
「パパは会社で聞いたんだ。ウチの近くで大事故があったって」
「原因はわからないけど、ウチを中心に大爆発があって、まわりの畑もみんな丸ごとなくなったんだ」
「急いで帰ろうとしたけど、大騒ぎになっててウチについたのは夜中だった。そしたらレスキューの人に生存者がいるって教えてもらって急いで病院に来たんだ」
「ママがあずさにくれたネックレスがあったろ。あれの名前のおかげであずさに会えた。ママがあずさを守ってくれた」
泣いている。パパが泣いてる。
「ママは・・・まだ探しているけど、どの病院にもいないっていわれたよ。どこかに下敷きになってないか確認してもらってる。でもウチの被害が一番ひどくて、もう跡形も・・・」
それ以上、パパはもう話せなくなった。パパの目にじわっと涙が浮かんでいる。鼻がひくひくしている。泣くまいと我慢しているパパ。
辛い。
もういいよ。これ以上話さなくても。
あのゴスロリ少女が投げた芥子粒みたいな光の粒がこんなになるなんて。
悪いのはあの子だ。でも最後に言ってた言葉が思い出される。
「これはあなたが決めたこと」
私があそこで逃げなければ、素直に負けていたら、ママは死ぬことはなかった。その呵責が砂浜によせては返す波のように私を襲う。
『ママ・・。ごめんなさい』
涙がぽろぽろとこぼれては、顔に巻かれた包帯を濡らして行く。
夜のとばりが落ちて行く。
嘆き疲れたのであろうか、はたまた久しく忘れていた安堵のためから、パパがうつらうつらとしている。
私は、どこで間違ったのかもわからず、いうことを聞かない体と気持ちの間で翻弄されている。
薄暗い部屋の中で。
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