満腹!魔法少女あずさ

浦字みーる

魔法少女になってしまった

「あー、気持ちいいー」

 二階の自室の窓を全開に開けて、お風呂上りの火照った体を冷ます。

 バスタオルで軽く拭いたばかりの黒髪が風にそよぎ、パジャマがふわりとはためくと、合わせの合間から白い健康的な肢体がチラリとみえた。

 彼女の名前は御子柴あずさ。小学4年のどこにでもいる女の子だ。


「星がキレイだなぁ」

 窓の欄干に身をゆだねがら目線を上にやると、天の川も見えそうな満天の星空。

 都会の空じゃこうはいかないだろう。

 ここは関東とはいえども人口密度の低い郊外の農村で自然だけはたくさんある。否、自然しかないような所だ。

 小学校の友達は『ド田舎』なんてとか言うのだけれど。


「あ、流れ星!」

 やけに大きな流れ星がオレンジ色の光を発して東の空をツーッと走る。

 流れ星と云えばお願いである。そんな小さなロマンはいつの時代も変わらない。

「そうだ、お願いしなきゃ。どうしよう、えーと、えーと」

「お願いは声にするんだっけ、しないんだっけ? 考えてるうちに消えちゃう!」

 急いで目を閉じて適当なお願いを心のなかでつぶやいたが、消えるまでに間に合っただろうか?


 ちょっぴりの不安を抱きながらそっと目を開けると、流れ星はいっかな消える気配もなく、どんどん光量を増して大きくなっているではないか。

「あれれ、星じゃない?」

「ていうか、どんどん大きくなってない? しかも近づいてるし!!」

 そう! 流れ星は緩やかな弧を描きながら、急速にこの家めがけて近づいており、もう自分の目の前まで接近しているのだ!

「わ、わ、わわー。ぶつかるーーーー!!」


 ズダーーン!


 その星と思しき何かは窓を通り抜け、あずさの髪をかすめて部屋の入口横の壁に激突した。

 轟音とともに、壁から白い埃か煙が立ち上る。


「なに、死んだ! 私、生きてる!?」

 そりゃ大声も出る。何がなんだか分からないが、とりあえず自分の頭やら体をハタハタと叩いて無事を確認する。

 ちょっと耳の横の髪が焦げた匂いがするが、体は・・・・体はどこにも怪我はない。

「はー、死んだかと思ったーよ」

「何が来たの? ボール? だれかサッカーでもやってた? 空から? まさかねー」

 そういって恐る恐る煙の立ち上がる壁の穴に近寄ると、そこには銀色に光る造形物が壁にめり込むように埋まっているではないか。


「あずさー、すごい音がしたけど、どうしたのー」

 一階にいるママが何事か起きんと大声で叫んでいる。

 どうしよう。ママを呼んでもいい。でもなんだろう、このとき思ったんだ。『まず私がこれを見てみたい』と。

「なんでもなーい。ちょっとバク転の練習ーーー」

 なんてウソ。信じるわけないだろうと思ったら

「気をつけて練習なさーい」

 わっ、信じた! 我が母親とはいえ人を疑うことを覚えて欲しいものだ。

 それより気になるのはこれだ。

「なんだろう」

 じーとその物体を見つめる。

 砕けた壁に顔を近づけても熱さはもはや感じない。

 五感を研ぎ澄ましているせいか、埃が焼けるキナ臭い匂いと、口に残るジャリジャリした感覚が異常に気になる。


「なんか触れそうな気がする・・・・」

 触りたい衝動があるが、触るとヤバいという直観もある。

 だが好奇心には逆らえずまずは指先でちょんと触ってみることにした。

「だいじょうぶかなー」

 爪の先をそーっと・・・・ちょん。

 ヅンとニブ目の固い音がする。熱くない、ビリッともこない。そして動かない。

 更に2,3回、今度は強めにつんつんと叩くと・・・・。


「うぁ!」

 その何かが動き出した!!

 なにかあるかもと想像はしていたが、あまりに急だったのでビックリした拍子に尻餅をついてしまった。

 その間にも、何かは自ら壁から這い出して、あずさの目の前にぴたりと静止し、今、宙に浮いている。そして・・・・


「うぉー、びっくりした! 刺激的なお出迎えだね」

「ひぃーん! なんかしゃべった~!」

 何かが流暢な日本語でしゃべっている! 口もないのに! しかもかわいい声で!

「おっと、びっくりして、おもらしするのはナシだよ。キミがあずさちゃんかい?」

「なななんで、私の事を!」

「興信所なんて使ってませんよ。私のリサーチ力をなめてもらっちゃ困ります。パートナーのことはもうバッチリ把握済みです」

「はぱぱ、パートナー?」

「そう、あなたは10億人の中から選ばれた、そう・・・・ラッキーグール。今日から私と一緒に悪と戦いなら、楽しい毎日を送る事になりました。おめでとうございます!」

「何いってんだか、さっぱりわかんないんだけど、そもそも戦うのにラッキーって? グールってなに?」

「ちょっと発音が良すぎました。ラッキーガールです」

「そこ、聞いてないって! なんなのあなた!」

「申し遅れました、わたくし見てのとおり、量子魔法アイテムのウマです。以後、お見知りおきを」

「ウマ?」

「はい、見てのとおりウマです」

 たしかに見た目は15cm程度の彫刻で、馬の首から上のような形をしている。


「今日からあなたは、魔法少女ですから。とりあえず、この契約書にサインを。あ、印鑑はなくてもいいです。サインで結構」

「え、え、なんで私が魔法少女なの?」

「ああ、そうですよね、急になれって言われても心の準備が出来てませんよね。大丈夫です。クーリングオフもありますから、まずはどんな魔法少女になるか一度だけお試ししててみてはいかがでしょうか。もちろん無料です。変身がお気に召さなければ返品していただいて結構ですから」


 怪しい・・・・明らかに怪しい。

 でもちょっと興味が沸いた。

 ちっちゃい頃プリキュアとか好きだったし、本当に変身できたらイイなんて思ってた頃もあった。ていうかこんなの二度と出来ない! 今だけ!

「タダだったら、一回だけ変身してみようかな」

「いい心がけです。なにごとも食わず嫌いはいけません。ビキニだって初めは超過激な水爆ものの水着だったそうですよ。でも今じゃ普通の水着です。チャレンジこそが未来を創るのです!」

「ビキニで熱くならないでよ」

「こほん、失礼しました。ではさっそく変身・・・・」

「え、呪文とかステッキを振るとかないの?」

「はい? なんですか? そのアニメみたいな設定。そんな恥ずかしいことしたいんですか。あずささんは?」

「ううん、したくない。ぜんっっぜんしたくない! そういうもんかなと思って聞いてみただけ!」

 顔をぶるぶる振って全否定する。

「量子魔法は、そんな陳腐なもんじゃございません。もっとふつーに日常的に変身できます。今回は特別なのでそこのバンクシーンはカットしますけど」

「バンクとか言ってるじゃん、アニメ観てんじゃん!」

「詳しいですね。子供のくせに。まぁいいです。じゃ変身ー!」


 ウマがそう掛け声をかけると、あずさの周りに光の粒が次々と現れる。何もない空中から!

 それが自分に向かって吸い込まれるように近づいてくる。光の粒は服に接触すると、そこからまばゆい光が放たれ、その光輪を起点に別の服の一部へと変わっていく。

 それが全身を隈なく駆け巡る。体がちょっと熱い。


「まぶしいっ! 目が開けられない・・・・」

 あまりの眩しさに目を閉じて変身を感じる。どこがどんな風に変わっているのか分からない。

 ただ体の周りに何かが付いていくのだけが肌感覚として伝わってくる。

『これが変身・・・・』


「あずささん、もう目を開けてもいいですよ」

 その声に恐る恐る目を開ける。あれほど眩しい光の渦はもうない。指先にまであったチリッと熱い感覚ももう消え失せていた。

 手を広げて自分が見てみると。どピンクのノースリーブのぴったりヘソ出しスーツに肘までの白い手袋。そして超ミニミニのスカート。

 パンツが見えてるんじゃないかと思い、急いでお尻に手を当ててみる。一応パンツは隠されているようだ。ほっとした。

「大丈夫です。見せてもいいパンツですから」

「いいわけないって!」

 ブーツも膝までので、これも白を基調に金の飾りがついてる・・・・魔法少女ってやっぱこういう趣味なんだ。

 それよりなんか頭の上にのっかている感じが・・・・。

 そっと頭に手をやると、

「うわ、なにこれ!」

「耳です」

「耳、じゃこの横にあるのは!」

「耳です」

「耳、4つじゃん!」

「まぁ、アクセサリーですよ。一応、脳にはつながってますが」

「えー! 聞こえるのこの耳!」

「はい、切れると血も出ます」

「ひー!」


 急いで姿見に走ると、ガーン、想像を絶する恥ずかしさ・・・・。

 猫耳にツインテール。ニーソーとはいえ太ももは鼠蹊部そけいぶ近くまで露わだし、へそも出ている。腰の横からは何かぺらぺらした布きれまで出てるし。何よりこのリアルに動く耳が・・・・。

 ショックで猫耳がぺたんとなっている。

「ほら、脳につながってるでしょ」

「いらん、こだわりをするなー!」


 そんなツッコミにもめげず、ウマはトントン拍子に話を進めてくる。

「お気に召しましたか?」

「これ、ちょー恥ずかしいよ。それに、これ魔法のステッキというか・・・・」

 変身に合わせてウマの首元からは黒光りする棒が伸びてきて、今や立派な馬飾りのステッキになっていた。

「杖ですね」

「だよね、なんか年寄り臭いというか」

「誰が魔法のステッキっていいましたか? ウマっていったじゃないですか。馬の飾りがついたら杖に決まってますから」

「いや・・・・このピンクのドレスに、黒の竿にいぶし銀のウマ飾りって。ないでしょ。ふつー」

「失敬な、これで悪と戦ってもらうんですから」

「いや、やめとくよ」

「いえ、もう運命は決まりました。1回タダで変身できると言いましたが、解除できるとは言ってません」

「へっ?」

「あずささんが、うんというまでこの姿で街じゅうを闊歩していただきます。まずは手始めに・・・・」

「ママさーん、あずささんがねー」

 おもむろに大声で一階のママを呼び出す。

「わー、わーわーわーわ」

「早く二階に来てくださーい」

「どうしたのあずさー」

 その声に答えて、一階のママが階段口で返事をしている。やばい!!明らかにこっちに意識が向いている!

「わー、ちょっとなにしちゃってんの!!」

「さぁ、お母さんが来ますよ。この恥ずかしい姿を見られたくなければ、今すぐこの契約書にサインを」

「いやぁ~」

 ママが階段を上がってくるキシキシという音が近づいてくる。そして、

「あずさ、開けるわよ。どうしたの」

 もう、ドアの向こうだ!

「わかった、わかった、契約します。どこどこ、どこにサインすればいいの?」

「ここです。『あずさ』だけで結構です。印刷文字は証明にならないのでナシで」

「書きました!! 書きました!! 早く解除を」

「はーい。まいどー。じゃ、リリース!」


 その瞬間ドアが開き、ママが部屋に入って着た。

 あずさは四つん這いになり、パンツ丸出しでペンを持ってぐったりだ。

「何、さっきから大暴れしてんの? あんたパンツ見えてるわよ。小4にもなって恥かしい」

「はい、おっしゃるとおりです・・・・」

「バク転もいいけど、静かにしなさい」

「はい・・・・」

 そういうと四つん這いからのっそりと立ち上がり、ママを部屋から無理やり追い出す。


「はー、危なかった。小学生でいきなり社会的信頼を失うところだったよ」

「もう、ウマ! なってことしてくれんのよ!」

「やっと俺のモノになってくれたな。いやぁウマなのに猫被るのは疲れたぜ」

「へっ?」

 豹変とはこのこと。口調も荒くドスの利いた声。

『なにこれナニワ金融道?』


「契約しちまえばこっちのもんだ。でもちゃんと楽しい毎日は保障してやるぜ」

「うぁ人格変わった! いや馬格?」

「しかもおっさん臭っ」

「まぁある意味あたりだな、年齢的にはシラケ世代と言われた年だからなぁ」

「えー、シラケ世代って!? 魔法のステッキに世代とかあるのーー!」

「だから杖だって言ってんだろ。それよりアレだ。これから俺と一緒に巨悪と戦うんだからな。足ひっぱんじゃねーぞ。あと量子魔法についても、おいおい教えてやるから、まぁ今日は寝ろや」

「なんなのコイツ、ウマのくせに。このウマ! 早く私を解放してよ!」

「大丈夫だ、心配しなくてもミッションが達成されれば自動的に契約は解除される。逆にいうと、ミッションが達成されないかぎり、永遠にこのままだけどな」

「ひーん、なんなのそのスパイ大作戦みたいな設定」

「意外に古い映画知ってんな。話が合いそうだぜ」

「合いたくない、会いたくもない!」

「他にないの、解放する方法」

「知らねーな、契約を制御してるのは俺じゃねーし」

「まぁ諦めて仲良くやろうぜ。量子魔法力は変身しなくても使えるんだから、いろいろ楽しいこともあるだろうよ」

「そんなの、いらないよ~」


 興味本位うっかり変身してしまったばかりに、魔法少女にしたてられてしまった、あずさちゃん。

 巨悪とはいったい・・・・。

 これからどんな敵が待ってるんでしょうね。

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