*——「千葉蒐一とその配下たち」——*

N0.4「Code No.002 島 右近」

 千葉は、「警察庁」入庁後は順調にが通る「出世コース」を辿って来た。

 今の「警備局企画課 チヨダー通称 ”ゼロ“」のも警察組織の階級制度では「キャリア組」にしか成れないポストであった。


 しかし、この「公安畑」に入ったことにより、生活は一変した。それは普通の警察官とは違い、殊更にその身分や素性、時には顔さえも隠して生活しなければならず、その意味において千葉は、妻には多大な負担をかけていたのだろう。


 千葉は、妻が失踪した後、はじめて妻にかけていた苦労を知った。署に泊まり込みや、ぷいっと急に居なくなることなどしょっちゅうだった。親兄弟に夫が「警察官」であること以外は何も口にできず、只々、夫の背中だけを見て付いてきたようなもんだった。

 ただ、幸いにと言うのも変だが、千葉夫妻には子供がなかった。



 仮称「特別捜査班」の名称が、【公安警察 半蔵門分署】(時空捜査班)と決まった。それは、署員が詰める事務所が突貫工事で「半蔵門」近くの地下に作られたのと、「時空の歪み」という言葉が耳に残っていたので、そのように千葉自身が命名した。


 千葉は、署員の人選にあたり、篠田警備局長に要望を出した。


「半蔵門分署」設立にあたり、篠田は千葉に対して「警察庁」内から五名程度までなら応援に出向させる腹積りだと聞き、まず自分の右腕となってくれる男を探していた。


 要望する人材に関しては——、冷静沈着で、判断能力に長け統率力のあるもの。独身であること。戦闘能力については特に問わない、とした。

 それにより、リストアップされた人材の中から、「島 」の名を見つけた。


 ——面白い、名だな


 「島、」はかの戦国大名、石田三成の懐刀で、『治部少輔に過ぎたるは、佐和山の城と、島の左近』とまで言われた男である。

 

 「島 右近」の方は、今現在の所属は「警視庁捜査一課」とある。


 ——警視庁?………


 「警察庁」と「警視庁」は組織構造上は、「警察庁」の下に「警視庁」があったが、実際は横並的であり、実情は互いに牽制しあってるというのは「警察組織」の人間なら大方は知っている。したがって、「警察庁」幹部と言えども、「警視庁」の人事に直接介入はできない——、はずだった。

 

 ——本人の希望なのか?それとも……はみ出しもん


 その一点のみが気になっただけで、他は申し分のない、いや完璧とまで言える履歴の持ち主だった

 千葉は、篠田にこの男と会ってみたいと申し出た。「警視庁捜査一課」というのは全国30万の警察官にとっては憧れの部署であるが、「公安刑事」も警察官にとってはそれ以上のエリートコースである。

 

 「島 右近」はさっそく翌日、「警備局企画課」にやって来た。


 ——初めまして、島 と申します。

 ——ああ、千葉だ、よろしく。


 名前もそうだが、その容姿は歌舞伎役者のような優男やさおとこで色は白く、躯体も細身である。


 ——君は、警視庁の今の部署に何か不満でもあるのかな?

 ——いえ、何も


 島は、それ以上何も言わない。歌舞伎役者じゃなく能役者かもしれない。能面のように表情がない。


 ——「公安刑事」の仕事についてはどうかね?

 ——特に、何も。辞令が下りれば全力でやるだけです。


 また、それだけ言って黙り込む。


 千葉は沈思してのち、尋ねた


 ——人を‥…撃ったことあるか?

 ——ありません。ですが、いつでも引鉄は引けます。

 即答だった。


 千葉は手元の資料で、島の「警察大学校」時代の「射撃・拳銃操作」の項目の成績を確認した。「S」ランクだった。


 ここで、千葉は、おおよそ合点が入った。この男を「警視庁」が出してもいい——と、言ってきた理由が。


 ——(こいつ……か?)


 確かに、「公安刑事」の仕事は影のような仕事で敢えて「存在感」を消して動く。その意味からすれば適任かもしれないが………


 千葉は直球だけでなく、も投げてみたくなった。

 千葉は元来、茶目っ気のある男だった——、妻をまでは。


 ——君は……、女は好きか?

 ——……?


 千葉は畳み掛ける


 ——いや、女、だよ、オンナ


 「島 右近」の表情が明らかに変わった。


 それは、下戸が無理やり酒を飲まされたように、赤面し、時代遅れのPCに「難問」をインプットした時のように、CPUは汗をかき、冷却ファンが唸りをあげて、必死で答えを求めてる様であった。


 ——嫌い……、です

 ——なんで?


 千葉は、強く、追い込む。


 ——自分は……、そのー、ぁーっと……苦手なだけ……、で

 ——(ん?、つまり、そのか?そうか、かー!?)


 千葉は、一人合点し手帳に何か書き込みながら、必死で笑いを堪えた。


 ——(………)

 白い能面顔に、汗が滲んで光っていた。


 ——わかった、来月から来て呉れ。「半蔵門」で待ってるよ。


 、「島 右近」は「公安警察 半蔵門分署」に呼ばれることになった。

 千葉の——、即決であった。


 【島 右近(33歳) Code No.002 通称、(童貞の)ウコン】 ——   

 

 

 千葉の手帳に、「島 右近」に関する特記事項として「童貞」(もしくは、ゲイ?)と書かれているのは、もちろん右近は知らない。


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