No.7「柳生一族vs服部半蔵」


「柳生家」は、元は大和「柳生の荘」の地侍であった。



 柳生宗厳やぎゅうむねよしの時代になり、徳川家康に「剣術指南役」として召し抱えられたのが歴史の表舞台に立つきっかけである。家康の御前で、「柳生新陰流奥義ー真剣白刃取り」を見せたと言われる。しかし宗厳は66歳と老齢ゆえに、「剣術指南役」の役目を息子の宗矩むねのりを家康に推挙した——それが後の柳生但馬守(宗矩)である。「柳生家」は宗矩の時代に徳川家の大名となり、紆余曲折はあったが、幕末まで「柳生家」は存続する。


 その柳生宗矩は、家康、秀忠、家光と徳川三代に仕え、一時期は「公儀目付役」として大いなる権力を振るった。宗矩により取り潰し、改易にあった大名は十指では足りないであろう。



 ——但馬たじまの……、娘?


 半蔵は黒のパンツスーツ姿の茜の背中をじっと眺めて呟くように言った。


 元は、「柳生の荘」も忍者に所縁のある地で、伊賀者もある程度の繋がりはあったようだが、「柳生家」の破格の出世と、「公儀御庭番」という影のような存在の「服部家」とは徳川秀忠の代になってその差は歴然となり、「服部家」のものは少なからずも「柳生の者」を快く思ってはいなかった。


 茜が振り返って、半蔵の姿を捉えると、目に殺気を帯びて問いただす


 ——お主、なにものだ


 半蔵はムッっとして立ち上がり、茜の前ににじりよって睨み返して言う。


 ——三代目 服部半蔵ー政就……

 茜はを辿るように視線を虚空に彷徨わせた。


 ——確か、「服部家」は「御公儀お庭番」のお役目……その服部殿と申されるか


 ——左様……、故あって此処におるが、上様のご下知で……、、、


 そこで、千葉が柔和な笑みをたたえて二人の間に割って入った。


 ——あぁーそこまでだ。あとは二人でやってくれ。話が長くなるんでな。


 右近は、半蔵の出自の因果を聞かされていたし、茜のことも「履歴ファイル」で一応確認はしていたので、いつもの能面顔で二人のやりとりを傍観していた。


 何も知らないのは、倉科加奈子の一人であった——。


 ええ!?、なんかお二人とも、に出てくる人みたいで、不思議ぃ!——、とか言って目を丸くしている。


 柳生茜——、昔は、武家の家に生まれた女でも、たとえそれが大名家であっても、女は家の姓を名乗ることも、呼ばれることもなかった。古文書などの系図を見れば、「女」だとか「娘」とかいう記述も多い。

 したがって、柳生茜は、柳生但馬守の娘(の)茜——、と呼ばれるのが普通であった。


 茜も半蔵と同じく、「東北大震災」の日、東京の「渋谷」のスクランブル交差点に突如現れたのだった。

 当時は、「」の人の波に揉まれ、彷徨い歩いてついには路地裏で気を失って倒れているのを所轄の警官にされたのだ。


 ただ、すぐ意識を取り戻した茜が、警察官から職務質問されるにおいて、突如暴れ出し脇差のを抜いて立ち向かってきたところで、「銃刀所持違反」で即時「現行犯逮捕」された。


 その後は、精神科の医療病棟に一時、隔離措置を取られたのちに、所轄の警察署内において「取り調べ」を受けることになったのだが……


 ——つまり、俺と同じ……ってことか?


 半蔵は、別室で右近から茜の事情を聞かされて、言葉を失っていた。


 俺以外にも……居たのか——、やつが……。


 その後、しばらくは、特別措置として、女子少年院の独居房に一時収監されていた。ところが……、同じようなものが、その後の一年で数十人単位で警察に保護されるにいたって、ついに政府は富士山の裾野に彼ら「」専用の「保護・矯正施設」を作った。当然、世には知らされず、高度な機密事項として運営されて来た。


 そしていまでは、過去の時代からやってきたと主張するもの、またそう推察されるものはその施設に隔離収容されるようになった。

 千葉もその件については、四月に呼ばれた「国家安全保証会議」の席上で初めて知ったのである。


 茜は、そこで、現代の世の中に順応出来るように「再教育」され、思考や思想など一切の過去の記憶を「矯正」するというを受け、たった三年で現代の世の中に順応し、働ける場所を待つレベルまで達した。


 そして今回の「半蔵門分署」発足に際して推挙され、されたのだった。


 茜は、「柳生家」に生まれたが故に、当たり前のごとく「柳生新陰流」の免許皆伝を父より受けていた。全国の剣道有段者の警察官が束になってかかっても茜から「一本」を取ったは一人として居なかったという。


 千葉は、少なくとも自分たちよりは「」について知り得ている、半蔵と茜を「取調官」としてあてることにした。


 まずは、「」をじっくり取り調べ、「手掛かり」を探ることしか、妻の行方を知る手立てはなかった。


 茜は「柳生新陰流」免許皆伝の男勝りな女で、今風で言うならば『宝塚歌劇団』の「男役トップスター」と紹介されても疑うものはないほど、男装が似合う。

 倉科加奈子は女目線でも茜の持つ男っぽさの中に華麗に光る女としての色香にうっとりするものを感じていた。


このひと、メークとかオシャレ覚えたら最強にいい女かも——と、しきりに茜を観察したくなる加奈子だった。


「柳生但馬守の娘、茜——推定年齢 二十七歳 美形」——と、千葉の手帳には記されていた。 特記事項は、今現在はナシ。




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