No.3「歴史改竄」

 千葉は、喫煙室で煙草に火を点け、一息大きく吸って、吐いた。まだ余韻の残る緊張感が徐々に解れて行く中で、今日の会議の中身をダイジェスト仕立てで反芻していた。


 会議の冒頭、内閣補佐官は具体的に数字を上げて話を切り出した。


 ——今現在、我々がまとめた調査によれば、2011年の2月から2014年3月の約3年の間に「警察当局」に「行方不明者捜索願」が出された案件のうち、その失踪当時の状況が前例を見ない「状況」であるものに絞ってカウントし直しましたところ125件の対象案件が浮上して参りました。


 千葉は、補佐官が言った「」という表現を違和感なく聞き取れた。なにせ、自分の目の前から、一瞬で消えた——,のを目撃したのだから。


 ただ、あの「大震災」の前後において、「行方不明者」が当該事案だと正確に把握しきれなかったのは、その125件の中で、「消えた」ことが大地震の物理的直接被害によって「行方不明」となったのか、巨大地震がきっかけで何らかの力が働いて「消えた」のか、当時の震災の混乱下では判断できなかったというのは尤もな理由である。が……、そんなな話なんて、という風に何ら疑いを持たなかった——、というのが本当のところじゃないのかと、千葉は胸の内で思った。


 しかし、「東北大震災」の後、何度かやって来た余震においても、この「摩訶不思議」な現象が、震災の混乱がある程度治り、冷静に現象を観察出来るようになると、当該事案に当たるものと判断できるようになって、ようやく全国各地の「公安警察」が動きだしたのだった。それに合い前後して、全国の所轄や交番勤務の警察官から、不思議な報告書が頻繁に上がって来るに至ってそれは決定的となった。そのは「行方不明者」に関するものではなくて、「不審人物の目撃及び発見」というものだった。 


 報告書の内容の一部抜粋によれば——、その者たちは、一様に「時代劇」に出て来るような着物、ちょんまげ姿であり、話し言葉も一部不明なものが多く、ほとんど話が噛み合わず、当初は精神異常、もしくは記憶障害を持った「映画撮影時のエキストラ」か、そういう「コスプレマニア」ではないかと報告書には記載されている。そして、ほどなくしてその者たちは町中に消え、山中に消えた——と、締め括られている。


 そして、あの「大震災」より三年が経過するにあたり、不気味にもこの「失踪者」と「」の数は年々増え続けていたのである。うち、「訪問者」は全国各地の警察本部内において「隔離収容」している状況にあり、その数は総計193名まで膨れ上がっていて、何らかの対応策を考えねばならないとこまで来ていた。


 此処までが、内閣補佐官の現況説明であり、それを受けて議長である兵藤総理が言を引き継いだ。

「国家安全保障会議」が、なぜこの事態を「国家の安全保障に関わる事案」だと判断したのかは、この兵藤総理の言を引用する。


 ——かかる事案が、我が国の「安全保障」にいかなる危難を与えるかと申せば、最も危惧される事案として、過去より現在に来たるものが、現在の我が国の実態なり状況をつぶさに見聞きし、それをもしその者たちがに戻り得た時に、「我国の歴史」に何らかの変化を与える——つまり「歴史改竄」の危険性が考えられるということであります。


 そしてまた逆も然りで、少々、早計で稚拙でありますが、【転送】という言葉で表現するとすれば、この現在の世に居たものが、過去の時代に例え悪意無くしてされたとしても、その行き着いた時代において、その者が持ち得る「現代の知恵と、過去の歴史に関する知識」を悪用せんとも限らないということであります———。


 よって、政府は、我々に「対策」として、以下の三点を早急に取り組んでもらいたいとした。


 1)かかる特殊事案の直接的原因及び異常現象のメカニズムの早急な解明


 2)「過去から来た不審人物」の速やかな確保と隔離。及び強制送還するための手立てを模索研究すること。


 3)「現在の世から、された人物」の探索と速やかな確保、及び帰還させる手立てを模索研究すること。


 以上の三点を主目的とした「研究チーム」の発足と「警察組織」において「特殊任務」を遂行できる「特別捜査班(仮称)」の早期の設置を、取り決めて会議が終了した。後に、官房長官から、本件における研究費及び、特別捜査に関わる諸経費においては、「官房機密費」を充てることをで付け加えられた。


 尚、会議の中で、現状推測できる範囲での当該現象の「原因」についての意見は、どの有識者からも抽象的で決定力のない「推量」の域を越えないものばかりだった。


 その中で、千葉の耳に残っていたのは、大地震発生時の爆発的なエネルギーが「時空の歪み」を引き起こし、それによって出来た「時空の穴」に取り込まれたのではないか——、というSF小説でしか聞いた事のないような言葉が、妙に説得力があるように聞こえたのは、千葉自身、何でもいいから妻を探し出す手立てが欲しかったからかもしれない。


 ——さて、誰を使うか……、まずは署員の人選だな。

 

 篠田局長を乗せた黒塗りの公用車を官邸玄関前で見送りながら、千葉の頭の中では新しい「特殊捜査班」設置に向けての構想が駆け巡っていた。


         .....................................


 こうして「公安警察 半蔵門分署」ー時空捜査班——、通称00ゼロゼロが2014年5月に生まれ、正式に動き出した。

 

 それは、世間がゴールデンウィークの最中さなかのことで、東京の空は爽やかな五月サツキ晴れだった。

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