No.14「過去に通じる道」
「半蔵門分署」での取調べを受けた「迷い人」たちは、夜を待って、富士山の「収容所」に送り返される。
それまでは、分署の内部に作られた、「留置施設」に一時的に入っていることになる。
半蔵と茜は、「留置施設」横の監守部屋で時間が来るをの待っていた。
——腹減ったな
半蔵は独り言を装って、茜の関心を引こうとするが、茜は腕組みをして目を閉じたまま無反応だった。
——カップ麺、とやらでも食うか。
半蔵は、赤い「きつね」と緑の「たぬき」のどっちにするか迷った。
——蕎麦を所望したい……
茜が、俯いたままボソッと言う。
半蔵は嬉しくなって、二つのカップ麺の封を切り、湯を注いだ。
——あいよッ!、「たぬき」、お待ちッ!
半蔵は茜の前に、緑の「たぬき」を差し出した。
——かたじけない
——なんだよ、茜も腹減ってたんじゃねーか
——武士は喰わねど、高楊枝と申す、でな……
——此処じゃ武士も忍者もねーんだよ。柳生だろうが、服部だろうが、関係ねーのよ。
茜はズルズルー、っと音をたてて蕎麦を啜る。半蔵もそれに続き、ズルズルーっと、倍の音をたてて啜った。
——茜はあっちに帰りたいと思ったことはないのか
——それは……、何度もある。今も時々、兄上や父上の顔が見たくなる
——兄上……、あぁ、十兵衛か。で、惚れた男は居るのか?
——そ、そのような殿方はおらんッ
——左様か……
茜はもう一度蕎麦麺を音をたてて啜った。半蔵は茜に隠れてニヤッと面相を崩した。
「護送車」が来たと連絡が入ったので、半蔵は「留置施設」の鍵を持って監守部屋を出た。茜は、監守部屋の壁掛け時計が11:45分を指しているのを横目で見て半蔵の背中を追った。
半蔵門事務所から地上の駐車場に出るまでには、狭く暗い地下道を五分ほど歩かねばならない。しかし、手錠と目隠しをされた「迷い人」の二の腕を抱え誘導し歩かねばならないので、倍の十分は歩かねばならなかった。
途中、半蔵が誘導する「迷い人」が小便をしたいと言い出した。地下道にはトイレなどない。
——ここに厠はない、向こうに着くまで我慢しろ
——できねーべよ、もうモレちまう
百姓姿のその男は泣き面で懇願するので、仕方なく立ち小便をさせることにした。手錠だけを外し、地下道の岩肌に向かってさせる。茜はあっちの方向に顔を向けて待った。
すると、男は一物を出したまま地下道を逆方向に向かって逃げ出した。
——おいっ、待てッ!!
ふいを突かれた半蔵は動揺し、最初の一歩が遅れ、もたついた。
逃げる男の背中がどんどん小さくなる。ようやく半蔵が勢いを増して追いつきかけたその時——、男は地下道の岩肌に残った側道らしき穴の中に逃げ込んだ。
この地下道は、もともと旧日本軍が、皇居に危難が迫った時のために掘り進めた避難用の地下道だった。終戦後GHQの指令でほぼ埋め尽くされたが、いまだに何本かは残っていたのだ。
この「半蔵門分署」の地下事務所を造る際も、それを掘り起こして造った。その際に、地下道壁には何箇所か抜け道らしき側道があったのを、そのままにしていたらしい。
——出てこいっ、さもなくば斬るぞッ!
半蔵は、側道の穴の入り口で声を荒げて威嚇する。しかし、反応はない。半蔵は100円ライターの灯火を頼りに穴の中に入っていった。
しかし、そこは10mも進めば行き止まりだった。
——どこへ消えやがった
その穴の内部には、更にどこかに通じるような道や穴は見当たらなかった。
地下道の出口と反対方向は、これまた行き止まりになっている。事務所に入るドアも鉄製であり施錠されて逃げ込むことは不可能だ。
——半蔵っ! いかがした!
地下道の向こうで、茜が半蔵に問いかける
——消えたっ
——なんだとっ?
「迷い人」が再び、消えた———。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます