No.25「満月、子の刻」
茜と美代は、行灯の弱い灯を頼りに平成の世の話をしている。
——キャップは、ずっと奥様のことを探し続けられていますよ
——あの人が頑張ってくれているならと思うと、なんだか希望が持てる気になってきました。実のとことろは……もう私はここで一生を終えるんだな、とか諦める決心をし始めてたんです
——駄目ですよ、そんな気弱なことでは。キャップも私たち部下もみんな奥様を連れ戻すために呼び集められたんですから。絶対、帰りましょう、平成に……
——ありがとう、茜さん。けど……、茜さんはこの江戸時代には戻りたくはないの? 茜さんだって、ご家族が居るでしょう?
——はい……、でも奥様を平成の世に連れ戻すのが先です。私も今回飛んで来た先がたまたま奥様の居る時代だったのか、それとも何か因果があるのか、今は何もわかりません。ですから、私が父上や兄上のいたあの頃の江戸の時代に戻れるかどうかも、わからないのです
——そうなの……、でも、もし私が平成に戻れたら、その時は私が茜さんを送り帰すことに協力しますよ、きっと。
——ありがとうございます……、でも、本音を言えば平成の世にも少し未練はあるんです……
——あっ、好きな人でも居るのかな? あっちで
——いや、そ、そんなじゃなくて……
茜は頬を薄く紅に染めている。それは昼間、千葉さなと立合いをした時の武芸者の顔ではなかった。一人の女のそれであった———。
——さて、今後の段取りなんですけど
——はい。私にできることがあれば、言ってくださいね。一度死んだ身ですから何でもできると思ってますから
——「半蔵門」から入った江戸城内に古井戸があるのですけど、今度もう一度そこに行ってみようと思います。満月の輝く子の刻……あ、午前零時ですかね
——午前零時ですか。子の刻から半刻ですね?
——はい。あっちで消える時間が、どうやら午前零時らしいのです
——じゃ、私も行きます
——今は駄目です。「半蔵門」の警備は厳しいので、奥様が一緒だと足手まといになります。協力者でも居ない限り難しいでしょう。それよりまず、本当にあそこから戻れるのかを確かめる必要があります
——わかりました。茜さんにお任せします。
——
そう言う茜であったが、もし来月の満月の夜に平成に戻れたとして、果たしてもう一度此処に帰ってこれる保証はどこにもない。
茜は思いついたように、持ってきたスマホの電源を入れた。
——キャップに見せたいので写真撮りますね?
——え? 送れるんですか?
——いやいや、それは無理ですよ
スマホの電波は当然のことながら、「圏外」となっていた———。
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