No.21「桶町の道場にて」
茜は身のこなしも軽く門番の隙を盗んで江戸城「半蔵門」を出た。
柳生家にも忍者の心得が伝わっている。大和荘は、伊賀や甲賀に近いことが影響したのだろう。
「柳生家」の下屋敷は品川にあったが、今から歩いて行くには遠すぎるため、千葉の奥方が目撃されたという「桶町」の「千葉道場」を探し訪ねることにした。
千葉の奥方を「目撃」したと言う「迷い人」を取り調べたのは自分であり、もし今、自分が立っている「時代」に「千葉道場」が存在するのであれば、行って何かの手掛かりを得るのが先決と考えたのである。
その歩く道のりで目に入ってくるものは、確かに以前、自分が居た「江戸時代」に違いなかった。ただ、自分が消えたあの時のままに戻って来たのか、それとも時が前後にずれているのか、それは今はわからない。
「日本橋」を渡るのは何年ぶりのことだろうか——。
ただ、「何年ぶり——」とは思ってみても、その時系列そのものが普通じゃないことを思い出し、茜は苦笑いをせずにはいられなかった。
人に尋ねながら「桶町」近くまでやってきた頃には、すでに陽も南に上がりきっていた。茜は夢中で歩いて来たせいもあるが、全身にかなりの汗をかいていた。茜は、今こうして「飛んで」きた場所でも季節はあの「現代」の世と変わらず、夏前の梅雨時期であることを悟った。流れる汗を手拭いでぬぐいながら、空を見上げると、陽が厚い雲に隠れようとしていた——。
——もし、「千葉道場」は、何処に……?
町人娘の体をした若い女に尋ねると、辻を二、三本も曲がればすぐだと教えてくれた。
あったぞっ!!——。
それは紛れもなく、今、自分が立って居る「江戸時代」が自分が消えたあの時からかなりの年月が通りすぎていることを意味していた。
あの「迷い人」から情報を得たのち、茜はパソコンで「千葉道場」を検索しあらかたの知識を得ていた。
「桶町」の「千葉道場」は「嘉永年間」から「安政年間」そして幕末まであったことが「ウィキペディア」に書かれていたことを思い出した。
近づくにつれ、懐かしい音が耳に入ってきた。竹刀がぶつかり合う乾いて甲高い音だ。
茜の目線より少し下までの背丈の板塀で囲まれた屋敷の中で、門弟らしき男達が、一心不乱に稽古をしている姿が見て取れた。
道場の入り口には、雨風に晒されながらも、しっかり「千葉道場」と読める木の看板が掲げられている。
(ここに、キャップのお内儀が居るのだろうか……)
茜は少し踵を上げて更に奥を覗き込もうとした時、ふいに後ろから声をかけられ心臓が飛び跳ねた。
——そのほう、なにをしておる
歳のころなら五十を超えているだろうか、いやもっとかもしれない。髷には白い髪もちらほら見えるが、躯体は屈強な男が立っていた。
——いえ、ちょっと人を探しておりまして、こちらに居るのではないかと風の噂で聞いたものですから……
茜は全身に気を集中させ、いつでも応戦できる構えをとっていた。
——そのほう、武芸の嗜みがあるなっ!?
茜は、腰に大小の刀を差しているわけではなかったが、足の運びや目配り、そして気配で悟られたのだと思い、そう見破ったこの男もまた達者な武芸者に違いないと悟った。そして、観念したように素性を明かした。
——わたくしは、柳生家の血を引くものです。ゆえあって人を探しております。こちらに四十過ぎの女人はおりませぬか?
——柳生? あの
——はい、父は、柳生宗矩です
——うぬっ? 柳生、、、宗矩っ?、、、まさかっ!
目の前の男の表情が一変し、茜を見る目が変わった。
——よかろう、とにかく中へお入りなさい 詳しい話はそれからじゃ
茜は男の背に続いて、道場横の母屋に入っていった。
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