セレブの館にようこそ②
「最近メールが返ってこないなぁ」
この前まで即レスだったナナミから、なかなかメールが返ってこない。
「なんか私、したかなぁ」
心当たりはない。いや全くないといったらウソになるのだが、そんなの普通の会話の突っつきあいみたいなもので、お互いに気にするなんてことはない話だ。
「お家で何かあったかな。今週末会ったら聞いてみようっと」
・・・・
週末。例の索敵活動のためナナミと会うと、ナナミの雰囲気がちょっと変わったことに気付いた。
何というか、テンションが高いというか、上ずってるというか。
とにかく、いつものナナミと違うのだ。
どうしたんだろう。
「ねえナナミ、なんかあった? 最近」
「何にもないわよ」
なんて口ではいっているが、微妙に口角が上がっている。
やっぱり変。
「なんかいつもよりテンション高いじゃん」
「なによ、いつも私が暗いみたいな言い方」
「暗くはないけどさ、いつもはもっとクールじゃん。それとちょっと丸くなったかなって」
「丸く? 私、あずさに何か優しくしたっけ?」
「じゃなくて、顔」
「顔?」
なんかよく分かってないみたいだから、ちょっと現実を見せてあげよう。
おあつらえ向きに、近くのショーウインドの姿見がある。
「ナナミ、ちょっといい」
どうしたの? と戸惑うナナミの手を引っ張って鏡の前に体を当てさせてみた。
「どう」
じーと鏡をみていたナナミが、自分の顔をぴたぴたと触っている。
あっ、表情が変わった。
「ほら? なんか顔、丸くなってない?」
普段、ぷくぷくしてるとバカにしている相手から太ったと言わるのは、屈辱以外の何物でもないのだろう。
「アンタには関係ないわよ!」
「ごめんごめん、ちょっとだけだよ。そうかなって思ったから言っただけだから。ナナミはもともと細いから全然気にならないって」
「なんでアンタに言われなきゃならないの!」
「だって友達だし、いつも私達にそんな話してたからさ」
友達。
その言葉にナナミは過激に反応した。
目つきが急に冷たく、いやこれは残忍と言ってもいいだろう。別人のような眼光で私を睨んでいる。
「友達・・・・。もうアナタとは一緒に戦わない! 私は帰る!!」
「ナナミ急にどうしたの? 私なんか怒るようなこと言ったかな。友達だって」
「あっちへ行け!!」
腹の底から叫ぶようにその言葉を私にぶつけると、ナナミは本当に踵を返して帰ってしまった。
唖然・・・・。
「どうしちゃったんだろう。すごい怒っちゃったけど。わたしそんなに怒らるようなことしたかな」
うーちゃんが、バックから顔を出す。
「あいつ変だぞ」
「うーちゃん」
「お前の知らないところで、なんかあったな、ありゃ」
「何が?」
「知るか! 分かんなきゃ自分で調べろ考えろ。お前の友達の事だろ」
「相変わらずだなぁ、うーちゃんは。でもそうだよね、なんかナナミ変だったもん。よしっ」
「どうすんだ」
「後をつけよう」
「唐突だが、話を聞かねー相手の日常を調べるには、探偵活動はアリだな。それに面白そうだし」
「面白は不謹慎だよ。でもナナミのこと心配だし」
そうと決まれば即実行。
行動力があるのが私のイイところだ。そっとナナミの後をつけ始める。
石ころ帽子魔法は同じ魔法少女には通じないので、バレないように尾行するには本当に探偵のように身を隠しながら追いかけるしかない。
でも尾行が楽になるように、石ころ帽子魔法かけておこう。
ナナミは、小ぶりな体なのに腕を大きく振って、大股でドカドカ歩いていく。
あんなナナミ、みたことないよ。
本当におかしい。脇の下が冷たい。
何かが起こりそうな悪い予感のせいでイヤな汗が出てきた。
「こんな時のために、ミルキーな服も用意しておくんだったなぁ」
悪い予感がするってのに、このアホウマ。また変なこと考えてるし。
「しーっ! うーちゃんの声は特徴的だからバレちゃうよ! それに服を作るなら、あの服のサイズ大きくしてよ」
「いいのか? 大きくしたら、それに体が合っちまうぜ」
「それはイヤだけど。あっ、曲がった」
「だろ、ちょっとキツイくらいが、いつも気になるからちょうどいいんじゃねーのか」
「でも、スカートが上がってくんだよ」
「はぁ?」
「あれミニミニじゃん。なんか見えそうで」
「ああ、それで時々裾ひっぱってたのか。おい小路に入ったぞ」
「うん、いっつもハラハラだよ」
「腹だけにな」
「オヤジギャグ・・・・」
「オヤジですぅー」
「だからね、ちょっと丈を長くするか、せめてウエストが調節できるようにするとかさ」
「できない。そういう便利にできてないから」
「だって、さっき服を用意するって」
「あれは俺の願望だ。できるんだったらシャロでもかまぼこでも用意してやらぁ」
「かまぼこは着ぐるみだよ! あ、なんかすごい屋敷に入っていくよ」
うわぁ凄い家!
たしかにナナミの家ってお金持ちだとは言っていたけど、これほどなのかと思う。
2階建てのシンメトリの洋館。
ルネッサンス調の重厚な石造りで、黒褐色の壁の色が広大な洋風庭園の緑に映える。
白い窓枠がかわいらしくて、中に秘められたロマンチックが伺えるような雰囲気だ。
「すごい・・・」
「ここ、あいつの家か?」
「表札には長谷川って書いてるけど、ナナミの苗字は藤原だよ」
「じゃ、じっちゃんばっちゃんの家か」
「そうかもしれないね~」
土地面積だけで完全に飲み込まれて、二人ともほぼ思考停止だ。
「ここからどうしよう」
「どうしようって、おまえまさか、この後の事考えてねーって事ないよな」
「へへ、実は行き当たりばったりでして」
「このアホウめ! ナナミが出てくるのを待ってるだけじゃ意味ねーじゃねーか! 使えん! ミルキー以上に使えん! 本物のコナンを呼べ。コナン三兄弟を」
「ダメだって、絶対あいつらの方がヘマするよ」
「でも、ここにいてもしょうがなねぇだろ」
「ううん」
とりあえず、ちょっとだけ鉄門扉を開けて隙間から屋敷の敷地に忍び込もう。
抜き足差し足で入り口からつながる、石畳を歩く。
「カメラとかドーベルマンとかガードマンとかいるんじゃねーの」
「はっ! そうだよね。考えなしに入っちゃった。出た方がいいかな」
「もう手遅れだ」
「えー。私捕まるちゃうよ、ガードマンに。それともドーベルマンに噛み殺される?」
「俺はどれも大丈夫だから安心だけどな」
「えー、裏切り者! わたしは捕まったら不法侵入でお縄だよ」
「そんときゃ、お屋敷からいい香りがしたから入っちゃったの、とかいって逃げ切れ」
「なんで腹ペコキャラって設定なのよー。わたしうーちゃんの中でどんだけ食い意地はってる人なわけ」
「バカ、ここで素敵なお屋敷にうっとり、とかいってもお前のキャラじゃ説得力ねーだろ。人は見た目で判断すんだよ」
「ちょと聞き捨てならない! それ!」
「だからコナンズがいいっていんてんだよ。あいつら素でコナンとか言える本気のバカだから、いくらでも言い訳のしようがあるだろ」
「ごもっともだけど」
「それとも、お前が神田川コナンになるか? 本気でコナンぶれよな」
「そんなバカなことできるわけないじゃない」
「だろ」
こんなところでうーちゃんと神田川談義をしてる場合じゃないっつーの!
それでも、無事建物の壁までたどり着き、窓っぺりに身を潜めて中を伺うことができた。
あ、ナナミがいる!
運よく誰にも見つからずナナミがいる部屋にたどり着いたぞ。どうだ私の強運。
ここからしばらく中の様子を伺おう。
部屋にいるのはナナミと金髪の少女の二人。
二人とも部屋の真ん中にある皮張りのソファに腰かけている。
内容は聞こえないが、何か楽しいお話をしているらしい。
ナナミは、お菓子をぽいぽい口に運びながら、それはもう嬉しそうにおしゃべりしている。
時々こぼれる上品な笑顔。
ちょっと! 私と話してる時は、あんな表情したことなかったのに。
ちょっと悔しい。
にしても、ナナミ食い過ぎだぞ。
一皿全部、食べることはなかろうに。
「そりゃ顔も丸くなるよ」
うっかり感想が口から洩れたけど、聞こえなかったよね。
そうして1時間以上、たっぷり話したと思うと、ひとしきおしゃべりもお腹も満足したのか、ぺこりと頭を下げてナナミは部屋の外に出た。
そのまま玄関に回ったらしい。遠くで重厚なドアが開く音が聞こえる。
その音の方に忍び寄り、玄関横の出窓の影からナナミの帰りを見送った。
「ここどこの家なんだろう、お菓子食べて、おしゃべりしただけだったよね」
「親戚の家っぽくはねーなぁ。パツキンだしよ」
「パツキンって・・・・。でも、そうだね」
「あいつと、この家はあまりにも不釣り合いだと思わねーか」
「私もそう思った。ナナミには悪いけど」
「あいつ顔立ちからして、ザッツ・ジャパニーズだろ。髪型もコケシって感じだし」
「いや、そこまでは言ってないよ」
「黒、ストレート、ぱっつん前髪、貧乳」
「貧乳も関係ないって」
「それが、あんなパツキンのダイナミックボディの女と親戚か?」
「まぁ親戚じゃなさそうだよね。友達とか」
「堀木菖蒲園だぞ、あいつの住んでるところ、大分遠いじゃねーか」
「だよね、ちょっと違和感あるよね」
あやしいのでちょっと屋敷の周りを見てみよう。
そう思い、出窓の陰からひょいと体を出した瞬間、玄関アプローチにいた金髪少女とバッタリ会ってしまった。
目と目がばっちり合う。踏み出したままのポーズで足がビタリと止まった。
うーちゃんは杖のフリだ。ずるい! 自分だけ!
向こうもびっくりしたみたいで、立ち尽くしたままに硬直している。
私は頭がまっしろになり、言葉が出なくなった。
一気に縮んだ心臓が急拍を打ち始めた。そりゃもう胸が苦しくなるくらい。
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