No.23「千葉さな」

 ——美代どのは、よくやって頂いていますよ、ほんと助かっておるのだ


 千葉の妻は、江戸時代は「安政年間」の世に”飛ばされ“るも、江戸は「桶町」の千葉道場に拾われ、身の回りの環境が激変したにも関わらずよく対応して生きていたのだ。身なりや雰囲気もすっかり江戸時代の女に変わっていた。


 ——千葉様は北辰一刀流の開祖、千葉周作様を兄上に持つお方……ですね?

 ——左様、兄、周作は同じくこの江戸で「玄武館」という剣術指南道場を開いております。

 ——そうですか……、私も武芸者の端くれ、柳生新陰流がいま誰によって受け継がれているのやら、気にかかるとこです……

 ——おお、左様であったな、柳生と言えば新陰流。一度、手合わせ願いまいか

 ——滅相もございません、剣を置いてより、すでにもう幾年も過ぎておりますゆえ、千葉先生のお相手できるような腕はもありませぬ……


 そこに、女武者姿の女人が茶を盆に載せ入ってきた。


 ——ああ、このものは、娘の、です。女だてらにかような武者姿で失礼はお詫びする


 ——柳生 茜にございます。

 ——千葉 佐那 と申します。


 この千葉佐那—という女性は、後世の「坂本龍馬」研究によって龍馬の婚約者として、幕末から明治の歴史の中で紹介されている。北辰一刀流桶町千葉道場主・千葉定吉の二女で、北辰一刀流小太刀免許皆伝の腕前である。また、美貌でも有名で、「千葉の鬼小町」と呼ばれていた。


 ——あ、さな、茜殿に、そなたの袴などを貸してあげなさい。茜殿もその姿では町も歩けまいてのぉ

 ——かたじけのう、ございます。できれば女武芸者の出で立ちを望んでおりましたので助かります。なにぶん、それが一番私も慣れた姿でありますゆえに……

 ——ははははっ、また我が家に女武者が一人、増えたわい

 ——恐れ入りまする……


 千葉定吉は、茜にしばらく美代の部屋に逗留するように勧めた。今後いかにせんかということは、おいおいに———という配慮だった。


 茜は、美代の部屋で着替えを済ませると、美代の手を取り、のことを尋ねた。


 ——奥様は、あの時、キャップ、あ、我々は千葉警視をキャップとお呼びしております。あの時、キャップとご一緒に歩いていて……

 ——そうなんです、地面がぐらっと揺れたかと思うともの凄い力で何かに引きづり込まれる感覚でした。気がついたら、ここの前に倒れていました


 ——そうでしたか…… キャップは目の前で奥様が消えていく一瞬を目撃されてそれはもう何がなんだか分からず、奥様が消えた後は呆然とそこに立っていたとおっしゃってました。


 ——それで……茜さんは、なぜ私が此処に居るとわかったのですか?

 ——平成の世にもこの時代からきた、「迷い人」——と我々は呼んでますが、そういう人々があの時を境にいっきに増えたらしいのです。我々はその人たちを取り調べることで、奥様の居どころの手がかりを掴んだのです


 ——そうでしたか……

 —— 一緒に、戻りましょう、平成の世にッ!

 ——できるんですか? 戻れるんですか? そ、そんなことできるのですか?


 美代は必死に茜に取り縋った。


 ——わかりませぬ。ただ、私がこの時代にやって来た時、どうやら未来に通じる場所だとおぼしきところがあり、そこで待てばもしや、と……


 ——そうですか……、でも一縷の望みが出てきて、なにやら嬉しいです


 茜は、そうは言ってみたものの、なんの確証もなかったのだが、今はそれに期待をするしかないと、思った——。

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