No.24「北辰一刀流」

 千葉さなは、定吉の次女で、兄には千葉重太郎がいる。

 父、定吉は「北辰一刀流」創始者の千葉周作の弟にあたるが、周作は江戸に「玄武館」という道場を開いており、幕末から明治にかけての志士の中にも多くの門弟がいた。

「北辰一刀流」は千葉家家伝の北辰流、北辰夢想流と、小野派一刀流を周作が統合して「北辰一刀流」が創始された。

 千葉定吉もまた、「北辰一刀流」の使い手で、同じ江戸に「桶町千葉道場」を構えていたのだ。

 その娘、千葉さなも、小太刀免許皆伝の腕前であった。


 ——茜殿、ぜひ稽古をつけてはもらえますまいか?

 ——さな殿、私は剣を置いて、もうかなりの年月がすぎております、とてもさな殿の稽古相手になるような……


 さなは茜の言葉を遮るようにして言う

 ——いえ、例えそうであれ、「柳生新陰流」の太刀筋は身に染み込んでいるはず。それを向学のために見せて頂きたいのです、是非にっ!


 茜は、美代や自分が世話になっている身であることを省みて、しからば——と、受けて立つことにした。


 磨き上げられた道場の床板の感触を足の裏で感じ、久しぶりに身震いする茜であった。


 千葉道場では稽古には竹刀を用いるのが常であったが、茜は打刀寸法の木刀を、さなはそれより少し短い小太刀木刀を持って構えた。

 道場の中央で一礼をすると、二人は、正眼に構えて、息を殺した。


 茜は左に、さなは右にすり足で動きながら間合いを取る。二人とも、相手の隙を伺いつつ切っ先を小刻みに動かしている。

 道場に顔を出した定吉も息を殺して両者の動きを見定めていた。


 茜がまず先に袈裟懸けに木刀を振り下ろすと、さなもそれをすぐさま払いのけ右に大きく飛んだ。返す刀で下段から茜の懐へと抜き胴の一太刀を浴びせるも、間一髪で茜もこれを逆手で跳ね返し、後方へと飛ぶ。


 両者、譲らぬまま、じりじりとまた間合いを詰め、左右に動く。


(凄まじい、だ)


 定吉も思わず拳を固め見守っている。


一瞬の間の後、茜は右に僅かに飛びながら上段に構え直して、そのまま木刀を振り下ろした——

 茜の木刀がさなの眉間の前で寸止めされて時間止まっている。

茜の一本——と思いきや、さなの小太刀木刀もまた茜の喉元を突き刺さんとして寸止めされていた。


——やめいっ!! 両者相打ちっ!!


 定吉の声が瞬間止まっていた時を動かした。


 茜とさなは、道場の中央まんなかで再び礼をし木刀を脇に引いた。


——見事っ!、見事だ! 二人ともっ


 茜は定吉に向かいあって軽く礼をする。


——長く剣を置いていてこの太刀筋の速さ、やはり私など及もせぬ使い手でございます


 さなは、父、定吉に清々しい顔で言うと、茜もまた胴着の袖で汗を拭って返す


——いえ、同じ打刀なら、私の喉が先に突かれ命絶えていたに違いありません。

さな殿の太刀筋の速さには到底私など……


 両者とも相手を褒め讃える姿は、武芸者として人としても美しいものだと、固唾を飲んで見守っていた美代も肌にいぼ立つ思いだった。


 そして、この女武者二人の立会いを道場の隅で見ていた男がもう一人いた。


——いやぁー、お見事っ! 拙者、感じ入り申したぞっ!


 さなが、声の主に振り返る。


——坂本さまっ!


 幕末の志士、坂本龍馬もまた、千葉定吉道場で剣の修行をした男であった。

そして、龍馬はこのさなと後に婚約の契りを交わしている。


(坂本、、、龍馬?)


 茜は、複雑な思いを添えて、龍馬の顔を見つめていた———。

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